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正邪の交心  作者: 八木うさぎ
第2章 ダブル・フェイス
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震天動地

 昼休みに駿河さんに呼びだしをくらったお陰で佐々木くんの使いっぱしりを回避したまではまあよかったんだけど、それが逆に作用しちゃったのか、結局、放課後に佐々木くんに呼びだされて体育館裏で殴られた。それも数発。



 というわけでもう、体中がアザだらけだ。

 こんなことなら駿河さんの言うようにクーデターでも起こして、それで名誉ある負傷をした方がいくらか意味があるってもんだ、とか今更になって思う僕。惨めだ。



 そんな憂鬱な気持ちで通学中の、土曜日の朝。

 本来なら僕の通う公立高校は週休五日制で土日休みだから今日は休みなんだけど、今日は中学三年生を対象とするような学校見学・公開授業の日ということで、今日に限って土曜日なのに午前中だけ授業があり、だから登校義務がある。



 それが意味するところはつまり――――本日も、佐々木くんの気分次第で、場合によっては酷い目にあうかもしれない、ってことだ。

 友達もろくにいなければこれといった趣味もない僕なんかにしてみれば土曜・日曜なんて特にすることもなく無駄な日でしかないんだけれど、それがこれほどまでに恋しいのはああ、いつ以来のことだろうか。



 今になってわかるよ。無駄だと思うくらい中身のない一日こそが・・・平穏なんだ、って。



 その平穏に辿り着くまでの最大の難関は今日の放課後、つまり昼だ。

 授業終了後にぼーっとしていようものなら佐々木くんがまたしても僕につきまとってきてコンビ二に行ってこいとか言いそうだから今日は脱兎の如く大急ぎで帰ろう。



 ふと左手にあるあの謎だらけの卵を指でつまむようにして正面に用意して、片目で見る。

 余談だけど、一夜明けたらとうとう僕の卵も殻の模様が変化していた。

 ただ・・・白い部分が増えてたんだよね。

 黒くなったんじゃない。白くなっていたんだ。



 この変化が結果的に何に対してどんな影響を及ぼしているのかはこれまたわからずじまい。むしろ、このまま白くなっていくんだとしたらそれって普通の卵になっちゃうじゃん?とか思うわけで、この件については自分ひとりでああだこうだと考えるよりも学校であの二人から色々と意見を聞いた方がいいと思い、朝の段階ではあまり深くは考えずにやり過ごしていた。



 それとは別に・・・卵を手にして今日で二日経つけど、なんていうか・・・ここまでくるとこの卵から一体何が生まれてくるのかが無性に気になっちゃってる自分がいる。 



 怖い物見たさっていうか、好奇心っていうか、もしくは今までペット禁止だったのが反動となって今僕の心に働きかけてるのかその辺は定かではないけど、宗教の話はさておき、とにかく僕の中ではこの卵に対するちょっとした愛情が沸いちゃっているんだよね。



 あのおじいさんの話だと多分今日か明日に孵るっぽいけど・・・あとどれくらいなんだろう? うーん・・・。



 ――――とまあ、そんなこんなで結局佐々木くんよりも卵について頭を悩ませながら学校に到着した僕だった。



 廊下を歩いていると鷺宮さんがバスケ部のエースこと武山くんに映画か何かのチケットらしきものを渡されている光景を目撃。手を差しだして必死に頭を下げている武山くん。対する鷺宮さんはどうしようか迷っている素振りを見せる。



 と、そこで立ち止まり遠くから現場を盗み見していた僕と鷺宮さんの目が合った。途端、どうしてか鷺宮さんは武山くんそっちのけで一目散に僕のところにやってきちゃった。



「おはよう比護くん! ねぇねぇ、あれから卵について何かわかったことある?」



 鷺宮さんはちょっとばかし周囲を気にしながらささやく。



「わかったこと? そりゃあもちろんあるよ」と誇らしげに答えたかったけど、ない。

 せっかく鷺宮さんが声をかけてきてくれたのに、ない。



 真に残念ながら鷺宮さんの期待にそぐわない返事をしようとしたとき――――どうしてか急に、殺意のこもった無数の視線が体中に突き刺さっている感覚に襲われる。



 何気なく周囲をうかがうと・・・廊下にいる何人か(特に男子)がなんか僕をじーっと見てるし、武山くんなんか『俺を無視した理由がよりにもよってあんな奴と喋るためだと?』みたいな、憤怒とも憎悪ともとも取れる顔で僕を睨んでいるし。

