立ち向かえない病
皆様、初めまして。柳生紗義と申します。
これが初めての投稿になります。
よろしければ、感想、評価等していただければ光栄です。
ご指摘、批判、なんでもOKです。貴重な時間を割いてまで読んでくださった方の意見を、真摯に受け止め、今後の経験に活かしたいと考えております。
言え・・・い、言うんだっ!
『嫌だ』って、正直に、は、はっきりとっ!
『僕はもう君たちの使いっ走りなんかゴメンなんだ!』って、今こそ勇気を――――、
「あぁ? おい誠、なんだよその目は? まさか、『嫌だ』とかって言う気じゃないよなぁ? 俺達がこうして頼んでんのによぉっ!」
無意識にも胸中が表情にでていたらしく、廊下の壁際まで僕を追いやって取り囲んでいる三人のいきりたった同級生がこれでもかと睨みをきかせてくる。そのまま、その三人の中で中心的な人物――――大柄な体格でそれこそ腕に物をいわす部類に入る佐々木くんが、僕の胸倉を掴んで更なる脅しをかけてきた。
その剣幕が、その口調が、成熟しそこなった僕の勇気を摘み取ってしまう。
「あーっと、い、いや、そんなことは、別に・・・」
「だよなぁ。じゃあ俺達の昼メシ買いに行ってきて、くれるよなぁっ!」
佐々木くんは右脇に僕を引き寄せると首に腕を回してきて、これでもかってくらい力をこめて絞めてくる。抗えるほどの腕力もない僕は、さも当然ながらされるがままだ・・・だから僕は、
「・・・う、うん」
結果的に、口早にこう答えることしかできない。そう、それしかないんだ。
ここは学校の廊下で今は昼休みの最中だっていうのに、だから僕らの他にも生徒がいくらか散在しているっていうのに、それなのに、みんな一度だけこっちを見て、そのあと薄情にも視線を逸らせて無関心を決め込んじゃう。まさに人事って感じで。
言うまでもないけど、こんなときに助けてくれるような友達もいない。
あのときから僕は・・・ずっと、独りなんだ。
「ゲホッ、そ、それで、その・・・お金は?」
「ん? ああ、ほらよ」
ポケットをまさぐった佐々木くんの手のひらには、茶色い硬貨が二枚と金色の穴つき硬貨が一枚、そして小さく薄っぺらな灰色の硬貨が三枚あるだけ。
たったのそれだけだ。
「・・・その、これじゃあ何も買えな――――」
何も買えないんだけど、と言おうとしたけど、言いきろうとしたところで佐々木くんは僕の首を正面から片手で鷲掴みして、文字通り有無を言わせなくさせる。
「悪りぃな。今手持ちがそれしかねぇんだよ。いつもみたいに足りない分は貸しといてくんねぇか? 今度ちゃんと返すからよ。なぁ?」
・・・でた。
でましたよ、毎度お馴染みの信頼度ゼロ――――いや、マイナス無限大のウソが。
昨日も一昨日もその前だっておんなじようなこと言って僕が立て替えてるんだけど。そのくせまだ一日分たりとも返して貰ってないし。これで信じろって言われてもなぁ・・・。
まあ・・・信じろだなんて佐々木くん、言ってないけどさ。
おそらく佐々木くんは、お金を返すつもりはないんだろうな。僕が反抗できないのをいいことに。
――――と、そこまでわかっていて、当然不満だってあるのに、なのに僕の口は、
「・・・わかったよ」
これ以外の言葉を知らないらしい。
服従の言葉をおいそれと口にしてしまうんだ。
正直言ってお金で解決できるんならそれに越したことはないし、これ以上暴力振るわれるのもゴメンだし、だからさっさと要件を済ませてもう一刻も早くこの暴君たちから解放されたいんだ。
「さすが誠だ。ハハハッ、お前は本当にいい奴だよなぁ。そんじゃ俺、あんパンとコロッケパンと卵のサンドイッチな。あー、あとなんかうまそうなジュース頼むわ。お前らは?」
えっ?
はぁ・・・やれやれ。佐々木くん、君って奴は本当にすごいなぁ。
平然とした態度でなんの悪びれもなく、しかも僕の懐事情なんかお構いなしに自分の欲しい物を好きなだけ注文するんだから。挙句の果てにそれを他の二人にも促すときたもんだ。まるで絶対王政じゃん。君いつから王様になったのさ?
