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正邪の交心  作者: 八木うさぎ
第3章 トライ・アングル
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禁断の果実

 休日だからか園内は異様に混雑していて熱気もすさまじい。

 まして今日はお日柄もいいので、そんな炎天下ならクーラーの効いた部屋でぼーっと本を読んでいたりしたいなー、なんて思うのが普段の僕だけど、今日に限ってはそんなこと一度も思わなかった。



 ・・・いや、一日フリーパスを駆使して色々なアトラクションに乗ったり食べ物を買い食いしたりしておおいに満喫していたせいで考える暇も理由もなかった、って言った方が正鵠を得ているんだろうな。

 むしろ、ずっと前から憧れてて僕なんかじゃ決して手の届かない高嶺の花の鷺宮さんと念願叶ってか二人で遊園地にこれたっていうのにそんな身に余るような物思いできるはずもないって。



 そう考えると、遊園地に来たというシチュエーションよりも鷺宮さんと一緒に入れたという事実の方が僕にとってはるかに価値があるらしい。『デートはどこに行くかじゃなくて誰と行くかが重要なんだ』みたいなセリフを妹の少女マンガで見かけたことがあるけど、あれって本当だったんだね。身をもって実感させられた。



 ・・・でも、そんな夢のような時間ももうすぐお終いだ。



 濃紺に染まりつつある空のせいもあってより一層色味を増して眩しく煌いているように思われる太陽が、僕の心に僅かな焦燥感を抱かせ、僕の高揚をなだめようとしている。



 学校のマドンナである鷺宮さんと丸一日遊園地でデートできた。

 それだけでも僕にとってそれは掛け替えのない貴重な経験のはずなのに、どうしてか僕は今、それ以上を求めてしまっている。

 つい数日前まであれほど厳重に鍵をかけておいた僕の淡い想いが今日一日ですっかり肥大してしまった。錠がバカになりつつあるみたいだ。

 僕なんかじゃ絶対につり合わないっていう理性と、僕を遊園地に誘ってきたってことはもしかして・・・っていう理想が激しく格闘している。そんな自覚がある。



「・・・ねえ比護くん、最後にアレに乗らない?」

「あ、え?」



 考えにふけっていたところで鷺宮さんの指差す方を見ると、それは観覧車だった。



 ・・・ああ、観覧車ですか。

 えっ! かかか、観覧車ですかっ? やばっ、心臓が――――っ!



「・・・行こ?」



 鷺宮さんは少し甘えた声をだして僕の手を握り、無言のままゆっくりと引き連れて行く。

 呆然としてされるがままだった僕が気がついたときにはもうすでに観覧車に乗っていた。



 いいい、いや、まさか・・・とは思うけど、さ。

 ききき、期待なんか、絶っ対にするなよ僕っ!

 期待した分だけそうじゃなかったとき反動大きいんだからさぁっ!

 ただ乗るだけ! それだけなんだ! だからなんでもない、なんでもないんだぞっ!



 ――――とかなんとか言って自分自身を騙しにかかるも無駄なようで、普段男らしくない僕もこういうときだけは男の本能に準じた期待をしてしまうらしい。ゲンキンすぎるって。



 理性と理想が交錯する中、僕は鷺宮さんと向かい合うように座った。自然と正面を向けあう形になるわけだけど・・・目前にいる鷺宮さんの顔に心なしか若干の緊張がうかがえる。

 まるで、今日一日の集大成をここで行動に表さん、とばかりに。



 不思議と黙っている鷺宮さんと自我にふけっている僕のせいで観覧車の中がえらく静かになる。そのまま四分の一くらいにまで上ったところで、



「比護くん、ってさ・・・いつも一人で教室の隅っこにいたりしてみんなとあんまり関わろうとしないけど、ちゃんと話してみると・・・面白いよね」



 この静寂に鷺宮さんが突然一石を投じてきた。



 僕に視線を合わせず逸らせていて、どことなく・・・はにかんでいる?



 その仕草は・・・なに? 



 っ・・・い、いや待て僕、調子に乗るんじゃないっ! 

『下心に刃を』って書いて『忍ぶ』っていうんだぞ! こぅいうときこそ現状を冷静に見極めろって! 僕の心臓よ、顔よっ、今こそ耐え忍ぶんだっ!



