第六話:おもしろい名前コレクター
★恐怖度:1
珍しい名前をもっていた最愛の妻を失くし、大富豪は生きる力を失っていた。おもしろい名前コレクターとなって優秀者には高額の賞金を出す事業を始め、彼は立ち直る。それは死んだ妻へのリスペクトともいえた。
ある日、彼の家に幽霊がやって来て、その名を名乗る。
おもしろい名前コレクターとして有名な大富豪、原田ゆうぞうの元へ今日も珍名さんがやって来た。
「こんにちは」
「今日は」
なんだか揃わない挨拶をする男女を、ゆうぞうはワクワクしながら迎える。
「それで? あなた達のお名前は? 何と仰るんですか?」
急かすゆうぞうに男女は勿体をつけた。
男が言う。「まず、僕らはカップルです。恋人同士です」
「ほう! ほう!」
早く名前を言えと思いながらも、ゆうぞうは焦らされるのを楽しんだ。
女が言う。「付き合って5年目になります」
ゆうぞうは急に無表情になり、黙った。
ゆうぞうの反応を見て、男のほうが少し周章てたように戸籍抄本を差し出すと、言った。
「それでは、ご覧ください!」
男の名前は『三成道成』だった。
「ふうん……?」
ゆうぞうは眉をひそめる。
「……で?」
女が自分の戸籍抄本を差し出す。
それを見て、ゆうぞうは驚きにぱあっと顔を輝かせた。
女の名前は「田中高菜」だったのだ。
「なんと! ミナリミチナリさんとタナカタカナさんがカップルなのですか!」
ゆうぞうは感動して、叫んだ。
「これはおもしろい! いいですね!」
「では……!」
「殿堂入り?」
三成道成と田中高菜は身を乗り出した。
おもしろい名前コレクター原田ゆうぞうはにっこり微笑むと、二人に告げた。
「おもしろいですが、残念ながら殿堂入りにはとても届きません。叙々苑の食事券二万円分、差し上げましょう」
「ええ……!」
「そんな……! なんで? おもしろいでしょう? 三成三成みたいな僕と田中田中みたいな名前の彼女の二人がカップルなんですよ!?」
「惜しくはありました」
ゆうぞうが評価を述べる。
「これが三成雷さんと高中高菜さんのカップルだったら、私も殿堂入りを考えないでもなかった。しかし、中途半端です。三成さんは『ち』が邪魔です。田中さんの名前はありがちの範囲内です。しかし、確かにこの二人がカップルだというのは得点が高い。ですが……」
すると男女はいきなりゆうぞうの目の前で喧嘩を始めた。
「何だよ! お前が平凡な名前なせいで殿堂入りできなかったじゃねぇか、ブス! せっかくカップルのふりしてやったのに……!」
「何よ! あんたなんかと焼き肉食って臭い関係になりたくないわよ! キモい!」
やっぱり偽のカップルだったか。ゆうぞうは項垂れてそう思うと、二人にお引き取りを願った。
大富豪である原田ゆうぞうは、4年前から『おもしろい名前コレクター』として、おもしろい名前の募集を始めた。
ゆうぞう自身が審査をし、殿堂入りを果たした者には賞金2000万円と賞状が贈られる。
しかし、今まで殿堂入りを果たしたのはただ一組、『耳柿男・耳草子』という夫婦のみだった。
あとはせいぜい賞金10万円以下、もしくは叙々苑の食事券止まりであった。
中国卓球の女王として有名な丁寧選手には文句なしの殿堂入りとして一方的に2000万円と賞状を送ったが、意味がわからないものは受け取れないと言って返されてしまっていた。
個人名だけで殿堂入りを狙うのは至難の技と言われていた。なぜなら、ゆうぞうは日本に存在するおもしろい名前について、熟知しているからである。
それゆえに、殿堂入りを狙えるとすれば、前述の耳夫妻のように、おもしろい名前同士のコンビネーション攻撃が最も有効とされた。
おもしろい名前同士の夫婦、親子や兄弟姉妹、カップルなどである。
しかしこれを狙って、おもしろい名前をもつ同士の偽カップルが急増した。夫婦や血縁関係は偽造が難しいが、カップルなら簡単にそういう関係だということにしてしまえるからだ。
今日の二人も賞金目当ての急造偽カップルだった。不正行為は発覚次第、即失格である。
ゆうぞうも経験を積み、今では偽のカップルは対面しただけで何となくわかるようになっていた。
原田ゆうぞうは自宅の豪邸へ帰ると、一人寂しく紅茶を飲んだ。