・・・でもまあ、嫌ならそうとはっきり言えばいいわけなんだ。
反抗心は確かにあったはずなんだ。事実、今だって胸の奥底にまだある。だけど僕は、素直な気持ちを表明したときに振りかざされるであろう暴力に恐れ、脅え、前もって屈した。傷つくのを恐れて諦観した。
だから、最終的に言ってしまえば、この現実を選択したのは紛れもなく僕自身なわけで。
つまり責めるべきは佐々木くんじゃなく、むしろ自分自身――――、
「おい聞いてんのかよ誠ぉっ! さっさと行ってこいっつってんだろっ! 早くしねぇともうすぐ昼休み終わっちまうだろうが、ああっ?」
物思いにふけっていたせいで再度胸倉が掴まれ、今度はそのまま持ち上げられてしまった。っ・・・ほんっと馬鹿力だなぁ君は。や、やっぱ逆らわなくって正解だったよ・・・ハハ。
ご機嫌斜めな佐々木くんの目付きは険しく、さっきよりも殺気だっている。その後ろで他の二人も僕をねめつけている。そ、そんなに時間が気になるんならもういっそ自分で行けばいいんじゃない? とか思う。
「チッ! ・・・おい、お前、俺達が何を買ってこいって言ったのか言ってみろよ」
・・・あ。
や、やばっ! なんだったけっ?
「あ、はは、ははは・・・ご、ごめん、聞いてなかった・・・」
「ああっ? テメェ、ふざけてんじゃねぇぞっ!」
声を大にして吼える佐々木くんの額には、僕でも視認できるほどにはっきりと、くっきりと血管が浮かび上がっちゃってる。
これはもうダメだ。絶っ対に殴られる。殴られないためにって従ってたのに。仕方なく、嫌々だけど仕方なく僕が微塵もしたくもない覚悟をし、歯を食いしばった――――ちょうどそのとき。
なんと、怒れる暴君状態の佐々木くんの背中にあろうことか肩をぶつけてきた、なんとも命知らずな生徒が現れたのだった。「っ! ってぇなぁオイッ! 誰だコラァ、俺にぶつか――――っ!」
佐々木くんは半身を捻って事故を起こした張本人に牙を向ける。・・・向けて、それが誰だったのかを確認して、息を呑んで蛇に睨まれた蛙のように呼吸を止めた。
佐々木くんの手から力が抜け落ちたせいで首が自由になった僕は、ややむせながらそっと当事者に目を配ってみる。するとそこには、なんと僕らと同学年の女子生徒が一人、立っていた。
細身で身長が百七十近くあるからいわゆるモデル体型で、細く鋭い切れ長な目が印象的な顔立ち。おまけに鼻も高めでそれこそモデルのような容姿をしている。
やや長めの茶色く色落ちさせた髪を頭の中央――――顎から耳の延長線上で纏め上げてポニーテールにしていてもみ上げ部分も地面に向って長く延びている。
着用している水色のYシャツに灰色のスカートと紺のソックスは学校指定のものだけど、シャツはスカートから出してるしそのシャツは第二ボタンまで解放されていて胸元がややはだけている。
「ん? ・・・ああ、悪いね」
謝罪の言葉を口にしているとは到底思えなければ佐々木くんの啖呵に動じている様子でもない、なんとも怖い物知らずのその人の名は、駿河真琴。
つい二週間ほど前に突然転入してきた人物で、友達もいなければいつもクラスの端っこで過ごす空気のような存在の僕なんかとは比較対象にもならないほどの超有名人だ。
その理由は『容姿が端麗』とか『転校生』とか、そんな俗っぽいものじゃない。
一言で言えば、彼女は結構な不良らしい。
もっとも、これは噂上での話で、『らしい』なんて曖昧な表現を使ったのはそのせいだ。
駿河さんが転入してきてから間もなくして僕らの学年の間でどこからか妙な噂が湧きでてあっという間に広まったんだ。その内容には僕も度肝を抜かされた。
たとえば、駿河さんはいろんな学校をシメるために、もしくは警察から姿をくらませるために何度も転校しているような札付きの不良らしいとか。
たとえば、そっち関連の人達とのいざこざにおいてただの一度も白旗を揚げたことがないとか。
