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【12】失望とは肯定予想の見当外れ

 まず絶望と失望は違うもの。

 絶望は未来予想地点に到達する前に希望が絶たれることである。

 対して失望は未来予想地点に到達したが望んでいたものと悪い意味で違った場合である。


 絶望はどちらかというと先天的だったり対外的な力関係により希望の道が絶たれることが多く、本人の努力ではどうにもならないことが多い。

 例えるならある小学生が次のテストで満点をとる希望を持って勉強して、勉強しても才能がないかやり方が悪くて全然勉強が分からなかったのが絶望、勉強して自信があったが結果は満点をとれなかったのが失望。

 また満点とれたが思ったほど良いことがなかったと思うのも失望。


 失望は基本的に現実を見誤ったものである。

 できると思ったけどできなかった。

 できたけど思ったような肯定感の得られるものじゃなかった。


 未来予想図に従ってゴールしたにも関わらず肯定という名の報酬を得られなかった否定感。

 それが失望である。

 要はイメージしていたゴールが実際のゴールとは見当外れだった落差による空しさだ。


 何故、失望という感情があるかというと間違った認識を改めて修正するための脳のクールダウンのためである。

 一回冷静になって現実を見つめるように脳が促しているのだ。


 予想した肯定感を下回っているほど否定感を強く感じる。

 逆に言えば得た肯定感がイメージしていたものと同等か上回っていれば結果が当初希望していたものと違っていても失望はしない。

 結果がどんなに悪くても本人が満足すれば失望はしない。


 人は失望した時、肯定感が得られなかったことに対する原因追及を行って得られなかった分の肯定感を埋めようとする。

 ゴールが良いものではなかったとか、自分の何かが悪かったとか、誰かが悪かったとか、納得のいくまで考えて、その追求結果に対して満足して肯定感を補填するのだ。


 まだ自分が自分に対して失望することはまだ良い方で他人に期待されて失望された際は大なり小なり失望の原因そのもの一部を担うものとして認識されてしまい、そのレッテルは容易には剥がすことは難しくなる。何せレッテルを剥がすことはその人の追求結果を否定することになるからである。


 つまるところ他人に失望されることは大きなデメリットということだ。

 期待させたら期待させた以上の結果を出さなくてはならないのだ。

 周囲の期待など無視すれば良いという意見もあるだろうがそれは期待を意識しすぎてパフォーマンスの低下に繋がることを避けるためのアドバイスであり、社会的には失望されないことに越したことはない。


 最初から期待させなければ良いという意見もあるだろうが期待させないためには結果を出してはいけなくなる。

 結果を出さなくては何も得られない。

 結果を出せば必ず次も同じ以上の結果を期待されるのだ。


 それ故に無理に大きな結果をひとつ出そうとするのは良くないことが分かる。

 一度出した大きな結果はそれがその人の期待値の基準となってしまうからだ。

 無理して同じ大きな結果を出し続けることができるわけないのだ。

 そして大きな結果を出せなくなった時、まぐれだったとか、衰えただとかレッテルを貼られて評価が上がらなくなる。


 自分の実力にあった結果を安定して出し続ける。

 これが自分にとっても周りにとっても良い結果になりやすいのではないかと筆者は考える。


 もしくは無理して一発大きな結果を出すにしてもそれ以降はその分野に手を出さないなら伝説のように良いイメージが残って悪いことにはならないかもしれない。

 周囲からのもう一度の期待を無視し続けなければならないが。


 創作においても同じ事が言える。

 受け手に期待させたことは悪い意味で裏切ってはいけないのだ。


 絶望は何度使ってもいい。

 絶望は作り手次第でいつでも希望へと反転して受け手を楽しませることができるからだ。

 絶望という否定からの希望という肯定への落差は大きな快楽を生み出す。


 だが失望は駄目だ。

 その先はない。


 期待させるだけ期待させて結果が期待以下の代物だった時、失望するのは物語の中での感情ではない。

 作り手に対してこの程度の人というレッテルをつけて失望する。


 だから作り手は失望されないためにフラグ作りをする必要がある。

 フラグによって受け手の期待する方向を誘導し、期待させた内容を用意して失望させないのだ。


 逆にフラグがなければ受け手は人それぞれ好きなように想像し期待することになる。

 そして結果が出た時に悪い意味で期待を裏切られたと感じた層の受け手たちが作り手の意に反して勝手に失望してしまう。

 またフラグをつけてるのにフラグが何の意味もなさなかった場合は余計に悪質で失望度合いは大きくなる。


 フラグがなくても失望をさせない方法もある。

 結果を受け手の自由にさせるのだ。はっきりとした答えを隠して受け手の希望を抱いたままにさせるのだ。

 これをやる場合の注意点はひとつ。どんなに要求されても絶対に後からこれが正解でしたと答えを出さないことだ。


 それとフラグはミスリードを行う際にも使われるが、ミスリードは失望と表裏一体である。

 前提として正しい答えの方がミスリードした答えよりも面白くなければならない。

 面白くなければミスリードした意味が「ただ受け手を騙したかった」というだけの楽しませる気のない薄っぺらな内容になるからだ。これをされればもちろん受け手は失望する。

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