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12.屋根裏部屋かと思ってました

 クロードにつれられて談話室を後にした私は再び王宮の廊下を歩いていた。いつもは侍女を引き連れていたけれど、今は自分で荷物を持ちながら目の前の背中を追いかけている。

 家から持ってきた荷物はそんなに多くはない。さっきはゲオルグが持ってくれたけれど、着替えと細々とした生活用品くらいだから私でも十分持ち運びが出来るくらいの量だ。

 だけど手荷物があるのはそれだけで歩く速度が遅くなってしまう。すらりとした長身のクロードはやっぱり足が長くて、しかもすたすた歩いていってしまうものだから遅れないようにすると私はどうしても小走りになってしまう。


(どうしてイケメンって皆足が長いの!)


 この世の不条理を嘆きながらパタパタと私は追いかける。淑女が走ることははしたないとされている世界だから極力足音を立てないように気を付けてはいるけれど、荷物を持ちながらだとそれは不可能だった。

 クロードもそれが気になるのか、ちらちらと何度も私を振り返っては溜息をつく。すみません。


「つきましたよ」


 案内された場所は王宮の端にある別棟だった。簡素な木の扉をくぐると、中には大勢のメイドが忙しそうに動き回っていた。大きな机の上には白いシーツ類がこんもり山積みになっていて、それを二人一組でアイロンがけしたり畳んだりしているようだった。

 その奥の方で指示を出していた恰幅の良い女性がクロードに気付いて近付いてくる。


「ご苦労様です、ティタニア」

「おや、クロード様。こちらにいらっしゃるなんて珍しいですね」

「ええ。少々頼みたいことがありまして」


 ティタニアと呼ばれたその女性は紺のワンピースの上に白いエプロンを巻いていて、頭にキャップをつけていた。他のメイド達も同じ服装をしているから、これがここでの制服になるのだろう。


「あたしでお役に立てるならなんなりと」

「頼もしいですね」


 からからと笑って女性はその豊かな胸をどんと叩く。私の母親と同じくらいの年だろうか。いかにも肝っ玉母ちゃんといった感じの豪快さに圧倒されていると、クロードが振り返る。


「先日お伝えしていた件なんですが、こちらの方の教育をお願いしたいんです」


 目で促されて私はぺこりと頭を下げた。すると、ティタニアさんはあんぐりと口を開けて言葉を失っているようだった。ですよね。


「初めまして、シンシアと申します。ご指導、ご鞭撻のほどよろしくお願いします」

「……本当にシンシア様なんですねえ」


 はー、と困ったようにティタニアさんは頬に手を当てた。王宮で働いている人ならばカイル様の婚約者であるシンシアの顔と名前は大体の人が知っているであろう。あ、元婚約者か。


「婚約破棄されたって仰ってたからまさかと思ってましたが、よろしいんですか?」

「ええ。殿下が決められたことですので」

「はあ……」


 ティタニアさんは私に向き直ると両腕を組んで上から下までじろじろと値踏みするように眺めてくる。その遠慮のない視線にちょっとどきどきしたけれど、やがて何かに納得したのか一つ頷いてにかっと笑った。


「分かりました。でもあたしは厳しいですよ?」

「殺すつもりで徹底的に仕込んで下さい」

「あはは! かしこまりました!」


 クロードの言葉にティタニアさんがまた豪快に笑う。いやちょっと待って下さい教えてもらうのは全然構わないんですがクロードの眼鏡が怪しく光って怖すぎます。絶対冗談じゃなかったですよねこれ。

 ティタニアさんはひとしきり笑ったあと私に微笑んでくれた。


「あたしはティタニアです。ここのメイド達のチーフをしてますので、何かありましたらいつでも言って下さいね」

「はい、ティタニア様」

「やあだ、様なんてつけなくていいですよう。こっちも一人のメイドとして扱いますから」


 チーフっていうことは現場監督みたいなものだろうか。深々とお辞儀をした私にひらひらと手を振ると、ティタニアさんは近くの棚から何やら包みを取り出した。


「それじゃあ早速だけど、これに着替えてもらって」


 差し出されたそれを受け取るとふんわりと柔らかく、恐らく他の人が着てるのと同じメイド服だろう。実はちょっとメイド服に憧れていたからわくわくしてるのは内緒だ。


「部屋は、ええと……」


 ティタニアさんは誰かに案内係をお願いしようと周囲を見渡したが、生憎手の空いている人はいないようだった。それもそうだろう。この広い王宮全てのリネン類を管理して尚且つ他の業務も兼任しなければならないはず。かといってティタニアさん自身が席を外すのも難しい。


「私が案内しますのでどうぞ仕事を続けてて下さい」

「そうですか? じゃあ遠慮なくお願いします」


 あっさりクロードにお願いすると、ティタニアさんは遠くから呼ぶ声の方へ小走りでかけて行ってしまった。


「お忙しいのですね」


 遠くなるティタニアさんの背中を見送りながら呟く。宰相であるクロードとティタニアさんはなぜか仲良しの気配がする。一体どんな繋がりがあるというんだろう。思わずじいっとクロードを見上げてしまった。


