ビューティフルドリーマーINFormula1.
雨は激しくなる一方。フィオラノの最終コーナーを幾度もくぐる。焦ることは何もない。右足、左足。藤本さんからの電話でホッとしたのだろうか。俺は走り続ける。無線。布袋さんからだ。
『哲夫君。こちらのデータではサスペンションのセッティングにミスがある。ゆっくり流してくれ』
『了解』
『コース上で0,8秒、稼いでくれ。仮想のモンツアだ』
『わかってるよ。笑わせるなよ』
よし。ペースアップ。きっちり、0,8秒、稼ぐぞ。タイヤは上手く、機能している。エンジン、シャシー、に問題なし。深くアクセルを踏んだ。そうだな。仮想のモンツア。ルーティーンを試してみるか。ジョバンニに伝えた。『OK。哲夫。BOX。BOX』と応えてくれるジョバンニ。よし。仮想のルーティーンだ。ピットレーン手前でブレーキを踏み、エンジンブレーキを試す。給油。タイヤ交換。勿論、レインタイヤを選択。捨てバイザーを外し、ピットアウト。
『どうだ。ジョバンニ。0,8秒、稼げたか』
『哲夫。あなた、カンペキ。きっちり、0,8秒稼げているあるよ。アンダーカット成功ある。後、一周したら帰ってあるよ』
『了解』
俺は走る。雨だろうが、雪だろうが。アツくなりすぎたな。よっこらせ。ピットイン。心地の良い、疲れが残った。『愛』。ミハエルが言ったキーワード。これが頭を過ぎって仕方ない。おらへんかな。ええ女。リカルドと言葉を交わす。
「グッドジョブ」
「サンキュー」
俺はフィオラノからモンツアへとのんびり、布袋さんが運転するクルマで帰る。車中。思ったことは言おう。同じ日本人として。
「布袋さんよ。ミハエルに好きな女性を探せ。と言われたんだ。俺、彼女もいないしよ、それが俺に足りないものだと。愛を知れば、俺は、もっと速く、走れるんだとよ」
「それか。確かに言えるかもな。ナンパでもするか」
「馬鹿野郎」
「それもそうだな」
「哲夫君はアツくなりすぎるんだよ。一つのものしか見ていない。そうだろ」
「自己分析ではその通り。俺、運転、替わるわ」
「言うと思ったよ」
モンツアのホテルでテレビを眺める。「FerrariTV」と題して、特番が始まった。ライコネンとマッサが笑顔で、モンツア、イタリアグランプリについて、語っているようだ。俺はテレビを消して、明日のモンツアの予選に想いを馳せる。バスタブにステアリングを持っていく。そして、昔からのレースの前の俺なりの儀式。レーシングスーツを着て、シュミレーションを行う。ギアを変える。ブレーキを踏む。アクセルを踏む。緊張が増してきた。天気予報。明日、明後日のモンツアは晴れ。挑む。F1。今日は寝るか。ワインを寝酒に。
パドックパス。モンツア。様々なヒーロー達がいる。客はティフォシで溢れてる。布袋さんと、朝の挨拶を交わす。ジョバンニが大急ぎでやって来た。トラブルなんてイヤだよ。どうしたというのだ。
「哲夫」
ジョバンニは言う。脂汗をかく俺。でも、問題、トラブルではなかった。ジョバンニは続ける。
「哲夫。フォードエンジン、ベンチテストで良く回るエンジン、供給されたあるよ。今、ガブリエル達、メカニックがエンジン交換。更に速い」
「ジョバンニ。そう興奮しなくてもいいよ。今日の目標はまず、シングルグリット獲得。そういうことだよ」
「スマン。ゴメン。そうあるね。哲夫。彼女、デキタアルカ」
「出来ないよ」
「スマン、ゴメン。予選で笑おう。ジャパニーズサムライドライバー」
「ジョバンニ。笑えないよ。それ」
布袋さんと大笑い。リラックスリラックス。ピットへと三人で歩く。リカルドも笑顔。スタンドに日の丸。挨拶をしてくれた、同志がいた。鈴木亜久里さんだ。
「哲夫君、頑張ってね。F1は生き残ってなんぼだからね。コンペティション、お互い頑張ろうね。スーパーアグリの前には出るなよ」
「あ、はい」
「冗談だよ。俺も哲夫君のこと、応援するよ」
「はい。ありがとうございます。頑張ります」
1990年の日本グランプリの亜久里さんに魅せられて俺はここにいる。時は何やら。俺は、黒いレーシングスーツに袖を通す。おもわず十字架を切る。俺は走る。俺はこのためだけに走ってきた。レーシングシューズを履き、ゆっくりとマシンに乗り込む。エンジン音がこだまする。ピットレーンのシグナルが今、青に変わった。チームラジオ。
『こちら、布袋。哲夫君、Q1はタイヤを大事に使って。Q2。Q3。のことも視野に入れるんだよ』
『あいよ。行きます』
フェラーリ、マクラーレン。ルノー。HONDA。ウイリアムズ。レッドブル。トロロッソ。ここからはよく見える。これも勉強か。さて、アタックしますか。用意ドン。色んな意味でアツい。アウトインアウト。俺は行く。ザウバーがコースアウト。おっと危ない。速い。高速モンツアでこのタルキーニは速い。無線が言う。ジョバンニからだ。
『哲夫。グッド。8番タイム確定ね。戻って、ピットへ』
8番時計か。まあ、そこそこだな。Q2進出が確定。トップは、ベッテルか。2番手、3番手にやっぱり、フェラーリ。マッサ。ライコネンと続く。夢のような瞬間だ。よっしゃ。少し、休もうっと。