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正邪の交心  作者: 八木うさぎ
第2章 ダブル・フェイス
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調査(その2)

 普段から勉強を進んではしない悪い子の僕は、基本夕飯を食べ終えて風呂にも入り終えるともうそこから時間を持て余すことになる。なので今もゴロゴロとベッドに寝転がりながらぼーっと例の卵を見上げているわけだけども・・・。

 これを貰った辺りから、なんだか・・・僕の周りでおかしなことが起こり始めた気がする。

 その中でももっぱら気になってるのは、さっきの父さんの発言だ。



『何も持ってないじゃないか』



 持ってたのに、持ってないと言われた。

 何も持ってない。それはつまり僕の手の上には何も乗っかっていなかった、と、あたかもこの卵が透明であるかのように父さんの目には何も映らなかったらしい。



 ワハハハそんなバカな。



 そんなはずないじゃん。現にこうして僕に見えてるわけだし、あのおじいさんにも見えてたし。それに天喰くんだって――――ん? ちょっと待てよ? 

 あのときの天喰くん、「ほら」って僕が卵を見せたとき・・・目の焦点が卵に合ってなかったような気がする。

 もしかして・・・もしかしてだけど、天喰くんにも、この卵が見えてなかった?

 だとするとあの謎の疾走も納得がいく。あれはきっと・・・僕から逃げ去ったんだ。

 あのときの天喰くんは顔を合わせた瞬間からもう苦笑い――――いや、顔が引きつってたし。

 おじいさんの話しをしたら不気味がってたし。

 そこで僕が自信満々で差しだした手に何も乗ってなくて、で、とうとう僕を本当の変人か何かと思ったんだろう。

 変人って思われるのはある意味慣れてるけど、でも・・・なにも逃げなくても。

 天喰くんは僕に話しかけてくれるとっても貴重な存在の内の一人だったんだけどなぁ。この分だとどうやらそれも今日でおしまいかもしれない。残念だよ本当に。



 ・・・っていうか。



 今の仮定が正しいとすると、この卵は――――透明、ってことになるんだけど?



 それは、普通に考えて、普通じゃない。

 僕にはこれがハッキリと牛柄模様をした卵だって視認できている。僕以外に見えない卵なんてものが、あるわけがない。

 あるわけ・・・ないんだけど、でも、この卵がペット禁止の我が家の検問をあっさりと突破できてこうして未だに僕の手の中にあることを鑑みると・・・本当に、本当にこれ、僕以外には見えないのかな?



 いくらかの好奇心と探究心に猜疑心が混じった結果、ちょっと家族で実験してみたい、って衝動にかられたのでおもいきって試してみることに。

 けど、もしも僕のこの予想がとんだ大ハズレで、実は普通に見えててさっきの父さんは単に暗くて見えなかったとかってオチだと非常にまずい。だから父さんや母さんで実験するのは控えた方がいいな。



「そうなると、香澄かすみしかいないか」



 僕には二つ歳下で現在中学三年生の、今度の冬に控えた高校受験のために僕と違って日夜勉強に励んでいる妹がいる。

 妹は僕と同じ両親の下に生まれて僕と同じように育てられて、つまり妹も僕のように『人助け』を積極的にするような人間なんだけど、僕と違って学校で浮いてないらしい。それどころかとっても人望が厚いとか。心の底からうらやましいよ、本当に。

 詳しくは知らないけど、ようは、妹は僕と違ってとても世渡り上手だ、ってことだ。

 そんなんだと僕が周りの反感を買ってたのは親の教え云々、僕個人の問題なんじゃん、ってことになるわけで・・・ま、まあ、今その話はおいとこう。悲しくなる。



 とにかく香澄でちょっと実験してみよう。



 あ。でもその前に、もしもこの卵が香澄に見えてたときの言い訳を先に考えとかなきゃ。

 僕と違って頭のいい香澄のことだ。「何それ?」とか「なんで卵持ってるの?」とか聞かれてしどろもどろしようものなら父さんや母さんみたいに尋問してくること間違いない。

 さて、そうなったらなんて言い返せば――――、



「おにーちゃーん。入るよー」



 そこに、目下話題の妹君がコンコンと軽いノックと一緒に、勝手に部屋に入ってきた。

 


