幸福者。
フェルナンドアロンソ。世界最速の男だ。こいつを俺が抜くと俺が世界最速の男か。勘違いはよせ。ただ、前を走る奴を抜くだけ。雨のホームストレート。残り8周。プラットホームを見る。亜久里さんが、無線で何やら、話してる。スーパーアグリ。
『布袋さん。スーパーアグリ、どうかしたの』
『琢磨君が、シケインで、クラッシュ。冷静に。哲夫君、事故るなよ』
『了解』
また、クラッシュか。琢磨さんが。130R。べた踏み。87654321。シケイン、アロンソの背中を遂に確実に見た。無理しないと勝てない。抜いてやる。1コーナー勝負だ。行け、レインマン、俺。スリップに遂に付いた。行け。ぬ、抜けた。俺がトップだ。ア、アロンソを遂に。俺がF1のラップリーダー。
『哲夫君、グッドジョブ。あと7週、天気はこのまま。BOXなし』
『了解』
一瞬、過ぎる恐怖。ミハエルの言う通りだ。俺は、誰かを愛さなければ。そうだろ。サーキットの神様よ。ピーコン。俺、約束を守るよ。F1で勝ってやる。日本グランプリ。最後尾。雨。残り6周。ホームストレートに池内さんが二人。きれいな人だ。幻。俺、俺、俺。もう少しで勝てる。調子に乗るな。クルマに乗れ。藤本さん、おふくろ、親父。タルキーニのおやっさん。ジョバンニ。俺には、譲れない夢がある。
『哲夫君、興奮しないで。アロンソ。スローダウン。大事に、ファイナルラップ』
『りょ、了解』
ヘアピン。喉からから。燃料。タイヤ。エンジン。メカニック。クルマ。ドライバー。全てのもので、俺達は走れる。こみあげる想い達。
130R。こなして、シケイン。琢磨さんが、手を振ってくれた。大事に行こうぜ。俺に、俺達に、遂にチェッカーフラッグ。勝った。俺達の勝利だ。ガッツポーズなんて、出来ない。涙が、こぼれ始めた。子供の頃の夢。ウイニングラン。
『勝ったぞ。哲夫君』
『勝ったぞ。俺。イチバンだ。タルキーニ万歳』
やった。勝利。ゆっくりゆっくりしよう。日本人。パルクフェルメにクルマを停めた。信じられない。藤本さんが泣いていた。ピーコンをだっこして。
ステアリングを外す。ヘルメットを外す。カメラマンがわんさか。俺、写真、嫌いなんだよ。
布袋さんとがっちりと握手。ミハエルが笑っていた。そして、俺の頭を触ってくれた。
「テツオサン、これが勝ちよ。みんなの勝ちよ。ジャパニーズ、勝ちよ。ウィナーあるよ」
「ありがとう、シュー様」
「てっちゃん、おめでとう。ほんとにすごいよ。めちゃめちゃ、すごいよ」
「次は一緒に走ろうぜ」
「勿論」
藤本さんとも握手。友情。親孝行が遂にできた。そして、池内さんが二人、いた。何故。
「池内さん、誰ですか。お隣のそっくりさんは」
「はとこの理香子です。そっくりでしょう。おめでとうございます。店長」
「は、はとこ。俺、店長じゃないよ」
「初めまして。池内のはとこの理香子です。あの、初対面で言うのも、あれですが、御一人様同士ですね。確か、私達」
「は、俺、彼女、いないよ」
「結婚してください。初対面ですみません。哲夫さん」
「は、はい」
ピーコンが言った。さりげなく。良い奴だ。ピーコンは。
「哲夫さん、お母さんが、カレーをお作りになりましたよ。今日は、呑みましょう」
「う、うん。その前にお立ち台だ」
おふくろ。笑ってくれた。満面の笑みだ。何度、俺、死にかけた。自分自身に問う。
「ジャパニーズ、テツオサカグチ、ポディウム。オメデトウ」
レースディレクター、チャーリーホワイティングも満面の笑み。
「サンキュー」
君が代。日の丸。イタリア国歌。そして、スタンドには、たくさんの応援団。P1。正直、照れる。2位のハミルトンが俺を見て、笑った。3位に繰り上がった、マッサが、ハグしてくれた。もう、酔っ払え。
シャンペン。そして、ポディウムインタビュー。インタビュアーは、嬉しい。笑う、ミハエルシューマッハ。恩人だ。
大歓声の鈴鹿のスタンド。
「スズカの皆さん、私がミハエルシューマッハです。ホンモノです。日本の友人から日本語、少し、勉強、しました。フェリッペ、ルイス、そして、テツオサン、オメデトウ」
「あ、ありがとう」
俺も、人を笑わせたくなった。
「日本人は日本語でいいですよね。俺、馬鹿なんで」
雨の中、スタンドから大爆笑という名の声援。
「テツオサン、今日の勝因、教えてください。バカじゃないですよ。凄いことあるよ。F1ウィナー。次のターゲットはチャンピオンですか」
また、大爆笑。ミハエルシューマッハはとても、良い人だ。ちょっと、俺も調子に乗ろう。
「そうですね。雨が僕、得意なんで、上手くアンダーカット、出来たのと、ラッキーに戦略がズバズバ、今日は当たりました。それから、皆さんのおかげです。タルキーニ、全員に感謝です」
「カッコいいですね。カッコツケスギよ。笑えます。テツオ。今、何がしたいですか」
また、大爆笑のスタンド。
「と、とりあえず、休みたいです」
「そりゃ、そうだ。フェラーリに来てくれますか」
「か、考えときます」
晴れた。タルキーニのモーターホームに、みんながいた。みんなが。テツオコール。フェラーリには行かないよ。俺、このチームでチャンプになりたいんだ。理香子さんが意味ありげに、笑顔で、言った。
「哲夫さん、新婚旅行は、次のブラジルでいいですよ。私をもらってくれますか」
「はい。明日、式、あげますか」
結婚式。俺が。理香子さんとキスをした。
俺は、坂口哲夫。職業、F1ドライバー。幸福者だ。