たとえば、彼女と拳を交えた者の中に性格が間逆になってしまった者もいるとか。
他にもいくつもの暴走族を影で牛耳っているとか、今までの戦闘でただのかすり傷一つも負ったことがないとか、冗談で彼女にケンカを売った奴が翌日から行方不明になったとか・・・数え上げればきりがないくらいだ。
でも所詮はただの噂でしょ? なんて思うかもしれないけど、そんな風に一概には済ませられない、『駿河さん不良説』に真実味を帯びさせるのに十分たりうる根拠が実はある。あるんだ。それは、駿河さんは人目をはばかることなく堂々と、まるで拳銃を収納させるホルスターを腰に巻く西部劇のガンマンのように、しかしその様は帯刀した武士のように、時代劇などで目にする『十手』なんて物品をスカートの上―――――左腰辺りに常日頃携えているんだ。
十手っていうのは、極論でいえば柄とつばのある金属性の棒といえなくもない。そのつばからL字状に、棒に対しておおよそ平行に伸びた『かぎ』と呼ばれる部分を持ち合わせているのが最大の特徴らしく、用途としては暴漢対策に使ったりするらしい(気になってパソコンで調べてみました)。
駿河さんのそれは遠くからざっと見積もって四十センチ前後の長さで、黒金色に鈍く輝く棒の形状は一直線。つまりは太さが均一の細長い円柱のようだ。ただ、柄の部分だけ握りのための細工、そして厚みがある。そして柄の末端には棒の色と対照的な色の、手のひらにすっかり納まってしまうほどの大きさをした純白の羽根――――本物の羽毛らしい物が一枚、アクセサリーのように紐を通じて取り付けてある。なんとなく不思議な組み合わせだ。和洋折衷のつもりなのかなんなのかわからないけど、まあその辺は別に問題じゃない。
問題なのは――――かの十手には、至る所に遠目で見てもわかるくらいの引っ掻き傷のような消耗が見て取れるんだ。それはつまり、『その十手を実際に使用している』ことを暗に意味しているわけで。
そんな物珍しく物騒な物品を駿河さんは学校においても常時ベルトにかぎの部分を引っ掛けて腰辺りに携帯している。まるで、いつでも臨戦態勢に望めるように、といわんばかりに。これがまた怖いのなんの。
とまあ、そんなこんなで・・・いや、それ故にかな? なんだかんだ言いつつも例の噂を信じる人は少なくない。
けど、だけども、その悪名高い(っぽい)駿河さんが転入してきてからのこの二週間、ちゃんと学校に来て静かに授業を受けているっていうんだから・・・本当、変な話だ。
初日から基本無口を決め込んでるし誰ともつるまずなじまずの常に一匹狼を貫いていたりしちゃって、その辺はまあ噂に違わずって感じだけど、でも不良ならそもそも学校になんかこないだろうし、まして授業を真面目に受けるはずがない、と僕は思うわけだよ。
それにこの二週間――――まだたったの二週間だけど、駿河さんが不良らしい行為をしている決定的瞬間を目撃したという人は今のところ一人もいないようだし。
こんなふうに、数多の噂と本人との間に微妙な温度差があるから駿河さんが不良っていうのはただの吹聴じゃないか、と考えている人もそれなりにいる。
当の駿河さんはというと、僕らがどんな目で見ているのか感づいてはいるようだけど、一匹狼よろしく弁解もしなければ説明も何も言わない。なので真しややかな憶測だけが飛び交っているのが現状だ。
そんなこんなで駿河さんが本当に伝説的な不良なのかどうか真偽の程は未だ定かでないのだけれど(何回目だこれ?)、事実がどうであろうと触らぬ神に祟りなしっていうのが僕ら生徒の間で暗黙の了解になっている。なので誰も必要なとき以外は執拗に関わろうとはしない。
つまりはみんな、少なからず恐れているわけで。
ということで、結果だけでものを言えば駿河さんは噂に遜色ない、何人たりとも近寄らせない圧倒的で絶対的な状況を築き上げちゃってる。
だからさすがの佐々木くんも、こと駿河さんに限っては常に下手でいるんだ。