 世にも奇妙な殺伐とした空気が辺り一帯に展開している。重苦しい。



「い、いや、特に、何も・・・」

「そっかぁ。ま、あたしもあれから何にもわからないでいるんだけどね。アハハ♪」



 ああ。そんな風に笑わないで鷺宮さん。

 こんな状況でさえ、君のその笑顔を見ちゃうと、一々胸がときめくんだってば。



「あ! そうだ比護くん、連絡先の交換しようよ。そうすれば夜とかも連絡とれるでしょ?」



 な・・・何だって?



 こんな僕でも一応携帯電話は持ってるんだけど、登録してあるのは家族のみだ。

 以前は中学校の人のもいくつかあったけど、高校入学と同時に心の整理として・・・全部消した。それ以来新しいデータの更新はただの一件もありはしなかった。

 けど、久々の更新が、よよよ、よりにもよって、鷺宮さんだとはっ! 



「・・・もしかして、いや?」



 寝耳に水のような状況に硬直しちゃってた僕の様子を訝しむように、鷺宮さんが少し萎れた表情でじっと見つめてくる。

 愛らしい瞳が僕だけに向き、僕を映しだしている。



「い、いやなわけないよっ!」

「そう? フフッ、よかった」



 再び笑う鷺宮さん。ああもう、そんな風に笑わないで――――って、何回こんなこと繰り返してるんだ僕は。生粋のアホめ。



 今時の携帯電話は赤外線通信なる機能が搭載されているらしく、準備して携帯電話を向き合わせればそれでこと足りるらしい。



「これで終わり、っと。それじゃあ比護くんもちゃんとあたしの連絡先、登録しておいてね?」

「う、うん・・・」



 送られてきた鷺宮さんの個人情報に・・・なんか僕、気分が高揚しちゃっている。自覚できるほどに。



「これからはわかったこととかどんな些細なものでも報告し合おうね!」



 些細なことか。それじゃあ本当は天喰くんと三人いるときに話そうと思ってたけど、先にアレ、報告しとこうかな?



「そう言えばね、僕の卵、どうしてかあれから――――っ!」



 白くなっちゃったんだ、と最後まで言い切れなかったのは、急に誰かから左肩を掴まれて後ろに引き寄せられてそのままリンゴでも握りつぶすかのようにぎゅーっ、と力を込められたからだ。



 あろうことか、あの親愛なるジャイアンこと佐々木くんが出現したからだ。



「よう、誠ぉ。なんでお前なんかが鷺宮と朝っぱらからいちゃついてんだよ・・・」



 左腕に体重をかけてのしかかるようにして僕の耳元でそんな言葉を吐く佐々木くんの声は柄にもなく小さく、それが普段の脅しよりも迫力あって何倍も怖く感じる。なぜだか知らないけど目だって血走ってる有様だ。

 僕らを見ていた鷺宮さんは不穏な空気を察したらしく、僕を睨み続ける佐々木の目を盗んで『待ってて、先生呼んでくる』と声に出さずに口にし、それとなく足早に職員室のある方へと向った。



 鷺宮さんが去るのを確認すると、佐々木くんは露骨に乱暴になりそして声を大きくする。



「おい、どうしてお前みたいなヘボが鷺宮なんかと話してんだよ、って聞いてんだろうが」



 あ・・・え?



 あれ? 妙にそこ、突っかかってくるな。

 も、もしかして佐々木くん、君は鷺宮さんが――――えっ、君も? うそでしょ?



「何とか言えよ、オラっ!」



 佐々木くんは昨日や一昨日とは比べ物にならないくらいの物凄い形相で、それこそ息が詰まるか首の骨が折れてしまいそうなまでに腕で僕の首を絞めにかかる。



 くっ、こ、こんな状態じゃ何にも言えないってば。



 そんなふうに苦しんでいるとき、佐々木くんの背後にいる、たった今登校してきたらしい駿河さんと目が合った。



 しかし駿河さんは僅かに眉をひそめたもののすぐさま知らん振りを決め込み、教室内に消えていった。



 もう助けない、と先刻言われたのあの瞬間が頭をよぎる。



 そう、だから・・・だから、今の駿河さんは見てみぬフリをしたんじゃない。駿河さんは二度も助けてくれたんだし、だからこれ以上駿河さんに迷惑をかけたくはない。っていうか、いい加減人にすがり続けるなよな僕。



