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第十六話:鬼の恩返し

★恐怖度:6


金髪の女子高生マキと鬼の子供プキ。親から愛されない者同士の物語。愛してくれた人間の少女に、鬼は恩返しをした。

 土手の上を歩く金髪の女子高生は寂しそうに、肩をだらんと垂れていた。

 春の風が優しく撫でるたび、彼女はまるで蜘蛛の巣をうざがるように払いのける動作をする。


「あー、もー! あー、もー!」

 一人で呟くその姿を誰かに見られたら間違いなく変な娘だと思われる。

「嫌んなるな。ったく、もー!」

 わかっているので彼女は土手の階段を降り、誰にも見られないようにと川のほうへ歩いた。


 背の高くなりはじめている草を掻き分け、制服が汚れるのも気にせずに進むと、川に辿り着いた。手を浸けてみるとさすがにまだ冷たい。

「パパとママみたいな温度だ」彼女は呟いた。

 そして向こう岸を眺めると溜め息をつき、まるでそこにいる両親をなじるような声量で言う。

「あたしが家庭を持ったら、絶対に子供を幸せにするよ? 愛して、愛して、愛しまくってやるんだから!」

 暫く答えを待つように黙ると、また項垂れた。

「でも……。たとえば親に愛されずに育った子は、自分の子供にも同じことするって言うよね……。あたしもそうなるのかな……」




 背の高い草に隠れるように、土の上に体をこわばらせて、鬼の子供は死にかかっていた。

 春の風が撫でるたび、鬼の子の体温を奪い去って行く。細いその体はまるで(いびつ)に枝の入り組んだ倒木のような形に固まりはじめている。

 弱々しい声を出し続けるが、誰を呼んでいるのかわからなかった。

 父も母も、自分を放置していた。

 鬼は自分の子供を故意に突き放し、立派な鬼に育てようとするのが普通であるが、その子はただ意味もなく放置されていた。

 乳児の頃は母の乳を飲んだ記憶がある。しかし乳離れをしてからは、両親は自分達の食べ物を分けることを嫌い、手を伸ばして来る我が子を痛めつけた。

 自分の獲物は自分で奪うように教えるのは鬼の親の務めであるが、この両親は本気で子供を餓死させようとしていた。


 人間が空き地にペットを埋めると、鬼がそれを見ていて後から掘り返しに来る。車が轢いた動物はカラスに姿を変えて鬼が食べに来る。

 樹海に迷い込んだ人間を食べることはあるが、基本的に鬼は人間を食べなかった。

 昔はむしろ人間は主食だったようだが、現代人は味が悪くなっていて食べられたものではなかった。

 どうしても腹が減っている時には仕方なく人間を食べようかとも思うが、大抵は現代的なセキュリティシステムに阻まれて、そこまで食いたいものでもないしと面倒臭くなってすぐに諦めるのだった。

 残飯を漁ろうにも鍵がかかった小屋の中に隠されていたりもして、鬼にとっては生きにくい世の中になっていた。


 鬼の子供は親から食べ物を与えられず、自分で獲得することも叶わず、餓死しようとしていた。死にかけているその顔を傾げるように、弱々しく動かした。鼻がヒクヒクと動く。

 何かいい匂いが近づいて来る。




 金髪の女子高生は川辺で独り言を呟くのに飽きると踵を返した。

 土手に向かって草を掻き分けて歩いていると、一帯に草の生えていない秘密基地のような空間に出た。そこでそれに出会った。


「うわ! びっくりしたーっ!」

 大袈裟なリアクションで彼女は飛び退いた。そして出会ったそれを目を凝らしてよく見る。そしてほっとして呟いた。

「なんだ……。ただの木かよ」

 

