第四話:幽霊になりたい
★恐怖度:3
ダメ人間の室田は幽霊になったら物凄いパワーが使えるようになると信じ、進んで幽霊になってみた。
そんな室田をアホだと思いながら、同僚の岡山は幽霊の世話を焼く。
「幽霊になりたいなぁ」と、生前の室田は俺の前で呟いたことがある。
俺は室田のことが特に好きなわけではなかったが、別に嫌いでもなかったので、あいつが会社帰りに俺の持っているDVDを観たいと言って来たのを断らなかった。
俺もどうせ暇だったし、何より自分が面白いと思って紹介した映画を積極的に観たいと言われるのは悪い気分じゃなかった。
ビールとつまみを大量に買って帰り、男同士気持ち悪くならない程度に離れて一つの画面を見つめた。
画面の中では怨念を抱いて死んだ女が幽霊となり、凄まじい怨念パワーで食器を動かし、樹木に雷を落とし、人間を風圧で壁にはりつけにし、そこに電車をどこからか飛ばして来て圧し潰してミンチにしていた。
「どう? すげーだろ? 大袈裟でおもしれーだろ」
笑いながら俺がそう聞くと、室田はビールをちびちび飲みながら、うつろな目をして呟いたのだった。
「いいなぁ。死んだら幽霊になって、こんなすげぇこと出来るんだなぁ」
てっきり冗談だと思っていた。
いくら室田がアホでもその映画が作り物だということぐらいわかっているものだと思っていた。
しかし室田トオルという男は俺が思っていた以上のアホだった。
次の日、室田は遺書を残して死んだ。自室で首吊りをして。
なぜか遺書は俺に宛てたような文面で書かれていた。
遺書 室田トオル
遺書なんて初めて書くからどう書いたらいいかわからないけど、書きます。仕事の同僚の岡山タカシくんに話しかけるように書いてみます。
なぁ、岡山。
生きるのって辛いよな?
お前も知っての通り、俺はパワハラを受けていた。
受けている相手が上司なら会社を辞めればいいだけだが、運が悪いことに俺はどこへ行ってもパワハラを受けてしまう人間だ。
会社ではもちろん部長からも課長からも同僚の女の子からも舌打ちされ、取引先へ行けば先方の社員からわざと聞こえるように溜め息をつかれ、居酒屋へ行けば店員がイライラするように俺を見やがる。
俺をバカにするなよ? 畜生! てめーら全員呪ってやる! 俺はな、本当は凄いヤツなんだぞ本気出してないだけなんだ舐めんな!
っていうことで自殺します。死んだらすげーパワーが使えるようになるらしいので、使えるようになってみます。
心は怨念でいっぱいです。みんなを呪い殺せるのが今から楽しみです。
お父さん、お母さん、産んでくれたこと、恨んでます。
あ、岡山。俺と親しくしてくれてありがとう。お前だけは呪わないでおいてやる。それじゃっ!
(俺、そんなに室田と親しかったっけ……?)
重いんだか軽いんだかよくわからないその遺書をツッコミを入れながら俺は読み終えると、頭を抱えた。
あんな映画、アホに観せるんじゃなかった。
俺が知る限り、室田はアホだしダメなやつだが、悪いやつではなかった。会社の中庭に猫が迷い込んで来たら弁当を分けてやり、カメムシがひっくり返って困っていたら起こしてやるようなやつだった。
だからたぶん、あいつが幽霊になって出て来ても、誰かを呪い殺すなんて無理だろう。そんなことは出来ないやつだろう。そう思っていた。
その夜、早速室田は幽霊になって俺の前に現れた。
深夜、俺が仕事から帰ると、電気を点ける前の暗い部屋の隅のほうにうっすら青白い室田が立っていた。
「うおぅっ!?」
俺は飛び退き声を上げたが、やつは無反応でただそこに立っている。
恐る恐る近づいてみると、後悔にも似た表情を浮かべて苦しそうだ。何やらぶつぶつ言っている。
俺は電気を点けても消えない室田に向かって、言った。
「まあ、座れよ」
しかしやつは無反応で、虚空を見つめたまま、あうあうと口を動かしている。
俺はインスタントコーヒーを二杯入れ、大袋入りのよっちゃんイカをテーブルに置いた。
「腹減ってない?」
しかしやつは無反応で、虚空を見つめたまま、あうあうと口を動かしている。何を呟いてんだ? と近づいて口元に耳を当ててみると、ようやく聞き取れた。「うばああ」とか「ぐがぐ」とか意味のない呻きのようなものをずっと言っていた。
「苦しいのか?」と俺が聞くと、ちょっとだけこっちを見たような気がした。
「幽霊になれた気分はどう?」
「ウヴアァァァ……」と室田は答えた。
「まあ……その……。出てけや」
そう言っても聞こえていないみたいに動きもしないので、仕方なく俺は晒しものにすることにした。
次の日、仕事が終わると職場の仲間全員が俺の部屋を訪れた。俺が呼んだのだ。
「室田の幽霊がいるって本当?」
「あたしにも見えるかなぁ」
「まあ、狭いと思うけど入ってよ」
そんなことを言いながら男3人と女2人を俺は部屋に招き入れた。
室田は相変わらず部屋の隅にぼうっと立っていた。
「わー! いるー!」
「きもい!」
「写真撮ろうぜ! いや、動画だ!」
「触れるのかな、これ? わっ! すり抜けるよw」
「室田くん、苦しい?」
みんなの注目を浴びても室田は嬉しくなさそうだった。むしろ俺達が見えていないように、ひたすらヴアウヴアウ言っている。
ふと気づくと、どこから入って来たのか窓辺でカメムシがひっくり返り、ジタバタと足を動かしていた。
カメムシも起こしてやれないようになっちまったのかよ、と俺は嘆かわしい気持ちに襲われた。
「ポッキー食べるかな?」
「すごーい。幽霊って初めて見た」
「こうはなりたくないよね」
「岡山、ずっとここに置いてあげるつもり?」
そう聞かれて俺は答えた。
「まさか。そこでみんなに相談なんだけど、これどうしたらいいと思う?」
室田を使ってYouTubeで一儲けしようということになった。しかし、ヤツは写真や動画に映らなかった。電気を消してビデオカメラを回しても、そこに映っているのはただの薄暗い俺の部屋の風景だ。
「つまらん」
「とことん使えねーな、コイツ」
「こんなにはっきりぼんやり見えてんのに何で映らないの?」
「もうこれ、さっさと成仏させようぜ」
結局みんなで少額ずつ金を出し合って、坊さんを呼ぶことになった。
坊さんにはなぜか室田の姿が見えていないらしかった。
みんなで再び集まり見守る中、仏壇も何もない部屋の隅に向かってお経が上げられると、室田が少し感謝するような目を俺に向けたような気がした。
そしてその姿はすうっと消えて行った。
「お経って本当に効くんだな」
「室田くん、天国に行ったのかな」
みんなでファミレスで飯を食いながら、語り合った。
「幽霊が本当にいたってことは天国も本当にあるのかな」
「証明にはならんよ。ただ無に帰っただけじゃね?」
「それにしてもああはなりたくないね」
「死ぬのは嫌だな、やっぱ」
「ひたすら苦しそうだったもんね」
「で、話変わるけど、明日の仕事でさ──」
そんな会話を黙って聞きながら、なぜだか俺は少し苛々していた。
呪い殺すんじゃなかったのかよ、と消えてしまった室田に心でツッコミを入れていた。




