第七話:首なしライダー
★恐怖度:!?
深夜の寂れたスカイラインに夜な夜な『首なしライダー』が出没するという。仕事を変わった俺は、これから毎日夜にその道をバイクで通ることになったのだが──
山間を縫ってスカイラインが走っている。
昔は有料道路だったらしいが、俺が初めて知った時にはもう無料で利用できるようになっていた。
俺の住んでいるところから結構近いのだが、その道路について最近、地元のやつらがある噂を流しはじめた。
夜中に1人でそこを走っていると、首のないライダーが現れてバトルを仕掛けて来るというのだ。
俺は正直、困っていた。
仕事を変わったのだが、新しい仕事場へ行くためにはその山間を抜けるスカイラインを通らなければならないのだ。
行きはまだいい。明るい時間帯だ。
帰りが嫌だ。間違いなく日は暮れている。噂の夜の時間帯にその道を通ることになる。深夜になる日もあるだろう。
迂回するルートもあるにはあるが、山をぐるっと回るので相当時間がかかる。
それも嫌だ。むしろもっと嫌だ。だって早く帰ってアニメを観たい。
山の向こうに引っ越しをすることも考えたが、スカイラインを使えば新しい仕事場までバイクで40分の距離だ。
その道を走るのが怖いという理由で引っ越しをするのも馬鹿らしく思え、仕方なく俺は覚悟を決めた。
新生活が始まり、俺は愛車ホンダCB400SFに跨がるとエンジンを始動させ、第1日目の出勤路を走り出した。
スカイラインは寂れていた。
通る車はほとんどなく、落ち葉が掃除もされないまま道路脇を覆っている。
タイヤを取られるほどではないので俺は気持ちよく緩い峠道を流した。
もちろん俺はルールを遵守する現代の模範ライダーのつもりだ。カッ飛ばすのはサーキットでやる。のんびり気持ちいい程度に流すだけだ。
初夏の陽射しと山のひんやりとした空気のハーモニーが気持ちよく、こりゃ毎朝の出勤が楽しくなりそうだと心が軽くなる。
道脇に3体並んだお地蔵さまにピースサインをした。
帰りの憂鬱のことなんかすっかり遥か後方へ飛び去ってしまっていた。
さて、退勤の時はやって来た。
早速1日目から深夜まで仕事させてくれやがった。
俺はヘルメットを被り、グローブをはめ、愛車のセルを回して走り出すと、ドキドキしながら山間のスカイラインへと入って行った。
暗い。
暗すぎる。
照明はひとつもなく、愛車スーパーフォアのハロゲンヘッドライトのみが道を照らす。
幸い俺のバイクのヘッドライトは明るいからいいが、原チャリの貧弱な灯りじゃ怖くてこれ、走れないだろうな。
しかしやたら空気がひんやりして、ジャケットの上から冷気に締めつけられているような心地だった。
崖の斜面のデコボコが人の顔に見えたりして、俺は何度かビクッとかしながら気をつけてカーブを抜けて行った。
朝に見たのとはまったく違う景色だった。
3体並んだお地蔵さまをヘッドライトが照らし出しただけでビクッとしてコケそうになった。
早く帰ってアニメを観よう。早く帰ってアニメを観たい。
そう思っているとバックミラーに黄色い光が1つ、現れた。
き、来やがったのか……?
俺は身構えた。
そいつはグングンと追い上げて来る。
俺もそんなにノロノロと走っているつもりはない。あの野郎すげえハイペースだ。
追い越して行くヤツに首がなくてもびっくりなんかしないぞ、するもんか。
そう思いながらバックミラーをチラチラ見ていると、追いついて来たバイクの排気音が聞こえはじめた。
なんてこった。
それは2サイクルの音だった。
今では排ガスの汚さを理由に規制されていて、国内では製造されていない、2サイクルエンジンの音だったのだ。
しかも俺には車種までわかった。間違いない。この濁音つきのパリンパリンいう音は……ヤマハRZ250に違いない! 35年以上前のバイクだぞ!