 黒っぽい色の、(いびつ)な細木の塊がそこに横たわっていたのだった。それは弱々しく震えていたが、彼女は気づかなかった。


「死体かと思ったぜ」

 そう呟くと、死体に見えた倒木に向かい合って、その場にしゃがみ込んだ。

「なんでこんな所に倒れてんだ、お前?」


 木は当然のように何も答えなかった。


「ま、いいや。ちょうど誰かに聞いて欲しかったんだ。家庭の問題なんて友達に気軽に話せることでもねーから、さ……」

 彼女は木に向かって打ち明け話をはじめた。

「うちの両親、離婚しかかっててさ……。で、仲悪いんだからもう、さっさと別れりゃいいじゃん、もう。って、あたしは諦めてんだけどさ……」

 暫く黙り、続けた。

「……聞いちゃったんだ。パパも、ママも、どっちもあたしのこと、引き取りたくないって。どっちもあたしのこと、いらないんだって」

 涙がぽたぽたと落ちた。

「笑っちゃうよな。愛されてるつもりでいたなんてな。……あたし、わがまま勝手にしすぎたのかな……」


 涙で潤む視界の中で、明らかに何かが動いた。

 木の中に大きな虫がいるように見えた。目をこすってよく見ると、そこに鬼の顔があった。

 死人のように閉じた目の張りついている林檎ほどの大きさの顔がギギギと音を立てて動き、小さな鼻がヒクヒクと動いている。


 彼女は唖然としてそれを見つめた。声が出なかった。


「何……お前?」

 ようやく声を出すと、聞いた。

「……なんて動物?」


 鬼は小さな口を動かし、クンクンと犬が鼻を鳴らすような小さな声を出した。短い角が二本生えている頭を必死に動かして、彼女のリュックサックのほうに意識が向いているようだった。


「あ!」

 彼女は気づいて声を上げ、自分の荷物を開けた。

 弁当箱を中から取り出し、それを開ける。中には焼いた豚肉が一切れ、食べ残してあった。

「これの匂いか? 腹、減ってんのか?」


 すると鬼の子は激しく反応した。小さな口をパクパク開閉させて、それを欲しがる。


「いや、でも、これ、あたしが自分で作った弁当だけど……。味付け間違って砂糖と胡椒で焼いちまったやつなんだけど……。た、食べたいのか?」


 鬼の子はごはんを欲しがる子猫のようにミギャーと声を出した。その声の弱々しさに、彼女は慌てて箸ケースからプラスチック箸を取り出すと、豚肉をつまみ上げ、鬼の子の口元へ運んだ。


