正邪の交心
「??? え、どういう意味?」
「この話はちょっとばかし長くなる・・・ほら、ザフキエル。その子と遊んでな」
駿河さんの両肩を言ったりきたりしていたザフキエルは「ガゥ」と返事すると、七枚の矮小な翼を揺らめかしてプカプカと浮き上がり、そのまま僕が抱きかかえたままだったヘカミヤーにまでゆっくり接近してくる。
ヘカミヤーは「チュ?」と身構えるけど、「ガゥガゥ、ガゥ」「チュ? チュチュチュ」と僕の理解できない天使言語(?)で会話を終えると、『まこちん、ちょっと遊んできまチュね』と言って僕から飛び立ち、そのまま二匹は屋上を目一杯駆使した追いかけっこを始めた(ヘカミヤーが飛びながら逃げて、それをザフキエルが屋上に足をつけて追いかけている)。
なんだか楽しそうだなぁ、ヘカミヤー。
こんなふうに、はたから見てるだけだとカワイイんだけどね・・・。
噛みついてきたり頭を叩きまくったり、挙句の果てに火光獣までこの僕に向けるっていうその凶暴さがなければなぁ・・・っていうか本当に僕の心の投影物なの?
ちょっと意味深な目で二匹の動きを見つめていた僕に対し、駿河さんはフッと微笑む。
「話を戻すよ。さっきも言ったように、あの卵は神に清き願いを捧げ試練を乗り越えなければ手に入れられない。となると、当然あの天喰だってそれに順じて卵を手に入れたってことになるわけだ」
うん。言われてみればそのとおりだ。
「で、比護。あんたは天喰が神に対して何を願ったと思う?」
「・・・へ? なんだかその言い方だと駿河さん、天喰くんの願い事を知ってるように聞こえるけど?」
「まあね」
ここで駿河さんは今日一番の真剣な表情を見せた。
「あたしさ、警察に世話になってただろ? そのときにあのオヤジ――――こないだ教室であたしが吼えたときに冷静に口答えしてきたオヤジ覚えてんだろ? あいつさ。あたしら結構な顔馴染みっていうか腐れ縁でね、この町に来る前からの付き合いなんだけどさ、あのオヤジから事情聴取を適当に受けてたら――――そこでちょっと一騒動あったんだ。それからいろいろわかったんだよ。天喰のメフィストフェレスがどうしてすでに二枚の翼を持っていたか、そしてあいつは神に何を願ったのかがね」
なんとも抽象的で話が見えなかったけど、世に響く噂通りの凄みを利かせる駿河さんの物言いにごくりと生唾を飲む。
「そもそも金曜日の朝にあんたら三人とあたしがそこの階段ででくわしたのを覚えてるかい? あのときのあんたらは、まさかあたしも卵が見えてるだなんておそらく微塵も思わなかっただろう。けど、あたしとしてはそれぞれの卵の殻を少し見ただけで天使と悪魔のどっちが生まれるのか、もうあの時点でおおよその見当がついてたんだ」
「そうなの? でも・・・だったらそのときにあの二人の卵を浄化しちゃえばよかったんじゃないの? そうすれば遊園地が悲惨な事態を招くこともなかったんじゃ・・・」
「まさにその通りだけど、あの卵は卵である内は如何なる攻撃も受け付けない。たとえそれが天使の浄化だろうとね。そういうふうにできてるんだ。実際何をしたって卵は割れなかったろ? だからあの卵はたとえ悪魔が生まれるって事前にわかってても孵るまで待つしかないんだ」
「へぇ・・・そうなんだ」
「だからあたしはあの場では何もしないで知らん振りを決め込んだ。実際何もできなかったし、後々浄化する際にも不要にあたしのことを警戒されたくもなかったしね。――――なんて余裕かましてたらあの二人の卵、面倒なことにほぼ同時に孵化しやがったんだ」
そのまま駿河さんは、さっきのように腕を組み手すりに体を預けた。
「予想外に孵化するのが早かったってのももちろんあるけど、よりにもよって二匹同時だったからね。あたしは優先順位をつけなきゃいけなかった。んであたしはそのとき比較的近くにいた方――――それが天喰だったっていうのは後からわかったんだけど、とりあえず近い方から片付けようと向かったんだ。けど一足遅かった。あたしが着いたときにそこにいたのは被害者の男一人だけで、当の天喰の姿はもうどこにもなかったんだ」
「あ、じゃあその瞬間を誰かに見られちゃって、それで警察に・・・」
「どうやらそういうことらしい。んでそのあと鷺宮の方に向かったけどそのときにはそっちももう事件後で、しかもあいつ、警察に事情聴取なんか受けてやがったから介入できなくてね。だからあたしは天喰が帰宅するのを家の前でずっと見張ってたわけさ」
ふーん、そ・・・え、ずっと?
