第二十五話:あぶみちゃんとオクラくん(1)
★恐怖度:4
バカがつくほど脳天気な女子大生、あぶみちゃんは幽霊である。しかし死んだことに気がついていない。ある日、彼女は親友に頼まれ、実家のお寺の売名行為のアルバイトをすることになる。幽霊の役をやって、ある人を驚かせてほしいというのだ。そのある人というのが、彼女の運命の人、オクラくんだった。
あぶみちゃんは幽霊である。
しかし死んだことに気づいていない。
あぶみちゃんはお酒を飲まされた。弱いのに。
知り合ったばかりの面白い男の人に調子に乗せられ居酒屋でへべれけになるほど飲んでしまった。
お酒には睡眠薬まで入っていた。
面白い男の人はどこかおかしな人だったけど、あぶみちゃんはタダで美味しい唐揚げがいっぱい食べられることに喜んで、気にしないことにした。
面白い男の人は自分の部屋であぶみちゃんをバラバラにすると、車で山に捨てに行った。
黒い雲からたまに覗く月が、埋められる彼女の破片を照らしていた。
目を閉じた白い顔に、土がかけられて行った。
埋められながら、頭にはお酒が残っていた。
夢を見ていた。
明日は何をするんだったっけ?
『あっ! 今日は絶対単位落とせないドイツ語の講義があったんだ!』
あぶみちゃんはそれを思い出して飛び起きた。
いつものマンションの、いつもの自分の部屋のベッドの上だった。
時計を見るとギリギリ間に合う時間だった。
頭はすっきりしていた。でも昨夜の記憶がない。あれ? あたし、昨日、大学から帰って何してたっけ?
思い出す暇もなく、ベッドから飛んで降りると顔を洗った。なんだか痺れているみたいに自分の顔に触れている感覚がなかったけど、早く学校へ行かないといけなかった。
髪を手っ取り早くポニーテールに結び、食欲はなかったので食パンも咥えずに外へ飛び出した。
大学に着くと留学生のマルタンに会った。
「マルタン、はろー」
あぶみちゃんが声をかけると、マルタンは艷やかなブロンドの短髪を揺らして振り返った。そして小さく手を振って笑った。
マルタンはイケメンなので会話をする時あぶみちゃんはいつも少なからずドキドキしてしまう。でも今日はなぜかドキドキしなかった。心臓が止まっていた。
マルタンが親友の彼氏だってことを認めてようやく恋愛対象として見られないようになったのかな、とあぶみちゃんは納得してちょっと自分のことが好きになった。
「あぶみサン、今日はどの講義?」
「ドイツ語だよ。ああマルタンと仲良くなるって知ってたらフランス語とっとくんだった」
「今日も元気ですねぇ、あぶみサンは。あれ? でも顔色少し、悪いですよ?」
「そう?」あぶみちゃんは自分の顔に手を当てた。「べつに体調は悪くないんだけど……。熱はないと思う……っていうかむしろ冷たいかなぁ」
マルタンは男の子なので、しかも友達のさややちゃんの彼氏だったので、熱があるか見てもらうわけにも行かず、それより何より早く行かないと講義の時間に間に合わないので、あぶみちゃんは笑顔を残して急いで走り去った。
ドイツ語の講義に出席するとほっとして、あぶみちゃんは学食にパンケーキを食べに行った。
ちょうどマルタンとさややちゃんが何も食べずにイチャイチャしていたので、その前の席に座った。
「あっ。あぶみ。元気そうじゃん」さややちゃんが言った。「マルタンが顔色悪かったっていうから心配してたよ」
「そんなに顔色悪いかなぁ……」
あぶみちゃんは手鏡を取り出し、自分の顔を映して見た。なんだか気にしていた腫れぼったさが取れ、色白になっているようなのに満足し、鏡を置いた。
3人でくだらない話を楽しくしながら、自分がパンケーキをまったく口にしていないことに気がついた。
両手で掴んで口へ運ぼうとしたけど、なんか食欲がない。無理やり齧って、咀嚼して、喉の奥に運んだら途中で詰まった。息が出来なくなったけど別に苦しくはなかったのでそのままお喋りを続けた。
さややちゃんはお寺の住職の娘だったけど、目の前に死人がいることにはちっとも気がつかなかった。
「でさー、うちのお寺に夜な夜な幽霊が現れるって噂を作ったら有名になるんじゃないかってお父さんがバカなこと言い出しちゃってさー……。あぶみ、ちょっとその幽霊役やってくんない? ちょうど顔色悪いし」
「え? さやや、それはあぶみサンに失礼だ」
「でも外国人のマルがやったらおかしいし、あたしがやったら娘だってバレるし。あぶみしか頼める人いないんだよー」
「あぶみサン、やらないよね」
「バイト代、出せる?」
「うんもちろん出すよー。金額はお父さんと相談ね」
「やるわ!」