 小さな口から太い牙が現れ、口よりもずっと大きな豚肉に勢いよく噛みついた。噛みつくなりその口が大きく膨れ上がり、アメーバのようにすっぽり取り込む。

 彼女はびっくりして箸を引く。その先に挟んでいた豚肉は、あっという間になくなっていた。


「すげーな、お前」

 彼女は目を丸くした。

「本当に、なんて動物だ?」


 木に生えている頭だけの動物かと思っていた。

 すると木だと思い込んでいたもの全体が、ゆっくりと動き出した。


「ええっ!? でかっ!」

 彼女は思わず声を上げた。

 成体なら3メートルを超す鬼の体長である。子供でも1メートルをゆうに超えていた。

 てっきり小さな頭だけの動物かと思っていたものが自分よりも少し小さいだけの大きな動物だったと知り、彼女は慌てた。


「そんな大きいなら豚肉だけじゃ足んねーよな!? 待ってろ! コンビニで何か買って来てやる!」

 そう言うと駆け出した。



 買って来たフライドチキンとパンを交互に手から食べさせてやると、鬼の子はだんだんと体が元気に動くようになった。

 すべて食べ終わると「ぷきー」と満足したような声を出し、四本の足で立ち上がり、すり寄って来た。


「あたしの名前は鬼瓦(おにがわら)マキだよ」

 なつかれて笑いながら、彼女は言った。

「お前は犬……じゃないよなぁ……? 何?」


 鬼の子は人間の言葉を喋らないのはもちろん、ワンともニャーとも言わずにただ「ぷきー」と言った。


「プキ……? プキか!」

 マキは笑った。

「よし、お前の名前はプキにしよう。マキとプキで、仲良しだ。よろしくな!」


 プキはぷきーと笑った。


 草を掻き分け、川原を走るとプキが後を追いかけて来た。

 マキは追いつかれないような速度で走る。しかしプキの足は速く、彼女に向かって飛びかかると、その体を押し倒してのしかかった。


「アハハハ! プキ!」

 マキはじゃれついて顔を舐めて来るプキの細く尖った体を撫でた。

「くすぐったい! くすぐったいよ!」


 もう日が暮れかけていた。


「帰りたくないなー……」

 マキはプキと川辺に並んで、沈む夕陽を眺めながら、言った。

「どうせあたしが帰んなくても心配なんかされないんだろうけど……」


 プキはマキの横顔を不思議そうに見つめ、ぷき? と言った。


「でも……帰る。帰んなきゃ」

 マキはそう言うと、立ち上がった。そしてプキの角の間の頭を撫でる。

「ごめんな? お前連れて帰るわけにゃさすがにいかねーわ。また明日、食いもん持って来てやっから……。お前、明日もここにいるよな?」


 プキは「まきー」というような声を出した。


「何? マキーって言ったの、今?」

 マキは笑った。

「名前覚えてくれたのかー。よし、明日もここにいろよ? じゃ、また明日な」




 夜になり、月が出ると鬼の両親が帰って来た。黒い闇の中に黒い巨体が蠢き、コソコソと橋の下に身を隠す。

「なんだ……。まだ死んでなかったのか」

 父はプキを見て、言った。

「そんなのほっときなさいよ。ご飯にしましょう」

 母が父の手に提げられているキジの死骸を涎を垂らしながら見つめている。

「こっち見んな。ッつーか、つきまとうな! ……いい加減」

 父はキジを地面に下ろすと、背を向けてプキを睨む。

 プキは橋の下までついて来ると、言った。

「ぼくも、食う」

「喋んな」父が言った。

「ぼくも、食うーっ!」プキは父の背中に飛びついた。

 父の細くて長い腕がしなり、プキを弾き飛ばす。プキは草を裂くように吹っ飛び、遠くの地面に倒れた。

「まったく……。邪魔ね。子供なんか産まなけりゃよかった」母が言った。

「殺しても細すぎて食うところがねーなんて、本当、邪魔者以外の何物でもねーな」

 食事をしながらそんな会話を交わす両親に、プキは再び襲いかかった。細い腕を鞭のように唸らせ、父の背中からその首を狙いながら、もう片方の腕をキジの死骸に向かって伸ばす。父は振り向くと長く立派な一本角で軽々とまた吹っ飛ばし、食事を続けた。

 父が人間の精神を持っていたなら殺されていたかもしれない。しかし鬼は食うため以外には殺さない。鬼の本能で知っているのだ、食べる目的以外では殺してはいけないと。


「そんなに腹が減ってんのなら、人間でも食ったらどうだ?」

 父が冗談を言った。

「昔の鬼は人間を食ったと言うぞ。人間ならそのへんにいくらでもいる。ただし、俺らの存在がバレるような真似はするなよ?」


「食事中に胸の悪くなるような話はやめてよ!」

 母が激怒して長い二本角を振った。

「昔、食ったことあるでしょ!? あんなまずいもの……思い出しただけで吐き気が止まらなくなるわ!」





「今……何て言ったの?」

 マキはリビングルームの絨毯の上に立ち尽くし、目を潤ませて両親を見つめた。


「すまなかったな、マキ」

 父親は昔のような優しい顔で、娘を見つめた。

「母さんとよくよく話し合って、決めたよ。離婚はしない」


「誓約書を交わしたのよ」

 母親が恥ずかしそうに、少し悔しそうに目を逸らしながら言った。

「私達、喧嘩の元になるようなことはいつも同じだったから……。お互いそれをしないようにしようって……折れ合ったの。また3人でやって行きましょう」


「……嘘」

 マキは笑いながら怒るように、首を何度も横に振った。

「あたし、聞いたんだよ!? どっちもあたしのこと引き取りたくないって!」


「聞いてたのか!」

 父親が驚き、弁解した。

「あれはパパもママも感情的になっていた時に口から出た、いわば……心にもない暴言なんだ……。『お前の血を引いている子なんかいらん!』みたいに、つい言ってしまった。すまん」


「あんたがいるから、少なくともあんたが大人になるまでは、パパといようって思った」

 母親は涙を拭き、言った。

「でも、その考えも変わったわ。パパね、会社を辞めて、北海道に行こうって。貯めたお金で牧場を買って、すべてをリセットしてくれるって。早速、明後日から行くのよ。あなたの転校手続きはもう済ませてあるし……」


