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街角に立つ謎の少女

 雪の降りしきる街中。

 冷えきった夜半の街角に一人の少女が立つ。

 微動だにせず佇む様子は、まるで服を着たマネキンのようで、頭頂部には帽子のように積もった白い雪が乗っていた。


 挿絵(By みてみん)


 日中に雲ひとつない青空が広がると、夜は放射冷却の影響で急激に冷え込む。

 人々は寒さに首をすぼめながらコートの襟を立てて、暖かい自宅に向かって帰路を急ぐ。

 そんな中の一人。

 青年は仕事を終えて、自宅までの道程を早足で進んでいた。


「……」


 ……ふと、自分を呼ぶ声が聞こえた気がして周りを見回す。

 すると街角に立つ少女からの視線に気づき、青年は立ち止まる。


 そこにいたのは小柄な少女だった。

 首には真っ赤なマフラーを装着し、白いアンゴラのコートで身を包む。そして腰まで伸びる黒髪が街灯の灯りを受けて輝く。

 大きな瞳に小さな鼻が中心に収まった小顔。幼くもあり整った顔立ちは、美少女と呼ぶにふさわしい。


 ただ、口角は少し引き上がって歪んでいた。

 その表情を見た相手は、嘲笑されいるような印象を受ける。だが、そんなマイナス面を差し引いても、彼女は人の目を惹きつける美しさがあった。


 透き通ったガラスのような瞳が、街頭の灯り取り込んで虹彩が輝く。その眼差しが他の通行人を通り抜けて、青年に注がれ続ける。


 視線が重なると、呼び掛けたのがこの少女だと青年は感じた。

 ただ少女の姿に見覚えがなく、呼び止められるような理由も思い付かない。

 

 だから、半歩だけ足を動かして少し横にずれた。

 大きな瞳を動かして、視線だけで追いかけてくる。更に数歩だけ移動すると、首を回して追従してきた。

 その時、頭部に乗った一塊(ひとかたまり)の雪が崩れて横に落ちる。

 ……気のせいではないと考えた青年は口を開く。


「えっと、僕に何か用かい?」


「これを買うがいいの、です」


 単刀直入に要件だけを話す少女。

 手にはひとつの箱。細い指と小さな手の平に数センチほどの赤く四角い箱があった。

 そこで初めて少女が物を売り付けるつもりなのだと理解する。


「なんだいそれは?」


「マッチという火を灯すことが出来る素晴らしい製品なの、です」


「それは、見ればわかるよ。なんでマッチなんだい?」


 なぜそんな物を、と青年は困惑する。


「良いものなの、です。お前に必要なの、です」


 どうやらこの少女は、薦める根拠について話すつもりがないようだった。そして、それは問いかけの返答ですらなかった。

 ……マッチに必要性を感じない青年は、断ろうとする。


「あぁ……別に煙草を吸うわけじゃないから、いら……」


「路上喫煙は、ここで条例制定がされていないの、です。チャンスなの、です」


 遠慮なく吸い散らかせと、少女は(うそぶく)く。


「……あぁ、もう、遠回しに不要だと言っているんだよ。急ぐから他を当たって……」


「誰もいない部屋に帰るのに、なぜ急ぐの、です?」


 少女が知る筈のない情報が口から飛び出した。

 背を一滴(ひとしずく)の汗が流れ落ちる。薄気味の悪い感覚が青年を覆う。


「……なぜ、わかるんだ? 君は何を知って……」


「そんな寂しいお前には、これがお似合いなの、です」


 ……心の底から失礼な奴だと青年は思う。だけど、そんな感情を内側に抑え込む。


「……えっと、君の言っていることが、僕にわからないんだけど」


 わかる筈などないのが当然だと、彼女は(わら)った。口を開けることなく含み笑いを続ける。そして、手に持ったマッチ箱を差し出す。


「だからいらないって。さっきから……」


「ぶつぶつと、うるさいの、です。いいから持っていくが良いの、です。暫くはここにいるの、です」


「……はぁ」


 強引で不思議な少女に対して、何を言っても無駄だと青年は察する。

 さっさと家に帰りたかったので、マッチ一箱で清算出来るならと安いものだと考えた青年は、彼女が差し出す赤い箱を受け取った。


「もう、わかったよ。で、いくらなんだい」


「五万円で良いの、です」


「はぁっ、五万円だって!」


 マッチ一箱の高額な値段に驚く青年は、つい大声を出してしまう。

 周囲の人々も、その声に反応して立ち止まって振り返る。そのうちの数人が携帯電話を手にして、注意深く様子を伺っているのが視界の隅に映った。


 ……このままでは、不味いと青年は考える。心の中で警戒のアラームが鳴り響く。


 雪が降り積もる夜半過ぎの街角。

 たった独り佇む少女に対して、年上の男性が高額な金額を叫ぶなど。

 これは勘違いを誘発して当然だろう。

 青年は軽く咳払いして、善意の通行人から通報される前にマッチ箱を返そうとした。


「そんな金額は、持ち歩いていない……」


「後払いで良いの、です。それの使い方は思い浮かべながら火を灯すの、です。効果がなければ別に金はいらない、です」


「思い浮かべる……本当に意味がわからないよ」


 意味は必ず、後でわかると少女は話す。

 そう言った少女の口元に、青年の視線が引き寄せられる。


 気のせいかもしれないけど、口角はより引き上がっているように見えた。それは、まるで狙い通りに物事が進んでいる事を喜んでいるかのように感じた。


 だけど青年には、その無表情をいくら見ても、少女の本音は理解できなかった。

 ただ、ここまでの会話を通じて、わかったことがある。

 それは、この少女が他人の話しを聞く気はなく、また遠回しな表現を汲み取る気もまったくない事だった。


 それを理解した青年は、会話を完全に打ち切る最後の手段に打って出る。マッチ箱をポケットに入れて、背を向けて帰路へと戻った。


 おそらく追いかけては来ないと踏んでの行動は功を奏する。

 その場に残された少女は、遠ざかって行く青年の背中を黙って見続けていた。

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