「そ、そんなことないって・・・鷺宮さんの受け答えが上手だからきっと、あの、その・・・」



 こ、このバカっ! 動揺しすぎだろうがっ! 全然忍べてないじゃんかっ!



「・・・ぷっ! アハハハ♪ 比護くん、なんかテンパってるでしょ? やっぱり面白いなぁ。よいしょ、っと」



 鷺宮さんはどういうつもりか僕の左隣に移ってきて、



「ねぇ。比護くんはさぁ、・・・好きな人とか、いる?」



 前方を見て、つまり僕を見ないでそんなことを言う。そしてなんと――――僕の左肩に頭を乗せるようにして、寄りかかるように体重を預けてきた。



 予想外の事態に全身が完全に硬直し、でも心臓は完全に暴走し、そして頭は完全に真っ白になってしまった。

 様々な矛盾が体のあちこちで発生している中、鷺宮さんは、別に僕とそんなに視線の高さが違わないはずなのにわざとらしく見上げるようにして、まるでねだるように、すがるように、僕を見る。



 そこで――――そばにある他のアトラクションの夜間用イルミネーションか何かの透き通ったルビーのような紅色の閃光が、今まさに観覧車の一番高いところに来た僕らに対して一瞬、タイミングよく外から溢れんばかりに注いできた。



 どことなく幻想的なその光のお陰で鷺宮さんの美しさに更なる磨きが掛かる。

 それはもう、神々しいくらいに。

 女神の降誕をまじまじと目の当たりにした瞬間――――僕はもう、鷺宮さんのことだけしか考えられなくなっていた。

 今まで押さえつけていた想いが一気に爆発したようで、急に胸が苦しみだした。



 でも・・・それも仕方のないことなんだ。

 だって、身を焦がすほど鷺宮さんを想っているのに、それを押しとどめようとしていたんだからさ。



 ・・・ああ、今ここに、目の前に、僕の大好きな鷺宮さんがいる。

 僕のそばに、僕の真横に、鷺宮さんがいる。そんな鷺宮さんが僕を見ている。鷺宮さんの視界を僕で埋め尽くしている。

 嬉しい。本当に嬉しい。嬉しすぎて、もう死にそうだ。

 幸せの境地に達している僕の顔は情けないまでに緩みきっていることだろう。

 そんな僕を見て鷺宮さんが唇の片端だけを吊り上げる。僕も無意識に微笑んでしまう。



 すると鷺宮さんは僕から離れ、元いた位置――――つまり向かい側に足を組んで座ると、やや鋭い目で僕を見ながら唇の端を歪めた。



「フフ・・・ねぇ比護くん、あたしのこと、好き?」

「うん・・・好きだよ。大・・・好きだ」



 僕の中には今、恥じらいとか余計な感情は一切ない。

 あるのは鷺宮さんを想うこのほとばしる無限の愛情。ただそれだけだ。



「ンフフ。そう? じゃあさぁ、比護くんの卵、あたしにちょうだい?」



 え、卵? なんで?

 ・・・ま、いっか。鷺宮さんが欲しいって言ってるんだし。



「・・・うん、いいよ。鷺宮さんが欲しいなら、あげるよ・・・」



 ただただ鷺宮さんのことだけを考えて、鷺宮さんに言われたことはなんでもする。

 鷺宮さんの喜ぶ顔を見れるならどんなことでもするさ。ためらいもなければ戸惑いもない。鷺宮さんが喜んでくれるのならそれでいい。それだけで十分だ。

 さっさとバッグから取りだして献上しよう。・・・喜んでもらえるといいなぁ。



「はい、鷺宮さん・・・」



 今の鷺宮さんの表情は、可愛いというよりは妖艶。どこか意味深な印象を受ける。

 そんな顔をさせて卵を受け取ろうと手を伸ばした――――ちょうどそこで、黒板を爪で激しく引っ掻いたときにでるようなやたらと耳障りな音が、とてつもない大音量で外から湧いてでてきた。比喩じゃなく本当に脳が割れるほどの苦痛を与えてきて、僕も鷺宮さんも堪らず耳を塞ぐ。しかしそれでも体を通じて怪音の振動が脳に伝わってきた。



 その一瞬後。大音量のせいで共振したのか、ゴンドラのガラス窓がバリン! と激しい音を立てて大小歪に割れてしまった。ゴンドラ自体も激しく揺れているくらいだ。



 飛んできたガラス破片のせいで僕の右手の甲に横一直線の切り傷ができる。血が滲んで溢れてるけど・・・そんなことなんかどうでもいい、鷺宮さんは大丈夫なのか?



