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第三十一話:退魔師の少年と盲目の少女

 夕暮れを告げる鐘が鳴った。2人の少年は遊びに夢中になっていて、それに気づかなかった。


 地面に描いた円の中を飛びながら、少年の1人が言った。「ねえ、さっき鐘……鳴らなかった?」

 もう1人が答える。「え、嘘? ……気づかなかったけど。そう言えば……」


 2人は辺りを見回す。赤くなりはじめた空の下、黒い血管のように複雑に絡み合う木の枝が不安を誘った。遠くのほうで、少年のうち1人のほうの母親が、金切り声で名前を呼んでいる。


「やばいぞ! 帰らないと!」


 走り出そうとして、もう遅いと気づいた。

 路地の向こう、建物と建物の間からゆらり、ゆらりとこちらへ歩いて来る影があった。赤く巨大な太陽の残滓を背に、真っ黒な影は長く、少年達の足下まで伸びて来た。

 慌てて振り返ると、反対側の路地を塞いで、赤い光に染められたもう一体の死霊が、今にも転びそうな足取りで、しかし生気のない目をまっすぐ2人に向けて、腕を伸ばして迫って来ていた。


 最近、この町に限らず、日が暮れると死霊がどこからともなく現れて徘徊するようになっている。死者を操るプレゼントを持った『ウォーカー』の仕業だと噂されていた。


「助けて!」

「誰か助けて!」


 2人は言葉を思い出したように声を上げた。

 しかし2人を挟んでいる建物は民家ではなく倉庫だった。助けに出て来てくれる人間は誰もいない。

 倉庫の壁と二体の死霊に囲われ、少年2人はただ抱き合うしかなかった。 


 死霊達は腐った唾液を口から迸らせ、前のめりになって走って来た。少年達の頭を掴み、脳天にかぶりつこうと口を大きく開いたまま、死霊達の動きが止まる。開いた口も手もギリギリと音を立てながら、突然の発作を起こしたように、死霊達は金縛りに遭っている。太陽の沈んだほうの路地の入り口にいつの間にか立っていた者が、低い声で言った。


「ーー交渉成立」


 マントを揺らし、手袋をはめた手をその者が動かすと、死霊達は操られたように立ち上る。歩き出し、路地を曲がって姿を消した。猫同士が激しく喧嘩をするような音が聞こえた。少年達はそれよりも、突然現れて自分達を救ってくれた者のほうへ注目した。


「も……もしかして……」

「退魔師サウル様ですか?」


 その者は近づいて来ると、夕闇の中に顔を見せた。まだ少し幼さの残るその顔は優しい微笑を浮かべていた。


「日が暮れたら家に帰らないといけませんよ」

 サウルは優しく叱るように言った。

「君達のお母さんが心配していました」


「本当にサウル様だ!」

「この町に来てたなんて! わぁい、サウル様に助けてもらっちゃったぁ!」


 2人の少年はキラキラと目を輝かせてサウルの姿を拝んだ。黒と赤のマントに黒いズボン、白いワイシャツに身を固めたサウルは高貴な雰囲気と親しみやすい笑顔を併せ持っていた。

 はしゃぐ2人の少年にサウルは少し困ったような顔をすると、言った。

「さあ、家にお帰りなさい。彼女シスタに送らせましょう」


「また……力を使ってしまったのね、サウル」

 サウルの後から歩いて来ていた少女が口ごもるような声で言った。上下の繋がった白い麻の服を着て、頭には白い帽子を被っている。長い睫毛で瞼を縫われたように目を閉じていた。


「シスタ。すみませんが彼らを家まで送ってあげてください。僕は死霊を片付けておきますので」


「片付けなんて……サウルがやらなくたっていいじゃない」

 シスタは何かを悲しがるように言った。


「大丈夫ですよ」

 サウルはにっこり笑うとシスタの手を取り、少年の1人に触れさせた。

「あの死霊との『交渉』はまだ継続中ですから、ついでです。さ、この2人をお願いします」


 シスタが2人を連れて行くのを見送ると、サウルは反対側へ歩き出し、路地を曲がった。互いの体を食いちぎり合い、頭部がもげて動かなくなっている二体の死霊を見下ろし、命令する。

