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正邪の交心  作者: 八木うさぎ
第2章 ダブル・フェイス
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人の為の善意

 佐々木くんとはつい一週間前まで全く関わりがなかったんだ。二年生にあがって同じクラスになってから三ヶ月が経ったつい一週間前までは、ね。



 きっかけは、一週間前の昼休みだった。



 僕の高校は食堂もあれば購買もある。弁当持参でもいい。外出は無理だけど。

 もっぱら購買で済ませている僕は一週間前に普段どおり購買に向かってパンを買い、そして教室に帰って一人寂しくパンにかぶりつこうとしていた。その帰り道のことだった。



 廊下の片隅に、上履きの色からして一年生であろう男子生徒が、佐々木くんら三人組に絡まれているのを目撃したんだ。



 絡まれた男子生徒は顔を引きつらせながらおどおどしていて、視線の動きから誰彼構わず助けを請うような、つまり切羽詰ったような表情をしていた。

 ちょっと立ち止まって遠くから話を断片的に聞いてみると、どうやら購買にまで使いっぱしりにされるところだったけど男子生徒の持ち合わせが足りなくて佐々木くんらの昼食を買えず、それで佐々木くんが怒っている、といった状況だったようで。



 見かねた僕は――――あとさき考えず、その騒動の中に割って入ってしまったんだ。



「いくら足りないの?」と。



 そして、そう言葉にしてから、遅れて自覚したんだ。



『・・・あ、やば。またやっちゃった』と。



 困ってる人がいたら助ける。それが子供の頃からの僕の悪いクセだ。

 そのクセのせいで僕は、・・・今ではろくに友達も作れない、人間不信になっちゃったっていうのにさ。



 僕は、『困っている人がいたらとにかく助けてあげなさい』と物心ついたときから教わり育てられてきた。



 両親曰く、人助けっていうのは連鎖するらしい。

 ここに困っている人がいるとして、ちょっとばかし自分が頑張りさえすれば、相手は笑顔になれる。幸せになれる。心に余裕が生まれるんだ。

 心に余裕が生まれれば人はおおらかになり、人を助けようという心の余裕も生まれる。



 その繰り返しこそが、つまりは連鎖。

 最初こそくすぶった火種のようにささやかなものかもしれないけど、火種があるから炎が生まれるのであって、つまり人を助ける善良な心を持った人間が一人でもいさえすれば、いつかこの世界は幸せが満ち溢れた美しい世界に成長していくんだ。



 ――――なんてことを聞かされて、まあ当時は言葉の意味が欠片もわからないでいたけど、とにかく『人助けはいいことだ』ってくらいは理解できたし、僕自身それにうなずけた。



 だから僕は幼稚園の頃なんか善意というよりかは親の言いつけを守るみたいな感じで困っている人がいたら知り合いだろうがそうじゃなかろうが先生だろうが誰だろうが率先してできる限りのことをしていた。



 できる限りのことしかできなかったけど、それでも、みんな笑顔になってくれたんだ。

 だから当時の僕は親の教えが正しいと思ってたんだ。

 周りの人も僕を褒めてくれたりして、悪い気なんかしない。僕も幸せだった。



 だから・・・そんなんだから、気付けなかったんだ。

 その教えが、大間違いだってことに。



 小学校にあがっても僕は引き続き人助けをしていた。

 落し物を探したり係りの当番を代わってあげたり、色々と。

 もはやそれはおせっかいって言っていいほどにまでなっていた、と今では思う。



 初めの内は幼稚園の頃と同様にみんな僕を褒めてくれたんだ。感謝してくれたんだ。

 けど、五年生になったあるとき。

 困ってた女の子がいて、普段どおり、いつもどおり、助けてあげたとき。



『なぁ、あいつなんなの? いっつもああゆうことしていい子ちゃんぶっちゃってさぁ?』

『目立ちたがりなんじゃねーの? もしくはヒーロー気取りとか?』

『いや・・・もしかしてさぁ、比護ってあいつのこと好きだったりして?』

『うっわ、カッコつけてんのかよ、キモっ!』



 どうしてか、僕を罵る人たちがポツポツとでてきたんだ。



 僕からしてみれば彼らがなんでそんなことを言うのか逆に理解できなくて、変なの、とそのときは一概に付してしまったわけだけど、・・・けれど、そういった黒い感情が指し示す真意がつまりなんなのか、中学生の頃にようやく理解できた。



 中学校でも率先して人助けをしていた僕だったけど、いつからか僕がする行為が人助けではなくなっていた。

 人助けじゃなくて、都合のいい使いっぱしりに変化していたんだ。



『あたしの鞄教室から取ってきてよ』とか、『教科書持ってこなかったから貸して』とか、そんなのはまだまだマシな方。『俺の代わりに宿題やっとけ』とか、酷いのだと『家に忘れ物したからあたしの代わりに取りに行ってきて』とか言われたこともある。



