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女神のスマホを手に入れた

作者: 杏仁豆腐

福松寿子は運が悪い。


最初に自分が運の悪い人間だと気付いたのは5歳の時だった。

誕生日に母にワンピースを買ってもらった。ピンクのフリフリが付いた可愛いワンピースだ。誕生日の次の日は保育園の遠足で、私は早速おろしたてのワンピースを着て行った。遠足は市内の運動公園へ行く予定だった。みんなで手を繋いで歩きながら公園に向っている最中の事だ。私の前で戯れあっていた男の子達の肘が私に当たったのだ。


「えっ・・・。」

「寿子ちゃん!」


先生が手を伸ばした時には遅かった。

気付いた時には私は道路側の溝に落ちていた。新品のワンピースは泥だらけに破れ、私は人生で初めて足を骨折した。


それから大なり小なり私は多くの不運に見舞われて生きてきた、と思う。雨上がりに外に出ると必ず車が水たまりを跳ね上げて、汚れてしまう。こんなのは小さな方だ。高校受験では発行された受験番号が手違いで登録されていなかった。大学受験では10年に1度の大雨で交通機関が全てストップした。就職活動では道中でひったくりの被害に遭ったり、エントリーシートを先方が紛失していたり、交通事故渋滞に巻き込まれたりした。

どうやら私はとことん運がない。福松寿子なんていう縁起の良さそうな名前をつけられた反動なのだろうか。しかも私が張り切っている人生の節目節目で特に運が悪くなる様だ。そう気付いた私は就職活動を諦め、今は本屋でアルバイトをしている。フリーター歴2年目だ。


「福松さーん!ちょっと来て!」

「は、はいっ!店長!」

「何これ!ジャンプが大量に仕入れられてるんだけど!福松さんが担当よね!?」

「えっ!?」


見ると倉庫にはジャンプがもの凄い量束になって置かれていた。ざっとみて10冊の束が床一面所狭しと並んでいる。1000冊くらいあるかもしれない・・・。


「え、えぇぇえ!?」

「どうすんのよ、これ!」


私のバイトしている本屋はチェーン店ではなく個人がやっている小さな店だ。そもそも週刊誌のジャンプが1週間でこんなに売れるわけがない。明らかな発注ミスだ。

そういえば先週は発注日にシフトが入っていなかったから橋本君にお願いしたんだった。橋本君はバイトを始めて半年くらい経っていたし、発注作業も何度かしている。その時間違えてしまったのかもしれない。


「先週、橋本君に頼んだんです!か、確認してみます!」


橋本君に急いで電話をかけてみるとすぐに出てくれた。


「も、もしもし橋本君!先週の発注でジャンプ大量に注文しなかった!?今倉庫が凄いことになってて・・。」

「えぇ?俺知らないっすよ、ちゃんと10冊って打ちましたよ。これから彼女とデートなんで、じゃ。」

「あぁ、ちょっ・・・。」


ブチッ


「・・・店長、すみませんでした!」

「はぁ、とりあえずこれをどうにか返送しなきゃ。いくら自分がシフトじゃなかったからと言って、福松さんの方が先輩なんだから確認を忘れない、分かった!?」

「はい・・・。」


店長の言うことは正しい。橋本君はバイトの後輩だ。ちゃんと私が次のシフトの時確認するべきだった。でもまさかこんなミスを橋本君がするなんて・・・。

売れ残った本は問屋に返送すれば金額は返ってくる。けれどその送料は本屋が払う事になる。項垂れたまま大量のジャンプを返送するための作業に取りかかるのだった。



仕事が終わり、帰る頃にはクタクタとなっていた。昔から本を読むのが好きで就職活動を諦めた時もすぐ本屋でバイトをしようと決意した。けれどこんな風に仕事でミスを犯しては店長に怒られる日が続いている。2年もクビにならずに働けているのは奇跡なのかもしれない。