「ま、まさか駿河さんだったとは、ア、ハハ。その、今のでケガとかは――――」
「? 軽くぶつかっただけだけど? っていうかあたしがあんたにぶつかったんだ、あんたが謝る必要ないだろ?」
「い、いやいや、そんなことは・・・」
駿河さんとの予期せぬ遭遇に今までと打って変わってすっかり萎縮しきった佐々木くん。それに影響されてなのか、他の二人もおどおどと縮こまってる。すごい。
「んじゃ、お互い不注意だったってことで。でもホント、悪かったね」
「そ、そんな滅相もない! これからは俺も気をつけますんで! ハ、ハハハ」
そうしてペコペコと頭を下げる佐々木くんに背を向けて駿河さんが歩きだした途端、少しばかり沸いていた人の集まりが、一気に廊下の左右へと二分割した。
こんなふうに駿河さんが進む道の先はいつも、それこそモーセが紅海を渡ったという聖書の記述に負けず劣らずなくらい人が横に退き自然と道ができ上がっていく。もしくは百獣の王に道を明け渡す、といったところかもしれないけど。
脅威が去って一安心の佐々木くんの額には冷や汗が浮かんでいた。
・・・うん。わかるよ、今の君の気持ち。
僕もね、君に対していつもそうだもん。
願わくばその恐怖を大切にして欲しいものだよ・・・いや本当に。
駿河さんがスカートのポケットに両手を納めて一人悠然と闊歩し、他の人が一人として例外なく廊下の脇で黙っている。そんな妙に重苦しい空気の中で、昼食時間の終わりを告げる予鈴が張り詰めた場を和ませでもするように溶け込んできた。
や・・・やった、なんかよくわかんないけど、駿河さんのお陰で時間がつぶせた、何事もなく昼休みが終わったぞ。助かった。
そんな気の緩みからか、ふと僕は視線を駿河さんに向けていた。
当の駿河さんは教室内に入ろうとして扉を開ける――――と、そこでなぜか、僕の方を見て動くのをやめ、そんなこんなで、自然と目が合う。なんか合ってしまった。
その目は冷徹でもなく、かといって温もりに満ちた訳でもなく、いってしまえば『あ、お前いたんだ。気付かなかったよ』と言っているみたいな、そんな眼差しに思える。
・・・う。
僕は、気まずさと恐怖で一方的に視線を逸らしてしまった。
そういえば・・・これは思い込みなのかもしれないけど、なんとなく、本当になんとなく、駿河さんからちょくちょく見られているような視線をふと感じることがあるんだよね・・・。
もしもこれが自意識過剰とかじゃなかったとして、じゃあなんで駿河さんが僕なんかをこそこそ観察してるんだろう? って考えてみると、思い当たる理由は――――一つ、ある。
駿河さんが噂に違わぬ不良ならカツアゲとかだって今まで散々してきたはずだ。で、転校してきたからその新しいターゲットでも探してたんだろう。
で、最終的に、僕が目をつけられた、ってことなんだろう。
そう考えると説明がつく。今のだって『あたしの獲物に手ぇ出してんじゃないよ』的な? そんな意味合いでの行動なのかもしれない。うん、それだとかなり納得いくなぁ。
まあ、僕としてみれば冗談じゃないんだけどね。いや本当に。
しばらくして、まだ見ているのかな? と横目で様子を窺ってみると・・・もう駿河さんは教室内に消えていた。
一体なんだったのかわからないけど、まあこれである意味一安心だ――――と思ったのも束の間、駿河さんがいなくなったことで佐々木くんがまたまた勢いづき、この土壇場で猛威を振るう。本気で怒っているその表情を僕の目前にまで近づけてきて、
「テメェのせいで駿河さんに睨まれるし昼メシも喰いそびれたじゃねぇかよ! 放課後・・・覚えてろよな」
という、なんとも身勝手なことを不躾に言ってのけてきた。同時に僕の首をグッと鷲づかみしてきて呼吸を数秒間阻害させて。
そして佐々木くんは悪態をつきながら二人の家来と一緒に渋々と駿河さんが消えていった扉に向かい、少しして、激しくむせつつ僕も・・・同じ扉を通るのだった。