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第三十三話:いくら沈めても、浮かんで来る

困った。

彼女がいくら沈めても浮かんで来るんだ。


足にはしっかりとコンクリートの靴を履かせてある。

それは体重より重くしてある筈なのに、暗い海の底から笑いながら、彼女はいくら沈めても浮かんで来る。


頭蓋骨の左側が陥没し、中身の白い大きな鼻糞みたいなものが静かな波にピラピラ動いている。

間違いなく息などしていないのに、僕の顔をまっすぐ見ながら、瞳孔の開いた目を嬉しそうにかっ開いて、突撃して来るように浮かんで来る。


「いい加減にしろよ!」

長い竹の棒で額を割る勢いで突いた。沈んで行く。でも暫くするとまた、嬉しそうな口を開けて、その顔が水底から浮かんで来る。


思えば生きている時は沈んでばかりの女だった。


「一緒に死んで」がまるで口癖のような女だった。


彼女のお陰で僕はひどい暴力を振るうようにされてしまった。


一発殴るごとに彼女は喜び、僕の拳を両手で愛しそうに握り、こう言った。

「もっと! もっとよ! もっと殴りなさい!」


僕は彼女に操られるように頬を拳で殴りつけ、腹を爪先で蹴り上げた。


「あんたへの怒りが、憎しみが、あたしを高揚させるの! もっと! もっと殴れ!」


彼女に対する憎しみなんてなかった。

ただ、煽られるままに、僕は彼女をいたぶり続け、遂にはそこにあった金槌を手に取ると、右手で思い切り振るった。


ぱきん、と分厚い卵の殻を割るように、彼女の頭が割れた。

その時の表情が忘れられない。嬉しそうに眼球が自分の脳味噌を内側から眺めるように上を向き、涎を垂らして彼女は死んだ。


その時の表情のままだ。

海の底へいくら沈めようとしても浮かんで来る。


やめろ。僕は優しい男なんだ。暴力なんて大嫌いだ。

女性に手を上げたことなんてなかったんだ。お前が僕をこんなにした!


憎い!


憎い!


憎い!


憎い!


お前のせいだ!


僕がこんな犯罪を犯してしまったのも!



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