「おや、福松さん疲れた顔をしてるね。」

「足立さん・・・。」


本屋から帰る途中、常連さんの足立さんに出会った。足立さんはいつもスーツをパリッと着こなしているおじいちゃんだ。週に一度は私のバイトしている本屋で小説を買ってくれている。いつも店長に怒られて落ち込んでいる私を見かけては声をかけてくれるのだ。


「今日もミスをして店長を怒らせてしまいました・・。」

「そうかいそうかい。それは大変だったね。」

「はい・・・。」

「ほら元気を出して。・・・そうだ、この前福松さんにおすすめされた小説、面白かったよ。海外の作家の作品はほとんど読んだ事はなかったけれど、面白い物も沢山あるんだね。」

「本当ですか!?私のおすすめの作家さんなんです。良かったらまた教えますね!」

「うんうん、ありがとう。また笑顔の福松さんに本屋で会える事を楽しみにしているよ。」

「はいっ!」


足立さんと別れ、少しずつ元気を取り戻す。昔から色々不運に見舞われてきたけど、その度に周りの誰かに助けられてきた。足立さんもその1人だ。


帰り道、日課となっている神社へのお参りをする。家と本屋の間にある小さな神社なのだけれど、中学生の頃からあまりに不運な自分の運気を上げようと、毎日の様に参拝しているのだ。お金も無いからお賽銭は決まって5円なのだけれど・・・。


「神様、少しで良いので良い事がありますように、今度からは仕事でミスしません様に・・・。」


あとついでに素敵な彼氏も出来ますように。


手を合わせて祈っていると肩にかけていた鞄に違和感を感じる。見ると烏が私の鞄に頭を突っ込んでスマホを咥えて飛び立っていったのだ。


「えぇっ!?ちょっと待って!」


お祈りしたそばからこんな事ってある?!


烏はスマホを咥えたまま神社の裏手へ飛んでいく。追いかけていくとそこには池があった。そしてスマホがツルツルして咥え難かったのか、烏はスマホを池の中に落としていってしまった。


「えぇぇぇえっ!そんな・・・。」


スマホ、買い換えたばっかりなのに・・・。防水とはいえどうやって拾い出そう。池は結構大きくて、深いかもしれない。

池の前に立ちすくんで途方に暮れていると、池の中心あたりが眩く光り始めた。そしてその中心から女の人が現れたのだ。


「・・・・・。」


女の人はマーメイドドレスの様な物を着ている。金髪でグラマラスなスタイルだ。女の人は閉じていた目を開けると唖然として声も出ない私を見つめた。


「お主、落としたのはこの金のスマホか?それともこの銀のスマホか?」

「えっ?」

「だから落したのはどっちだと聞いておる。金か、銀か?」


えっと、私のスマホはゴールドのやつだから・・・


「き、金です・・・。」

「ふんっ、そこは普通のスマホと答えるところじゃろう、空気の読めんやつだな。」


えぇっ?そ、そうなの?てかそもそもそういうのってオノの話じゃないの?


「まぁ良い、お主の様ながめついやつでも10年にわたりここで参拝しているのは褒めて遣わす。・・・ちょっと賽銭は少ないがな。」

「は、はぁ・・・。」

「ごほん。そこでだ、お主には褒美を遣わそう。金でも銀でもない女神のスマホをお主に与えるぞ。」

「え、ちょっと待ってください。データとかもあるし、私元のスマホでいいです!」

「全く・・・ほんっとにお主は空気も読めなければ情緒もないやつじゃのう。そこは黙って喜ぶところじゃ。」

「えぇっ?でも・・・。」

「なんじゃ文句があるのか。ごちゃごちゃ言うでない!ほらデータとやらはあれじゃ、女神の力でなんとかしておいてやる。それに女神のスマホにはカメラが3つ付いておるぞ。お主の持っていたやつより良いやつであろう。感謝するのじゃ。」

