終輪「場所」
一日は、あっという間に過ぎていく。
日が昇り、街を照らし、人々は動き出し。
僕は今までとはまったく違った心持ちの今日を過ごし、過ぎていく時に多少の感傷をも抱いていた。
今まででは、欠片ほども有り得ないだろうこの時間。
そんな時間だからこそ、時は無情にも早く過ぎ去っていくもの。
手にしてしまえば、後は悲しむだけのこの感情。でも、今一時だけでも感じていたいと思うのは決して悪ではないと思うんだ。
きっと、明日になれば消えてしまうかもしれない。
きっと、明日になれば戻ってしまうこの世界。
だから、後僅かのこの時を、目一杯満喫しようと思うんだ。
教室は既に放課後。残る生徒ももう僅か。陽は西へと傾き、夏の香りを孕んだ橙が僕を包む。
こんな機会だ。あいさつはちゃんとしよう。
お弁当はもう残さないようにしよう。
明日からも学校はちゃんと来よう。
友達も沢山作ろう。
明日を、畏れないで見つめて。
帰りの自転車を、川沿いの道に進みながら帰る。
夕日に乱反射した光たちが、まるで明日からの僕の背中を押してくれているかのようで、とても心強かった。
吹きぬける風が、明日からの僕に勇気を託してくれているかのようで、とても温かかった。
とても柔らかくて、温かくて、不意に涙が出そうになってしまいそうになる。例えそれが、僕の勝手な自己完結だったとしても、それでも。
僕は、らしくも無く涙を振り切ろうと自転車に立ってがむしゃらに漕いだ。
こんなにも素晴らしい事が何度も起きてしまうと、もう我慢が出来ないじゃないか。
こんな今日が過ぎてしまうなんて、耐えられない。きっと明日からの僕は、僕じゃなくなってしまうよ。
誰か、この想いを、僕を縛り付けるこの想いを振り切る術をください...!
ある意味必死だった。
これからを生きる為に。今日以前を無意味にしない為に。有り得ないほどの幸福は、人を壊しうる毒となって襲い掛かるもの。
だから、何としてでも振り切りたかった。今日に縛り付けられないために。
抑えていたものが決壊し、視界がぼやけて、やがて虹色に染まる。
色彩は脳を支配し、一種の中毒性をも含んでいた。
私はそれを拭い、何処かやりきった表情で
───空を仰いでいた。
激しいクラクションの音。
辺りから怒号と好奇の声が上がる。
その後には、聞きなれたサイレンが近くへとやってきて、僕を何処かへと連れて行く。
白い服の人たちが、僕を運んで、黒い服の人たちが、僕を囲んで...?
あれ...?
「この───の───、学校で同級生を───ていたんですって」
「あら、そ──のぉ?後で娘に──てみますわぁ」
「人──の兄は、まぁ因果応───うものか」
「あ──人?──何が?」
「───の──が誰かを──たとかなんとか」
黒たちは、口々に何かを喋っている。それはとても不明瞭で、黒くて、聞こえないし、見えなかった。
あぁ、でもこんなに良い気分で眠るのは何時振りだろう。
久しくこんなに心地のよい眠りは無かったからなぁ。きっと明日は、よい目覚め、だろうなぁ。
おやすみ。
「おい、お前何やってるんだ?あ?」
「ぇえ?わ、私が何かしましたか...?」
物語は、繰り返す。
※タイトルの「終輪」は誤字ではありませんのでご安心を。
この物語は、一先ずはこれにて完結となります。
ここまで飽きず挫けず読んでくださった皆様に最大の敬意を。
また別の作品にてお会いいたしましょう。これからのあなたに、どうか幸運が舞い降りますように。