「決まりね」
幽霊がニセ幽霊のバイトをやることが決まった。
オクラくんは気の弱い男の子である。
特に幽霊が大の苦手。
オクラくんは学食で恋をした。
フランスからの留学生のマルタンのことは知っていた。同じゼミで社会学の研究をしていた。
マルタンに彼女がいることも知っていた。お寺の住職の娘で、小学生の頃からの同級生だった。
こちらに背を向けているその2人と向かい合ってパンケーキを食べている女の子のことは初めて見た。オクラくんは黒縁メガネに手をかけて、その娘のことをまじまじと見た。
衝撃的だった。白蝋のように白い肌。そんなにも色の白い日本人の女の子を初めて見た。
そのパンケーキの食べ方も凄かった。オクラくんは夢見ていた、食べ物も食べず、ゆえにウンコもしない女の子がどこかにいないものかと。まるでアニメの美少女のように、美味しそうにケーキを食べたりはするんだけど、実はそれはただの絵であって体の中に入った瞬間、食べ物は消えている。だからウンコもしない。そんな女の子がどこかにいないものかと思っていた。
その娘の食事はまさしくそれだった。外から見ていてもパンケーキが彼女の体内に取り込まれていないことがなぜかわかった。おそらく彼女の口に入った瞬間にパンケーキは消えているか、あるいはお尻からパンケーキがそのまま出て来るのだろう。なぜかそう確信した。
オクラくんは一目で恋に落ちた。
「で? どうやって幽霊の噂広めんの? 夜中に墓地に来るやつなんていないっしょ」
「そうだよ。あぶみサンの言う通り。誰も来ないよ。やめときなって、さや」
「フフン」さややちゃんは紙パックのジュースをストローで吸いながら、目算ありという顔をした。「いるのよ、いいのが」
「いいのって?」
「幼馴染みってほどじゃないけどね、あたし……っていうか他人の頼みを断れない気弱なやつがいんのよ。しかも幽霊が大の苦手」
「もしかしてオクラくんですか?」
「あー、マルタンは同じゼミだったっけ? そそ。しかもあいつ人気のブロガーやってるからさ、拡散期待できるよ」
「知らない」と、あぶみちゃんが言う目の前にオクラくんは実はいた。
その夜、オクラくんは自転車を漕いでいた。
さややちゃんとは別に親しいわけではなかった。でも、なぜか昔から彼女から命令をよく受け、なぜかオクラくんはそれを断ることが出来なかった。
今夜の命令は『とりあえず今から寺に来い』というものだった。詳しい話は来てからするらしい。
なんだろう? 木魚を叩きながら歌でも歌えとかかな? と思いながらオクラくんはさややちゃんのお寺へ向かった。
彼女はユーチューバーだ。たぶんそういうようなことだろう。
お寺に着くと、さややちゃんは言った。
「うちの裏の墓地にさ、誰かいるみたいなんだわ。お父さん今夜いないし、怖くてさ。あんたちょっと見て来てくんない?」
「ひえー!?」とオクラくんは情けない声を出した。
「大丈夫。幽霊とかじゃないと思うんだ。そんなのうちの墓地に出たことないし。あたしも一緒について行って後ろから動画撮るから」
オクラくんはぶんぶんぶんぶんと首を横に振った。しかし断れなかった。
「あたしがもし変質者に襲われて殺されて、どっかの山にでも埋められたらアンタのせいだからね?」
さややちゃんにそう言われたら、見に行かないわけにいかなかった。
あぶみちゃんは墓場で準備OKだった。幽霊がポニーテールはおかしいとさややちゃんに言われ、長い髪を垂らしていた。白い三角巾は装着済みで、トマトジュースもあとは頭のてっぺんからかけるだけだった。
「ご苦労さま」と見知らぬ女の人から声をかけられた。
「あ、どうも」と思わず返事をしたが、振り返ると女の人はもういなかった。
気のせいか、と持ち前のポジティブ思考で片付けて、さややちゃんがオクラくんを連れて来るのを待った。
懐中電灯の光が近づいて来た。
「来た来た♪」
あぶみちゃんはなるべくハッピーな動きでオクラくんを待ち構えた。
『うちの墓に入ってる人はなるべくハッピーな幽霊になって現れるって思わせて』と、さややちゃんにお願いされていたのだ。
「な、なむあみだぶなむあみだぶ……」
そう唱えながらオクラくんが墓地に入って行くと、すぐにそれを見つけた。
白装束に身を固めた女の子の幽霊が、レゲエを歌いながら墓の間で踊っていた。
「♪お、お、おーいぇあ! ワンダホー、ビューティホー、ハッピー・死後ライフ」
本物の幽霊なので、ちゃんと火の玉も一緒に踊っていた。
オクラくんは言った。
「うっぎゃあああああ!!!」
それが二人の運命の出会いだった。
(続く)