「は、はぁ・・・。」

「うむ、じゃあ妾はお肌の手入れがあるのでな。またな。・・・そうだお主今度から賽銭は10円くらい出すのじゃ、分かったな。」


そう言うと女神はほれっ、と私にスマホを投げて寄越し池の中に消えて行ってしまった。

手元にあるスマホは特になんの変哲もない様に見える。あ、でもカメラがちゃんと3つある。それは本当なんだ。


狐に摘まれたような気持ちのまま私は家に帰った。


「寿子〜、遅かったわねぇ。お帰りなさい。」

「ただいま〜。ちょっと疲れたから今日はすぐ休むね・・・。」


家に帰り自室に戻ると早速スマホを起動させてみる。池の中にあった様だがきちんと起動した。

そして画面が明るくなると、男の人の顔が映った。


「うわっ!か、壁紙変わってる?」


男の人は黒髪でとても綺麗な顔立ちをしている。けれど瞳は燃える様な赤色だった。カラコンか?


「おい、女!」

「うわ喋った!何これ!」

「うるさいやつだな、話を聞け!」

「え、私と会話してるの?」

「そうだ、いいか、俺はこの四角いスマホとやらに囚われた悪魔だ!」

「悪魔・・。」


何これ、女神のスマホには悪魔が住んでるの?それとも自分を悪魔と思ってる痛いやつなのか?


「おい!今お前俺を哀れな目で見ただろう。俺は自分が悪魔と思っている痛い奴なんかじゃない!本当に悪魔なんだ!」

「そ、そうなの?」

「そうだ!俺はな、あの池に住んでる女神に騙されてこのスマホとやらに閉じ込められたんだ!」


そんな間抜けな悪魔っているんだ・・・。


「そこでだ、女神とやらが言うには千人の人の願い事を叶える事が出来れば俺を解放してくれるらしい。お前は789人目だ。」

「は、はぁ。」

「ほら、分からないのか。」

「え、えっと?」

「だーかーら、とっとと願い事を言え!俺は早くここから抜け出したいんだ!」


な、なるほど。要するにこの女神のスマホに囚われた悪魔が私の願いを叶えてくれるのか。あの女神、きちんと仕事はしてくれたらしい。


「えっと、じゃあ、私の不幸体質を治してください!」

「だめだ。」

「えぇぇ?」


ちょっと、この流れで断られるなんてあるの!?


「願いは俺の魔力で叶えるわけじゃない。魔力は女神に封印されているし、そんなんじゃお前の成長にならないからな。」

「と、いうと?」

「願いというのは自分で叶えてこそ意味があるんだ。他人が簡単に叶えたとしても本人の成長にはならん!」

「は、はぁ。」


なんだろう・・言ってる事は凄く正しいんだけど、なんだろう、凄くコレジャナイ感がある・・・。


「おい、お前俺の事をまた哀れみの目で見たな!そういう目線は人を傷つけるんだ!そんな人間になるな!」

「は、はい・・・。」


なんだろうこの感じ、これって・・・


「お母さん・・・?」

「おい!俺はお母さんなんかじゃない!」


というわけで女神のスマホを手に入れたら、悪魔が付いてきた。





悪魔の名前はケンジ、というらしい。思った以上に普通の名前でびっくりした。ケンジが言うには願いを叶える、というのは願う人が夢を叶えるお手伝いをする、という事らしい。なんとも曖昧な感じだ。

とりあえず私の願いは就職する、という物にした。いつまでもフリーターというのは頂けない。そうケンジに伝えると「お前、その年でまだフリーターだったのか、ちゃんとしろ!」と怒られた。本当にお母さんだ。



