第二十六話:あぶみちゃんとオクラくん(2)
☆恐怖度:1
あぶみちゃんは幽霊である。しかし自分が死んでいることに気がついていない。
さややちゃんは実家のお寺のプロモーションのため、寺の墓地にハッピーな幽霊が出るという噂をばら撒こうとしていた。親友のあぶみちゃんに幽霊役をやらせ、幼馴染みのオクラくんに目撃させ、人気ブロガーでもあるオクラくんに拡散させようと企むが、失敗。しかしあぶみちゃんとオクラくんは恋に落ちる。
内気で怖がりなオクラくんだったが、透き通るように肌が青白く、食べたものを消化せずにそのままお尻から出すあぶみちゃんにアニメキャラのごとき理想像を見、勇気を出して映画に誘う。
あぶみちゃんは墓場で恋をした。死んでいるので心臓はちっともドキドキはしなかったけど、恋したとしか思えなかった。
「う、うっぎゃあああああ!!!」と叫んでその人は腰を抜かした。
幽霊の格好をした自分を最高の反応で怖がって逃げ惑ってくれるその人のことが気持ちよくて、あぶみちゃんは両手を前でうらめしやしながら笑顔で追い回した。
そんなにも自分の存在を承認してくれた人は初めてだった。産まれて来てよかったと心から思えた。
「うううらめえええしぃやあああ」
調子に乗ってあぶみちゃんがそう言うと、後ろで動画撮影していたさややちゃんが小声でたしなめた。
「うらめしくなんかない! うらめしくなんかないだろ! ウチの寺の墓に入ってる幽霊なんだから、もっとハッピーに!」
「あ……そか!」
あぶみちゃんはハッピーな幽霊をリクエストされていたのを思い出し、両手でピースサインを決めた。
「どうもーっ! 幽霊のあぶみちゃんでぇす!」
「あ?」と追い回されていた人が何かに気づいたような声を出した。
黒縁メガネに手を当てて、幽霊の顔を確認するように大きな目で見て来た。
そして言った。
「あーーーっ! 君、昼間学食にいた子!?」
バレた。
「ごめんなさい」
あぶみちゃんは墓場に正座し、舌を出してテヘと笑いながら、謝った。
「いや……その……」
オクラくんは怖い目に遭ったけど、一目惚れした女の子と言葉を交わせることになった幸運に顔が笑っていた。
「……いいけど」
「でもいい動画録れたわぁ」
さややちゃんがビデオカメラを掲げて言った。
「これ編集してユーチューブにアップするよ。タイトルは『深夜幽霊が出ると噂の墓場に潜入、そこで見たものは!?』がいいかな」
「ちょっ……!? 今の衆目に晒すの!?」
オクラくんが声を上げる。
「やめてよ! 僕、相当びびっちゃったよ! 恥ずかしいよ!」
「それがいいんじゃん。いいビビりっぷりだったよぉ〜」
「どんな? ちょっと観てみようよ」
あぶみちゃんが提案し、3人で録ったばかりの動画を確認する。そして、言った。
「どう見てもやらせ……あるいはドッキリだね……」
「オクラくんのビビりっぷりは確かにいいけど……」
「幽霊がね。ちっとも幽霊らしくない」
結局動画はお蔵入りとなった。
次の日は健康診断があった。
あぶみちゃんは何度も体温を計られた。
「何度計っても18.3度……」
女医さんが言った。
「あたし、死人じゃん」
あぶみちゃんはそう言うと女医さんと声を合わせてハッハッハッと笑った。
「たまにいるのよねー。体温計と相性の悪いひと」
女医さんはそう言うと用紙に適当に36.1度と書いた。
「あっ。オクラくん」
廊下に出たあぶみちゃんはその人にばったり出会った。
オクラくんは勇気を出して、言った。
「映画の券、二枚あるんだけど。よかったら今日、学校帰りに一緒に行かない?」
「えっ? 行く行く! 何の映画?」
あぶみちゃんはぴょんぴょん跳ねながら聞いた。
予想外に喜ばれたらしいことにオクラくんは顔を真っ赤にしながら答えた。
「その……。恋愛ものだよ。『君に読み聞かせる物語』って、知ってる? 年老いた妻がボケちゃって、旦那が彼女に二人の若い頃のラブストーリーを聞かせて記憶を蘇らせようとするって話。すごくいいって評判なんだ」