妻は5年前に先立っていた。
もう新たに結婚するつもりはなかった。妻ほどおもしろい名前の女性など他にいるわけがなかった。
彼の妻、原田麻呂女鬼久壽老八重千代子はゆうぞうにとって奇蹟の存在だった。
彼女の名前はゆうぞうの中で伝説となっていた。ちなみにググると出て来る。旧姓は『沢井』である。
何よりゆうぞうは彼女の名前に釣り合わなかった自分の平凡な名前を嫌っていた。改名して原田江川富士一二三四五左衛門助太郎とか、原田平平平平とかにする手もあるにはあったが、なんだかズルをするようで嫌だった。ちなみにこれらもググると出て来る。
今、彼がおもしろい名前コレクターとして常時コンテストを開催しているのは、妻へのリスペクトとも言えた。
「耳柿男さんと草子さんのご夫婦は素晴らしかった……」
ゆうぞうは紅茶を置くと、ため息をついた。
「あれ以上の感動をくれるおもしろい名前の人は、もういないのだろうか」
昔は『小鳥遊さん』『一さん』『冷蔵庫さん』、『金玉さん』なんて名字を見ただけで感動出来たのに。今では知りすぎてしまった。慣れすぎてしまった。
知りすぎるということは不幸なことだとゆうぞうは思う。
その時、誰もいないはずの部屋の片隅から、
「御免!」
と野太い男の声がしたので、ゆうぞうは危うく紅茶をぶちまけそうになった。
見ると部屋の隅で帷子を着た武士が正座している。
「だだだだ誰ですか、あなた!」
「名乗るのは後にさせて頂きたい」
武士はそう言うと、礼儀正しく頭を下げた。
「拙者、おもしろい名前を持つ者でござる。原田殿の『おもしろい名前なんとやら』に参加いたしたく、霊界より参上つかまつった」
手には何やら墨で文字の書かれた紙を持っている。
「幽霊なんですか?」
「いかにも」
「おもしろい名前って……もしかして谷谷谷谷さんとかだったら、私、既に存じておりますよ?」
ゆうぞうがそう言うと、幽霊は「なんですと!?」という顔をした。
「私はおもしろい名前コレクターですからね。有名なおもしろい名前はすべて存じ上げております。松平信敏の家臣だった谷谷谷谷さんのことなら、もちろん既知の範囲内です」
自信満々の顔だった武士は一転、悔しそうな顔で項垂れていた。それを見てゆうぞうは優しく声をかける。
「もしかしてあなたが谷谷谷谷さんなのですか」
「はい」と武士は床に頭をついてしまった。
武士の手にしていた墨で書かれた戸籍を確認すると深く頷き、ゆうぞうは言った。
「名前は存じ上げておりますが、ご本人にお会いできるとは思ってませんでした」
「拙者の名前も……ぐぐると出て来るのですか?」
「出て来ます」
「嫌な時代になったものだ……」
「殿堂入りです」
「え?」
「名前は既知でしたが、亡くなっておられるご本人が出て来てくださったことは大変珍しい。おもしろい」
「なんと……?」
「殿堂入りです。おめでとうございます。賞金2000万円と賞状はあなたのものです」
「まことでござりますか!」武士は顔を上げると、ゆうぞうに飛びついて来た。「これで悲願の墓が立てられ申す!」
「怖いので飛びかからないでください」
ゆうぞうは武士に賞金の額を書いた大きな札と賞状を持たせると、写真を撮り、インターネットで発表した。
それを発表した日から、ゆうぞうの家には幽霊たちが押し寄せた。豪邸は幽霊屋敷となった。
押しかける幽霊たちをしかし、ゆうぞうは歓迎した。彼らの中にはググっても出て来ない名前の者もおり、しかも昔の珍名さんは何というかレベルが違った。スケールがでかかった。
殿堂入りはなかなか出なかったが、賞金50万円以上が連発し、ゆうぞうを、また幽霊たちをも喜ばせた。幽霊にも金欲があることをゆうぞうは初めて知り、おもしろがった。
広すぎて寂しかった屋敷が一気に賑やかになった。
「これでまた、しばらくは楽しめる」
そのうちまた知りすぎて、慣れてしまって、楽しめなくなる時は来るのだろう。
しかし今はご満悦で、沢山の幽霊たちが訪れる豪邸で、ゆうぞうは幸せに暮らしている。
一部実在の珍名さんを使わせて頂きました。
あと後半、おもしろい名前のネタが切れました(^_^;)
耳柿男・草子夫妻はたぶん実在しません。