そんなわけで私は今絶賛就活中である。


「またお祈りメールだ・・・。」


現在、就活8連敗中だ。

はぁ、今回の会社は面接の手応え良かったんだけど・・・。


「寿子、元気を出せ!まだたった8回目だろう!」

「ケンジ・・・でも・・。」

「お前はすぐにでも、という。なんだ自分が不運だから出来ないと思っているのか?そんな考えは自分をだめにする。」

「・・・。」


就活も最初は意気揚々としていた。女神のスマホに悪魔がいるのだ。しかも悪魔は願いを叶えてくれるという。鬼に金棒の気分ですぐに就職も決まるだろうと浮かれていた。

けれど現実は厳しい。中途採用には今まで他の会社で実績を挙げた人達が沢山ライバルとしている。普通の4年制大学を出て、2年フリーターをしていた私なんて、書類を見た瞬間から面接官に溜め息をつかれる。

女神のスマホを手に入れてから、不思議と不運には見舞われていない。女神の力というのは本当みたいだ。

だからこそ、就活が上手くいっていないのは運が悪いせいじゃない、私のただの実力不足だ。


「でも、もし大学受験の時大雨なんかにならなければ、私は第一希望に受かってた。ううん、その前の高校受験でもあんなトラブルが無ければ・・・。もっといい高校、大学に行って今頃すぐに就職出来てたはずだよ・・。」

「だからどうした。過去の事を言っても今が変わるわけじゃないだろう。良い大学を出てないからって良い仕事に就けないわけじゃない。お前、今まで自分の不運を言い訳にしてきただけだろう。」


ケンジの言葉は時に鋭い。私はその言葉に何も言い返せない。


「お前がすぐにでも、というのはその後に自分は不運だからと言うための言葉だ。そんな人間はどこに行っても同じ事の繰り返しだ。運が悪いとかそういう問題じゃない。」

「じゃあ、なんでこんなに上手くいかないの?!私は高校も大学もちゃんと勉強してきた。それでも大事な日には必ず何か不運なことが起こる!それも私のせいなの!?」

「だから、寿子・・。」

「自分の実力不足を運のせいにするなって言うんでしょ!?でも私の努力でどうにかなるなら今頃こんな事になってなかった!ケンジの言ってる事は私の願いを叶える助けになんかなってない!」

「あ、おいちょっと寿子・・・!」


ブチッ


ケンジは何かを言っていたが私はそのままスマホの電源を落とした。ケンジの言葉を聞いていると、今までの自分を全否定されている様で我慢ができなかったのだ。

ケンジの言っていることは正しい。けれど、私はそれを素直に受け入れる事が出来るほどまだ大人じゃない・・・。



翌日も会社の面接だった。元々予定は分かっていたから、スマホの電源を落としたまま面接に出かけた。

今はケンジの事は考えずに面接に集中するしかない。


今日は地元の食品会社に面接に来ていた。会社についてもきちんと調べてきている。準備万端だ。


「では福松さん、お入りください。」

「はいっ!よろしくお願い致します。」


「福松さんは国立大学を出ているんですね。何を勉強されていたんですか。」

「はいっ!私は大学では英文学科で勉強をしていました。」

「なるほど、その後は就職せずに本屋でアルバイトをしていたんですね。それはまた何故ですか?」

「それは・・大学4年生の時、就職活動が上手くいかなかったためです。なので一度社会経験をしようと考えました。」

「そうなんですね、ではなぜまた就職をしようと?」

「はい、御社の経営理念に賛同したからです。特に御社のドライフーズは私の家でも良く食卓に並びます。地域に密着して、食卓に笑顔を届ける御社で働きたいと考えました。」


よし、ここまでは順調だ。面接官も優しそうな人で手応えがある。


「ありがとうございます。

ではお尋ねしたいのですが、なぜ大学の時の就職活動は上手くいかなかったと思いますか?」

「え?」

「先程貴女は大学の時就職活動が上手くいかなかったと仰いましたね。なぜ上手くいかなかったのでしょう?」

「それは・・私は昔からあまり運が良い方ではありませんでした。大学受験では大雨で交通機関が止まり、第一希望を受けることが叶いませんでした。就職活動中にも度々不運な事が・・・。」


違う、こういう事を言いたいんじゃない。こんなの面接官に良い印象なんて持たれない。なのに止まらない・・・。


「最初に受けた会社では道中ひったくりに遭ってしまいました。次の会社ではエントリーシートを先方が紛失して・・・でもそんな事が無ければ今頃は・・・」

「福松さん、貴女は先程我が社の経営理念に賛同したと仰いましたよね。」

「は、はい・・・。」

「この会社の創立者は私の父です。」


て事は、この人は今の社長!?