 そんなこんなで僕は一瞬耳から手を離してしまい、音の猛威を直に堪能してしまった。

 まるで脳の中心から何かが弾けて全体に浸透するような、いいようのない痛みが広がっていく・・・っ、なんて酷い、音なんだ・・・ん?



 あれ? 僕、今・・・あれ?



 なんだろう・・・なんか今、自分が自分じゃなかったような。

 なんで僕・・・こんな場所で卵なんて取りだしてるんだろう?



 そんなふうに物思いにふけっていたせいですでにあの耳障りな音が息絶えていたのに遅れて気付く。

 鷺宮さんはガラスが割れたり変な音が聞こえだしたりの予期せぬ事態に臆する――――と思いきや、なんと割れた窓まで機敏によって果敢にも首を上下左右に振ってる。え、なんで?



「・・・っ! どうしてここが――――」



 地表に目を向けていた鷺宮さんの口からそんな言葉が漏れた。どうやら誰かを見つけたらしいけど・・・え? なに? 一体今何が起こってんの?



 状況が全くわからず呆けていると、鷺宮さんは即座に僕に向き、さっきとは間逆に位置する物凄い剣幕で僕を半ば咎めるように急きたててくる。



「ねぇ比護くん、あたしのこと好きなんでしょ? 好きって言ったよね? 卵くれるって、言ったよねっ!」

「え、あ」

「じゃあ早くその卵あたしに早くちょうだいよっ!」



 手を差しだして卵を要求してくるその鋭い目付きに、その獰猛な気迫に――――つまり変貌振りに、僕の胃が急速に縮こまっていく。



 ・・・だ、誰だこの人は?



 今目の前にいるこの人物と僕の知っている鷺宮さんとでは同じ姿をしただけの別人。それほどまでに鷺宮さんの様子が突如として一変している。



 正直、恐怖すら感じてしまうほどに。



 一向に固まったままでいる僕に痺れを切らしたらしく、「ちっ、なんでもう効果が切れてるのよ。・・・っ! まさか、さっきの音? ってことは、あいつもやっぱり――――なら早くしないとっ!」と意味不明な言葉を口にすると、あろうことか鷺宮さんは僕の手から卵を強奪しようとしてきた。僕はまるっきり事態を飲み込めないでいたけど純粋な危機感が働いて無意識に鷺宮さんの手首を掴み、ついつい阻止してしまう。



「ちょ、なに、急にどうしたのさ、鷺宮さん! 一体どうしたっていうのさ」

「うるさいわねっ! いいから、黙ってそれをよこしなさいっ!」



 何もかもわからずじまいだけど・・・とにかくこれはどう考えてもただ事じゃないぞ。



「っ! なんで、どうしてそんなに、この卵を、欲しがるのさ」

「そんなのっ、あんたの、知ったことじゃ、ないっ!」

「くっ、なんで急に! っ・・・・・・もしかして、もしかして・・・今日は、最初から、この卵が狙いでっ」

「当たり前でしょ! じゃなかったら、誰が、あんたみたいな、影の薄いネクラなんかと、遊園地なんかっ!」



 ・・・そうか。なるほどね。



 鷺宮さんみたいな学校のマドンナが僕をデートに誘うだなんて、きっと裏がある。

 メールをもらったときに少しもそう思わなかったわけじゃないし、でもなるべく考えないようにはしていた。杞憂だと、自分を鼓舞したくらいだ。――――でも、

 僕が昔導きだした方程式はやっぱり間違っていなかったみたいだ。



 ・・・ああ、そういうことか。今日一日一緒に遊園地を回って、あれもこれも、たまにあったこそばゆい出来事も、みんな全ては卵を手に入れるための小芝居だったんだ。



 僕を虜にして、その気にさせて、・・・そっか。



 ・・・・・・そっ、か・・・。



 でも・・・そもそもなんでそこまでして僕の卵を欲しがるんだろう?



