4.正論でした
このままララの可愛さにカイル様が陥落するかと思いきや、その後ろからすっと一歩前に出てきた人影があった。
「恐れながら殿下」
黒いローブの裾を軽やかに捌いた銀髪のイケメンが胸に手を当てて一礼する。
サフィール・ヒースクリフ。若干九歳という史上最年少にして宮廷魔法師となった天才だ。現在十九歳となった彼の銀色の髪に蒼玉の瞳を知らぬものはこの国にはいない。
冷静沈着で何事にも動じない。その美貌はそんじょそこらのご令嬢よりも輝いているクールビューティーだ。湖でのどっきり水浴びハプニングには全プレイヤーが狂喜乱舞したのも記憶に新しい。
急に出てきて一体何を言うつもりだろう。ララの後ろからその綺麗な顔面を眺めていると、薄い唇から飛び出したのはとんでもない発言だった。
「私はララに賛同できません」
「サフィール様!」
冷たく言い放たれてララが声をあげる。けれどサフィールは一瞥してふっと顔を反らした。ちょっと待って下さいこの人ララを華麗にスルーしませんでした?この可愛い天使を?正気?
信じられなくて思わずガンつけてしまったが、私のことなど元々目に入っていないようだった。なんてこった。
「仮にララの言葉が真実だったとしましょう。それであれば尚のこと、シンシア嬢を許すべきではない」
「……どういうことだ」
視線が一気にサフィールに集まる。
「仮にも殿下の婚約者であるのならば下のものを導くのは当然のこと。それすら満足に出来ずあまつさえ苛めだなどと幼稚なことを仕出かす者に慈悲など必要でしょうか」
わあ正論。
カイル様もはっとしてそれだ!みたいな顔しないで下さい。
「私は認めておりませんが、未来の王妃ともなるべくお方がこんなことではアレキサンドライト国の名誉にも関わって参ります。即刻処刑されるのがよろしいかと」
「なるほど」
なるほどじゃねーです!納得しないで!
サフィールはゴミを見るように私を見下ろして、深い溜め息をついた。
「第一に、貴族としての教育を受けておきながら公衆の面前で泣き喚いて命乞いするなどありえない。クリスティアラ家では随分と高貴な躾をされているようで」
「サフィール様! あんまりです!」
ララが抗議の声をあげるもサフィールはつんとしている。
そう、これがサフィールという男だった。
宮廷魔法師という立場でありながらカイル様に意見することを恐れない。必要とあらば王様にだって物怖じせず進言することだってあるのだ。
だけど、皮肉を交えながらも好奇心旺盛なヒロインに助言したり、時折は厳しく諫めたりもする。そして段々と年相応の顔を取り戻していって――――
「みっともない」
呆然とした私を見て、はん、と鼻で笑われる。
それは今までテレビの画面越しに見てきたサフィールではなかった。小憎たらしいところもあるけれど、ゲーム中ではなんだかんだで手を差し伸べてくれたり一緒に街へ遊びに行ったりと優しくしてくれていた。
けれど、全て私が『ヒロイン』だったからだ。
『悪役令嬢』となった今、私はその対象ではない。この国に泥を塗るだけの存在になってしまった。そうなれば、当然庇護の対象ではなくなる。
(ああ、そうだわ)
まだ、『ヒロイン』の気分でいた。
目の前には大好きだったキャラクター達がいて、けれど彼らが愛する存在にはなれなかった。
(今の私は『悪役令嬢』。ここで退場するはずだった存在)
死ぬはずだった流れが、どうしてか今は少しだけ変わりつつある。例えこれが夢であったとしても、折角大好きな『セブンス・ジュエル』の世界に来れたのだ。ここで大人しく退場する訳にはいかない。
そう思ったら私の中でかちりと何かのスイッチが入った。
「――――お待ち下さい」
ゆらりと立ち上がる。
ドレスの裾を払って一歩前に出ると、面倒くさそうにサフィールが腕を組んだ。
「自らの足で断頭台へ行く気にでもなりましたか?」
「いいえ。まっぴらごめんです」
にこりと笑って即答すると青玉の瞳が瞬く。驚いたのはサフィールだけではない。私を庇ってくれていたララもきょとんとしていた。
「し、シンシア様……?」
「ありがとう、ララ。お陰で目が覚めましたわ」
心配そうにドレスの裾を掴んだララににこりと笑いかけて、私はカイル様達へと向き直った。
「お見苦しいところをお見せして申し訳ございませんでした。恥ずかしながら、己の犯した罪の大きさに我を失ってしまっておりました」
「う、うむ」
一度深く腰を折って謝罪すると戸惑いながらもカイルは頷く。さっき取り乱した素の『私』ではなく、『シンシア』としての喋り方がすらすらと出てくるから不思議だ。
「サフィール様の言う通り、私は殿下の婚約者失格でございます。婚約破棄の件につきましては謹んでお受け致します。けれど」
そこで言葉を区切るとフロアがしんと静まり返った。
「私はここで死ぬ訳には参りません」
きっぱり告げると再びざわめきが生まれる。
「へえ――――?」
その中で、青玉の瞳が剣呑な色を灯したのが見えてしまって、私はごくりと密かに喉を鳴らした。