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6.無事に退場できませんでした

「お待ち下さいカイル様! いくらなんでもあんまりです!」


 慌てたのはララだった。

 確かに身分の高い相手にいきなり自分の世話をさせるなんて言われたらそりゃあ必死で止めにかかるだろう。しかしカイル様の決意は固いようで、可愛いララの懇願にも首を横に振った。


「これはシンシア自身も望んだことだ。決定を覆すつもりはない」

「しかし……!」


 それでも尚食い下がろうとするララの後ろからぽんと肩に手を置くと、はっとしたように桃色の瞳が振り返った。


「いいのよ、ララ」


 だってそろそろ場の収集をつけた方がいいと思うの。いい加減周囲の名もなきクラスメイト達を解放してあげたいし、何より私が視線に耐えられない。こんな大勢の前で話すのは幼稚園の学芸会の時依頼なのでほんと勘弁してほしい。


「むしろカイル様に感謝しなければいけないくらいだわ」

「シンシア様……」


 ふっと微笑んでみせればララは辛そうにきゅっと眉を寄せた。もしかしたらこの子の目には私が過酷な罰に耐えようとしている聖女にでも見えているのかもしれない。そのくらい悲痛な表情をしていた。

 すみません違います。ただのコミュ障かつ引きこもりなだけです。


「詳細は追って沙汰する。それまで自宅で謹慎するがいい」

「かしこまりました」


 私はカイル様に向かって深く礼をする。

 王太子の決定とはいえ、婚約破棄は当事者同士で行えるほど簡単なものではないのだ。王家と公爵家という政治すら揺るがしかねない繋がりは、親にも当然承諾を得なければならない。


(殴られたらどうしよう……)


 『シンシア』の記憶を思い出し、自然と肩がぶるりと震えた。だってクリスティアラ家の当主といえば、このアレキサンドライト国一の堅物として有名だ。雷が落ちる程度じゃあ済まないだろう。

 般若のような顔が頭を過って気が重くなる。でも自分の仕出かしたことだから仕方がない。


「皆さま、お騒がせして申し訳ございませんでした」


 私はもう一度、会場全体に聞こえるよう謝罪して踵を返す。扉へと続く深紅の絨毯の上を進むと、人だかりがさあっと左右に分かれていった。遠慮のない視線が突き刺さるけれど、表面上は気にしないよう背筋を伸ばしてひたすら出口を目指した。


 ゲームでは両腕を兵士に捕らえられて引き摺り出される姿がスチルの端に小さく描かれているだけだったが、そうならなくて本当に良かった。転生した瞬間に死亡とか笑えない。


 扉をくぐると背後でばたんと大きな音がした。するとすぐさま扉の前に兵士がさっと移動してきて私が再び部屋に入れないよう立ちはだかる。一連のやり取りを聞けてなかったのか、その視線は厳しいものだった。


 きっと、これからもこうして後ろ指を刺されながら生きていくことになるだろう。それは容易に想像できたが、上等である。折角大好きな乙女ゲームに転生できたのだ、それならしがみ付いてでもイケメン達を堪能してやろうじゃないか。


(そういえば、私は本当に転生したのかな?)


 廊下を歩きながらふと疑問に思う。

 病気で死んだ訳でも、交通事故にあった訳でもない。ここにくる直前はいつも通り仕事をしていて、ちょっと眠くなって、少し目を閉じていただけなのだ。


(寝て起きたら、元の世界に戻っていたりして)


 そしたら『シンシア』は大変かもしれない。お嬢様にメイドの仕事はきっと苦労するはずだ。なんて考えていたら途中でテラスを見つけた。廊下に面していて、中庭を眺めることが出来る場所だ。

 絵に描いたような、といってもゲームの中なのだが、お城のテラスに少しだけ乙女心が擽られる。こういうのってやっぱり女の子の夢だよね。

 もうここに来ることもないだろうからと少し浮足立って寄り道をすることにした。


「はー、すっきりしたぁ」


 冷たい空気が頬を撫でていくのが気持ちよくてほうと思わず息をついた。両腕を上げて大きく伸びをすると固まっていた体が解れていく気がする。

 ドレスも可愛いのだけど、今はスウェットでゆるくいきたい気分だ。中学のジャージでもいいな。着古した服ってなんであんなに落ち着くんだろう、不思議。

 それからコーラとポテチとポッキーを準備してゴロゴロしたい。イヤホン完備で『セブンス・ジュエル』が出来たら最高だ。


「ふふ、なーんてね」

「おい」

「きゃあ!?」


 なんてすっかり気を抜いた私の背後で、呼びかける声が聞こえてきたものだから飛び上がるほど驚いた。実際ちょっと浮いたし心臓は一瞬止まった。


「だ、だ、誰ですの!」


 ばっと振り返って、私は固まる。

 不機嫌そうに顰められた眉、絹のようにしなやかな銀髪が月の光に反射して、険しく私を見つめるのは青玉の瞳。


「公爵令嬢はクラスメイトの名も覚えられてないと」

「さ、サフィール、様……」


 はっと鼻で笑われ、さあっと血の気が引いていく音が聞こえた気がした。


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