白昼夢
日曜日。時刻は午前九時の十分前。
ああ・・・なんて爽やかな朝だろう。太陽が眩しい。心なしか世界が明るく見える。
今僕は、胸の鼓動を高鳴らせて学校の最寄り駅の改札口である人を待っている。地元の駅じゃないのは待ち人の最寄り駅がそこだからだ。ちなみにその人の名は、
鷺宮瑠姫。
今もバッグに入れている例の卵(割れないとわかったんでバッグに入れて持ち運ぶようにした)がきっかけで親交が深まった、学校でその名を知らない者はいないとされているほどの超有名人だ。そしてその仰々しい名前にも負けていないくらいに麗しく愛くるしい美少女だ。そんな鷺宮さんと、どういう経緯でか僕は、今日、
デートなるものをすることになってしまったのである。
生まれて初めてのデートがよりにもよって鷺宮さんだなんて一体誰が思おうかっ! いやいやいや・・・僕だってまさかこんなことになるなんてただの一度も思ったことすらないんだよ? いや本当に。
じゃあなぜこの非現実的超絶展開になったのかというと、それは昨日受信した一通のメールから始まったんだ。
一日中機嫌が悪くしきりに僕を睨んでくる佐々木くんから逃げるようにして学校をあとにした僕は、寄り道もせず我が家に帰ったんだ。
今日は酷い目に合わないですんだなぁ、と麦茶を飲みながらうちわ片手に一息着いていると、普段はアラームとしてしか機能していない僕の携帯電話が・・・鳴ったんだ。
普段が鳴らないだけに一体何事だ? と発信者を確認してみると、それは信じられないことにあの鷺宮さんからで、そういえば朝にあの鷺宮さんと何の奇跡が起こったのかわからないけど連絡先を交換したなぁ、と一人余韻に浸りながらメールを確認してみると、
『卵について色々と話したいことがあるの。だからもし嫌じゃやなかったら明日一緒に遊園地でも行かない?』
・・・・・・そりゃあもう、本当に、本当に我が目を疑った。
送る相手を間違えたんじゃ? と十回くらいは思ったし。
でもメールの内容が通じるのは僕か天喰くんしかいないし、一応念のため「送る相手間違えてない?」と恐る恐る送ってみたけども、
『間違ってないよ♪』、とのこと。
ふーん、間違ってないんだ・・・って、
騒ぎだすな僕の心臓っ!
暴れだすな僕の平常心っ!
鷺宮さんは卵について話そうって言ってるだけなんだぞっ!
その場所が遊園地とか、別に深い意味はないんだぞ。た・・・多分。
――――とまあこんな具合に悶々としてたら寝付けず、明け方までベッドの上を無意味にゴロゴロと転がっていたわけですが。
いや、昨夜の僕の行動が気持ち悪いって自覚は確かにある。
でもね、僕の心情もどうか察してほしい。
キングオブ平々凡々な僕にとっては、そりゃあもう鷺宮さんと遊園地に行くことがもう最上級の幸せの部類に入ってしまう。
だから僕はあんまり寝てないのに無駄に早起きしちゃって、それで今に至るわけだ。
携帯電話の時計を見るともう間もなく待ち合わせした九時になるところだ。
日曜ということもあってか楽しそうに歩くカップルがやたらと目に付く。駅だからまあ無理もないんだけど、平日とは違ってやたら甘ったるい空気が充満してる。僕という存在が酷く場違いに感じられるほどに。
視線をバタフライさせていたくなかったので逃げ場として携帯電話を開いてゲームしていると、ふと気付いた。
画面に『AM 9:03』と表示されていることに。
・・・あれ? もう、待ち合わせの時間・・・過ぎてる、よね?
待ち合わせの場所はここであっているはずだけど・・・取りあえず周囲を確認してみよう。
・・・やっぱり鷺宮さんの姿はどこにもないぞ?
え? まさかこれ、もしかして・・・ドタキャン、ってやつですか?
いやいやいや! まさか鷺宮さんに限ってそんな・・・ま、まさかとは思うけど鷺宮さん、僕をからかったとかじゃないよね?
ご乱心状態で再び当たり周辺に目を配りだした――――とそのとき、
「比護くーんっ!」
僕の焦りを解きほぐすどころか余計に緊張させる魔法の声が後ろから聞こえてきた。
振り向いてみて、・・・そこで僕は思わず息を呑んでしまう。
鷺宮さんの、そのなんとも華やかな服装に。
少し薄めのブルーグレーを基調としたワンピースには同色で花柄ペイズリーが模様として夏らしく爽やかに描かれており、丈はちょうど膝が隠れるほど。裾はレースとなっていてその近辺にも白い糸で花柄刺繍が施されている。
その上に着たアイボリーの花柄レース生地のタンクトップは透明感があり、ワンピースと色調もデザインも合致している。
頭にかぶったベージュの麦わら帽は帽子の膨らんだ部分が中にへこんでいてどちらかといえばやや小さめの造りだ。大きさといい色合いといい綺麗な黒髪に似合っている。
シンプルな造りをした白のサンダルには短めのヒールがついているのか普段の鷺宮さんよりもわずかに背が高く見える。そしてカジュアルなリュックを縮小させたような、必要最低限の小物しか収納できそうにないキャメルのバッグを肩から斜めにかけていた。もはや『君は本当に僕と同い年の高校生なんですか?』って疑ってしまうほどにオシャレで大人びた格好だ。
これが本当の、本来の、本物の、鷺宮瑠姫。
制服姿でも十二分に可愛いっていうのに、更にその上をいく姿で登場した鷺宮さんに思わず僕は息をするのも忘れるくらい見蕩れてしまう。
か、カワイすぎる! 反則でしょこれはっ!
――――と、そう思ったのはどうやら僕だけではなかったらしい。行き交う男性のほとんどがわざわざ立ち止まったりして目を釘付けにしてるし、女性の中にだってそんな人がちらほらいるくらいだ。なんかもう凄すぎ。
それに比べて・・・なんだ? 僕のこの、超ダサい格好は?
まさか、服装が恥ずかしくて今にも死にたいなんて思う日がこの僕に来るとは・・・。
「ごめんね、一つ前のバスに乗り遅れちゃったの。待ったよね?」
心底申し訳なさそうに合掌してきた鷺宮さんを見て、僕の抱いていた不安が胸から飛び立つように一気に消滅する。
「いやいや、今来たところだから全然待ってないって! ほ、本当に!」
「そお? ・・・ほっ、よかったぁ♪」
安堵したらしい鷺宮さんの満開の笑顔がいやでも僕の網膜に焼きついていく・・・。
約束どおり鷺宮さんが来たってだけなのに、
普段とちょっと違う格好をしているってだけなのに、
ただ笑っただけなのに、そんなもの学校でも何度か見てるのに。
・・・うわ、またもや胸が高鳴りだしちゃってるよ! 本当単純な心臓だなぁもう!
私服姿に至福を感じちゃったりしていると、右手が不意にぎゅっと鷲づかみされた。
「それじゃあ行こっか?」
「は、はひっ!」
意識は氷のように固まりつつも、体温が上昇を止めてくれない。
なんか・・・とっても楽しい、有意義な一日になりそうかも・・・。