「墓へ帰りなさい」

 すると死霊の残骸は風に吹かれたように転がりながら、墓場へ帰って行った。



 シスタは両手に2人の少年を連れて歩きながら、質問攻めに答えていた。

「お姉ちゃんはサウル様の恋人なの?」

「違うわ」

「じゃあ家来?」

「お友達よ」

「お姉ちゃん、どうして目をつむってるの?」

「目が見えないの」

「目が見えないのにまっすぐ歩けるの?」

「慣れてるからよ」

「ねえお姉ちゃん、家に帰るまでにまた死霊が出て来たらどうしよう?」

「目をつむるのよ」

「目をつむったら大丈夫なの?」

「見えてるから襲われるのよ」

「でも目をつむってたら歩けな……あ、そうか! お姉ちゃんは目をつむってても歩けるんだね」

「もう黙って」


==========


 町長の家で歓迎の晩餐がふるまわれた。

 サウルとシスタは並んで席に座り、大勢の人達に取り囲まれ、少し居心地が悪そうだった。


「噂の死霊ハンターのお二人に立ち寄り頂き、誠に感激です」

 町長が言った。

「お二人は世界を救う英雄ですからな。どうかこの町の死霊どもも一掃してください、お願いします」


「僕はただ人々が住みよい世界にしたいだけです」

 サウルは言った。

「それに彼女シスタがいないと僕は何も出来ません。まだ17歳のヒヨッコですから」


「え。シスタさんのほうが歳上なのですか?」

 驚いたような視線を町長はシスタに向ける。


 シスタは恥ずかしそうに言った。

「16歳ですわ」


「それにしてもサウル様のお力は凄いものですな」

 町民の1人が言った。

「あの『ウォーカー』のプレゼントに匹敵するんだから」


「それについてははっきりしていません」

 シスタが珍しく強い口調で声を発した。

「あの死霊達が『ウォーカー』の仕業によるものか、それとも自然発生的なものなのかは、まだ……」


「『ウォーカー』の仕業に決まっていますよ」

 町長がきっぱりと言った。

「やつらは世界をオモチャにする悪戯坊主どもだ。サンタクロースから貰った凄い力『プレゼント』があるのをいいことに、人の命を玩びやがる」


「僕がもし」

 サウルは言いにくそうに言った。

「僕がもし、その『ウォーカー』だったら……どうします?」


 その場にいた一同が爆笑した。

「それはギャグですかな?」

「あなたが『ウォーカー』だなんて!」

「確かに『ウォーカー』は十代の若者しかいないと聞くが」

「世界を救おうとする『ウォーカー』なんているわけないですよ」

「やつらは自分のことしか考えないんだ」

「ところでサウル様もシスタ様もさっきからまったく料理に手をつけておられない。ささ、どうぞ。鴨のロースト、ラムのステーキ、クリームたっぷりのシチューに焼きたてのパンもありますぞ」


