時には母のない子のように。
「哲夫さん。おかえりなさい。今日はお寿司をとりました。お祝いです。いよいよ、鈴鹿ですね」
「ありがとな。ピーコン。おふくろは」
「色々、あって。精神科に入院しています」
「入院。それも精神科かよ」
「はい。哲夫さん。僕がついていながら、、、すみません」
おふくろが入院。それも、精神科。精神科って刑務所と変わらないんだろう。独房で隔離される。何だよ、こんな時に。
「ピーコン、今、おふくろの見舞いには行けるのか」
「はい。でも、行かないほうが…走りに影響しますし…」
「それは、関係ないよ。俺はプロのレーサーだ。どこの病院だ」
「八千代市の仁大会病院です」
俺は、車のエンジンをかけ、仁大会病院に向う。仁大会は、虐待、暴行事件を何度か起こしている。おふくろ、元気でいてくれ。必ず親孝行するからな。国道を行く。溜め息ばかり。想いばかりが先走る。俺は、今まで、何をやってきた。レースばかり。レースのことしか考えていない。今も変わらぬこの想い。アクセルを深く踏んだ。標識には『八千代』の表示。複雑といえば複雑だ。誰かおふくろに手をあげてみろ。ぶっ殺すからな。仁大会病院に到着。駐車場に車を停める。
「すみません。坂口敬子の息子の坂口哲夫といいます。おふくろの様子を見に来たんですが」
青い事務服の受付嬢に聞いてみた。ところが無視された。この受付の女。目が笑ってやがる。そして、電話を手にした。
「坂口敬子さん、面会です。はい、はい。息子さんだそうです。はい。はい。わかりました」
何なんだ、この狂った空気。重い場所に来てしまったな。おふくろ。。。
「息子さん。面会室へどうぞ。もうすぐ、お母さんが来られます」
「お前、受付嬢だろうが。何故、俺を無視した。それに、お前、目が笑ってるって俺になんかようか。どうなんだよ」
「息子さん。面会室へどうぞ」
「人の話を聞け。この野郎」
「警察に脅迫罪で通報しますよ。それでも、かまいませんか」
「もう、いいよ」
俺は面会室の扉を開けて、そこの椅子に座った。不思議な空間だ。精神っていったい、何。面会室の自販機で、メロンソーダを買って、一気に飲み干した。そして。。
白衣の男に。担がれ、廃人と化したおふくろを知る。おふくろは、お経をブツブツぶつぶつ、口にする。
「おふくろ、俺だよ、哲夫だよ。俺、F1日本グランプリで走るんだ。藤本さんもだよ」
おふくろは下を向き、また、ぶつぶつを繰り返す。そして、こう言った。
「哲夫。F1、頑張れ」
「今度こそ、フェラーリをぶち抜いてやるからな」
「頑張れ。哲夫」
白衣のデカい男が、俺とおふくろを睨み、大声で言った。
「面会中止です。息子さん、帰ってください」
「なんで、面会が中止になるんだよ」
「お母様は、とても、疲れていらっしゃるんで、病棟に戻させてもらいます」
俺は、駐車場へと歩く。煙草に手をやるが吸えない。おふくろ、待ってろよ。鈴鹿で、絶対、良い結果出してやるからな。