「だけど天喰の奴、帰ってこなかったんだよ。何時になっても。んなことなら鷺宮が解放されんのを待ってた方がどんだけマシだったことか・・・まあそれはともかく、夜が明けて朝になっても天喰の奴は戻ってこなかった。言い忘れてたけど、あたしには他に何人か仲間がいてね、言うまでもなくそいつらはみんな卵から天使が生まれた奴らなんだけどさ、その内の一人に半径約七十二・三キロ以内の天使や悪魔をサーチする力を持った奴がいるんだ。んであたしは開放された後すぐにそいつに連絡して遊園地にいるあんた達を見つけてもらったのさ。だけど――――金曜はその力を持ってしても天喰をサーチできなかった。しかも土曜には学校にも姿を見せないときもんだ。そんなんだからあたしにはあいつがどこで何をしているのか見当がつかなくてね、どうしたもんかと考えてたときに学校にあのオヤジが現れやがってさ。そのせいで鷺宮も浄化できないままあたしは連れてかれた、と」
やってらんない、と言わんばかりに駿河さんは柄にもなく溜息をつく。
「そう言えば天喰くん、土曜日は担任にちゃんと連絡を取ってまでして学校を休んでたんじゃなかったっけ? だからきっとどこか遠くで時間がかかる何かをしてたんじゃないかな? 前もってそれがわかるくらいの何かを」
「へぇ、なかなか鋭いじゃないか。それがね、どうやらあいつは金曜の夜から一人で名古屋に行ってたらしい。サーチにひっっかからなかったのも有効範囲外だったから当然だったってわけさ」
「名古屋? 一人で? なんでそんなことわかるの?」
「あたしが事情聴取を受けてたときに、愛知県警からあのオヤジのところに一報が届いたんだ。あのオヤジ、一応敏腕で通ってて顔が知れてるらしくってさ。んでその届いた一報の内容が『名古屋で奇妙な事件が多数発生し、どの犯行現場でも目撃情報があった天喰秀人という高校生の身柄を確保したまではいいんだがどうにも不明瞭な点が多すぎて困ってる。なので天喰秀人の金曜の動向、それにできれば学校の評判や過去も調査して報告して欲しい』ってモンだった。それであのオヤジが天喰について調べだしたんだ。そのときにね・・・ちょっぴしザフキエルに手伝ってもらったのさ。それでいろんな情報が手に入ったんだ」
「ザフキエルが?」
僕はつい、屋上を駆け回っているザフキエルに目を向けてしまう。
へー、ザフキエルにはそんな情報収集能力もあるのか。全くもってすご――――、
「あたしが事情聴取受ける部屋で缶詰にされたてときにザフキエルを呼びだして、天喰について聞き込みしに外にでたあのオヤジのそばをついて離れないよう頼んだんだ。つまりは、『あのオヤジが口から洩らした言葉をザフキエルが聞いて、それを一言一句違わずあたしにテレパシーで伝えさせた』、ってわけさ」
・・・はい?
