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10.お迎えがイケメンでした

 さて、一旦ここで話を整理しよう。


 まず私は病院で事務をしているしがない社会人だ。病院って基本的に女の職場だから上下関係は厳しいし女特有のどろどろしたところもあって、しかも上司は人の心がない傲慢な医者だし毎日地獄みたいなところで働いていた。正直ブラックだと思う。


 そんな私の癒しが乙女ゲーム『セブンス・ジュエル』。ゲームの中で平民出身のヒロイン、ララ・コーラルとなってイケメン達とキャッキャウフフな学園生活を送ることだけを日々の糧としていたのだが。


 仕事中にうたた寝をしてしまった私、目覚めたらゲームの悪役令嬢シンシア・クリスティアラになっていました。


 何を言っているか分からないと思う。私も分からない。

 しかもまだやり直しのきく幼少期とかじゃなくて、がっつり断罪される直前のシーンからのスタートで、状況を把握した時の私の絶望感はお察し下さい。

 しかもこのゲーム、断罪が婚約破棄だけじゃなくて悪役令嬢を死刑にするぶっとんだシナリオで有名だった。転生した瞬間死刑とか人生ハードモードすぎる。


 そもそも、本当に転生したのかも半信半疑だった。


 だって私には死んだ覚えがない。

 確かに日々の過酷な業務に疲れ果てていたし不摂生な生活を送っていたからぽっくり逝く要因はあったと思う。けれどまだ二十代なんです。こんなはずじゃなかったんです。


 だから最初は夢を見ているんだと思った。あまりにも『セブンス・ジュエル』が好きすぎて白昼夢を見てしまったんだと思った。

 しかし一晩寝ても私は悪役令嬢のままだ。


(普通こういうのって交通事故とか病死とか、元の世界で死んでから始まるんじゃないの?)


 鏡越しの『私』に私は問う。

 クリスティアラ家の自室、覗き込んだ鏡の中で美少女は困った顔をしていた。

 シンシア・クリスティアラ。『セブンス・ジュエル』でヒロインを虐める悪役令嬢だ。ふわりと背を流れるのは淡い空色の髪、長い睫毛に縁取られた大きな瞳は紫色で、少しきつめの顔立ちはツンデレで高飛車ないかにもといった公爵家の令嬢である。それが今の『私』の姿だった。


 元の世界で社会人をしていた記憶もあるし、この世界でシンシアとして生きてきた記憶もある。どうなっているのか本当に分からないのだ。

 染み一つない艶やかな白い頬を抓ってみればちゃんと痛みはある。くそう、本当に美少女だ。ファンデなしでこの美肌とかありえない。


 そんな風に鏡と睨めっこしていると、トントンと扉をノックする音が響いた。


「お嬢様、そろそろお時間でございます」

「分かりました」


 扉の奥から呼びかけるセバスの声に私は鏡台の椅子から立ち上がる。

 今日の私の服はいつものドレス姿ではない。どこにでもあるような紺色のシンプルなワンピースと、長い髪は後ろで一つに結わえている。一見すれば公爵令嬢にはとても見えないだろう。

 旅行バッグを片手に部屋を出ると、控えていたセバスがすっと手を差し出した。


「お荷物お持ち致します」

「いいえ、大丈夫。私はこれから公爵令嬢ではなくなるのですから気遣いは無用です」

「お嬢様……」


 にこりと微笑むと、いつも穏やかだったセバスが困ったように眉を下げる。

 しかし私の意を汲み取ってくれて一礼し、歩き出した私の少し後ろについてくれた。


「思えばあなたにも沢山迷惑をかけたわね」


 廊下を歩いていると不意にセバスとの思い出が蘇ってくる。

 お父様が仕事で不在がちだった為、幼い頃私とラルフの面倒を見てくれたのがセバスだった。館を取り仕切る業務もあって忙しかっただろうに、いつも傍にいてくれて寂しくないようにしてくれたのだ。


「一度もそうは思いませんでしたよ」

「本当に?」

「ええ、私が嘘をついたことなどありましょうか」

「ないわね」


 くすくすと笑いながらエントランスへの階段を下りる。昔、ここの手摺を滑り台代わりにしてセバスを着地点まで猛ダッシュさせてしまったことがあった。あの時のことは流石に申し訳ないと思いつつも、あんなに必死になってくれるんだと子供ながらに嬉しかったのは秘密だ。

 その手摺を伝いながら玄関まで降りると、ぶすっと不機嫌なラルフが私を待っていた。


「姉上、本当に行かれるんですか」

「勿論よ」

「……だって姉上は悪くないのに」

「ラルフ、それ以上は口にしてはなりません」


 きっと鋭い視線を送ると、ラルフはぐっと言葉を飲み込んだ。庇ってくれるその気持ちは有難いけれど、それだけは言ってはいけない。


「……すみません」


 きゅっと眉を寄せて耐える表情。うちの弟最高にイケメンです。

 ラルフも来年から魔法学園に通うことになっているというのに、問題を起こした姉を責めるどころか庇ってくれるなんて本当によく出来た弟だなあ。

 今すぐに抱きしめたい衝動を堪えて、私はラルフの大きな手を取った。


「私が不在の間、家のことを頼みますね」

「……はい!」


 力強く手を握り締め返される。そのタイミングで来客を知らせるベルが鳴り響いた。


「それでは行って参ります」


 私は見送りにきていた使用人達に一礼して外に出る。玄関前にはアレキサンドライト国の紋章が刻まれた立派な馬車がつけられていて、その前には体格の良い騎士一人立っていた。


