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狂喜の少女

 ……童話の発行された年は1848年。


 当時の採取できる幻覚成分を含む植物、菌類を集めて成分を抽出。分析する。

 その多くは既知の成分だったが、その中の一つに()()()()()が発見された。それをコアに据えて、細かな配合を繰り返した。

 幻覚、精神向上、麻酔、麻痺……様々なアップ系、ダウン系の成分を組み合わせを続ける。出来た薬をマッチの頭薬に濃度を変えて混ぜ込み、発火時に揮発、拡散するようにして対象者が速やかに吸入可能にすれば完成。

 それをここで配りながら臨床実験を行う。目指したのは黄金配分(ゴールデンバランス)だった。

 ……それが少女の目的だと語る。


「……僕はその一人だったわけだ……でも、なんでそんな事をしようとした……のですか?」


「単なる興味本意、です。それ以外に何があるというの、ですかぁ?」


「……いえ、何もありません」


 少女が行った実験に対し、青年は異論を述べるつもりなどなかった。それは先程、散々味わった恐怖体験を通じて、この存在がどのような行為を行っていたとしても、それを人類に止める事など不可能だと思えたからだ。

 ……もうどうにでもなれと、やけっぱちの感情が青年を支配する。会話を続けた。


「それで見つかった未知の成分とは……なんですか?」


「その成分には、()()()ぃ。強力な幻覚作用があったの、です。単体で使うには、ちょっと問題があったの、です」


「問題って……それを使うと、どうなる……のでしょうか?」


 聞きたくない気持ちと、少女の話したそうな雰囲気を察して、危険な領域に青年は踏み込む。


「使ったら、()()()()()()したの、です」


「……い、異世界……ですか?」


 その単語を聞いて青年は悩んだ。

 ……小説や漫画じゃあるまいし、と少女を見つめる。だが、その表情に冗談を言っている様子はない。異世界転生の意味を測りかねていると話しが続く。


「……まあ、正確には()()が、です。ご本人は病院で監視入院中、です」


「……はぁ、なるほど……それは、ただの意識不明で入院したのでは……」


「違っがぁうの、です! どうやら残念な女神と、頭のおかしい魔法使いに、変態クルセイダーを仲間にして魔王を倒す闘いに(おもむ)いているようなの、です」


「はぁ? ……それは……また……大変ですね……」


 ……青年はなんだそりゃ、と正直そう思った。


「現代の医学では回復の見込みがないの、です。自意識が目的を達成したと判断するまで、絶対に目覚める事がない、です」


「……どういう事なのですか?」


「どうやら、あの成分を単体で使うと、脳内の自意識を肉体と切り離す効果があったの、です。……こうなると眠り姫のように、王子さまと接吻するまで絶対に目覚めねぇ、そんな自己暗示を掛けているのと同じなの、です。精神的に引き籠ってしまい、どんな外部刺激や、薬品もシャットアウトして脳内の世界に没頭し続けて、()()()に帰って来なくなってしまうの、です」


 自分の妄想で設定した世界に囚われるとは、あり得ない程にアホらしい話だ。そして、特に日本人は何故か、異常性(いせかい)の高い設定を、すんなり受け入れてしまう性質がある。