「父は貧しい家庭に生まれました。10人兄弟の末っ子で、幼い頃は奉公に出された様です。学校も小学校までしか行っていません。しかしながら父は18の時に今の会社の元となる商店を創立しました。最初は苦労した父でしたが、数年をかけ軌道にのせた。

しかしそんな時です。第二次世界大戦が勃発しました。父は陸軍に徴兵され満州へ向かいました。戦後はしばらく日本には帰れませんでしたが、帰ってくる事ができた。帰ってきた時には町は焼け野原となり、せっかく創り上げた店も跡形もなかった。けれど父は諦めず今の会社を興したのです。

私は父の生きた時代は苦しい時代だったと思います。けれど父の事を不運と思った事はありません。それは父がどんな困難に打ちのめされても諦めなかったからです。

福松さんは自分の事を運が悪いと仰いましたね。けれど私はそうは思いません。父がそうである様に。」


面接は終わった。

社長の言う事に私はなにも言えなかった。


会社を出ると、そこには足立さんがいた。足立さんは杖をついていつもの様にスーツを着こなしている。


「おや、福松さん、どうしてここに?」

「あ、足立さんこそ何故?」

「それは・・・ここは私の息子の会社なんだよ。」

「え、えぇ?!」


て事はさっきの話って足立さんの事・・・。


「そういえば息子が今日は中途採用の面接があると言ってたね。福松さんの事だったんだね。」

「はい・・でもダメでした。私、本当に甘えていました。社長にはそれを見抜かれていました。」

「なるほど、何があったんだい?」


私は面接の話を足立さんにした。自分が不運だと思って甘えていた話、足立さんの半生を聞いてそれに気づかされた事を。


「はっはっは、それは息子も私を買いかぶり過ぎだね。確かに苦しい事もあったけど、それは周りに助けられたからだよ。

それに私は自分のやりたい事をした。それは辛い事があったとしても気にならないくらい楽しい事だよ。」

「やりたい事・・・。」

「福松さんはやりたい事はないのかな?闇雲に就職活動をしても本当にやりたい事でないと上手くいかないかもしれないよ。」

「私は・・・分かりません。今まで不運を言い訳にしてあんまりやりたい事を考えても来なかった気がします。」

「そうなんだね・・・。私が1つ言えるのは、福松さんにおすすめされた本はどれも面白かったという事だよ。特に海外の作家の本は素晴らしかった。私の様なおじいちゃんでも初めて知る様な作家を教えてもらった。それは貴重な体験だったよ。」

「足立さん・・・。」

「福松さんならきっと大丈夫。本屋で何度もミスをしてもめげずに丁寧に仕事をしている様子を私は知っているよ。それは誰にでも出来る事じゃあない。

それと、周りに感謝する事を忘れないで。貴女を諫めてくれる人が本当に貴女の事を大事に思っている人なんだから。」

「・・・ありがとうございます。」


足立さんに深々と頭を下げて私は会社を後にした。




家に帰り電源の入っていない女神のスマホを見つめる。

諫めてくれる人が本当に自分の事を大事に思っている人・・・。

それはきっと・・・。


「あ、おい!寿子!急に電源切るなよ!って泣いてんのか?!何があった!?」

「ケンジ・・・ごめん、ごめんなさい。」

「お、おい・・・。」


それから私はケンジに酷い事を言った事を謝った。そしてケンジの言う通り自分の不運を言い訳にして、甘えていた事に本当の意味で気づいた事も・・・。泣きながらで、ぐちゃぐちゃになりながらだったから上手く伝わったかは分からない。けれどケンジはそれを黙って聞いてくれていた。


「寿子、お前の言いたい事は分かった。けど、俺も寿子に言いすぎた。あれから暗いスマホの中で考えたんだ。寿子は努力してないわけじゃない。本屋のバイトでもお客さんに喜ばれる様にいつも考えている事を知ってる。だから俺も言い過ぎた。」

「ケンジ・・・ありがとう。」

「あー、もうこんな湿っぽいのはなしだ!柄に合わん!

