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こちら、筋トレアプリケーション最前線

作者: 皐月鱒
掲載日:2018/09/07


 周囲にはけたたましく緊急をしらせるサイレンが鳴り響く


「なにがあった!?」


「親指からの緊急通達です!一週間ぶりの筋トレアプリ起動を確認しました」


 周囲が右往左往している中、状況の確認を行う優秀な存在もいる。誰かが言った筋トレアプリの起動が確認されたと、周囲で聞き耳を立てていた者達は、先程よりも大いに取り乱している。


「狼狽えるんじゃねぇ!各自持ち場についてミトコンドリアの在庫確認でもして来い!」


 ミトコンドリアとは、筋肉を動かすうえで欠かせないエネルギーを作成するのに必要不可欠な存在なのだが、こいつは日本株式よりも変動が大きく、油断しているとすぐに在庫切れで破綻してしまう。


『緊急、緊急、選択されたアプリモードは【シックスパック】である。繰り返す【シックスパック】である。』


 周囲に漂う絶望のオーラ。先程までは皆、なんとかなるだろうと心の何処かで思っていたのだろう。しかし、選ばれたのがよりにもよって【シックスパック】なんてミトコンドリアの在庫は完全に足りていない。


「ちっくしょうがっ!この野郎調子こきやがって!大人しく【脂肪燃焼コース】にしとけってんだ!」


 周囲は阿鼻叫喚……いや、本当にヤバいのは腹筋担当の者だろう。上腕二頭筋担当の俺にはあまり関係ない話だ。今日は【腕立て伏せ】ではないのだ。高みの見物と洒落こもう。






 所変わって、ここは今回の最前線に当たる腹筋達が準備を行っている。既に炉に火は入れられ、ミトコンドリアに脂肪と糖分の供給は十分行きわたっている。問題はその絶対数が足りていない事だけ、臨時の招集も振るわない。周囲には不安の声が広がっている。


「おいおい、腹直筋は大丈夫か?今回直撃だろ?」


「ああ、さっき少し話してきたよ。始まる前から筋肉痛だとよ」


「ちがいねぇ、普段使わねぇ甘ちゃん達だ。こんな抜き打ちじゃ生き残れねぇよ」


 普段彼らが受けているのは飽くまでも脂肪を燃焼させる為のトレーニングで、言ってしまえばお遊びだ。しかし、これから待ち受けている【シックスパック】はその名の通り、脂肪そのものはそぎ落とすことが前提で、その上で筋肉をどれだけ鍛え上げるかに執着する。それもこれも日々増えるアプリでトレーニングの幅が増えていることが原因だ。知識不足で行われるトレーニング程危険な物は無いのだ。


 その時だった。


「ぐわああああああああ」


 突然叫び声が響き渡る。


「何があった!?」


「くそがぁ!この野郎いきなりVクランチから始めやがった!」


 誰かの口汚く罵る声が聞こえてくる。まさかストレッチなしでいきなり筋トレに入るとは誰にも予想が出来なかった。準備が整っていなかった腹直筋はダメージ直撃だろう。


「くそう!Vクランチの後はフラッターキックだ!既に腹直筋の痙攣がとまらねぇ!」


「ミトコンドリアを回せ!どれだけあっても足らねぇよ」


 周囲も全力で腹直筋をサポートするが、それも追いつかない。立て続けに襲ってくるアプリメニューは筋肉たちのことなど何一つ考えてはくれないのだ。


 いや、訂正しよう。考えてはいるのだ、どれだけ手酷く苛め抜けるかの一点のみを……。


「やった!ヒール・タッチだ。これで一度腹直筋が休める」


「ああ、ここは外腹斜筋と内腹斜筋の頑張りどころだな」


 アプリも筋肉を速攻で殺しには来ない。飽くまでも長く、苦しく、辛く、苛め抜くのが目的なのだから……。


『緊急、緊急、眼球より緊急連絡。アプリケーション表示画面にて、バイシクル・クランチ、Xマンクランチ、Vアップ、ダンベルロシアンツイストの四連戦が告知された模様。至急対応求む』