もちろん今でも乗ってる人がいてもおかしくはない。もちろん生きてる人が、だ。
しかし隣に並んで来たそいつの顔を見て、俺は固まった。いや、顔が、なかったんだけどね。
俺はスロットルを握る手が固まってしまい、スピードを緩めることができなかった。黒いツナギを着た首なしライダーはそんな俺を見て、嘲笑うように軽く蛇行すると、パンパンと甲高い空吹かしをかまして煽って来た。
ああ……。本当にいたのね。首がねーわ。本当にねーわ。ありえねーわ。
でも3秒見ていたら、慣れた。危うくガードレールを飛び越えて崖下へ行こうとしていた俺はハッと気を取り直した。
首なしライダーが左手を挙げて、バトルを要求して来る。
いや待て。お前の時代にはバリバリ○説とか流行ってたんだろうが、現代でそういうことすると世間様が。と思ったが、霊の熱気に冒されたのか、俺もなんだかふつふつと闘志が高まって来た。
俺はフルフェイスのメットの中でニヤリと笑い、左手を挙げ返してやる。
ヤツの笑い返す顔も見えたような気がした。もちろんそこには何もなかったんだけどね。
ヤツがタンクに胸をつけるほどの前傾姿勢をとったのが合図だった。
ヤツの2ストエンジンが獣の唸りを上げる。俺のスーパーフォアがクオン! とセクシーなエキゾースト・ノートを吐く。
「ナナハンキラーとか呼ばれたRZ250だか何だか知らねーが、現代のバイクを舐めんなよ!」
俺はそう叫ぶと、すぐ目の前の高速コーナーにスロットル全開で突っ込んで行った。
ヤツがインを突く。見事なハング・オンだ。膝がアスファルトにモロ擦れてる。おいおい膝ズル剥けだろ……。幽霊だから痛くないのかよ?
しかしライテクの進化を舐めんな! スポーツが科学で進化したように、モータースポーツだって進化してんだ。お前の時代に比べて市販バイクは牙を抜かれたかもしれねーが、タイヤが格段に進化してんだ。って言っても俺はそんないいタイヤ履かせてるわけじゃねーけどな! でも、お前の時代にケニー・ロバーツはいただろうが、マルケスはおろかロッシさえまだいなかったろ? わかりにくければ江夏豊や江川卓の速球は知ってても、ダルビッシュ有や大谷翔平の体幹理論は知らねーだろ? 見やがれ! これが現代のライディング・テクニックだ!
限界まで車体をバンクさせ、俺はアスファルトに膝を、ではなく、肘を、擦った。
ヤツは首のない顔でそれを見ると、明らかにビビった。
「何だ、それは!」とヤツの声が聞こえたようだった。
パッドの入ったツナギを着ているわけでもないので肘がめっちゃ熱かったが、俺は歯を食い縛ると肘を支点に後輪の向きを強引に変え、風の出口に向かってスロットルを全開にした。
「うおりゃああああ!!!」
ヤツの顔が「!?」になった。
気づくとRZの排気音が消えていた。バックミラーに黄色い光も映っていない。
まさか……事故ったのか? とも思ったが、クラッシュしたような音がしたならすぐにわかる筈だった。
念のため、引き返してみたが、ヤツの姿はどこにもなくなっていた。
「成仏したのか? 俺との勝負に満足して、この世に思い残すことなくなっちまったのかよ……?」
俺はまださっきまでの熱気が体中に残っていた。
生きてるって感じがした。
帰ってアニメを観るよりバトルを続けたかった。
しかし、ヤツはもう、いない──
俺はスカイラインを休日も飛ばすようになった。
寂れた山道でサーキット走行というか暴走する俺に苦情を言う者もなく、警察も俺1人を検挙するために動いたりはしないようだった。
いつか事故って死ぬことになるかもしれないが、生きてる実感を得られるこの時が俺にはかけがえない。
たまに他のバイクを追い越すことがあるが、誰もが白い目で俺を見て、バトルに乗って来るようなバカはいない。
いつか俺が事故って死んで、首なしライダーになって出て来たら、誰か相手してくれな?
そこんとこ夜露死苦!
実話を元にしたフィクションです。