そうだ、足立の爺さんがやりたい事をやれって言ってたんだろ?寿子のやりたい事、一緒に考えようぜ。」

「うん。

それで帰り道に考えてみたんだけどね・・・」






それから半年が経った。

私は変わらず就活をしていた。何連敗したかはもう数える事をやめた。けれどやりたい事を見つけて、それを目指して頑張っている。足立さんの言うようにやりたい事のためだったら、辛い就活も前ほど苦じゃない。


「おい、寿子!今日の面接はどうだった?」

「うん、今までで手応えが1番あったと思う。」

「そうか、良い結果だといいな!それで、今日も遅くまで勉強すんのか?少しは休めば・・・。」

「ううん、私みたいに実績がない人間は人一倍勉強しないと。」

「そっか・・・。」


私の決めたやりたい事、というのは翻訳家だ。元々本が好きになったきっかけは、海外の小説家の本が好きだったからだ。それがきっかけで大学は英文科に行った。

けれど私の様に留学経験もない、大学も名門じゃない人間はなかなか翻訳家として食べて行くのは難しい。今は翻訳会社への就職か、またはフリーランスで契約をしてくれる会社を探している。


そのためにも英語の勉強をしながら、海外の著書や音楽の歌詞を翻訳するサイトを作り、そこにいくつか載せている。


「今日の会社は私が持って行った翻訳を褒めてくれたんだ。もしかしたらいい返事が来るかもしれない。」

「そっか、良かったな。

俺は最初、寿子はとんでもない甘ちゃんだと思ってた。」

「甘ちゃん・・・。」

「けどそんな事はない。寿子は凄い。悪魔の俺がそう言ってるんだ、自信を持て!」


悪魔にお墨付きをもらってもどうなんだろう・・・。


「あ、お前また哀れみの目で俺を見たな!言っただろう、そういうのは・・」

「はいはい、ごめんなさい。そして・・・ありがとう。」

「お、おう。分かればいいんだよ、分かれば。」


ケンジにはとても感謝している。

そして私はケンジとの別れが近い事もなんとなく悟っていた。




2週間後、翻訳会社から採用のメールが届いた。


「ケンジ!見て!初めてお祈りメールじゃないの来た!凄い!ケンジ!」

「凄いぞ!やったな!寿子、お前なら出来ると俺は信じてた!」

「やった!まさか採用されるなんて!

あれ、ケンジ?なんだか薄くなってる様な・・・」

「寿子、時間だ。俺はまた女神の元で次の人を助けるようだ。」

「ケンジ!もう行っちゃうの!?」

「ごめんな、俺も寿子と過ごした時間はすげぇ楽しかった。」

「そんな・・・ケンジにはまだまだ一緒にいて欲しい!こんなお別れ嫌だよ!」

「ごめん・・・でも寿子ならこれから俺がいなくても大丈夫だ。でももし会いたくなったら・・・」

「ケンジ!私ケンジに・・・!」


そうしてケンジとは突然のお別れとなった。






2年後、私は大きなキャリーケースを持ってあの女神の神社へやって来ていた。

あれから私は翻訳会社に就職し、上京した。1年ほど働いた所で、やっぱり海外経験は積んだ方が良いと言うことで海外の支社に転勤となった。そこでの仕事が思った以上に上手くいき、正式にそちらで採用される事となったのだ。今日はその報告も兼ねて実家に帰って来ている。

