13.上着はシーツに紛れてました
仕事があるといって去っていったクロードを見送って、私はひとまずメイド服に着替えることにした。ティタニアさんから渡されていた包みを開けると、中には綺麗に折りたたまれたメイド服が入っている。
「わあ、本物だ……」
目の前で広げたら、さっきティタニアさん達が着ていたものと同じデザインが表れて、私は思わずまじまじと眺めてしまった。メイド服に本物も偽物もないだろうが、それでも日常生活で着たことのないジャンルのせいでどきどきする。
パーティーの時のドレスとかはもう着てる状態だったから改めては思わなかったけれど、これからこの可愛い服に袖を通すんだと思うと不思議な気持ちだ。
「……すごい、メイドさんだわ」
着替え終わって、部屋に設置されていた姿見の前で私はほうと息をついた。
肩口はふんわりパフスリーブでデザインされて、でも胸元からウェストにかけては動きやすさ重視のためか体のラインにぴったりタイトに作られている。足首まで隠れるほどのクラシカルなロングスカートは程よく広がっていて、その上に重ねた白いフリルのエプロンで可憐さも兼ね備えていた。
長い銀髪は一つにくくってポニーテールに、その上にはよくメイドさんがつけている白いフリルのホワイトブリムを乗せれば完成だ。
くるりとその場で一回転するとスカートの裾がふわりと広がって円を描く。なまじ今の私の外見が悪役令嬢とはいえ美少女だからこれがまた似合うんだ。コスプレとかはしたことがなかったけれど、なんだかちょっと楽しくなってきた。
「っと、いけない。ティタニアさん待たせてるんだった」
はっとして慌てて私は慌てて部屋を飛び出した。クロードと来た道を辿ってリネン室に辿り着くと、中では相変わらず沢山のメイドさん達が忙しなく働いている。
「すみません、遅くなりました」
「お、来たね」
奥にいるティタニアさんのところに行くと、メイド服に着替えた私を見てうんうんと頷いた。
「似合ってるじゃないか。っていうのは失礼かしら」
「いいえ! とても嬉しいです」
「あはは、それなら良かった。準備も整ったことだし、早速仕事を始めてもらおうかね」
それから私はティタニアさんに連れられて兵士の宿舎へと向かった。さっきの使用人の宿舎とは垣根を挟んだ反対側にあるところだ。
中にはホテルみたいに廊下を挟んで一定間隔で扉が設置されていて、見張りと非番の人が何人かいるだけで思ったよりもがらんとしている。
「それじゃあ、ここのシーツを剥がして洗い場まで持っていくよ」
「ここ全部ですか?!」
さらりと言われた内容に思わず声をあげてしまった。だってここ、ちょっとしたマンションくらいの部屋数がある。ずらりと等間隔に並んだ扉の数に気が遠くなりそうだ。
「大丈夫大丈夫、引っぺがすだけだから簡単だろう? この後別な子がベッドメイクするんだけど、そっちの方が大変だよ」
ベッドメイクって結構体力使うんだよね。自分のだけでも結構疲れるのに、それをこの数全てこなさなければならないかと思ったらぞっとした。メイドさんってすごい。
「……頑張ります」
「その意気さ。じゃあ剥がしたシーツはこの台車にいれて、シンシアはそっちの通路側の部屋をお願いね。最初に奥の部屋から進めていくと後が楽だよ」
「はい!」
一緒に持ってきていた台車を一台借りて二手に分かれる。大丈夫、シーツ剥がすだけならきっと私でも出来る。よし、と気合を入れて私は言われた通り奥の部屋に向かって空の台車を押していった。確かに手前から始めたらシーツで重たくなった台車で引き返さなくちゃならないもんね。
廊下には車輪のカラカラと回る音が響く。今はまだ楽に押せているが、シーツを集めきったら一体どのくらいの重さになるんだろう。
そして辿り着いた一番奥の部屋、念のためにノックをして声をかける。
「失礼します」
耳を澄ますが返事はない。どうやら不在のようだとほっとして部屋に入ると、荷物は置いてあるから誰かが使ってはいるようだった。壁際のシングルベッドは少し乱れていて、きっと朝起きてそのまんま仕事に行ったのだろう。私は早速そのシーツを剥がして廊下に置いたままの台車に放り込む。うん、なんとかなりそうだ。
構えていた程難しくはない。ティタニアさんを待たせないように次の部屋へ同じようにノックをして入る。
「あれ、暗い?」
日中なのにその部屋はやけに薄暗かった。カーテンを閉めているせいだろう。
