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第五話:赤いレインコートの幼女

★恐怖度:9


雨の日に左肩から後ろを振り返ってはいけない。赤いレインコートを着た幼女がそこについて来ているのを見てしまったら、もう終わり。

 雨の降る夕暮れ時に、差している傘を上げて、左肩から後ろを振り返ってはいけない。

 そこにはきっと赤いレインコートを着た幼女がついて来ている。

 見えてしまったらもう見えていないふりをしても無駄なこと。

 もうあなたはこの世に帰れない。



 雨宮翔子は仕事を終えると私服に着替え、会社を出た。

 雨が降っていた。

 朝、家を出る時は晴れていたが、天気予報を信じて傘を持って来ていてよかった。

 ベージュのチェックの折り畳み傘を開くと、翔子は町を歩き出す。


 日々は平凡だった。

 特に幸せなわけでもなく、大きな悩みがないことが一番の悩みだとも言えた。

 映画のヒロインのようにドキドキすることもなく、日々がただ過ぎて行く。

 何かびっくりするような、笑顔になれるようなことでも起きないだろうかと期待する反面、無事に毎日の生活を送れているだけで幸せだと思わなければいけないようにも考えていた。


 左後ろから足音がずっと聞こえていることに気がついた。

 初めは道路を打つ雨の音かと思っていたが、明らかに誰かの小さな足音がついて来ている。

 恐る恐る左肩から振り返ってみると、そこに赤いレインコートを着た幼女が歩いている。

 翔子が足を止めると、幼女も立ち止まった。

 辺りは日が暮れはじめ、住宅地に向かう通りには誰もいなかった。歩道は充分二人並んで通れる幅があり、幼女が立ち止まったことは不自然だった。


 翔子は再び前を向き、歩き出す。幼女の足音がまたついて来る。


 ついて来るのが怪しげな男なら恐ろしさに駆け出すところだが、翔子は当然のように「ひょっとして迷子かな?」と思う。

 再び足を止めて振り返ると、幼女も立ち止まった。

「あなた、もしかして迷子なの?」

 翔子が聞くと、幼女は何も言わずに頷いた。

 フードを被っているとはいえ、顔がまったく見えない。

 赤いレインコートを着ている上、丸っこい体つきから幼女なのは間違いないとわかった。


「お家の番地とかわかる?」

 翔子はそう言い、幼女の前にしゃがみ込んだ。

「なんならお姉ちゃんがお巡りさんとこ連れて行ってあげようか?」

 しゃがみ込んだ顔をさらに低くして、幼女の顔を覗き込み、翔子は悲鳴を上げた。


 無数の深い皺が刻まれたその顔は赤黒く、目には眼球がなかった。

 幼女は真っ黒な眼窩で翔子を睨みつけると、鋭く生え揃った牙で薄い下唇を噛み、下唇から血を流しながらわけのわからない呪詛の言葉のようなものを口にした。

「ニ、ズェンス、シンフー、ラー」

 そして翔子の胸ぐらに飛びかかると、憎むように繰り返した。

「フーラ、ニーラ……。フーラ、ニーラ!」

 そして大きく開けた口から黒い粘液を吐いた。


 粘液を顔に浴び、翔子は何も見えなくなった。

 真っ暗になった世界で手足を伸ばしてもがいた。

 ずっと悲鳴を上げていた。

 雨が急に激しくなり、翔子を飲み込むように包んだ。


 やがて雨はだんだんと止み、顔を覆っていた粘液も洗い流されるようになくなっていた。



 枯れ木の森に翔子はいた。


 歩いても、歩いても、同じ景色だった。


 食べ物は何もなく、水もなく、スマートフォンは圏外。

 鏡アプリで自分の顔は見なかった。それゆえ、その顔が老婆になっていることには気づかなかった。


 翔子は枯れ木の森をただ歩き続けた。やがて倒れて白骨になるまで。


台湾の都市伝説『赤い衣服の少女』をベースにした創作です。

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