ザフキエルは基本、駿河さん以外の人間には見えない。
だから、あのオジサン刑事の後を追ったところで絶対に感づかれない。
そして、ザフキエルと駿河さんはテレパシーで繋がってる。それはすなわち――――、
「く、駿河さん、それって・・・盗ちょ――――」
「ま、あのオヤジよりあたしの方が一枚上手だってことさ」
駿河さんは鋭い目つきのまま少しだけ得意げに語る。
・・・天使に盗聴の片棒を担がせておいて、そんなふうに自慢されましても。
情報収集はザフキエルの力じゃなくて単に駿河さんの悪知恵だったんだね。ハハ。
「とまあその話はおいといて・・・あのオヤジの調べによると、どうやら天喰は中学に上がる頃まで名古屋に住んでたらしい。進学と同時にこっちに引っ越してきたんだと。で、なんでわざわざ名古屋から引っ越してきたのかっていうと、なんでも天喰は小学校の頃にクラスメイト全員に――――酷いイジメを受けてたらしいんだよ」
「イジメられてた? あの天喰くんが?」
それじゃあ・・・僕とか鷺宮さんと一緒じゃないか。
「っつっても、なるべくしてなったイジメっていうか・・・天喰は俗にいう富裕層の家系の子らしくってね、物心ついた頃から友達も作らず勉強ばかりさせられてたらしい。それで小学校に上がると周りが英才教育を受けていた自分よりも遥かに劣ってることに気付いて優越感に浸かり、たとえ上級生だろうがなんだろうが常に人を見下して小ばかにしていたらしい。だけどそんなことしていればいつか因果応報の元に報復されるのは明白さ。そんなこんなであいつはイジメの対象になった。イジメる方は男も女もクラス一丸となって、担任ですらそれに片棒をかついでたんだと。・・・まあ、ここまで言えばわかるだろ? 名古屋での傷害事件の被害者は天喰の元クラスメイトと元担任の計四十人。んで警察が困惑してた理由はその犯行がメフィストフェレスによるもので物的証拠が何一つない、俗に言う不可思議な事件だったからさ」
クラスメイト全員からイジメられてたって・・・それじゃあますます僕や鷺宮さんみたいじゃないか。
「子供ってさ、無邪気な生き物なんだよ。『邪気がない』って書いて『無邪気』って言うけどさ、つまり子供は自分の行いに対して『邪な気持ち』が沸かないんだよ。自制心がない、って言えばいいのかね。自分がどれだけ酷くてむごいことを言ったりやったりしているのか、幼すぎて認識もできなければ客観視もできない。そしてどこが限度でどこまでが冗談で済まされるのかも判断できないんだ。きっとイジメられる前の天喰もイジメだしたクラスメイトも双方共にそうだったんだろう・・・。そして、その愚行のツケはいつか必ず自分に返ってくるってのが世の常ってもんさ。結果的に天喰は転校を余儀なくさせられたわけだし、クラスメイトの奴らと担任も今回の一軒である意味じゃ因果応報、過去にしでかした過ちに相応しい罰を受けたわけだ」
「それで、イジメから解放されてからはこっちの学校で普通の生活を送ってたんだ?」
「ところがね、それがそうでもなかったらしい。天喰はこっちの学校に転校してきた際に被害者から加害者に移り変わったらしいんだよ」
「加害者に? どうして? イジメられる辛さがわかってればそんなことしようなんて思わないんじゃ・・・」
僕の反論に駿河さんは「別段珍しいことじゃない、よく聞く話さ」と反論する。
イジメられた体験がある者は、今度はイジメる者に成り代わる。
そこが僕とは違う。そして、
そこが、鷺宮さんと同じだ。
そこが――――ようは、天使と悪魔の違いだったのかもしれない。
「天喰はそれこそクラス全員からのイジメがトラウマだったのか、転校先では大勢を相手にはせずたった一人、決して反逆とか暴動とかしそうにない気弱な奴を厳選し標的に絞ってストレス発散がてらイジメてたらしい。その結果、――――天喰にとっては予想外の事件が起こったんだ」
「?」
「天喰がイジメていたそいつがさ、・・・これはあくまで予想だけど、でも昨日天喰と対峙した際にカマかけたら動揺してたから恐らく間違ってないと思う。天喰にイジメられていたそいつは、イジメに耐え切れずに『彼に復讐する力を下さい』とか神に願って、そんで試練を乗り越えて例の卵を手に入れたんだろう」
「・・・は、えっ、ええっ? どどど、どういうことそれ?」
「なぁに、さっきあたしが説明した卵を手に入れる条件をよく思いだしてごらんよ。あの条件だと、根はいい奴なのに理不尽にもイジメにあってるような不遇な奴が卵を手にする確率が比較的高くなるって判断できるだろ? ・・・あんたならその意味がわかると思うけど?」
根はいい奴なのに理不尽にもイジメにあってるような不遇な奴。
それがつまり僕だ、と駿河さんは言いたいのだろう。なんかそんな風に聞こえた。