「おい!?」

 マキは驚いて叫んだ。

「娘に相談もせずに何勝手に決めてんだ!?」


「あなたのためでもあるのよ。サプライズプレゼントのつもりだったの。受け取ってちょうだい」

「急ですまんが、友達にお別れの挨拶をしておきなさい」

 両親は取り付く島もなかった。




 プキは川原でマキを待っていた。

 運良く病気で野垂れ死んだ野良犬の死骸を見つけて、それで飢えをしのいでいた。

 お腹はいつでも満ちていた。それでもプキはマキが来るのを待ち続けた。

 土手の上を金髪の人間が通りかかると身を乗り出した。それが別人だとわかると背の高い草に身を隠した。

 一人で川原を駆けることはしなかった。川原に座り込んでただの木のふりをしながら、ただマキの笑顔を思い出していた。

 風が吹くと、死にかけてもいないのに、体の温度が冷えて行った。




 マキは列車に乗っていた。

 急に転校することになり、この2日間慌ただしかった。

 車窓から月を眺めながら、思った。

『プキ……。ごめんな……。腹空かせてるかな……』

 両親は向かいの席で眠っていた。仲睦まじげに寄り添って。

 それを見て、マキはくすっと笑う。

『プキはまあ、大丈夫だろ。あんなに可愛いんだもん、だれか他の人になついて、元気で生きて行けるよな』




 プキは同じ月を見上げていた。

 暗い川原に一人でお座りをして。

 体は黒くなり、木のように固まりはじめていた。




「ねえ、パパ」と、マキは揺れる列車の中で、目を覚ました向かいの席の父親に話しかけた。

「なんだ?」

「北海道って、広いよね?」

「ああ。買った牧場も広いところだぞ」

「動物、飼ってもいい?」

「動物? 犬か?」

「うん。たぶんだけど。変わった種類の」

「買ってやる。ただ、そういう珍しい種類だと、高そうだな……」

 マキは首を横に振った。

「あの町の、川原にいたんだ。すげー可愛いやつでさ。首輪がついてないから誰の飼い犬でもないよ」

「わざわざ戻って連れて来るつもりか? 同じ種類のでいいだろ。大体それは野良犬じゃないのか」

「だめだよ。あいつはあいつしかいないんだから。あいつにとってもあたしはあたししかいないんだ。代わりなんていらない!」

「始まったか……」父親がため息をついた。

 母親が諦めたように笑い、言った。

「マキちゃんのわがままが始まったら止められないわね」




 さて、ここからの結末は読者に選んでいただきたい。

 マキがそれから

①北海道で新生活のための準備を整えてからプキを迎えに戻ったのか、

 それとも

②すぐにプキを迎えに戻ったのか

 で、結末がまったく異なるのである。


 どちらか1つだけ選んでいただき、②を選んだ方は①は飛ばして読んでいただきたい。




(ED①)


 マキは北海道で新生活のための準備を整えると、すぐに父親の運転するSUVの助手席に乗り、プキを迎えに元の町へ戻った。

 約800kmの道程を、父親は文句も言わずに走ってくれた。


「パパと二人きりでドライブなんて久しぶりだね」マキが笑う。

「マキが小学生の時以来かな。いいもんだな、こういうの」父親も応えて笑った。「それにしても、そんなに可愛い犬なのか?」

 犬じゃないかもしれないという言葉は口から出さずにマキは、

「はっきり言って、あたし以外の誰が見ても可愛いとは言わないと思うよ。でも、あたしにはプキはこの世のどんな他の犬より可愛く見えたんだ」

「まさか……奇形なのか」

「そうかもしんない」

 父親は黙り込んだ。マキが続けた。

「でもね本当に可愛いんだよ。パパも一緒に遊んだら絶対好きになる。あたしが始まりになって、プキの世界を『好き』で満たしてやるんだ」


 土手の広くなっているスペースにSUVを停めると、マキは車から駆け下りた。


「プキ!」


 やれやれという様子で手を大きく上に伸ばして欠伸をする父親に背中を向けて、マキは土手を下り、背の高い草の中へ入り込んで行く。


「プキ! いる?」


 声は返って来なかった。プキと出会った秘密基地へ行ってみたが、姿はなかった。


 川に沿って歩いて行くと、黒い細木のかたまりが倒れているのが向こうのほうに見えて来た。

 (しお)れた自分の体を抱きしめるようにそれは固まっており、マキは急いで走り寄った。


「プキ! プキ!?」


 プキは完全に倒木にしか見えない姿で、そこに倒れていた。しかしマキにだけはわかった。トマトのように小さな顔は入り組んだ枝の奥で固まり、力尽きたように目を閉じていた。

