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正邪の交心  作者: 八木うさぎ
第3章 トライ・アングル
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狡猾な道化師

 一体誰だろう? 僕と鷺宮さんの二人だけの甘い時間を邪魔するのは。

 周囲を見渡すと、いつの間にか僕らの周りにできていた人の輪の一端にその姿があった。



「天喰・・・くん?」



 その僕の一声で鷺宮さんはなぜか緊迫した面持ちで即座に真後ろに振り返る。



「すぐに鷺宮から離れるんだっ!」

「え? どうして――――あ。ハハ・・・そっかそっか。天喰くん、ひょっとして、君も鷺宮さんのことが好きなんだね? なのに鷺宮さんが僕ばっかりに構うから――――」

「バカ、そんなんじゃないっ! いいか、よく聞け! 今、君はそいつに催眠術らしきものをかけられているんだ!」

「さいみん・・・じゅつ?」



 ・・・・・・やれやれ天喰くん。一体何を言ってるんだ君は?



 僕の鷺宮さんに対するこの熱い想いは一度たりとも揺らいだことなんか――――、



「ひ、比護くん! 比護くんはあたしの彼氏なんだよっ? 天喰くんの言うことなんかよりあたしを信じて!」



 と、そこで急に鷺宮さんが僕の右手をきつく握ってきた。なぜか必死そうに。



 え、うそ、僕って君の彼氏だったの? 本当に? すっごく嬉しいよ。

 ・・・あれ? でもそれって・・・いつからだっけ? うーん・・・まあいつでもいいや。



 とりあえずその事実に僕自身仰天しているし、もう今にも昇天してしまいそうだけど・・・でも僕は確かに鷺宮さんが好きで、鷺宮さんだって僕が好きなんだよね? だからやっぱり僕達は恋人どうし――――痛っ!

 そこで、鷺宮さんに握られた手の甲が刺すような痛みを知らせてくる。 



 ・・・あれ? 何だっけこの傷? いつ怪我したんだっけ? 

 うーんと、確か・・・ああそうだ、観覧車乗ってたときにガラスで切っちゃって――――、



『誰が、あんたみたいな、影の薄いネクラなんかとっ!』



 と、そこである光景が一瞬頭をよぎった。あれ? 今のは――――。

 っ! ・・・ああ、そうだった。そうだったよ・・・ハハハ。



「・・・ねえ。僕が鷺宮さんの彼氏ってことは、鷺宮さんは僕の彼女・・・なんだよね?」

「え? そ、そうよ! うん、そうっ!」

「へぇ、そうなんだ。・・・でもさ、彼女が彼氏に向かって、『影の薄いネクラ』とか酷いこと言ったりは、しないよね?」

「っ!」

「思いだしたよ! 君は僕の卵を奪おうとしてたんだっ! なにが僕の彼女さ」



 右腕を降って鷺宮さんの手を振り解く。すると鷺宮さんは一瞬だけ面食らい、だがすぐさま表情から驚きを消す。そして、



「チッ。あとちょっとだったのに・・・」



 学校では一度も見たことのない、しかしついさっき一度見せた、冷徹で醜悪そうな目付きに変貌させた。



 そうか・・・おそらくこれが本当の、本物の、『鷺宮瑠姫』の本性なんだ。

 普段は天使のような笑顔を浮かべている鷺宮さんだけど、アレは僕みたいなバカを手玉に取るための罠、つまり男を誘き寄せるための一種のエサなんだ。

 っく、まんまと騙されましたよ、こんちくしょうめっ!



「まさか二度も失敗するなんてね。一応できるだけ平和的にいこうと思ってたんだけど、もういいわ。こうなったら・・・力ずくで奪うまでよ!」 



 鷺宮さんの豹変振りに呼応するようにして謎の生物――――えっと、フォカロルっていうんだっけ? はまるで鞭でも揮うかのように右腕を真横に揮う。

 その所作に連動して鷲の生首が一瞬だけ霧のように変化し分解された――――と思った束の間、すぐさまその霧は元の右手に密集、凝縮しだした。



 しかしその霧は本来の鷲の生首に再構築しなかった。

 代わりに今右手にあるのは、全体的に紅色をした巨大な槍だった。

 細く鋭く渦巻くように円錐状に伸びたそれはフォカロルの身長くらいの長さまで達していて、北欧神話にでてくる『グラム』と呼ばれる槍とまさに等しい様相をしてる。



 ・・・っていうか! いやいやいやちょっと待ってって! それで一体僕に何をしようっていうんだよっ! 力ずくとか言ってたけど・・・ま、まさかね? いやでもさすがに――――、