「天喰にイジメられてた奴だって天喰の気まぐれで運悪く選ばれただけに過ぎない。そいつはきっと気弱でも根はいい奴だったんだと思うよ・・・天喰にイジメられる前まではね。だからこそ試練も乗り越えることができたとも想像できるんだけどさ。――――まあもっとも、イジメの仕返しなんて邪な考えを抱いてりゃ生まれたのは悪魔だろうけど」
「・・・」
「結局そのとき天喰は悪魔による摩訶不思議な力によって否応無しに成敗されたんだろう。それで二人の上下関係は逆転した。それでこの、あいつの自宅からやや遠目のこの学校に進学してきたんだろう。ちなみにその卵を手にしてイジメ返したんじゃないかって奴、そいつが金曜天喰に襲われた被害者なんだよ」
「え?」
ってことは・・・天喰くんはメフィストフェレスが生まれてすぐに、募った怨恨を発散しようとその人の元へと仕返しに行ったってことになるわけか。
卵を手に入れたのが余程嬉しかったのか、あるいはその人が余程憎かったのか。もしくは、そのどちらなのかも。
「天喰は悪魔の力で報復されたその時点で卵の存在を――――まあ少なくとも一般人の目には映らない不思議な現象を引き起こす何かが実在するくらいには信じてたんだろう。なにせその身をもってして直に体験したんだからね。加えて天喰にイジメられてた奴が調子に乗ったのか口を滑らせたのか少なからず卵について喋りもしたんだろう。だから頭のいいあいつは断片的な言葉からある程度の仮説やら何やらを立てて、卵についての予備知識を自己解釈で蓄えていたと。そして――――そのときから一般人には不可視の力を持つ卵をあいつは欲するようになったんだろう」
「っ!」
この瞬間、僕は、天喰くんが神様に何を願ったのか、なんとなくわかってしまった。
「・・・さすがに気づいたみたいだね」
僕が気づいたことに、駿河さんも気づいたらしい。
「で、でもそんな・・・そんなお願いでも神様は受け入れてくれるの?」
「神は寛大であり万人に平等なのさ。そしてさっきも言ったように、願いが純粋ならばその是非を問わずに試練を与える。あいつはきっとそれほどまでに卵が欲しかったんだろう。もっとも、それがどうして卵の報復を受けた当初じゃなく今頃になって成就したのかはあたしにもわかんないけどね」
・・・。
僕にはわかる。それがどうしてなのか。これまたなんとなくだけど、わかる。
きっとあのときだ。
おじいさんを助けたあのとき。そこで僕は天喰くんとでくわしたけど、そのときの天喰は様子が変だった。明らかに動揺していた。取り乱していた。
アレは僕が意味不明な言葉を口走ってたからだと思ってたけど、そうじゃなかったんだ。
僕が卵を手に入れたことに激しく動揺していたんだ。
喉から手がでるほど欲しがっていたその卵を、どうしても手に入れる方法が突き止められなかったそれを、いとも簡単に手に入れた奴が目の前に現れたから。だからだ。
しかもあのときの僕は天喰くんに理解してもらおうとできる限り詳しく説明してたし。
そう。つまりは、天喰くんが卵を手にした諸々の根源は、僕・・・だったんだ。
っ、・・・あのとき天喰くんにこれ見よがしに卵について話さなければ・・・。
そうすれば、昨日みたいなことは起きずに済んだかもしれない。
遊園地は半壊状態にならずに済んだかもしれない。怪我人もでなかったかもしれない。
名古屋での襲撃事件も、金曜日の事件も、全部、未然に防げたどころか発生しなかったに違いない。
そうだ・・・全部が全部、僕のせいなんだ。
「・・・でも、なんでなのかな?」
「ん? 何が?」
「なんで神様はそんな、悪魔も生まれてくるような欠陥品の卵を作ったのかな? それに、善悪問わず純粋に願った人に試練を与えるなんて・・・そんなの、突き詰めて言えば『あいつを殺したい』みたいに思っても試練が与えられちゃうってことでしょ? まあその場合だと試練を突破することなんてないだろうけどさ、でもその・・・僕が何が言いたいのかわかるよね?」
「・・・言いたいことはわかるし、それはごもっともな正論さ。けど、あたしに言わせればそれは視野狭窄ってもんじゃないかと思う」
駿河さんは手すりから離れ、ザフキエルを手招きする。それに気づいたザフキエルがゆっくりと歩み寄ると、駿河さんはその場にしゃがみこみ、とても優しい顔を浮かべてザフキエルの頭を撫で始めた。
「・・・どういうこと?」
「お前はさ、自分って人間が良い人間と悪い人間の、一体どっちに分類できると思う?」
そう呟くと、駿河さんはザフキエルをぼうっと見ていたヘカミヤーをも手招きし、揺ら揺らゆっくり訪れたハムスター似の天使の頭も撫で始めた。チュチュチュ、と嬉しそうな声を上げている。
天使のヘカミヤー、か・・・。
僕の卵からは天使が生まれたくらいだし、実際僕は困っている人を助けたりもする。
だから僕は、謙遜なしにいえば、良い人間だと思う。
けど・・・なんでだろう?