「来たか」


 茶色い髪を短く切り揃え、屈強な体に纏うのは王国に忠誠を誓う騎士団の制服だ。腰に下げた大剣は私じゃ両手でもきっと持てないだろう。琥珀色の瞳が不機嫌そうに私を見つめる。


「ゲオルグ様、お待たせして申し訳ございません」

「全くだ」


 礼儀として謝罪した私の言葉を一蹴したゲオルグは、くるりと背を向けて馬車の扉を開ける。


「王城で殿下がお待ちだ。早く乗れ」


 レディをエスコートするのは騎士の役目であるが、その顔にはありありと不満が表れている。気持ちは分からなくもない。彼の敬愛するカイル様の婚約者でありながらララを虐めた悪役令嬢のエスコートなんて不服も不服だろう。


(でもちゃんと来るあたり真面目なんだよね)


 どんなに嫌でも仕事は全うする。そういうところが人気のキャラクターだった。

そのお堅い顔がヒロインと触れ合う内に和らいでいくのが堪らないのだ。ゲオルグエンドのスチルは最高です。


「何をにやにやしている」


 馬車の中、向かい合うように座った私が思い出し笑いしているとゲオルグが睨みつけてきた。おっと、失礼。

 誤魔化そうかとも思ったけど、それはゲオルグフラグでは絶対の禁忌だ。彼は嘘や隠し事を極端に嫌う。だから例え悪口になろうとも自分の心を偽らずに話すことが攻略のポイントだった。


「申し訳ありません。ゲオルグ様が迎えに来て下さるなんて思っていなかったもので、つい」

「俺だって来たくはなかった」


 ぶすっと子供のように口をへの字に曲げたゲオルグに口元のにやけが止まらない。いやだってこの人凄い可愛いんだもん。見た目はお堅い騎士様で団員達の前では格好良く決めてるのに、今はまんま不貞腐れている。


「ララに頼まれなければ誰がお前など」


 そう、本来であれば仕えに行く私が己の足で王城に向かわなければならないのだが、なぜか護衛付きの迎えの馬車が我がクリスティアラ家まで来てくれるという破格の待遇なのだ。私にもよくわからない。


 今回の私の処罰について通達がきたのは、断罪の夜から三日経ってのことだった。手紙の封には王家の刻印がされた赤い蝋が使われていて随分と仰々しいものだったのを覚えている。お父様はああ言ってくれたけれど、正直凄く不安だった。

 しかし、そんな私の心配など笑うかのように手紙には身分剥奪も死刑についても何も触れられていなかったのだ。


 要約すると、迎えを出すから王宮にきてララにご奉仕してね、っていう文面のみ。

 それだって護衛など不要だったろうに、きっとララがゲオルグに頼み込んでくれたに違いない。なんて優しい子なの。


「いいか、また今度ララに何かしたらただじゃおかないからな」


 ぎろりとゲオルグが私を睨む。いやこの人本当にララが好きすぎませんか。でも私の方が好きですから!


「分かっていますわ。あの子の泣き顔はもう見たくありませんもの」


 美少女の泣き顔は本当に胸が痛くなる。イケメン達の前では気丈に振舞うヒロインが唯一泣いたスチルがあるのだが、それは初めて悪役令嬢に辛辣な言葉を投げかけられた時だった。あれは可哀相で見てられなかった。私がやったんだけども。


「……お前」


 思い出して内心ぎりぎりしていると、ゲオルグが驚いたように私を見ていた。えっ、なになに。


「……そんなことを言うなら、なんでララを虐めたりした」


 確かに今の台詞は苛めの加害者が言うものではなかった。なんて説明すべきかな。ううんと迷っている間、ゲオルグはじっと待っていてくれている。


「……そうですね。一言でいうなら、嫉妬ですわ」

「嫉妬?」

「ええ。私だって人間ですから、好きな方と異性が親しくされていたら面白くありません」


 『シンシア』はララのことが嫌いではなかった。友達になりたいとすら思っていた。そんな相手が自分の婚約者と親しくしていて、どうして何も思わずにいられるだろうか。


「とはいえ、恥ずべき行為だったと反省はしております」

「……分からんな。悔いるくらいだったらしなければいいだろう」

「あら、ゲオルグ様は恋愛に疎くていらっしゃるのね」


 くすりと笑うとゲオルグは益々不可解そうな顔をした。

 ゲオルグの言葉は正論だった。だけど、理論だけで感情を整理出来るほど人間できていないのです。


「恋をしたらきっとお分かり頂けますわ」


 『シンシア』はララにもカイル様にも、同じようにやきもちを焼いていた。それはゲオルグには理解できないことだろう。首を傾げた彼の前で、私は悪役令嬢っぽく口元に指をあてて微笑んだ。

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