 もちろん僕は断った。そういうのは自分でやるべきだ、って。その頃の僕はまだいくらか勇気――――というか言いたいことを口にだして言えたんだ。

 けど、僕がそう言うとみんな口を揃えてこう返してくるんだよね。



あたしだけ差別するのか』って。



 そしてそれを聞きつけた何人かと一緒に僕を囲んで、最終的には有無を言わさず強要させる始末。そんなことが頻繁に起こった。

 それが嫌で嫌でたまらなくて、でも・・・断れなくて。最終的に僕は小学校からの付き合いがある親友に相談してみたんだけど、そのとき親友が言った言葉はこうだった。



『っつーかさぁ、お前が困ってる奴を助けるアレって、なにか魂胆があってやってんじゃねーの?』



 その重たい一言を皮切りに、親友のなじるような僕否定は延々と続いた。



『人間なんて損得勘定で動く生き物じゃん。友人関係だってそうだし極論で言えば恋愛だってその部類に入るだろ? あー、つまり何が言いたいかってーと、人助けを率先してやるような奴は海老で鯛を釣るみたいな――――あ! そう、見返り! 見返りを期待してそういった行動を積極的に取っている卑しい奴だ、って普通の奴は思うわけだよ。もしくは・・・自分って人間をよりよく見せるための昇華行為っていうか、自分を飾るための手段っていうか・・・だからさ、クラスの奴らはみんな、お前のことをヒーロー気取りとか偽善者だとか思ってんだよ。さすがの俺だってたまに思うぜ? だってお前、いい顔しようと露骨すぎんだもん。そーゆーのが普通の奴からしたら癇に障るってワケ。・・・あー、あとさ、教師からたびたび荷物運びやら授業の準備やら頼まれては手伝ったりしてるけど、あーゆーのもやめた方がいいぜ? みんな「比護がまたゴマすりしてる」って言ってるし』



 言葉の一つ一つがマシンガンのように胸をえぐった。とても、とても強烈だった。



 けど親友の無邪気な猛攻はそれだけでは終わらず、最後にとっておきの一言をおみまいして、半壊状態の心にとどめをさしたんだ。



『っつーかさぁ、なんにも見返りを求めないで純粋に人を助けようなんて思ってる奴なんてこの世界にいやしねーよ。いたら逆にキモいって。お前だってそうなんだろ?』



 ・・・・・・それが、世間の一般論らしい。世論らしい。常識らしい。

 逆に言えば、僕が非常識だったらしい。っていうか異常だったらしい。

 そこで僕は唐突に理解したんだ。



 何か見返りを求めて日々虎視眈々と人にコビを売り歩いている卑しい奴。

 ごまをすってすってすりまくる目立ちたがり屋。カッコつけ屋。八方美人。打算的人間。

 僕という人間は学校のみんなにそんな嫌な奴に思われていたらしい。小学校からの親友ですら僕をそんな奴だと思ってたくらいだしね。

 そして、そんな嫌な奴の僕が現実として教師受けが良かったのが癇に障ってたらしい。だから偽善者の皮を被ってる僕を逆に利用して無理難題を押し付けて困らせるという遠回し的な粛清をしていたらしい。



 全てを理解したその瞬間、僕は――――唐突に、人間というものに激しい嫌悪感を抱いてしまった。強固な不信感を抱いてしまったんだ。



 しばらくして不登校になり、その間に心理カウンセラーの人と定期的に面談して、徐々に心のヒビは修復していった。けど、中学校に行くことだけはもう・・・絶対に無理だった。

 それでも、病んだ自分を改革しようと自宅でしたくもない勉強を頑張って、どうにか学区外の、つまり僕を知る人が一人もいないような場所にある学校をわざと選んでなんとか合格したけども・・・でも、どうやらそれも徒労に終わったみたいだ。



 高校に入学して誰もかれもが初対面のはずなのに、なのにみんなが僕のことをどこからか嗅ぎ付けて知っている気がして、みんなの視線が妙に鋭く感じて・・・それはきっと単なる被害妄想だったに違いないだろうけど、それが被害妄想だと思えないのが僕の心の病でさ・・・。

 もうある程度回復しているはずなのに人から話しかけられるとトラウマが先走ってうまく受け答えができない。会話が一言二言で終わってしまう。視線が怖くて目が合わせられない。自分から進んで話しかけるなんてもっての他だ。



 結局、遠い学校を選んだのにもかかわらず僕は、その環境に馴染めなかった。

 入学して一年以上が経った今じゃトラウマも更に治まって本当はもうそれなりに会話もできるんだけど、でも周りはそうは思ってはくれないようで。



 いくら僕が自分の殻を破ったところで、周りの人の僕に対する評価がそれに同調して変化してくれるとは限らない。

 入学当初ろくに会話もできないでいた僕の失態が借金となり、学年が上がってクラス替えが行われても大して人間関係は変わらなかった。



 聞くところによると、クラス替えで新しく同じクラスになった人に立て続けで僕と同じクラスになった人が口走って事前に僕との接触を止めさせてたらしい。

 あいつには関わらない方がいい、オドオドしてて気持ち悪いから、と。

 そういう現状に置かれると・・・また人間不信が悪化する。悪循環だよこれは。



 そう。僕は今再び人間不信になりそうな、そんなきわどい境目にいる。

 だから一週間前に佐々木くんに絡まれている一年生を助けたアレには我ながら驚かされたよ。いくらあの子が困っていたとはいえ、自分から進んでわざわざ面倒事に頭を突っ込んでいったんだから。

 なんでそんなことをしたのか? この人間不信の僕が、どうして? って。



 ・・・いや、本当はわかってるんだ。

 


 あの一年生が、中学校の頃のいいように利用されていた僕とダブって見えたんだ、って。

 だからほっとけなかったんだって。



 逆に、もしも・・・もしも昔、僕に味方してくれるような人がたった一人でもいたのならば、きっと僕は・・・今の僕とは違った存在になっていたかもしれないなぁ、なんて思う。


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