 と、そこで担任が足早に駆けつけてくれた。



「おい佐々木っ! 朝っぱらから何やってんだ!」

「・・・ちっ」



 犯行三秒前状態だった佐々木くんは渋々僕から手を離し遠ざかっていく。

 解放されてむせていると、遠くで物陰に隠れて僕に軽く手を振る鷺宮さんが見えた。ありがとう、助かったよという意味を込めてむせ続けながらも会釈を。



 佐々木くんと担任が口論の最中にHRの予鈴が鳴りだした。廊下にいる誰もかれもがそれぞれの教室に入っていく。その流れで僕もそそくさと教室に。

 こうしてひとまず危機は回避できたわけだが・・・油断していると放課後とかに佐々木くんに捕獲されて昨日と同じ末路を辿るだろう。



 仕方ない。今日はずっと授業の合間の時間ですらも逃げ続けよう。今日は午前授業だし、明日は日曜だし、月曜になりさえすれば少しは状況も変わっているかもしれない。

 そんな風に教室の隅っこで一人祈祷していると、担任の出席確認で気付いた。

 


 どういうわけか今日、天喰くんが欠席らしいということに。


 

 天喰くんのことだから、一日経てば卵について更に何かわかったりしてるんじゃないか? なんて思っていただけにちょっとガッカリだ。

 もしかして卵について調べすぎて体調を悪くしてたりして。あり得る。



 廊下側にある無人の席を見つめながら色々と考えていると、



「・・・えー、もしかしたらもう何人かは知っているかもしれないが、実はな、昨日の夕方から夜にかけて二件の通り魔事件があったんだ。その内一件は遠くの町だが、もう一見は隣町にある双葉高校で起こってな」



 出席確認後の業務連絡――――不吉な報せに教室内がどよめきだす。



「被害者は双葉高校の生徒らしいが、加害者は・・・悲しいことに、なんとうちの生徒だ。誰とは言わないが・・・まあその内わかってしまうことだからあえて先に忠告しておくぞ。事件についてマスコミ関連や違う学校に通うお前達の友人なんかに質問されることがあるかもしれない。だがそういったときにはその生徒のためにもくれぐれも軽はずみな言動を慎むよう注意して欲しい。いいな」



 クラスメイトの何人かが矢継ぎ早に担任に詳細をうかがおうとしているが、担任もそこは腐っても教師、徹底して秘匿に努めていた。――――けど、



「ねー先生、それってまさか天喰ってわけじゃないよね? 今ここにいないわけだし」

「バカ言うんじゃない、お前には天喰がそんなことする奴に見えるのか? あいつは学年一の秀才なんだぞ。それに天喰は風邪だって朝ちゃんと連絡があった」

「んだよー、そんな怒んなくってもいいじゃんか。ちょーっと聞いてみただけだって」



 自分の受け持つクラスの期待の星に嫌疑がかけられるとそうでもなかったらしい。きっと夜遅くまで職員会議が行われていたんだろう、その顔には若干の疲弊の色が見られる。

 僕は単純で道徳心のない人間だから、こんな話を聞かされたら犯人探しのように加害者だという生徒の予想をしてしまうわけだけども・・・一体誰なんだろう? 



 うちのクラスで休んでるのは天喰くんだけだし、その天喰くんが違うのなら他のクラスの生徒となるわけだけど・・・うーん、僕の知ってる人なのかな?



 そんなふうに拙い推理をしていると突然、まだHR中にもかかわらず教室の前扉が勢いよく開いた。教室内のざわめきが一気に引いて誰もが目を向ける。

 するとそこには三十代後半くらいに見える男性と、そしてもう一人、まだ大学を卒業して間もない感じの若い男性がいた。

 二人とも半袖のワイシャツにネクタイにズボン――――いわゆるスーツ姿で、年上の男性の方は威光を放つ目、そして顔つきからして只者ではない雰囲気を醸しだしている。対して、若い男性は大人数の前で若干緊張しているのか視線が微妙に泳いでいる。



「お話の最中のようですが失礼させて頂きます」

「・・・あの、どちらさまですか?」



 なんの前触れもなく突然表れた年上の方の男性の言葉に担任が簡潔極まりない質問をすると、二人は教卓にまできて、年上の男性の方がそれに答えた。



「あー、私達は山村東警察署の者ですよ。先生はご存知ですよね? 昨日起きた傷害事件。我々はその担当の者でして。で、事件についてちょっとばかしそこにいる――――駿河真琴さんにお話をうかがいたくってここに来たんです」



 ・・・なんだって?



