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正邪の交心  作者: 八木うさぎ
第3章 トライ・アングル
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葛藤という名の天秤

 息を上げて走る僕の体が一秒ごとに確実に入り口へと迫っていく。

 そうして大通りの、ついさっきフォカロルに洗脳光線を浴びせかけられたその場所にまで来て――――そこで僕は思わず立ち止まってしまった。



『お客様、どうか落ち着いてゆっくりとお進み下さい!』

『気分が悪くなった方や怪我をされた方はいませんか!』

『小さいお子様をお連れの方は、手を握るか抱きかかえるかして決して離れないよう心がけてください!』



 数多の一般客らがまるで爆弾テロでも起きたかのような悲鳴と慌てぶりで入場口へと雪崩の如く無秩序に駆け込むせいで、そこは相当なパニック状態になっていた。

 通りの脇には係員が点々としていてメガホンを片手に緊迫した表情で避難の注意を促す、といった光景が目に焼きつく。よく見れば近くにある建物のいくつかに程度こそまちまちだけど崩壊の様子が見て取れる。



 そこで僕は悟る。あの二人はついさっきまでここに来てたんだ。人目を憚ることなくやりたい放題やって、二匹の決闘の余波が現実世界にまで及んだ。それで徐々に人が騒ぎだしたから場所を移したんだと。

 そうやって場所を移しかえていくことで鷺宮さんと天喰くんのそれぞれの怪物による衝突は現実世界に多大な影響を及ぼし、この遊園地の一部分ではなく敷地内全域に渡って甚大な被害と迷惑を被っているらしいということを。



 係員の呼びかけからしていくつかのアトラクションが破壊され、そして怪我人なども何名か出てしまっているらしい。

 そうなるほどにまであの二人は・・・周囲など見境なしに争っているらしい。

 僕のこの卵を手に入れる、ただそれだけのために。たったそれだけのために。



 ぼ、僕のせい・・・でもあるのかな?

 ・・・い、いや、そんなことはないはずだ。だって、あの二人がいけないんじゃないか。



 僕の卵を奪おうとか考えなければ・・・それに、僕だってある意味じゃ一番の被害者と言っても過言じゃないし。でも、それでも僕がこの混乱の一端を間接的にでも担ってしまっているのは・・・そう。紛れもない、事実なんだ。



「キャアアっ!」



 そんなふうに軽く自己嫌悪に陥っているところで急に背後から女性の悲鳴が聞こえてきた。何かと思い僕と周りにいた何人かが振り向くと、声を荒げたであろう女性が振り向いた僕の後ろを指差している。



 更に僕が後ろを振り向く(つまりさっきまでの正面を見据える)と、僕から十メートルくらい離れて位置に五、六歳くらいの男の子がポツンと一人立っていた。キョロキョロと不安そうに周囲を見渡す素振りからして、この混乱のせいではぐれてしまった保護者を探しているようだ。



 問題なのは、男の子のすぐ近くにある建築物の上空に掲げられていたこの遊園地のマスコットが描かれた看板がグラグラと揺れて落下しかかっていて、それが男の子の頭上に位置していて、つまりこのままだと起きてはならない大惨事が起こってしまいそうだ、という点である。



 当の男の子は左右に首を振っているだけで頭上の看板になど気付いている様子はない。気付いた係員がメガホンで呼びかけるも男の子は保護者探しに神経を使っていて全く気に留めていない――――と、次の瞬間、現状を維持する限界を超えた看板が自重によって男の子目掛けて力なく、だが力強く落下を始めてしまった。どよめきがそこかしこから聞こえだす。 



 っ・・・正直、僕は今それどころじゃないんだ。



 一刻も早く遊園地から脱出するべきだし、それに、たとえば僕が男の子を助けようとしなくたってこの状況だ、仕方ない。言っちゃ悪いけどそんなことをする責任だってそもそも僕にはないんだ。

 それに僕以外の人だってみんなただ見ているか叫んでいるかするだけで誰一人として男の子を助けようと行動に移すその素振りすら見せないでいるし。



 自分のせいじゃない。そして、自分だけのせじゃない。

 きっと僕以外の人もそんなことを考えていると思う。



 こんなのは傍観者による傍観者なりの体裁、自分にだけ都合のいい言い訳だってわかってる。わかってるけど、でも・・・悪いけど、今回ばかりは僕も傍観者に――――、



 ・・・いや、待て。



 傍観者とは傍にいるのに観てみぬフリをする最低のことじゃないか。

 傍にいるから手を差し伸べられるのに、あえてそれをしない最悪のことじゃないか。

 傍観がいかに嫌なものかを僕は毎日肌で感じてるじゃないか。なのに助けないのか?