地元に帰り真っ先に向かったのはバイトをしていた本屋だった。店長に聞いたところ足立さんは半年程前に亡くなったらしい。高齢だった足立さんだ。今でも私に優しく声をかけてくれた笑顔を覚えている。


そして今神社で私は報告も兼ねて参拝している。お賽銭は10円だ。


「女神様、ありがとうございます。ケンジを私に遣わしてくれて・・・。今は・・・ってえ?」


お祈りの最中に烏が私の鞄に頭を突っ込む。そしてまたスマホを咥えて飛び立って行った。


「えぇぇえ!?」


なんだろう、このデジャブ・・・。


案の定烏は池に向かうとスマホを落として行ってしまった。そして池の中心が眩い光に包まれる。この光景、私知っている・・・。


「お主、落としたのはこの金のスマホか?銀のスマホか?」

「女神様・・・。」

「なんじゃ、お主あんまり驚いておらぬな。こういう時はな、驚くのが正しいリアクションじゃ。」

「女神様!私、私です!2年前にスマホをくれた・・・」

「知らん。お前の様な平凡な顔の人間、日本に何人いると思っておる。そんなのいちいち覚えておる妾ではない!」

「えぇ・・・」

「で、どっちじゃ。落としたのは金のスマホか?銀のスマホか?」

「えっと、落としたのは女神のスマホ・・・です。」

「女神のスマホじゃと?そんな物あるか。お主さては異様にがめつい人間じゃな?賽銭も10円しかないしな。

よし、あい分かった。お主の様な人間には仕置きじゃ。ほれ、これをやる。せいぜい悪魔に取り憑かれるのじゃ!」

「あ、女神様!私のスマホ・・・」


そう言うと女神は池の中に消えてしまった。もちろん、手元にスマホはない。

どうしてくれるんだ・・・。


「寿子!」

「え?」


背後から、懐かしい声が聞こえる。

振り返るとそこには、ケンジがいた。スマホの中じゃなく、目の前に。


「え!?ケンジ!?ど、どうして!?」

「寿子遅いんだよ!どれだけ待ったと思ってるんだ!」

「え、ど、どういう事?」

「別れ際に言っただろう!会いたくなったら神社に来いって!なんで来ないんだ!」

「あ、あぁ・・・。」


あの時そう言ってたのか・・・。感極まりすぎて聞こえてなかった。


「おい、お前聞いてなかったとか言うんじゃないだろうな!あの後1年かかったが残りの211人の願いを叶えた。それで女神から解放されたんだ!」

「そうなの?お、おめでとう!」


ケンジは両腕を広げる。私は躊躇わずその胸に飛び込んだ。そしてぎゅうっと苦しいくらいに抱きしめられる。

ケンジの顔はスマホで見ていた通りとても整った顔をしていた。けれどあんなに燃えるように赤かった瞳は、黒色に変わっていた。


「ケンジ、目が黒くなってる?なんで?」

「それはな、俺が人間になったからだ!」


曰く、ケンジが千人の人の願いを叶えると女神から解放された。けれど人間になりたかったケンジは女神に懇願した。人間にして欲しいと。

すると女神からスマホを渡されたという。その中には悪魔が囚われていた。悪魔が言うには「千人の人の願いを叶えると女神から解放される。だからお前の願いを叶える手伝いをする」と。


なんか、すっごい聞いたことある話なんだけど・・・。


「それで俺は寿子を見習ってめちゃめちゃ頑張ったんだ!それで人間になる事が出来た!」


悪魔ってめちゃめちゃ頑張れば人間になれるの?そういうものなの?悪魔の世界では常識なの?


「ケンジ、人間になって良かったの?どうして・・・」

「そんなの寿子とずっと一緒にいたいからに決まってんだろ!分かるだろ!」

「ケンジ・・・。」

「それで・・・お前はどうなんだ。俺と一緒にいてくれるのか?」


ケンジの不安そうな顔は初めて見る。

一緒にいた時もいつも自信満々の顔しか見た事がなかった。


私は返事の代わりにケンジにキスをした。



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