地味くさいなあ、とあぶみちゃんは思った。
どっちかって言うとオクラくんがキャーキャー怖がってくれるホラー映画のほうがよかったのに。
でもせっかくの誘いなのでチケットを受け取った。
オクラくんの自転車の後ろにあぶみちゃんは乗った。
「おまわりさんに見つかったら捕まっちゃうね」
「うん。ドキドキしちゃうね」
オクラくんはそう言いながら、別のことでドキドキしていた。まさか昨日の今日でこんなことになれるなんて思わなかった。少しだけ期待はしてたけど、あまりにもうまく行きすぎで、誰かに騙されているような気分だった。
「ねえ、肩に掴まっていい?」
「え?」
返事を待たずにあぶみちゃんはオクラくんの両肩に手を置くと、立ち上がった。彼の頭越しに前を見ると、景色が後ろへ飛び去って行くのが速くなった。
「わあ、気持ちいい!」
あぶみちゃんは笑顔ではしゃいだ。
「生きてるって感じ!」
大胆だなぁ、とびっくりしながらも、オクラくんも顔を赤くして笑った。女子高生みたいなことをする彼女のことがとても可愛かった。
シャツ越しに触れるその両手はとてもくすぐったくて、結構固くてまるで人形の手みたいな感触だった。冷たい気がするのは風のせいだろうと思った。
ショッピングモールの中にあるシネコンの薄暗い廊下に並びながら、オクラくんはドキドキが止まらずにいた。
「人、結構多いね」
そう言ってこっちを見上げたあぶみちゃんの顔がファンタジー世界のキャラみたいに白く、瞳はガラス玉みたいで、温度を感じなくて、憧れのアニメキャラの女の子と並んでいるみたいで空を飛んでしまいそうだった。
映画は評判通りで、オクラくんは不覚にも泣いてしまった。最後に妻が記憶を取り戻し、幸せそうに笑いながら息を引き取る場面が頭から離れず、涙が止まらなかった。
「うっ、うっ。よかったねぇ……」
そう言いながら、あぶみちゃんも泣いていた。涙が鑑賞中に飲んでいたポカリスエット色だったが、薄暗かったのでオクラくんは気づかなかった。
「また今度、チケットが手に入ったら……映画、誘ってもいいかな?」
オクラくんが勇気を出して言うと、あぶみちゃんは壁に貼ってあったポスターを指差して言った。
「あっ。今度はあれ観よう。あれがいい」
それは『モーシンディマス』というよくわからないタイトルのホラー映画だった。ポスターには何者かに怯えて恐怖の表情を浮かべている女優さんの顔の背景に幽霊っぽいものがぼんやりと写っている。
「いっ……いやああーっ!」
オクラくんは小さな声で悲鳴を上げた。
「無理無理! 僕、幽霊とか絶対に無理だからっ!」
「あっ……あのっ……」
トイレの前でオクラくんは告白した。
「なんか……あぶみちゃんて……僕の理想に限りなく近いんだ。よ、よかったら……付き合ってくださいっ!」
ペコリと頭を下げて、目を一生懸命閉じて、90度のお辞儀で返事を待つオクラくん。
あぶみちゃんはびっくりしていた。いいなと思っていた人から告白されそうな雰囲気になってもちっともドキドキしない自分に。そしてそれ以上に、どうせオクテなんだろうなぁと思っていたオクラくんの、あまりにも予想外に積極的な告白に。
「じゃ、子供は何人にする?」
あぶみちゃんが聞くと、オクラくんは慌てて顔を上げ、あからさまに狼狽え、口をパクパクさせた。
「こっ……こどもっ!?」
「アハハ。オクラくんって可愛いから好きだよ。また映画、誘ってね」
そう言って照れて先に歩き出したあぶみちゃんの後ろでオクラくんの顔がぱあっと輝いた。どんどん離れて行く彼女に気づくと慌てて追いかける。彼女の後ろ姿はこの世のものではないように透き通っていて、ゾクゾクするほど魅力的に見えた。
「ま、待ってよう! あぶみちゃん!」
手に入れたばかりの恋人の筈なのに、すぐに追いつくほどの距離なのに、なぜだかとても遠いもののように思えてしまって、オクラくんは情けない声を出してその背中を呼び止めた。