「やりなさいっ、フォカロルっ!」



 それを僕に向けていたフォカロルは今の「殺りなさい(?)」の命令で――――や、やばいっ! 一思いに突き刺そうと言わんばかりの体勢に入っちゃってる。 



「なに悠長に座ってんだ、早くそいつから離れろって!」



 うろたえていた僕をいつの間にかそばにまで近づいていた天喰くんが力強くで引く。お陰でフォカロルの突進に乗じた一突きをかろうじてかわせた。もしも天喰くんがいなかったらきっと今頃は僕の胃に大きな穴が開いていたところだろう。でもまあ、胃に穴が開きそうなくらいに今切羽詰っちゃってるけど。



 そのまま天喰くんの先導に付き従って僕は逃走しだした。・・・けど、正直な話、このまま逃げおおすことができるのかどうかは怪しいところだ。

 ピークに達しつつある人混みが障害となって速度がでない。これが人対人の追いかけっこならば条件は同じだけど、相手が空を飛べるとくれば僕らだけが不利をこうむり、それが相手にとって有利となり、つまりは二重の意味で災難と呼べる。このままだといずれ捕まってしまうのは火を見るよりも明らかだ。



「キィーッキィッキィッ!」



 おぼろげな不安は的中したらしく、そこで空から鶏の首を絞めたような気色悪い声が降り注いでくる。人混みの中で唯一それに反応できた僕らだけが見上げると、僕らの頭上五メートルくらいに滞空して、逃げる獲物に対して狩る者の一種の戯れなのか余裕からなのか、白い歯を見せつつもぼうっと高みの見物を決め込んでいるフォカロルの姿があった。

 そう確認した瞬間、フォカロルは紅色をした細く鋭い巨大な一滴の雨粒となって、あの気色悪い声と共に空から僕だけに高速で打ちつけるように落ちてきた。



 ――――と、そこで別の奇妙な現象が起こる。



 急にあの、さっき観覧車で聞いた黒板を爪で激しく引っ掻いたときにでるような脳を内側からかき乱す聞くに堪えない騒音がまた何処からか聞こえてきたのだ。これには僕も天喰くんも、そして周囲にいた一般客やフォカロルでさえもが揃って悶え、誰しもが声を洩らし不動になる。

 その音とともにどこからか空気の振動のような風の波が断続的に体を打ちつけてくる。怪音と相まって、群れる人混みのあちこちでドミノ倒しが起こっている。



 聞いた者に戦慄を与え、脳を蝕む旋律。それが僕らだけにとどまらず、フォカロルにまで効果があったのは不幸中の幸いだったけど・・・でも、この音は一体?



「っ、なんだかわからないが今のうちだ! 早く行くぞっ!」 



 天喰くんはまだ顔を顰めながらも催促して先に走りだす。

 人より聴覚が優れていたのかフォカロルは音が止んだ今もまだもがいている。それを横目で確認して、僕は再び天喰くんに追従した。『木を隠すなら森の中』論法で人込みに紛れようとも、空を飛べるフォカロルに対してはそれは無意味に終わる。そう判断したのか、天喰くんは逆に、っていうか普通に人目のつかない場所を目指しているらしく、大通りからどんどん離れていく。



 気付けばアトラクションがあまりない、たくさんの木々が茂った中に外灯やベンチが点々と設けられた休憩場のような所に来ていた。確かにここなら木々の陰になっていて空からじゃ僕らを確認できないだろう。

 ここに一旦身を忍ばせようという天喰くんの提案で僕は木陰に隠れるようにして地べたにだらしなく座り込み、呼吸器官を休めることに徹する。天喰くんは息を荒げながらも立ったまま木に背をつけて周囲に目を配り注意を怠らずにいる。



「ハァ、ハァ、・・・さっきの耳障りな音が余程効果的だったのか、あの変な生き物が、追ってくる気配は、ないな」

「ハァ、ハァ、・・・みたいだね。それにしても天喰くん、なんで君がここに?」

「? ああ、君の家に電話したんだよ、そしたらここに遊びに行ったって、君の・・・妹かな? が教えてくれたんだ」

「電話?」

「ああ。俺、昨日学校休んだろ? だから卵について経過報告とかできなかったじゃないか。で、しっかり休んで体調も良くなったし、今日もし比護くんとかが暇してたら話でも、と思ってな。それで電話してみたら君と鷺宮が一緒だっていうからさ。都合がいいと思って君達を探しに来たんだ。そうして来てみたら――――あの変な生き物とご対面だろ? 全く驚いたぜ。それにしても・・・アレが鷺宮の本性ってわけだ。それでもってあの変な生き物がおそらく卵から孵った生き物なんだろう」