 その辺を深く考えてみたいものの(どうせ聞いたって教えてくれないだろうし)、鷺宮さんが僕の捕縛を解こうと目一杯断続的に腕を振ろうとするせいで、ただ両の手首を掴みどうにかそれを押さえ込むので精一杯だ。



 均衡状態。膠着状態。これじゃあ好転もしなければ悪化もしない。



 ・・・いや、待てよ? もう少しすればこのゴンドラは地上に辿り着く。そうすればこの密室空間から抜けだせる。



「離しなさいよっ!」と荒々しい声で叫ぶ鷺宮さんだけどその迫力とは裏腹に腕力は見た目通りでか弱く、貧弱な僕でもゴンドラが地に着くまでは持ち応えられる。

 あと少し・・・あと、少し・・・、と心の中で着陸時間を待ち焦がれていると、



「離しなさいって、言ってんでしょっ!」



 学園のマドンナと誉れ高い鷺宮さんが、信じられないことに、僕の胸元めがけて、細い右足で踏みつけようとするその体制に入っていた。な、うそでしょ?



 何の遠慮もない右足につい反応してしまい僕はそれをよけてしまう。喰らわないことと引き換えに、鷺宮さんの捕縛を自ら解くハメに。

 仕方がなかったとはいえ・・・くそっ、どうする? ――――と思ったちょうどそのとき、待ちに待った瞬間が訪れた。ゴンドラが地上に到着し、係員の動作で扉が開いたのだ。



 顔を除かせてきた係員はガラスの具合やら僕らの緊迫した状況やらで絶句しているけど、説明してる暇がないので横を俊敏にすり抜けてそのまま無我夢中で外へと飛びだした。 顔を除かせてきた係員はガラスの具合やら僕らの緊迫した状況やらで絶句しているけど、説明してる暇がないので横を俊敏にすり抜けてそのまま無我夢中で外へと飛びだした。



 ガラスが割れた音を聞きつけてきたのか観覧車の乗り場付近には人だかりができていて騒がしかった。それをどうにか掻い潜って離れた雑踏の中へ身を投じる。



 ちらっと後ろをうかがうと鷺宮さんの姿こそはっきりとは見えなかったもののあの独特な色合いのワンピースが部分的に視界に映った。やはりというかなんというか追いかけてきているらしい。そうまでして僕の卵が欲しいの? いや本当なんで? どうして?

 鷺宮さんがあそこまでがむしゃらに僕の卵を欲しがっているのにはきっと何か理由があるはずだけど・・・全てがわからない以上やっぱり今は逃げておくしかない。君子危うきに近寄らずって言葉もあるくらいだし。



 こうして鬼ごっこが始まる――――と思いきや、そうはならなかった。



 日中のアトラクション巡りが幸いして今の僕には朝と違ってこの遊園地の地図が頭に入っている。それに鷺宮さん、そこまで足が速くないんだ。

 極めつけなのが鷺宮さんはヒールのある、走り回るのに適していないサンダルを履いていたってことだ。あれじゃあまともに走れるわけがない。僕をだし抜くためにお洒落したのがかえって仇となったわけだ。

 もう一つ付け加えると、もうすぐ夜のパレードが始まるということで今僕がいる大通りにはたくさんの人が群れ密集しだしていた。ここまで混雑していれば、一旦距離を置いてしまえば鷺宮さんと違って平々凡々な服装の僕個人をそう簡単に特定できやしないだろう。



 よかった、オシャレしてこなくて。



 不幸中の幸いというか今の僕には鷺宮さんから逃げ切れるための条件が揃いに揃ってる。もはや鬼ごっこですらない。後味悪いけど・・・いいや、このまま帰っちゃえ。

 デート中に男性が女性をすっぽかして先に帰るなんて最低だってわかってる。けど、そもそもこれはデートじゃなかったんだしさ。



 ・・・もう何があっても一生観覧車には乗らないことにしよう。いい教訓だ。

 あんなの、一周するまで出られない、ただの、監獄じゃないか。

 こういうのをトラウマって言うんだろうなぁ・・・やばい、また人間不信になるりそうだ。



 とにかくがむしゃらに走っていると、あと少しで入場口の前というところまで来ていた。

 一瞬だけ立ち止まり後ろを振り向いてみる。――――よし、鷺宮さんの気配は感じない。

 まあ実際問題今日を凌いだからって、僕たちは同じ学校の生徒なんだし、今後一切顔を合わせずにいられるわけでもない。でもそれはそれ。これからのことは家に帰ってから考えればいいんだ。