「はあ」

 サウルは困ったようにナイフとフォークを手に取ると目を泳がせ、サラダの中のトマトを取った。

「では、頂きます」


 シスタが不安そうにサウルの横顔を見つめる。

 トマトを口に入れ、もくもくと咀嚼していたサウルの表情が苦しそうなものに変わる。


「げはあっ……!」


「サウル!」

 トマトを思い切り吐き出したサウルにシスタがナプキンを差し出す。


 一同はざわめき、サウルに声をかけた。

「申し訳ありませんサウル様! 料理がお口に合いませんでしたか?」

「おい、誰だ? 新鮮な素材だけで料理をお出ししろと言ったろう!」

「口直しに水を!」


 水をごくごくと飲むサウルの隣でシスタが謝る。

「すみません。サウルはとんでもない偏食なもので……。気にしないでください。すみません」


==========


「とうとう水しか受けつけなくなってしまった……」


 町長からあてがわれた宿屋のベッドに仰向けになり、サウルは言った。


「もう死霊退治はやめて、サウル!」

 少し距離を置いて椅子に座り、シスタが言った。

「これ以上続けたら食べられるものをすべて失ってしまうわ!」


「もう失ってますよ」

 サウルは彼女のほうへ頭を向け、優しく笑う。

「トマトが最後だったんだ。でも、これでもう失うものは何もない。人間、水さえあれば何とか生きて行けます」


「バカ! 死んでしまうに決まってるじゃない!」

 シスタの顔は厳しく、しかし今にも泣きそうだ。

「水しか飲まなければ三ヶ月ももたずに死んでしまうわ!」


「とにかくこれでこれからは何一つ気にすることなく『プレゼント』を使える」 

 サウルは清々しく笑った。

「凄いですよね。人間が食べられるものなんて物凄い数あるのに、全部失うほど僕は『プレゼント』を使って来たんだな」


「笑い事じゃないでしょう」

 シスタは叱る口調で言った。

「あなたは自分を犠牲にしすぎだわ」


 サウルはそう言われても笑ったまま、天井を見つめて呟いた。

「彼ら……、僕が本当に『ウォーカー』だって知ったら、どうするかな」


「豹変するのは間違いないわね」

 シスタは興味なさそうに答える。

「『ガチラ』みたいにあなたを殺そうとするかも。人間なんてそんなものよ」


「君も人間でしょ」

 サウルは言った。

「そして『ウォーカー』とは言え、僕だって人間だ」


「お願い、サウル。もう死霊退治はやめて。自分を救うことだけ考えて」


「どうして、こうなってしまったんだろう……」

 サウルは天井を見つめたまま、呟く。

「僕はただの何も出来ない少年だった……。ある日、僕の前にサンタクロースが現れて、僕に『プレゼント』をくれた」


 サウルは視線を横に向け、そこに置いてある花瓶を見つめた。そして口の中で唱える。


「5……4……3……」


「やめて!」


 シスタが声を上げたが、サウルは構わず続ける。


「2……1……。交渉成立」


 すると花瓶が宙に浮いた。空中で楽しげなダンスをひとしきり踊ると、机に戻る。


「嬉しかったんですよ、僕は」

 サウルは懐かしそうな目をして言った。

「何も出来ない弱虫だった僕が、この力を貰って、英雄になれた。力を使うたびに食べられるものを一つ失うということを知ってからも、そんなことなんか較べ物にならないほどの喜びを貰ったんです。この力を使って世界を救うことこそが僕の生きる意味です」


「でもあなたは……『ウォーカー』は18歳の誕生日を迎えると同時に死んでしまうのよ!?」

 シスタは声を殺して叫んだ。


「それまでに『願い事』を見つければ死にませんよ」

 サウルは静かに答えた。

「おまけにどんなことでもサンタクロースに叶えて貰える」


「お願い! その『願い事』とやらを探すことをして!」

 シスタは遂に泣き出してしまった。

「自分が生きることを考えて!」


「してますよ」

 サウルはそう答えたが、目には諦めの色が浮かんでいた。

「死霊を退治する旅をしながら自分のための『願い事』も探してる。……でも、あまりにも宛がない。もう三ヶ月で僕は……18歳になる」


「急ぎましょう!」

 泣き顔を上げたシスタは強い目をしていた。

「『願い事』を見つけるのよ! あるいは『ブレード』の『プレゼント』を持った『ウォーカー』を殺してもあなたの呪いは解けるんでしょう?」


「前から思っていましたが……」

 サウルは穏やかな顔で聞いた。

「シスタ。君はどうして僕を助けてくれようとするのですか? 君は無関係だ。『ウォーカー』でもない」


「あなたに生きてほしいからよ!」

 シスタの両目から涙が溢れ出した。


「僕が命の恩人だからですか?」


「いいえ」

 シスタは首を横に振り、即答した。

「私は身寄りのない孤児だもの、あのまま死霊に食べられて死んでいてもよかったわ」


「じゃあ……」


「あなたの『プレゼント』は生命のないものと『契約』を結び、契約成立した物を自由に操ることが出来る。死霊が『生命のないもの』であることに気がついたあなたは、人界を脅かす死霊を退治するために立ち上がった……。そうよね?」