「何ぼうっとしてるんですか。さっさと行きますよ」

「あ、はい」


 クロードが踵を返した瞬間、それまで作業に集中していたメイド達が一斉に熱っぽい視線をその背中に注ぎ始めた。けれどクロードは気にすることなく部屋を出て行くと、部屋の中できゃあきゃあと黄色い声が響きだす。あのクールなところいいよね。わかるわかる。


「一通りの事情はティタニアに説明してありますから、今後仕事に関することは彼女に指示を仰いで下さい」


 相変わらず速足で廊下を歩くクロードについていくと、そこは使用人達の宿舎のようだった。まるで寮みたいな建物のそこは少し日当たりは悪いけれど、休むだけならもってこいの静けさだ。


「それから、あなたが王宮に滞在する間の部屋はこちらになります」


 二階建てになっている一階の隅の部屋でクロードは足を止める。ふふんとなぜかどや顔で促された。一体何だろうと首を傾げつつ、中に入って思わず私は歓声をあげてしまった。


「わあ、可愛い!」

「はあ?」


 部屋は個室になっていて、シングルベッドにサイドボードと椅子が置いてあるくらいのこじんまりした作りだった。けれど、全体的にカントリー系でまとめられていて、小さい頃によくお人形遊びをした西洋風のおうちみたいな感じがする。多分女子なら一度は憧れたあの赤い屋根の大きなおうちだ。

 目を輝かせて喜ぶ私にクロードは目を丸くしている。


「可愛いって、あなた仮にも公爵令嬢がこんな部屋でいいんですか?」

「どうしてです?」

「どうして、って……」


 聞き返すとクロードは口を噤んだ。

 そりゃあクリスティアラ家みたいなお姫様っぽい豪華なお部屋も好きだったけれど、基本的に私は一般庶民だしごろごろ落ち着ける部屋はもっと好きだ。それで言ったらこの程よく安心する感じは最高である。

 とは流石に言えないから、私はクロードににこりと微笑んだ。


「今の私には勿体ないくらいのお部屋ですわ」

「……昔のあなただったら癇癪を起していたでしょうね」

「ふふ、お恥ずかしい」


 『シンシア』は良くも悪くも公爵令嬢だった。確かにお高くとまっているところはあったけれど、自分の身分を正しく理解していたからでもある。上に立つものとしてある程度身形には気を付けなければならないし、低くみられることがあってはならない。

 ましてやカイル様の婚約者という立場は重いものだっただろう。自分が不当に扱われることは王子を軽んじられることに繋がる。だからいっそ傲慢な程気を張ってのだ。


(そりゃあヒロインに辛く当たるよねえ……)


 カイル様がヒロインに惹かれるのは人間だから仕方がない。褒められたことではないけれど、感情や心は抑えきれないものだ。だけど王子が婚約者以外の女にうつつをぬかしたと明るみに出てしまえばそれはアレキサンドライト国の名誉にも関わる。


(ああ、そっか。だから『シンシア』はヒロインを虐めたのかな)


 虐めることでヒロインが身を引けばいいし、もし駄目でも国の名誉は傷つかない。王子は可哀相な平民を庇ったヒーローとなるのだから。ただシンシアと、クリスティアラ家が泥を被ればいいだけの話だ。

 最も、動機の一つとしてシンシア個人の嫉妬はもちろんあったのは間違いない。でもその根底にはきっと国を思う気持ちもあったはずだ。


「……なんだか変わられましたね」

「そうでしょうか?」

「ええ、少なくともこんな風に私と会話することはありませんでした」


 じ、とクロードの翡翠の瞳が私を見つめる。昔の『シンシア』はカイル様一筋だったからなあ、ゲオルグとかクロードとかはただの臣下としてしか見てなかったはず。魔法学園でも関わらなかったし、傍にいたのはクリスティアラ家の名に惹かれた取り巻きの令嬢くらいだった。思い出したらちょっと切なくなった。


「……そうですね、少し気が抜けたのかもしれません」


 私は窓を開け放つ。さあ、と心地よい風が部屋に入り込んで私の髪をなびかせた。

 公爵令嬢でもなく、王子の婚約者でもなく、ただのシンシアとしてここにいる。それがどれだけほっとしたことか、きっとクロードには分からないだろう。

 いや本当に死刑にならなくてよかった。あのパーティーで目覚めた瞬間が一番修羅場だった。一歩間違えればあのまま文字通り断罪だ。


「――――あなたは本当に馬鹿なお人だ」


 風が吹く。


「何か言いました?」


 木々の擦れる音に混じってクロードの声が聞こえた気がして振り返ると、なぜだか大きく溜息を吐かれた。本当になんでだ。

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