 ここを通り過ぎれば少なくとも今日だけは一安心、といわんばかりに微笑み再び足を動かそうと正面を向いた。そこで突然――――黒い鳥の羽のようなものが数枚、ヒラヒラと踊りながら何の前触れもなく空から落ちてくるのが目に映り込んできた。思わず反射的に上空を見上げて――――そこで僕は、我が目を疑う。



 空にはなんと、童話か何かに登場するような、この世のものとは思えない外見をした珍妙な生き物が滞空しながら僕を見下ろしていたのだ。



 異様の一言に尽きるその生物の体躯は頭、両腕、両脚が人間のソレと同じように胴の要所に位置しており、二、三メートルくらいはあるんじゃないかという身長に対しておおよそ八頭身のバランスをしてる。

 頭には紅葉のように先が三つに枝分かれした、先端にむかうにつれて獣の爪のように鋭くなるいくらか見栄えのいい細工がなされた鋼色の兜のような物をかぶっている。兜から抜けだすようにある耳の先端は鋭く尖り、目元は兜の陰になっていて確認できない。兜から腰辺りまで漏れ溢れる白髪はところどころ跳ね、綿のようにごわごわとしている。

 首から腰辺りまでは衣類は何も着用しておらず、青緑色の肌が露になっていて・・・僕と違って筋肉がとても隆々だ。



 極めて黒に近い灰色の長い帯を腰に巻きつけており、その上から兜と同じような材質の板が何枚か少し斜めになりながら花弁状に腰周りに纏わりつけている。そして腰の右側には鷲の尾をモチーフにしたような、微妙に湾曲した脇差くらいの長さの三又の刀剣らしきものが見える。また、帯から姿を見せる巨木のような太ももは漆黒の羽毛で覆われており、膝から下は黄色く、そして猛禽類の足先のそれのようになっていた。それは、まさしく人ならざる者の象徴に他ならない。



 しかしその足だけに留まらず、この生物にはまだ異様な点が他に、さらに二つもあった。



 一つは、その生物の背後から左にだけ生えている、巻きつければ自身を包みこんでしまいそうなほどに巨大な一枚の黒い翼。

 そしてもう一つは、その生物の伸びた右腕の先にある、鷲の生首。

 もっともアレを生首と言っていいものなのかどうか・・・見たままに描写すると、まるでその生物の手首から先が鷲の頭のようで、指先が鷲の嘴のようで、右腕自体が鷲の喉や首のように、それこそ鷲の生首を用いて腹話術でもしようとしているんじゃないかって思えるような、そんな右腕になっている。



 嘴は卵の黄身のように濃い黄色一色で、それ以外の頭部は本体の胴元と同じ青緑色の羽毛で覆われていた。生首自体の大きさはこの珍妙な生物の顔よりも大きくざっと見積もっても二倍以上ある。ただどういうわけかその生首には眼球がなく開いた二穴は影になっていて黒い。それらを含めてこの生物を総評するならば、『分解した鷲を要所に取り付けたような外見をしている、人の形をした生物』。一言で言うならばまさに鷲人間だ。



 ってなにそれ? こんなの・・・あ、あ、あり得ない。



 本来ならこの地球上に存在し得ないはずのモノが今、視線の先で存在している。

 それが怖い。

 人間ってものは『わからないもの』に対して恐怖を覚えるらしい。死こそがその代表例らしいけど、今の僕にはこの異物こそが目下の恐怖の対象だ。



 謎の生物の出現で動きを止めていた足が、さっきまで前に進んでいた足が、自然と後退りをしだす。一方で、その謎の生物は怖気づいた僕に対してか「キィーッキィッキィッ!」と口を三日月状に開き白い歯を見せて嘲笑のような悲鳴を上げ始めた。それは地上の僕にまで届く程の中々の声量だった。にもかかわらず、



 僕以外の人間は全くもって動じていない。ただの一人も。



 空にいる異変に気付いていない――――っていうか、アレが見えていないようだ。



 まるで・・・まるで、かの卵のように。

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