 な、なんだって! そんな、ま、まさかあっちから出向いてくるとは。 



 不意をつかれたあまりそれこそ静かな場所で突然大音量を聞いたときのように体がビクンと反応し、寝転がっていた状態から上半身を起こした。目下反省中だったのにもかかわらず、予期せぬ事態で動揺してしまったために、先のお父さんのときのように再び卵を腕ごと背後に隠すことしかできなかった。



「ななな、何の用だよっ!」

「うん、ちょっとこの問題教えて欲しいなーと思いまして。・・・ん? お取り込み中?」

「いや、別にそういうわけじゃ・・・」

「んー? なんか怪しーなぁ。ねぇ、あたしの眼、じーっと見て?」



 と、香澄は僕の部屋に来て早々、ベッドの上に四つんばいになって歩み寄り、寝そべってた僕の眼と鼻の距離まで顔を近づけてきて、僕をじっと、黙々と見入ってくる。



「・・・・・・っ、」



 唐突に真顔でのにらめっこが始まって、最初こそ距離を置こうと後退していたけど香澄は獣のようにゆっくりと進撃してくる。やがて壁際に追い詰められ、逃げ場をなくした僕は視線だけをどうにかそらす。

 すると香澄は、嫌らしい目付きでニヤッ、と笑った。



「ねえ、自分で気付いてる? お兄ちゃんって動揺してると必ず視線が泳ぐんだよ。それも・・・ププっ。バタフライかってくらい乱雑に♪」

「っ、知ってるよそんなの! 仕方ないだろ、なっちゃうもんは!」



 人間不信に陥ったせいで身についた悪癖は、たとえ相手が家族だろうと発動してしまう。

 そこに照れと恥ずかしさが混じって・・・視線がもうバタフライ。

 動揺を誤魔化すために勢いよく立ち上がって距離を取ったお陰でいくらか落ち着いてきてきて、そこで僕は手にある卵のことを思いだした。



「で? 何の用なのさ?」

「あ、うん、ここの問題を教えてもらいたくって」



 どうやら勉強の質問に来たらしい(それにしてもなんてタイミングが悪いんだ)。



 何度も言ってるけど、僕は勉強全般が苦手。

 でもこれでも一応一年半くらい前に高校受験をしたわけで、頭が悪いなりにも勉強はしたんだ。ってことで中学レベルならものにもよるけどまあなんとかギリギリ大丈夫。

 もしこれが高校の問題だったら逆にこっちが教えて欲しいくらいだけどね。



 僕にもわかるかどうかわかんないよ? と先に念押ししてから持ってきたプリントを受け取りざっと目を通すと、それは数学の文章問題だった。



 ・・・う。



 な、中々に難しいじゃん。うーん・・・。



「どう? 解けそう?」

「まあ・・・頑張ればいけるかな?」



 あ、見栄張っちゃった。いくら妹の前だからって虚勢はダメだよ僕。

 まぁでも言っちゃった以上は仕方ない。真剣に取り組もうじゃないか。

 僕が勉強苦手だって知ってるのに頼ってくれてるわけだし、兄として妹の将来のためにも微力ながら協力せねば。

 それに――――なんたって、この状況はあの卵の実験をする絶好のチャンスでもあるし。



 そのまま僕はベッドに隣接している勉強机(僕の場合ただの机だけど)に着き、プリントを置くと同時に机の片隅に持っていた卵を置いてそれから筆記用具を持って取り組んでみた。香澄は僕のベッドに四つん這いではなく今はちゃんと足を揃えて座っていて、僕が取り組んでる様子を背後から眺めている。



 香澄の斜め後ろからの重たい視線を感じつつ、そこで僕はうーん、うーん、と唸りながら考えるフリをして卵を少し指で突っついたり転がしたりしてみた。

 ここまですれば自然と指先に注意が向かうだろうし、もしも香澄に卵が見えているなら「それ何?」って絶対に指摘があるはずだ。・・・さあ、どうだろう?



