5.我々にとって最高のご褒美です
「私はまだ己の罪を贖っておりません。安易な死ではなく、後ろ指をさされようと生きて償いたいのです」
悪役令嬢となった今なら分かる。
『シンシア』は寂しかったのだ。
幼い頃から婚約者として共に過ごしてきたカイルがララに惹かれ始めたこと。嫉妬もあったけれど、シンシアもララを好ましく思ったこと。けれど、生来の口下手さと性格が災いしていつも優しく話しかけられなかったこと。
ずっと謝りたかった。何度も謝ろうとして、でもその度にイケメン達に割って入られて、素直になれないシンシアがまた憎まれ口を叩いてしまって。そうしている内にどんどん状況が悪化していって、どうしようもなくなってしまった。
「ララ」
呆然としていたララに向き直る。
可愛いララ。ヒロインに相応しい優しさをもった子だ。ゲームにはなかったことだけど、こんな状況になっても『シンシア』を庇ってくれる。
「今までのこと、本当にごめんなさい」
「し、シンシア様!」
私が頭を下げると場がどよめき、ララは慌てふためく。クリスティアラ家は公爵家である。王家に次ぐ権力者の娘が平民に頭を下げるなど前代未聞だ。
「謝ったとして許されることではないのは分かっています。許さなくて構いません。ただ、あなたに報いたいの」
「頭を上げて下さい、シンシア様!」
ぎゅっと力強くララに手を握られる。小さく華奢な手に引かれるように顔をあげると、なぜかララの方が苦しそうにぎゅっと眉を寄せていた。
「私は一度たりともシンシア様を憎く思ったことはありません! ただ、もし許されるならお隣で一緒にお話ししたかっただけなのです」
「……ララ」
思わず目頭が熱くなった。
なんていい子なんだろう。テレビ画面の前だったら間違いなく泣いていた。隠しエンディングで悪役令嬢ルートも本当はあったんじゃないのかっていうくらいララが優しくて私も、私の中の『シンシア』も尊さに胸がきゅんとしている。
でも、きっとイケメン達は許してくれない。
今この感動的なシーンでも冷たい視線があちこちから刺さってくる。あ、違う。眼鏡のイケメンだけはまたハンカチで目元を拭っていた。どれだけ涙脆いんだ。
そして、サフィールだけは変わらず厳しい目で私を貫いている。ゲームでは興味なさそうにしてはいたけど、こんなに悪役令嬢に対して厳しかったかなと内心首を捻った。
まあそれは置いといて。それよりもと、私はララの手をそっと離して再びカイル様達に向き直る。
「お願い致します。死刑以外であればどのような罰も受け入れます。メイドとしてお仕えすることだって出来ます。ですので、私にもう一度チャンスを頂けませんか」
震えそうになる手をぎゅっと握り締める。
これでやっぱり死刑とか言われたら暴れる気満々だった。
可能であればメイドになりたい。メイドになってララにご奉仕したい。ずっと一人っ子だったから兄弟が欲しかったし何より可愛い子を可愛くコーディネートしたかったのだ。あわよくばララに近付くイケメン達を三メートルくらい離れた場所から観賞していたいという願望もある。
「どうか、ご慈悲を」
今までで一番深く頭を下げる。フロアはしんと静まり返った。
生き汚いと言われようがなんとしても私は生き残らなければならない。ララへ謝罪するため、『シンシア』の願いを叶えるため、何より私の望みを達成させるためにも。
「――――その言葉、真実だな」
「はい」
カイル様が重々しく口を開く。
まるで見定めるかのように頭を下げたままの私を見下ろしているのが分かった。それから無言になる。
「いいだろう、それならば罰を下す」
ごくりと唾を飲み込む。一体どんな罰だというのだろう。全ルートクリアした私ですらこの先の展開が読めない。
そもそも、転生っていったらこんなエンディング直前の詰んだ悪役令嬢じゃなくて、幼少期に前世の記憶を思い出してイケメン無双する令嬢とか、異世界から召喚されて活躍する聖女とか色々あったんじゃないか。
そこまで考えて、ないないとすぐに頭から打ち消した。
そういうのはもっとハイスペックな人がやればいい。極普通の社会人はそこまで望みません。
「シンシア・クリスティアラ。お前に与える罰は――――」
死ぬ以外ならなんでもいい。
周囲に緊張が走る。どきどきと心臓が煩い。
「公爵令嬢としての身分を剥奪し、王城で誠心誠意ララに仕えることとする!」
やったー!内心ガッツポーズを決めながらも顔は神妙に目を瞑るという女優っぷりを披露した私の周囲で今日一番のざわめきが起こる。断罪された私がまさか心の中で盛大に勝利の雄叫びをあげていることなど、誰も思うまい。
にやけてしまいそうになる顔をぐっと堪える。頑張れ私の表情筋。まだサフィールが不服そうに睨みつけているから堪えるんだ!