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7.イケメンは離れて下さい

 夜風が二人の間を通り抜ける。さっきはあんなに心地良かったのに、今は震えるほどに寒いくらいだ。

 その原因は言わずもがな、目の前で対峙するこの男のせいである。

 じろりと睨みつけるような視線に一瞬怯んでしまったが、すぐににこりと笑みを貼り付けた。


「まあ、ご冗談を。一年間学び舎を共にしましたもの、ちゃんと覚えておりますわ。サフィール・ヒースクリフ様」


 っていうかさっきまで会場にいたはずなのに。いつの間に移動したのか、声を掛けられるまで全然気付かなかった。しかも誰も見ていないと思って背伸びしたところを見られたとは不覚だ。

 内心どきどきしているけれど、しかしそこはおくびにも出さずに令嬢スマイルで乗り切ろうと思います。

 すると、剣呑な表情だったサフィールも私を同じようににこりと表情を変えた。こんな状況だけどイケメンの破壊力凄い。


「ああ、良かった。公爵令嬢としての矜持と一緒に忘れられてしまったのかと思ったよ」

「ふふ、おかしなことを仰るんですね」

「君ほどじゃあないけど」


 あははうふふとお互い目が笑ってない状態で笑い合う。たまたま通り掛かった野良猫がその迫力にふぎゃっと尻尾を膨らませて逃げていった。ごめんよ猫ちゃん。

 正直、サフィールとは今一対一で対峙したくなかった。さっきあれだけ『シンシア』の死刑を推し進めようとした相手だ。この場で処刑されてもおかしくない。一刻も早く自宅へ帰りたい私は全力で話を逸らすことに決めた。


「サフィール様はパーティーには参加されなくてよろしいんですの?」


 遠くからオーケストラの音楽が微かに聞こえてくる。騒ぎの現況である私がいなくなったから再びパーティーは再開されたのだろう。

 ほらほら、と会場の方に視線を向けたけれどサフィールはつられることなく真っ直ぐ私を見つめたままだった。見ないで下さい。


「行かないよ、あんなつまらないものに興味ないし」


 一歩、サフィールが近付く。


「そんな、ララが聞いたら悲しみますわ……」


 一歩、私が下がる。


「ララ?」


 ひく、と不機嫌そうに鼻がに皺が寄る。


「どうしてあの子の名前が出てくるの」

「どうして、って……」


 イケメンはそんな表情もイケメンだから本当にずるい。というか、私が下がれば下がる分だけサフィールが前に出てきて、もう苛めに来てるとしか思えないんですがどうなのこれ。

 言葉に詰まった私をどう思ったのか、サフィールは明らかに不機嫌になった。えっ、こわ、空気変わったんですけど。

 と思っていたら急にサフィールが大股で更に近付いてきた。咄嗟に下がったけれど背中に手摺が触れてそれ以上は逃げられなかった。


「今は君の話をしているんだ」

「ヒっ!」


 だん、と耳元で大きな音がする。私のことをテラスとの間に閉じ込めるようにサフィールの腕が手摺を叩きつけると、触れそうに近付いた鼻先に思わず悲鳴が漏れてしまった。

 いやちょっと本気で距離を詰めてこないでほしいですやめて下さいこちとら乙女ゲームでしか男性に優しくしてもらったことのないピュアな人生を送ってきたのでそんな顔面偏差値で近付いてこられたら正視できなくなるんです。

 そうしたらその悲鳴が気に食わなかったのか、また一層サフィールが凄んできた。


「なに、それ」


 だからそれ怖いんですけど!

 このままだったら本気で首を切られかねない。ひ、から始まる文面を何か捻りださないとここから逃げられそうもなかった。


「ええと、その……」


 こっわ、ちっか。美人は怒った顔も美人だっていうけど、怒った顔は純粋に怖い。そしてかたかた震える肩を縮こまらせながら必死で誤魔化そうと考えて出した結論が、こちらです。


「ヒースクリフ様、は、私のことがお嫌いなのですね」


 どうですか、これ。

 話の流れ的に完璧な文章でしょう。これは誤魔化せた大賞受賞したも同然です。


「は……?」


 あまりにも素晴らしすぎてサフィールは言葉も出ない様子だ。よし、今の内に畳みかけようと、私は涙ぐんだ振りをして顔を俯かせる。


「それなのに今まで馴れ馴れしくお名前をお呼びしてしまい申し訳ございませんでした。それに今の私は公爵令嬢の身分も剥奪された身、もうこの場に相応しくありません」


 ぽかんとしたサフィールの腕の力が緩んだのが見えて、私はたっと駆け出した。


「失礼します!」

「あ、ちょっと!」


 ひらりとドレスを翻して私はそのまま廊下を走り抜けた。後ろでサフィールの呼び止めるような声が聞こえたけれど、あの人体力は本当に赤ちゃん並みにないので私にすらきっと追い付けないはずだ。

 案の定追いかける気配はなく、けれど念のためと私はドレスの裾を持ち上げて全力疾走した。ここでヒールの一つでも落としていけば可愛げがあるのかもしれないが、そんなシンデレラロマンスは起きる訳がなかった。

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