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青年の願望と実行

 不思議な少女との別れを一方的に告げた青年は、途中で晩の食事(べんとう)を購入し、やがて冷えきった部屋へと帰る。当然迎える者など誰もいなかった。


 帰宅後すぐにシャワーを浴び、買ってきた弁当を温める。

 テレビの前に座り電源を入れた。

 食事をしながら、ぼんやりとニュースを眺めていると、マッチを渡してきた少女を思い出す。


 使い方は思い浮かべるようにして灯す。

 そのように言っていた事を……


 一度思い出してしまうと、どうしても気になってしまう。

 視線は自然と掛けてあるコートに向かい、気が付くと前に立っていた。

 手を伸ばし、ポケットに入れたままの小さな箱を取り出す。そして、箱の側面をスライドさせて中を覗くと……


「一本しか入ってないじゃん」


 木製軸の先端に赤い頭薬がついたマッチが入っている。

 中箱を取り外して一応確認してみるが、やはり一本しか入ってなかった。

 指先で摘まんで持ち上げると、不思議な感覚を青年は覚える。


 ……なぜマッチを手にしているのだろうか?

 それは出会った少女が綺麗だったからなのか、それとも違う理由があるのか青年にはわからなかった。


 赤い頭薬を見つめ続ける。

 まるで何かの魔法が掛かっているかのようで、青年の心を惹き付けて思考が繰り返す。


「思い浮かべるか……」


 そこでテレビに視線が動く。

 時節は年の瀬。この時期になるとコマーシャルもクリスマスを意識した内容が多く、画面の中ではイルミネーション煌めく街を素敵なカップルが手を繋いで散策していた。


 青年は自身を(かえり)みる。

 ……ブラック企業で終電間際まで残業に(いそ)しみ、寂れた商店街を歩いてイルミネーションならぬ、切れかけの蛍光灯が点滅する通りを独り歩く。

 ……あぁ。世の中は理不尽だと、天井を見上げる。


 そんな時、脳裏に浮かんだのは、昔に読んだことがある童話だった。それは少女がマッチを灯すと願った物が現れる。そんな有名な話だ。


 たった一本のマッチ。

 しげしげと眺めるも、それは普通のマッチにしか見えなかった。そして、あの少女の言葉が脳裏を離れない……


 どうせそんなわけがないと、理性が訴える。

 少年時代に呪文とポーズで、ヒーローに変身する事を夢見るのと同じぐらい荒唐無稽な事だった。


 でも万が一。

 そんな考えが生まれては、自身で否定し続ける。しかし実は願い、切望し続けている事が青年にはあった。これは誰にも伝えた事がない。


 一旦きつく目を瞑って開けた。すると迷いが消える。

 どうせ誰も見てなどいない。だから、意を決して心からの願望を口にした。


「……素敵な彼女」


 そんな呟きを漏らしながら、マッチ箱の赤茶色の側薬に頭薬を擦り付ける。


「えっ……?」


 一瞬で頭薬に着火した。

 マッチを摘まんだ腕を巻き込こみながら、盛大に燃え上がり始める。そして通常赤いはずの火は、なぜか真っ黒だった。


 怪しくも透き通る黒と灰色が、不思議な色合いで揺らめきながら広がり続け、幻想的とも言える炎に半身を包まれ、身体が炙られる。

 だけど熱さを全く感じない。

 それはまるで立体映像を内側から見続けているような感覚となり、危機感や焦燥感などが起こらない。


「綺麗だな……」


 舞い上がった炎を呆然と眺め続ける。

 火は天井を舐めるようにして広がっていく。このまま隣室まで延焼してしまうのか、などとぼんやり考える。

 だがある程度まで拡散すると、その大きさが時間を巻き戻すかのように小さくなり始めた。


 黒い炎は縮小するのと引き換えに、黒い煙を撒き散らしながら消えさった。

 残されたのは黒い煙と、漂う煤だけ。

 それが顔全体を包み込む。吸い込んだ青年は……


「……なあぁっ! うわぁぁ、痛ってぇえぇ……げほぉ!」


 室内に煤けて漂う黒い物質を一息吸い込むと、激しい刺激を感じ咳き込む、()せてしまう。

 両眼からは止めどなく涙が溢れ、瞼を固く閉じる。目を開け続ける事など不可能だった。


 ……そして、閉じた目の内側で幾何学的(きかがくてきな)な模様が生まれ、それは万華鏡のように煌めき始める。全身は不思議な浮遊感に包まれ、身体を縛り続ける重力を感じなくなった。


 かつて体験したことのない感覚に、青年は抗う事なく身を任せる。

 すると意識は何処かに向かって漂い始めた。


 ……どのくらいそうしていたのだろうか。


 気が付くと仰向けで寝ていた。

 背中には床の固さと、冷たさを感じる。もちろんテレビの音も耳に届く。


 目を閉じたまま周囲をぼんやり認識していると、ある異常事態が起こっているのに気づく。それはすぐ側で誰かの息づかいを感じたのだった。他人の気配を察知する。

 そんな筈が無いと考えたかったが、それは気のせいではなかった。


「ねぇ、大丈夫ぅ。どっか痛いのぉ?」


 あり得ない声が耳に届いて、跳ね起きる。

 青年は慌てて目を開け確認すると、そこにいたのは……

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