第五話「狂乱」
おかしいなあ。
なんで私の体のはずなのに、私の思い通りに動かないのかな?
「なんで私にだけこんなことをするの!」
叫びが脳髄へと響き渡り、一層思考を揺さぶる。
私にだけ…?こんなことって、なに…?
私の体は、理解できない事柄を叫びながら、また勝手に動く。
「やめてよ!私の宝物に!」
宝物…このノートのこと?
この絵が沢山描き込まれた、このノートのこと?
こんなものが…宝?
「あら、そんなゴミが宝物だなんて、なんて貧相な生活を送っているの!笑っちゃうわね!」
たかがノート一冊に、私の体は何をそんなに固執しているんだろう。
そんな物に、固執するほどの価値があるの?
そんな物に、涙を流すほどの価値があるの?
わからない。
すると私の体は立ち上がり、目の前の彼女に掴みかかった。
「あなたなんて、何かに必死に打ち込んだ事すらないくせに!」
「きゃっ!なにするのよ!」
掴みかかる私に、彼女は、私をドンと強く突き放した。
突き放された方向が悪かったのか、その先は───
薄れ行く感覚。
視界が暗く染まる。
後頭部には強い痛み。
私は、いや、私の体は、後頭部を強かにロッカーの角に打ち付けたのだった。
「なんで...なんで私がこんな辛い目に遇わなくちゃ行けないの...?」
体は、いや、少女は暗闇のなかで呟いた。
誰にも聞こえるはずがない暗闇のなか、少女だけが自分を問い続けていた。
「私はなにもしてない。私はなにもしてない。私はなにもしてない。なのになんで...」
「それはね、この世界がそうやって作られているからだよ。」
私は、少女に向かって話しかける。
「あなたは、誰?」
「あなたの、いや、言うなればあなたの中に潜んでいたもう一人のあなたよ。」
少女は、悲壮に染まった瞳で私を見る。
「そうやって作られているから、って、なに?」
「この世界は、誰かの不幸の元に成り立っているのよ。
差詰めあなたは...いや、私は、この世界のための生け贄なのよ。」
「そんなの嘘だ!」
その瞳は、涙の雫をこぼして。
「あなたをいじめていたあの少女。
あの娘は、あなたをいじめている間、何を感じていたと思う?」
「いやだ」
少女は、私から目を逸らす。
「あなたをいじめている間、彼女は」
「言わないで」
「確かに幸せを感じていたのよ」
「言わないでって言ってるじゃん!」
辛抱堪らなくなったのか、少女は叫ぶ。
「そんなの知ってたよ!
知ってて言いたくなかった!解りたくなかった!
あなたがもう一人の私なら、そんなの知らないはずがないでしょ!」
私は、そう、と言い残して少女の後を去ろうとする。
それに少女が引き留める。
「何処に行くつもり?」
答えるには、言いづらい問いかけだ。
「何処か別の所。
少なくとも、あなたと似たような場所よ」
少女の目が驚愕に染まる。
まさか、自分が自分の中から出ていくとは、といったような表情であろうか。
「あぁ、気づいてなかったのね。
あなた、もう死んでるにも等しいのよ。だから私はもうあなたの中には居れない。だからこうやって話せてるのよ。」
私は、泣き叫ぶ少女を尻目にその場所を去った。
「きっと、この記憶も消えてしまうんだろうな。」
そう、言い残して。