「おっおい、今の緊急連絡大丈夫なのか?何か知らない名前がいくつかあったんだが……」


「……まずい、全部腹直筋を直撃するコースだ。しかもどれも負担の大きなものばかり!」


「ちくしょう!何かいい方法は無いのか!」


 もはや現場は大混乱。腹直筋にいたっては既に意識が無い所を酷使されている。筋肉は悲鳴をあげ、その繊維はブチブチと音を立てながら千切れている。既に細胞組織のダメージは深刻な問題となるレベル。このままでは筋肉が攣って大変な……。


 ヒヤアアアアア(ビクンビクン)


 ああ、言わんこっちゃない。筋肉達の持ち主の男は、負担に耐え切れなかった腹直筋が痙攣をおこして小さく丸くなったようだ。


「いそげー。腹直筋を伸ばすんだ!このままだと筋肉細胞が死滅してしまう!ミトコンドリアを回せ」


「気負付けろ、主人が復活したぞー。次にそなえるんだ!」


 周囲に注意を呼び掛ける声が響き渡る。流石に今負ったダメージを無視してまでこの筋肉の持ち主も【シックスパック】の継続は不可能だと予測するが、アプリの達成率を考えたら他のメニューを無視するとも考えにくい。


 その予測が裏切られることは無かったようで、腹直筋の横から鈍い苦しみの声が聞こえてきた。


「サイドプランクだ!今は右側が攻められている。左もくるぞ!警戒しろっ」


「くそう、容赦ねーな!!ミトコンドリアを絶やすな!」


 やはり、この筋肉達の主はアプリの達成率をやたらと気にするタイプの人間だ。多少の苦痛などアプリの前には気にしない。もはやアプリの奴隷と化している。


 それからも外腹斜筋、内腹斜筋を重点的に苛め抜くメニューが容赦なく与えられ、既にその両者とも意識は無く、筋肉が引きちぎれる音が聞こえるのみだ。


 すでに十分な疲労を抱えているので、そろそろ終盤も近いと周囲には明るい雰囲気が漂い始める。しかし、【シックスパック】はそれ程甘くはない……。


「ああ!腹直筋が盛大に引きちぎられてる!あれはコブラストレッチか!」


「おいおい、まだ続くのかよ!?なんだって『ビービービービー、緊急、緊急、ドラゴンフライ警報発令。ドラゴンフライ警報発令。搭乗員は至急退避、搭乗員は至急退避してください』ん、なんだよ、これはよ!」


「退避ってどこに逃げればいいんだよ!俺達に逃げ場とかねーからっ」


「ちくしょうが!背筋、胸筋、大腿直筋は気合入れろ!油断するとお前らもやられるぞ!」


「いやだ、いやだー。かーちゃーん!」


「だめだーもうミトコンドリアもまにあわねぇー」


 すでにこの場は収集のつかない、秩序などない混沌とした場所になっている。怒号と悲鳴が飛び交い。血流は滞り、乳酸溢れる空間、ミトコンドリアのインフレは既にストップ高だ。


「くーるーぞー」


 誰かが叫んだが先か、全身が軋みを上げ始める。ドラゴンフライが実行されたのだろう。周囲には声にならない叫びが木霊する。アプリに支配、管理された筋肉達は逃れる事が出来ない。ただ、只管に耐え続ける日々はまだまだ終わらないのだ。









カシャッ


「おっし、今日も良い感じ、SNSに上げとこ、タイトルは『シックスパック最前線』っと。完璧じゃん」


 眼球が捉えたのは、SNSにアップされた主人の肉体美と、お勧めのアプリケーションの名前。


 俺達は今日も身体を張って評価します。


 こちら、筋トレアプリケーション最前線


 お勧めアプリご紹介します。





ストレスの捌け口として書いた。

一時間半で書いた超大作です。ごめんなさい。

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