 そーっと、背後に目を配ると――――、



 普通に、ごくごく普通に、香澄と目が合ってしまった。



「・・・? やっぱ降参?」

「え、あ、いや、ちょっと待って! もう少し、もう少しだけ・・・」



 香澄は、あろうことか全く卵の話をしてこなかった。ってことは・・・、



 本当にこれ、僕以外には見えないみたいじゃん。



 受け入れがたい現実に冷や汗交じりで焦りつつも気を取り直して、今度こそは本当に問題に取り組む。

 妹の期待(?)を一身に背負った僕はバカの火事場の馬鹿力を発揮し、なんとか問題を解くことができた。



「――――で、ここがこうなるんだよ」

「ふむふむ。なるほどねー」



 ざっくばらんに解説する中、今こうしている間も香澄は卵に気付いた様子がない。

 うーん、本当に、本っ当に、見えてないのかな? 正直わからない。

 いくらなんでもそう簡単には受け入れられないのでついつい疑い深くなってしまう。

 でも、万が一にも僕の方から見えてるかどうかと尋ねることはできない。これがこの実験の弱点だ。・・・最後にもう一度卵を指で軽く突っついて香澄の様子を見てみよう。



「どう? これで大丈夫そう?」



 そう尋ねながら何気なくそっと卵に指を伸ばした――――瞬間、



「うん大体わかった。いやー、どんなに腐ってても、さすがは高校生だねっ!」



 と、香澄は笑いながら何気に酷い言葉を吐いて僕の背中に思いっきり張り手を喰らわしてきた。



 まるで恩を仇で返すようなこの仕打ち。それがきっかけで・・・僕の指がまるでビリヤードのキューのように卵を突っつき押しだし、卵が転がりだしてしまう。

 指は卵のちょうど真芯を捕らえていたようで、卵はその形状のせいで不規則に転がりつつ――――無常にも、机の上から床へと落下してしまった。



「い、いいっ!」



 や・・・やってしまった。

 な、なんという凡ミス。うそでしょ、こんなことって・・・。



「? どーしたの? いーっ、とか変な声上げちゃって」



 僕と違って香澄は尚も平然としている。もう間違いない、見えてないんだろう。



 ・・・む、むしろ、この惨状が見えてなくってよかったね。いや本当に。



「あ・・・い、い、・・・い、一箇所だけで、いいの?」

「? うん、まあ・・・」



 適当に取り繕った僕の声に余裕がなかったせいか、香澄はさっきの父さんのように怪訝そうに僕を見ている。

 そんな風に見られると僕の視線はまたまたバタフライ。最悪「何か隠してるでしょ?」的な展開から始まって、結果的に「頭、大丈夫?」とかってなりかねないので、



「さ、さあほら! これで悩みの種もなくなったんだし、また戻って勉強したほうがいいんじゃない? うん、そうだよ、勉強するべきだっ!」



 平静を装えない僕は妹の背を押して半ば強引に退室させてしまった。

 もう怪しさ満点の行動なのは言うまでもないけど、それくらい僕は動揺してたんだ。



 だって、卵が落ちちゃったんだもん。



 今まで説明してなかったけど、僕は家まで帰ってくる間ずっと卵を手に持ったままだった(他の人に見えるかどうか、まだその疑問自体抱いてなかったので)。

 卵という点を鑑みればきっと殻は脆いに違いないと思い、バッグに入れることもできず、細心の注意を払って駅まで着き、電車乗ってる最中なんてはたから見ればオニギリでも結んでんのかって思われそうな変な形で卵を両手で包み隠してたんだよ。



 そりゃもう電車に乗ってる間は何こいつ? っていう目でジロジロ見られたし。 



 そんな極度の恥ずかしさを忍んでここまで運んできたっていうのに、うっかりミスで失うというあまりにもあっけない幕引き。扉を背にして寄りかかり、落胆から足の力が抜けて、そのまま扉伝いに床に座り込んでしまう。



 こんな結果は予想外だし望んでなかったんだけど、けどもう・・・後の祭りだよ。



 渋々立ち上がり、本当はもうそんなことする気も起こらなかったけどそうもいかないので仕方なく、割れた卵の後始末に取り掛かることに。



 ・・・あ。そういえばあと二・三日で生まれるとかって話だったっけ? ってことは、もしかして――――ちょっと映像的にグロテスク? うわぁ・・・嫌だなぁ。



 一つ大きなため息をして中身が露になった卵を見る覚悟をし、近づいて――――気付く。



「・・・え?」



 おかしい。

 


 そ、そんなはずない。

 だって、結構な高さから落ちたんだぞ? 

 床だってフローリングだし、衝撃を和らげるような絨毯とかひいてるわけでもないのに。

 それなのになんで? 

 なんで割れてないんだ?

 


 なんで――――ヒビすら入ってないんだ?

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