レースという名の宇宙。~悲劇も喜劇もしょい込んで~
サーキットホテルでマルボロをくわえる。と同時に電話が鳴った。非通知だ。
「もしもし、坂口哲夫様の携帯電話でしょうか」
「はい、坂口は僕ですが」
「私、テレビフジのアナウンサー堂本と申します」
「はあ。それで僕に何か用ですか」
「坂口様。お疲れのところを恐縮です。よろしければ、我々、テレビフジのインタビューに応えていただきませんでしょうか」
インタビュー。はああ。俺、F1レーサーだもんなぁ。まあ、いいや。受けることにした。
堂本さんとホテルのフロントで待ち合わせ。自販機で水を買う。アッ来た来た。
テレビで見たことのある。堂本さん。確か、セナが事故死した、サンマリノグランプリの実況をしてた人だ。
「坂口さん、ご協力、ありがとうございます。日本グランプリとありまして、『特集 世界と闘う若武者』と題しまして明日、放送いたしますので、よろしくお願い致します」
「えっまあ」
テレビカメラを担ぐ男が汗だく。色々と聞かれた。タルキーニチームのこと、フォードエンジン、タイヤ。ありがちな、「このF1への道。長かったですか。それとも、短かったですか」とも。俺は、「色々あったせいか、長かったです」。応えた。堂本さんが実況するとセナが勝つ。というジンクスが90年代に、よくあった。俺も勝ちたいよ。鈴鹿で。
インタビューを終えて、部屋に向かうエレベーターの中で、また、電話。しつこい。布袋さんからだ。
「哲夫君。今、大丈夫かな」
「何だよ、疲れてるのに。用件は何」
「藤本君がフリー走行中にシケインで事故った。BOXの無線を入れたんだけど、シートごと壊れた」
「わかった。すぐ、行く」
なんていうことだ。俺はタクシーを乗り、布袋さんと連絡をしながら、藤本さんがいる病院へと向かった。
病院へ到着すると多くのテレビカメラとプレス達。俺が、藤本さんの病室に入る。横たわる藤本さん。布袋さんに聞かれる。
「明日、精神的に大丈夫か。走れるか」
「馬鹿野郎」
俺は布袋さんを殴った。この男。
「お前よ。俺は走るんだ。亡くした者達のことを考えろ。この電話男が。てめぇに俺達レーサーの何がわかる」
病室から藤本さんの声がした。俺は、布袋さんに唾をかけた。病室に入ると、藤本さんが元気な顔を見せてくれた。
「てっちゃん、ごめんな。一緒に走れなくなっちゃって」
「いいよ。それは。怪我、大丈夫か」
「両足、骨折で、全治一か月だとさっき、医者に言われたんだ。明日、てっちゃん、俺の分まで」
涙がとめどなく流れた。二人で大泣きした。俺は誓う。明日から人生の全てを鈴鹿にかけようと。
病室を出た。布袋さんが俺に土下座する。
「そんなものはいらないよ。俺は、ホテルで休むわ」
「ごめん。哲夫君」
「いいって。明日、朝一からクルマを作ろう」
「うん。わかった。言いにくいんだけど、タルキーニの親父が鈴鹿に着いた。哲夫君に会いたいといっているんだけど」
「わかった。サーキットホテルの俺の部屋番号、教えといて。布袋さん、通訳を頼むよ」
「わかった」
サーキットホテルの部屋でテレビを消して、携帯も電源を切って。マルボロをまた、くわえるとノックの音。
タルキーニの親父と布袋さんがいた。ドアを開ける。
意外に、タルキーニの親父は笑顔だった。
「テツオーアリガトウ」
とハグしてくれた。三人でテーブルを囲む。タルキーニの親父が俺の目を見て、イタリア語で複雑な表情をして語る。布袋さんが日本語に訳す。
「哲夫。俺はレース屋だ。今日の事故は仕方ない。完璧な道具などこの世に何一つとして存在しない。サーキット。ここは宇宙だ。その宇宙に堂々と挑めるドライバーは少ない。哲夫に初めて会ってから、俺は思った。ジョバンニの事も、今日の事も、レース、サーキットという宇宙の一部だ。哲夫。俺は君を挑めるドライバーだと信じている。良い走りを見せてくれ。期待している」
俺は、タルキーニの親父に言った。
「サンキュー」とただ一言。予選。堂々と挑むぞ。俺が挑めるドライバーか。走るぞ。