「うん。まさか、あんな怪物が生まれてくるなんてね」

「だよな。・・・おい比護くん。君は朝からずっと鷺宮と一緒だったみたいだけど、さっきのあの変な光以外にあいつに何かされたか?」

「え? うーん・・・特になにも。ただ駅で待ち合わせて、それからここに来て、色んなアトラクションを回ったりして、途中でなにか食べたりして・・・でもそれもこれも僕の卵を手に入れようとしての演技だったみたい」

「そうか・・・ん? 演技?  ちょっと待ってくれ。それって変じゃないか? なんでそんな回りくどいことをする必要があるんだよ」

「・・・え?」

「だってそうだろ? 俺はこの目でしっかりと見てたんだぜ。確かあの生物が右手――――と言っていいのかわからないが、右手の鷲から謎の光を発してそのあとに、君や周りの何人かが急に鷺宮に見惚れてるようなマヌケ面に変化したのを。考えてみろよ? そんなことができるんだったら最初からそれで君を操ってしまえば済むことだろうが。そうすればこんな遊園地にわざわざ来なくたって、それだけで卵は手に入ったんじゃないか?」



 確かに。



「もっと言えば、俺はあの光を見たのに影響を受けずに済んだんだ。君はあいつの奴隷になったけど俺はならなかった。きっと・・・きっとあいつの卵から生まれた奴のあの催眠術には何かしらの発動条件があるんだ。そう考えれば鷺宮が一日さいて演技してたのにもきっとワケがあるんだろうし、俺に通用しなかったのも合点がいくだろ?」



 ・・・確かに。確かにその通りだ。



 すごいなぁ天喰くん。持ち前の推理力を駆使していきなりフォカロルを分析し始めちゃったよ。僕なんか今日一日中ずっと心労が耐えなかったからもう頭が全く働かないでいるってのに。



 願わくばそのままフォカロルの弱点とか退治方法も導きだしちゃってくれ。



 ついでに僕の卵を欲しがっている鷺宮さんを説得して――――ん?



「そういえばさ、そもそも鷺宮さんはなんで僕の卵を欲しがってるのかな? 鷺宮さんが貰った卵はもう孵っちゃってるんでしょ? 別に失くしたとかじゃないし」

「・・・は? 君、それ本気で言ってるのか?」



 木に寄りかかるようにして周囲を警戒していた天喰くんは耳を疑ったと言わんばかりに目を大きくさせて正面を向け逆に尋ねてきた。



「え? それってどういうこと?」

「おめでたい奴だなぁ。君も見ただろ? っていうか餌食になっただろ? あの生物の洗脳の力の」



 ・・・? それがなんだっていうんだろう?



 そんな風に思っているのが顔にでてたらしく天喰くんは心底呆れたようにため息をつく。



「ったく・・・いいか、ここで鷺宮の立場になって考えてみろよ? 自分の卵が孵化して生まれた生物は超能力じみた途轍もない力を持っていた。そしたら『あの卵から生まれてくる生物は何かしらの摩訶不思議な力を持って生まれてくるんだ』って理解するのがごくごく普通だろ?」

「うん・・・あ」

「気付いたか?」



 ・・・なるほど。そういうことだったのか。



 この卵が実はとんでもない力を持った品物だったと気づいて、だから鷺宮さんは手段を選ばず、がむしゃらに、奪ってでも、更にこの卵を手に入れようとしたんだ。だからあんなにも必死になっていたんだ。

 天喰くんじゃなく僕を標的にすえたのは、おそらく――――僕の方が単純で、天喰くんと比べて遥かに手玉に取りやすかったからじゃないかな、と思う。くそ、理に適っているところが全くもって悔しい。



「・・・なあ比護くん。あいつの狙いが君の命とかじゃなく卵だっていうなら、その卵を一旦俺に預けてくれないか? そうすれば君は狙われたり危害を加えられる心配もない。それに、そうなれば俺は自分のと合わせて二つの卵を持っているんだからな。鷺宮だって俺の方を襲うのは明白だ」

「ええっ? ででで、でも、そんなことになって天喰くんは一体どうやってフォカロルから逃げるのさ? それとも何か弱点とかわかったの?」

「ん・・・まあな。それに、あの――――フォカロルだっけか? あいつの怪しい光は君には効果があったけど俺には通じなかっただろ? そういう面でも君は危険だし逃げるべきだ。さあ、俺を信じてその卵を貸してくれ!」



 ・・・渡しちゃって、いいのかな?