「他人のためではありませんよ」

 サウルは自嘲するように微笑んだ。

「自分が英雄と呼ばれてチヤホヤされたかったんです」


「私は知ってるもの……! あなたがどんなに優しくて、どんなに孤独かを……!」


「孤独でもありません」

 サウルはにっこりと微笑む。

「君が側にいてくれる。シスタ」


「置いて行かないでよ!」

 シスタはサウルの胸ぐらを掴むと、揺すった。

「私を置いて……勝手に1人で行かないでよ!」


「宛がなさすぎるんだ」

 サウルは呆然とした目をして言った。

「どうすれば生きられるのか……」


 シスタは手を伸ばすと、サウルの両頬に触れた。

 その頬が濡れているのを感じ、彼の頭を胸の中に抱き締める。


「生きたい……っ!」

 サウルは嗚咽を漏らした。

「英雄になれたのは嬉しかったけど……っ! こんな力なんか要らなかったとは思わないけど……っ! でも……生きたいっ!」


「そんな力なんか要らないわっ! まるで本当に呪いじゃない!」


「でも……この力がなかったら君を救えなかった!」


「愛してる、サウル」

 シスタはキスをした。

「愛してるの……。だから死なないで」


 サウルは何も言わず、ただシスタを抱き締め返すと、何度もキスを返した。



 目が覚めると朝だった。

 並んで寝転ぶシスタの頬にキスをすると、サウルは立ち上がる。

 机に置かれた水瓶を手に取ると、コップに注ぎ、ごくごくと喉を鳴らしてあおる。

 そして、音を立てて吐き出した。


 ガラスのコップが割れて飛び散り、異変に気づいたシスタが起き上がる。

「どうしたの、サウル!? まさか……!?」


「昨夜……花瓶を動かすのに力を使ったせいか……」

 サウルは震える声で呟いた。

「遂に水も飲めなくなってしまった……」


「そんな……!」

 立ち上がろうとしてシスタは机に手を置いた。

 コップの破片が刺さり、痛みに声を上げる。


「シスタ!」

 サウルは彼女の指に刺さったガラス片を除けると、鮮血の止まらないその人差し指を口に含んだ。


 そしていつまでも彼女の血を吸い続ける。


「……サウル?」

 不安になったシスタが声をかけた。

「どうしたの?」


 顔を上げたサウルの表情は生への喜びに彩られていた。


==========


 町の靴屋の娘が死んでいた。

 発見されたのは白昼で、川のほとりで洗濯をしていたところを何者かに襲われたらしく、何かを訴えるような表情をして前のめりに倒れていた。

 死霊は日が暮れなければ現れない。初めは人間が犯人の殺人事件かと思われたが、娘の死体には首筋に2本の牙で開けられたような穴があった。


「死霊なら脳味噌を食う筈だ」

 運ばれて行く被害者を見送りながら、町長が言った。

「新たなバケモノが現れたようです、サウル様」


「そのようですね」

 サウルは頷いた。


「どうかこの町にとどまって、犯人探しと退治をお願いできませんでしょうか」


「いいですよ」

 サウルはすぐに答える。

「僕もこの町が気に入りました」



 町長が去ると、シスタがサウルに話しかける。

「血液だったら、いくら『プレゼント』を使っても飲めなくはならないの?」


「うん」

 サウルは嬉しそうに頷く。

「でも人間の血液しかダメみたいだ。豚の血は受けつけなかった」


「それでも……。『願い事』を見つけなければ、18歳になったら、あなたは……」


「お腹すいたなあ……」


 その時、建物の陰からこちらを見ていた少年が、人懐っこい笑顔で姿を現し、近づいて来た。

「サウル様、おはようございます。昨日はどうもありがとうございました」

 昨日、助けた少年のうちの1人だった。


「やあ、おはよう」

 サウルはそう言うと、辺りに人がいないことを確認する。

「君、1人?」


「はい。あの……」


 何か言いかけた少年に、サウルは唱えはじめた。

「5……4……3……」


 シスタは何も言わず、ただそれを聞いていた。


「2……1……。交渉成立」


 少年の服がサウルの『プレゼント』の力で動いた。

 急激にしぼみ、少年の体を締めつける。


「サっ……サウル様!?」

 少年は着ている服に全身の骨を砕かれながら、叫んだ。


「これであと三ヶ月は生きられる」

 サウルはそう呟くと、口を開けた。白い2本の牙が少年の血を欲していた。


 少年の首筋に噛みつくと、強い顎の力で牙を突き立て、血を貪り吸った。


「僕は……生きたいんだ」


 シスタは閉じた目をさらに固く瞑った。誰か人間が来たら知らせるために、ただ聞き耳を立てていた。



この作品はインク様『ロストスイッチ(N0522BS)』の世界設定を使用させて頂いております。(インク様の許可は頂いています)

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