 二人の男性も担任も含め、教室の目という目が今度は一気に駿河さんをとらえる。

 当の駿河さんはというと、・・・腕や足を組んだまま一言も喋らず、やや目付きを鋭くして年上の男性の方をねめつけている。



「やぁ、久しぶりだね」

「・・・どうも」

「実はね、事件が起こった当時、現場のすぐ近くで君を見たっていう目撃情報がでているんだよ。またいつものように」

「・・・」



 ・・・いつものように? それって・・・。



 意味深な発言をする警察を名乗る男性と駿河さんの視線が、激しくせめぎ合っている。

 その緊迫した重苦しい空気が教室内をも埋め尽くしている。今や誰もがただの一言も発せずにいた――――そこで、駿河さんが座ったまま目一杯机を叩いた。



 突然生じた強烈な音に僕を始めとする何人かの体が反射的に強張った。次の瞬間、



「毎度毎度あたしを疑って、そんなにあたしを犯人に祭りあげたいのかあんたらはっ!」



 いきりたった駿河さんの怒号は、それはもう百獣の王の咆哮よりもけたたましかった。

 たった一人の男に対し向けられた溢れんばかりの殺気に教室の隅にいた僕ですら圧倒され、恐怖を覚え、小刻みながら震えているくらいだ。



 ・・・あれ? 警察の若い方の人もなんだか怯えてるような・・・気のせいかな?



 ただ、年上の男性の方はさすがにこういった状況にも場馴れしているようで、表情を一切変えずにじっと駿河さんを見たままでいる。



「・・・確かに君がそう思うのはもっともだと思う。だがね、さっきも言った通り、今回もまた君の目撃情報がでてるんだ。君はここいら一帯の警察署じゃ超がつく程の有名人だってことくらい、もう君自身も重々承知だろ? 毎度のことながら、君が事件に関わっているかどうかはまず君本人を調べてみなければわかるはずがない。だから調べるんだ」

「・・・・・・」

「・・・来てくれるね?」



 年上の男性の諭すような言葉に、駿河さんはさっきまでとは一転、



「・・・わかった」



 先の怒号とは真逆のか細い声で一言そう言うと重い腰を上げ、そのまま刑事の二人より先にさっさと教室を出ていってしまった。



 それから若い男性が追いかけるようにして教室を出、年上の男性は担任に頭を下げ「みなさん、どうも失礼しました。それでは」と、行儀よく僕ら生徒にまで頭を下げそのまま静かに去っていった。

 まるで何事も無かったかのように静寂に包まれた教室内だが、一拍遅れて大合唱が始まった。



「こここ、怖っわぁーっ! 駿河さんマジ超怖ぁっ!」

「だよな、だよなぁっ? 駿河さんが叫んだときに俺ビビリ過ぎて心臓止まりかけたし!」

「それにしてもすっげぇーよな、警察相手にあんなに堂々と啖呵切るなんてさぁ! 怖いもん知らずにも程があんだろ!」

「にしても警察相手にアレはやばいんじゃないの? いや、そりゃあ確かにあたしも度胸すごすぎ! とか思うけどさぁ!」



 こんなふうにみんなが盛り上がっている中で、僕は『駿河さんが本当に事件の加害者なのか』、その真偽が気になっていた。

 正直これは偏見や贔屓目なのかもしれないけど、駿河さんは、ああ見えて案外いい人なんじゃないかって思う。



 そう考えるのはもちろん昨日のことがあったからだ。



 駿河さんは昨日佐々木くんに絡まれている僕を呼びだす形で救ってくれた。

 クラスで空気扱いされているこの僕に手を差し伸べてくれたのは、天喰くんと鷺宮さん以外には駿河さんしかいない。だから少なくとも僕にとってはいい人なんだ。

 どうして駿河さんが事件の起こった時間にその場所にいたのかは見当もつかないけど、今目の前で警察に連れて行かれてしまったけど、でも・・・僕は駿河さんが無実であると信じたい。



 いや、信じてる。

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