 手を伸ばす天喰くんの全身から勇ましくもあるし頼りにもなりそうな男気が溢れている。



 確かに天喰くんの言うとおり、僕は鷺宮さんの奴隷に二度もなってしまった。

 加えて、僕にはフォカロルの弱点ってものが皆目検討つかないでいる。でも天喰くんはそれを解明したって言っている。それもかなり自信ありげに。



 そうだ。僕には逃避以外にできることがない。

 天喰くんを生贄に捧げるしか方法がない。

 諸悪であるこの卵を預けるほか、ない。



 なのに。



 なぜだか、僕の手は卵を渡そうという動作をしないでいる。

 自分だけ逃げるのが恥ずかしいとかそういう問題じゃなくて・・・何かが、おかしい。

 今僕は、天喰くんの言動に妙な違和感を覚えている。



 それはえらく抽象的で具体的にどの部分がどう気になっているのか自分自身でもわからない。もしかしたらついさっきまで命を賭したやり取りをしていたせいで神経過敏になっていて、だから物事に対して全面的に疑い深くなっているのかもしれない。それでどうでもいいようなことが今に限って妙に気になっているだけなのかもしれない。けど・・・。



「なにしてるんだ、卵を預けて早く逃げろってっ!」



 ただ漠然と天喰くんの手を見ている状態の僕に、天喰くんは尚も逃走を強いてくる。



 ・・・うん、そうだ、こんなことしている場合じゃないんだ。

 こうしている間にも鷺宮さんは迫ってきているはずだし。

 対抗策も解決策も浮かばない僕は天喰くんの足手まといなだけ。いない方がいい。

 天喰くんが何をするつもりなのか全くもってわからないけど、怯えている様子もない以上よっぽどの自信があるんだろう。



 ん? 自信? ・・・そうか、これだ、僕の違和感は。



『この自信は一体どこから沸いてきてるんだ?』。これが僕の違和感だったんだ。

 そもそもなんで天喰くんはあんな化物を目にしてもここまで冷静でいられるんだろう? なんであの化物に立ち向かおうとか思うんだろう? 

 僕がわりかし臆病っていうのももちろんあるだろうけど、普通の人なら僕のように、あんなのに襲われたらただ恐怖に取り付かれて闇雲に逃げることしかできないと思う。



 けど、天喰くんはそうじゃない。

 曰く、あんな化物に対して勝算があるとか。

 一体どんな方法で、何を使ってフォカロルをやっつけるつもりなんだろう?

 普通に考えて、アレに対抗できるのはアレと同じような存在しか――――あ。



 待てよ? ってことは、もしかしたら・・・・・・・・・っ、・・・そうか。

 なるほどね。そういうことだったんだ。



「ほら、いい加減にしろ、早くしないとあいつらが――――」

「・・・ねえ、天喰くん」

「なんだよ!」

「今、卵、持ってる?」

「え? ・・・あ、ああ、持ってるぞ」

「それ、僕に見せてくれない?」

「っ、い、今そんなことしてる場合じゃないだろっ! それよりも、グズグズしてるとあいつらが――――」

「いいから見せてよっ!」



 僕は、さっき僕を助けてくれた天喰くんに向かって恩を仇で返すように、牙を向けるように大声を出した。だって、僕の予想が正しければ天喰くんは――――、



「・・・・・・チッ・・・んだよ、お前、案外鋭いのな」



 僕の追及をさかいに、天喰くんの表情が、口調が、瞬時に一変する。



 っ・・・やっぱりそうか。



 ギリギリのところで気付けてよかったよ。君の自信が一体どこから湧きでているのかを。



 つまり、もう君の卵も――――孵っているんだよね。

 君が今まで僕を庇ってくれたのは・・・つまりあれは、全部が全部、これまた鷺宮さんみたいに計算されたシナリオ通りだった、ってことでいいんだよね。

 鷺宮さんから襲撃を受けている僕を守る体裁でその実、僕の信用を得て、結局は僕の卵を預かる形で奪おうっていう、そんな邪悪な魂胆だったんだよね。



 君も鷺宮さんも、つまり二人とも、それぞれの卵のように、



 心は真っ黒だったんだね。


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