こうも暗いんじゃ部屋の中が良く見えない。転ばないよう壁伝いに窓際までいくと、私はそのまま勢いよくカーテンを開いた。途端に差し込んだ陽の光が眩しくて目を細めると、私の後ろでううんと誰かが唸る声がした。
「……まぶし」
「きゃあ?!」
ベッドの上でもぞりと何かが動いて、私は思わず後退った。さっきノックした時は返事がなかったのに。誰もいないと思って油断していたから心臓が飛び出るかと思った。壁に背を貼り付けた私の目の前で、蓑虫みたいにシーツにくるまっていた主がのそりと起き上がった。
「あれえ、シンシアじゃん」
寝ぼけ眼を擦りながらも、私の姿を見つけるとその男性はにぱっと笑いかけた。赤茶色の髪に褐色の肌が白いシーツの上でよく映える。何よりその瞳は血のような深紅で、異国情緒溢れるその服装もこのアレキサンドライト国では中々お目にかかれない。
「レオン、様」
レオン・グラナート。アレキサンドライト国の友好国であるアルマンディン国からの留学生だ。アルマンディン国の第三王子で親善大使をかねて王宮に滞在している。
「わ、本当にメイドになったんだ。ちょっとこっち来てよく見せてよ」
「は、はい」
ベッドの上に胡坐をかいたまま手招きをされる。カイル様の婚約者の時は元より、今は単なるメイドにしかすぎないから隣国の王子の言葉を拒否できる訳もなく、渋々近付くとじろじろと遠慮なくレオンは私の姿を眺めた。
「へえ、可愛いじゃん。似合ってる似合ってる」
「……お褒め頂き光栄です」
機嫌よくそう言ってもらえるのは嬉しいのだが、レオンは今上半身裸だ。かろうじてズボンははいているものの、窓から差し込む光に褐色の肉体が照らされてなんとも目のやりどころに困ってしまう。
「……レオン様、あの、お召し物は」
「俺寝る時は基本裸だよ?」
当たり前じゃんといわんばかりに小首を傾げられて私は脱力しかけた。そうだけど、そうじゃない。隣国の王子ともあろうお方がなぜ兵舎の空き部屋で寝ているのだとか色々聞きたいことはあったけれど、レオンには言うだけ無駄なことはゲームを通して分かっていた。
アルマンディン国は南の方に位置していて、普段軽装で過ごしているせいかレオンはとにかく露出の頻度が多かった。上着を脱ぐのは当たり前だし、河へ行けばまた上着を脱ぐし、着替え中にうっかり部屋を訪ねてしまって逆ドッキリハプニングだってあった。
そんな感じで王子とは思えないほど自由奔放で、良く言えば飾らない気さくなイケメンだった。その分マイペース過ぎて時々ヒロインの方が振り回されていることもままある。
とはいえそれはヒロインであるララに対してであって、私は遠くからそっと眺めるだけでいたい。となればここに長居は無用だった。私はこほんと咳払いをして、それからにっこり微笑んだ。
「お休み中誠に申し訳ないのですが、今シーツの回収作業を行っているところですのでそちらをお渡し頂いてもよろしいですか?」
「これ? どうしよっかな」
肩に巻いていたシーツと私を見比べて、レオンはんーと何事かを考えこんだ。いいからさっさと渡してほしい。
「じゃあさ、俺にキスしてくれたらいいよ」
はい、と両手を広げてにこにこ笑っているレオンの背中に悪魔の羽が見える気がした。そう、この人は悪戯好きでも有名だった。純情な乙女心を弄ばれたプレイヤーは数知れず。でも私は今悪役令嬢なので除外して頂きたい。
(もー、ティタニアさんに遅れちゃうのに!)
正直今はイケメンがどうこうよりもメイドとしてのミッションを遂行する方にゲーマー魂が燃えているのだ。タイムアタックをしている訳ではないが、任された仕事は手早く済ませたいと思うのが社会人である。でもきっとレオンは私がキスをするまで意地でもシーツを渡してくれないだろう。
「……わかりました」
「じゃあはい、どうぞ」
溜息交じりに頷くと楽し気にレオンが見つめてくる。仕方ない。私は彼の足元に跪いて、伸ばされたままだった手をそっと取った。
「――――これでよろしいですか」
ふに、と唇にレオンの骨張った手が触れる。騎士がお姫様にするような感じでレオンの手にキスを落とすと、頭上ではぽかんと呆気にとられているようだ。
「それじゃあお約束通りこちらは回収させて頂きますね」
「え、あ、はい、どうぞ」
ばさりとレオンからシーツを剥ぎ取って、私は一礼をした後にさっさと部屋を出た。思わぬ時間のロスだ。急いで他の部屋も回らないと。
最初から素直に渡してくれたら良かったのに。ぱたんと扉を閉めると、中からレオンの爆笑する声が廊下に響いた。命令に従っただけなのに解せない。