 マキは急いで手に持ったコンビニのフライドチキンを差し出した。


「ほら! ごはんだよ! 鼻ヒクヒクさせろ!」


 しかしプキは戻っては来なかった。餓死ではなかった。寂しさで、鬼は死ぬのだ。


 地面の小石の上にマキの大粒の涙がぽたぽたと零れた。


「ごめん……プキ。ごめん……」

 呼吸が途絶え倒木と化したプキの体を抱きしめても答えはなく、温めてもぬくもりは戻らなかった。マキは声を上げて泣いた。

「もっと早く……来てあげればよかった!」


                    (了)





(ED②)


 マキは父親と二人、途中の駅で下車すると、父親が電話で予約を入れていたレンタカーの店に向かった。


「母さんには2日間ホテルに泊まって俺達を待つように言ってある」

「ごめん。本当にごめん」

 マキは誠意を見せて父親に謝った。

「あたしも悪かったんだよね? パパとママをいつも振り回してたから……。これを最後のわがままにするから」

 手を合わせて謝ると、父親は諦めたように笑った。

「俺達が離婚を考えるまでの危機に陥ったのは、少なくともお前のせいではまったくない。そこは、気にするな」

 そう言って娘の金色の頭を大きな掌でぽんと叩いた。


 引き戻す距離は短かった。レンタカーで借りたミニバンで元の町まで帰り、川沿いを走った。土手の広くなっているスペースにミニバンを停めると、マキは車から駆け下りた。


「プキ!」


 やれやれという様子で手を大きく上に伸ばして欠伸をする父親に背中を向けて、マキは土手を下り、背の高い草の中へ入り込んで行く。


「プキ! いる?」


 声は返って来なかった。プキと出会った秘密基地へ行ってみたが、姿はなかった。


 川に沿って歩いて行くと、黒い細木のかたまりが倒れているのが向こうのほうに見えて来た。

 (しお)れた自分の体を抱きしめるようにそれは固まっており、マキは急いで走り寄った。


「プキ! プキ!?」


 するとプキが声に反応して顔を上げた。ほんの数日ぶりだというのにその体はどう見ても大きくなっていた。


「プキ!? お、大きくなったなあ……!」


 しかしそれは明らかにプキだった。笑顔のような表情を浮かべ、ピンク色の舌を出し、マキに向かって大喜びで駆け寄って来る。


「プキー! 一緒に北海道行くよ!」


 マキは走りながら腕を広げた。その胸にプキは飛び込むと、思いきりその尖った腕を肋骨の隙間に突き刺した。そして短い尻尾を振って喜びの声を上げた。


「ぷっきー!」


 ずっとマキを待っていた。待っているうちに愛は食欲に変わっていた。鬼は人間を基本的にはまずくて食べないが、大好きになった人間のことは美味しそうに見えてしょうがなかった。そして鬼の本能で知っていた、これから食べようとする相手のことはすぐには殺さず、苦しむ顔を堪能してから食べるのがいいことを。それは鬼にとって人間に対する最高の贈り物だった。


「プ……キ?」

 マキは口から血を吐きながら、信じられないものを見るように自分の胸に突き刺さっている鬼の細い腕を見た。

 そしてプキのほうを見ると、浮かべたのは苦しみや悲しみの表情ではなく、その顔が怒りと憎しみで歪みはじめた。


 プキは愛するマキのそんな顔が見たくなくて、そんな顔をされたら悲しくて堪らなくて、急いでマキの顔を自分の口で覆い隠すと、太い牙を立てて食いちぎった。


                  (了)


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