 精神的な未熟さを青年は思い知る。


 「……それで、その人は……帰ってこれそうなのですか……」


 他人事とは思えなくなった青年は心配して容体について聞く。少女は厳しい現状ついて表情を変える事なく淡々と話す。


「どうも魔王を倒しに行っている様子はないの、です。カエルがどうとか、パンツを奪うだの、おっぱいだの訳がわからん事を騒いでいるの、です……」


 聞いた限りで状況は全く理解できなかった。だけど、とても闘いに赴いているような気が青年にしない。


「でも、なんで寝ている人の事がわかるのですか?」


「たとえ精神が切り離されていたとしても、漏れだした思考が身体を勝手に動かすの、です。病室で昼夜関係なく暴れるの、です」


 それを聞いて納得する。

 確かにそれなら見ているだけで、なにをしているのか判断ができるだろうと青年は思う。

 ……きっと妄想の中では、やりたい放題をしているのだろう。早く気が付いて欲しいと願った。


「まさに冒険中なんですね。異世界へ転生した意味がよくわかりました……」


 ここで話が終われば、まだ良かった。だが、少女は青年が知らなくても良い事まで伝えてくる。


「……ただ、これも時間の問題、です。大部屋での入院が不可能になり、高価な特別療養環境室で隔離中なの、です。生命維持の為の治療費、それに看護師費用など、莫大な入院費を家族が補うのにも限界があるの、です。過酷な労働を続ける父親が過労で倒れれば…………です」

 

「……早く帰って来れるといいですね」


 異世界転生で笑える話だが、全く笑えない状況だった。実に世知辛い。

 そんな話しは聞きたくなかったと青年は思う。しかし、その転生マッチを受け取っていれば……


「と、いうことは僕がそうなった可能性が……」


「あったの、ですねぇ。……うふふぅ」


 無表情のまま、少女が(わら)う。それは不気味な感覚を与える。 

 ……危なかったと青年は胸を撫で下ろす。

 改めてマッチについて考えると、ある薬品が脳裏に浮かぶ。


「あ、……あのマッチは、もしかして……麻薬なんじゃ……」


 少女は何を今更と、当然の如く答える……


「麻薬成分を含んだ幻想マッチなの、です。()()()()()()()()したの、です」


 青年は唖然として、目の前の存在を見つめる。

 この少女は、なんて事を平然と行っているのだろうか……


 そこで少女の話す()()の発言で閃く。

 ……それは、童話の真実に通じていた。


「……と、いうことはマッチ売りの少女は……()()()()()……」


「そう、ですねぇ。あいつの最後は、自身で大量に吸入して麻薬中毒死なの、です。……そもそも、麻薬は致死量との境界がひじょうに近いの、です……」


 ……モルヒネやヘロインなどの場合、過剰摂取(オーバードーズ)になる可能性が非常に高く。作用量と致死量の差が近い。

 マッチ売りの少女は、自分で売り捌いておきながら、用法、用量を把握していなかった。それが死亡要因だったと推測できる。その証拠に童話で大量の芯棒に囲まれて、翌朝冷たくなっていたと書かれていたからだ。これは、明らかな過剰摂取における中毒死になる。

 ……少女はそう話す。

 


「……そんなこと知りたくなかった……それに、もうウサギさんには会えないのか……」


「ほう、です。これを知っても、まだ使いたいの、ですかぁ? ……いい、です。今度はちゃんと売ってやるの、です」


 少女の大きな瞳が、一際輝いたように青年には見えた。

 絶対に使ってはいけないマッチだと理解している。しかし、多大なる犠牲の上に成功を引き当てた事実を青年は知った。


 そして帰って来れる安全性も自身で()()したのだ。

 そう考えると、たとえ一時的でも味わった、ウサギの温もり……それは忘れがたい……


「本当かい……また、ウサギさんに……逢える……うっぅぅ」


 たとえこの先に破滅が待っていたとしても、もう一度逢えると考えただけで、青年の目尻には熱い液体が溢れだす。一筋の線となって頬を伝う。


「金さえ払えばいくらでも売ってやるの、です。あれこそが至高の麻薬なの、です。最高の多幸感を引き起こして、しかも願った物が現れる幻覚剤など、現在は存在しないの、です。うふふぅ……」


 少女は両手を上げて、高らかに(わら)う。

 だが表情は無表情。その様子を見ると、青年は背筋に氷が突き刺さるほどの異常性を感じた。


 そこで急に笑い声が止まる。

 少女は急に青年へ上げていた手を降ろして指差す。そして恐ろしい事実を告げ始めたのだった。それは……

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