素直にそうだと断言できない。自信を持って声にだせない。
っていうか、したくない。
恥ずかしいとかそういうのじゃなく、なんていうか・・・自分に対する後ろめたさみたいなものがあって・・・つまり、ウソをついて見栄を張っているみたいな気がするんだ。
普段から善行を心掛けてはいるけど、僕だって人間だから理不尽な怒りとか嫉妬から誰かの不幸を願ってしまうという非道徳的な思想をすることだってある。むしろそんなことちっとも珍しくもない。多々ある。佐々木くんにだって何度そういった感情を抱いたことか。昨日助けたあの男の子のときだって、正直、一度は見捨てようとしたくらいだし。
そういった自覚がある上で自分を善人と称するのは・・・やっぱり抵抗があるんだ。
自分の汚い部分を隠し、見て見ぬフリをする汚さ。
それすなわち、醜さ。
そんな醜さがなくて、心が芯から十全に清廉潔白であって、そうして初めて人は自分を善人だと誇りを持って言えるんじゃないだろうか?
でも、だからといって僕は自分を悪人だとも思わない。
そうなると僕は・・・結局僕は、一体どっちなんだろう?
「そう。つまりそういうことさ」
発言できず黙していた僕に、駿河さんは二匹の天使を愛でながら、言う。
「人間の心の中には善悪があって、その善悪――――つまり天使と悪魔が共に自分の心の中に住んでいる、って始めに説明しただろ? それをもう一度よく考えてみな」
そして僕に真剣な面持ちを向けた。
「人の心ってのはさ、善か悪かで白黒つけられるほど単純なつくりはしてない。どんな人間の心にも善や悪は存在してて、それが複雑に絡み合ってるんだ。たとえどんなに偉い坊さんとかでもそれは例外じゃないし、逆に言えば極悪な犯罪者にだってスズメの涙程度かもしれないけど善良な心は絶対にある。人が人である限り、決してどちらか一方に染まりきるなんてことはあり得ないのさ。あたしらだってこうしてあの卵から天使が生まれたわけだけど、だからといって心の中に悪が存在しない、っていったらそれは絶対にウソだ。結果論で、最終的に、悪の量を善の量が凌駕しているだけに過ぎないんだよ」
「・・・」
「なぜ神はあの卵に悪魔が生まれるようなシステムを施したのか。お前はそう言ったよね? 確かにお前が言うとおり、普通に考えれば悪魔が生まれるシステムなんてのは欠陥だよ。あの卵の汚点だろうさ。でもあたしはそうは思わない。なぜならあたしは、あの卵が人の心を反映して成長する以上は、悪魔が生まれるのは創造主である神のせいじゃなくそれを手にした持ち主の、つまり善も悪も持ち合わせる人間の心のあり方のせいだって思っているからね。・・・言ってみれば、『神の不完全さを罵るな。罵れるほどに人間は完全な存在じゃない』ってところかな?」
神を罵るな。神を罵れるほどに人間は完全じゃない。
僕は、神を罵れるほどに完全じゃない。
「そう考えるとさ、さっきのお前の発言には人間の卑しさや醜さ、あるいは傲慢とかっていう、それこそ悪の心が嫌ってほど滲みでてるって思わないかい?」
「・・・・・・」
何も言えなかった。言おうとも思わなかった。思えなかった。
卑しさ。醜さ。傲慢。
それは、卵から天使が生まれた僕の清き心に本来あるべきはずのない邪な感情。
天使が生まれたって、心が清廉潔白であるとは限らない。
僕の中にも悪なる心は確かに存在する。その事実を僕は奇しくも我が身をもってして証明し学習することとなった。