 ・・・・・・でも、ごめん、今だけは――――――――ごめん。



 こうして僕の中の天使と悪魔の勝敗は、悪魔の方に軍配があがった。

 ごめんと何度も心の中で呟きながらこれから起こるであろう惨劇の現場に対して逃げるように背を向けようとする。――――すると、



『・・・本当にそれでいいんでチュか? あの男の子、死んじゃいまチュよ?』



 どこからか僕の意識に対して語りかけてくる、変な喋りの声が胸に響いた。

 その言葉が、なぜだか血液のように全身へとあまねく。



 あの男の子が死ぬ。

 死ぬ。

 僕個人の事情が巡り巡って、何も悪いことをしていなければ何の罪もないあの子が死ぬ。

 死ぬ。

 今この瞬間、僕の目の前で命が弾ける。

 僕のせいで。なのに僕は・・・僕は・・・。



「・・・くっ!」



 刹那、どうしてか悪魔にやられたはずの天使が息を吹き返した。

 次の瞬間、気付いたら僕は正面を向け直し男の子の元へと全速力で駆けてだしていた。

 距離的にみて看板よりも僕の方がかなり男の子に近い。よし、これならギリギリで間に合――――あっ!



 そこで体に若干残っていた痺れのせいでか足が縺れ、勢いあまって前のめりになってしまう。体制を崩す僕にああっ! という喚声が沸き起こる中、僕は目下の男の子が未だに事態を飲み込めていない様子で僕を見ているのに気付く。その男の子の僕をじっと見入るその目が、奇妙なことに僕の足を動かす原動力となった。



「っ、くっ!」



 短距離走の最中に足がもつれてこけそうになったのを必死で踏ん張るように足を前に突きだして、リズムが崩れながらも慣性に従って男の子に駆け寄る。



 それが功を成したのか、間一髪のところで男の子を抱きかかえその場から強引に動かす――――が、あまりに必死だったせいか勢いあまって今度こそ前に、男の子を抱きかかえたまま倒れこみいくらか転がってしまった。



 その一瞬、本当に一瞬あと。

 看板が地面に衝突した轟音が辺り一面を津波のように浸食して飲み込んだ。



 地面に寝転びながらさっきまで男の子がいた位置をそっと見てみると看板は物の見事にひしゃげていた。間近で見るとより大きく感じる。こんなものが子供の頭上に降りかかろうものなら・・・。



「ふう・・・大丈夫だった?」



 安堵のため息をついてから尋ねてみると、キョトンとしている男の子は力なく「うん」と頷く。



 しばらくして何処からともなく「マコトぉーっ!」という女性の叫び声が聞こえてきた。名前がまことである僕はつい反応しちゃって声のする方を向いてしまったけど、そこでなぜか男の子も声に反応していた。え? あれ? もしかして・・・この子も?



「マコトぉーっ!」

「マ、マ・・・? ママぁーっ!」



 男の子は僕の介抱から解放されようと強引に腕を振りほどき、泣きながら大急ぎで駆けていき膝を曲げた女性の胸に飛び込む。



「よかった、本当によかったっ!」



 男の子の母親らしきその女性は涙を零し嗚咽交じりで男の子を抱きしめる。ただ息子を発見しただけでは流さないであろう量の涙からしてきっと今の危機的状況を一部始終を見ていたんだろう。



 男の子の無事を確認して愛おしそうに抱きしめる母親。男の子の方も母親が見つかって安心したのか今までとは打って変わって盛大に泣きだしてしまった。



 尻餅をついた状態のままそれを見て思わず微笑んでいると、



「どうもありがとうございます! 本当に、ありがとうございますっ!」



 母親がやや涙声で深々と頭を下げてきた。まだ尻餅をついたままだったのですぐさま立ち上がって返事を。



「あ、いえ、無事で本当によかったです」

「本当にあなたのお陰ですっ! ・・・ほら、マコトもちゃんとお礼を言いなさいっ! このお兄さんのお陰でマコトは助かったのよ!」



 男の子は母親に言われるがままに僕を見上げて「ありがとう、お兄ちゃん」、と微笑みながら呟く。僕はしゃがみ込み「どういたしまして」と頭を撫でた。



 もう一度頭を下げると二人は他の一般人同様に避難するため去りだし、しばらくして僕に振り向いた母親が最後に一度と言わんばかりに頭を下げ、男の子もそれに倣って頭を下げた。そして去り際に、母親に手を引かれた男の子が僕をちらと見、幼さゆえの弱弱しい手つきで軽く僕に手を振っていた。ここまでの感謝をされるのは、あの卵をくれたおじいさん以来だなぁ、と思いつつ僕も男の子に軽く手を振った。



 今度こそ本当に去っていく二人の背中を見つめながら微笑んでいると――――そこでどうしてか突然、僕のバッグがわずかに輝きだした。



 といっても、バッグ自体が、というわけではない。どうやら何かが内側から光っていて、生地越しにその光が漏れだしているような、まさにそんな様子だ。



 若干辺りが暗くなってきていたこともあって、持ち主としてはその突然の変化が顕著に感じられるのだけど・・・でも、この騒ぎのせいか僕のこのバッグの妙な光に目を向けているような人は一人も見受けられない。でも一体何が光ってるんだろう? 携帯電話かな?



 バッグの口を開いて中身を確認して――――そうして思わず、僕の口も開いた。


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