第50話目:死地へ
檻から解放された俺達は、早速カラノスの町に入り、家へと目指した。
町の中には連合の兵士達が……ドラグライヒの兵士が殆どだったが……町の中を警備しているようだ。
そしてハルメニアの兵士の姿が殆ど見えない。
まぁ、ビクトルの部隊が引き抜かれたんだ。少なくなるのは当たり前か。
そんな中、俺はフェリシアの手を握りながら走り抜けていく。
当然ながら彼ら兵士達の注目を浴びた。
だからといって気にするわけでもないが。
「着いたわね!」
「ああ……やっとだ」
そして、転生してから生まれ育った我が家まで、無事帰って来ることが出来た。
変わらない家の外観を目の前にすると、なんだかホッとする。
無事に帰って来れたんだな。と、安心する自分がいた。
「ベル」
「……うん」
隣で手を握っているフェリシアが、その手を強く握り直してくる。
早く入りましょ。なんて言われているみたいだ。
そんな彼女と頷き合い、胸が熱くなる想いを感じながら玄関を開け……ようとしたが、扉が開かない。
いくらドアノブを下げてもガチャガチャと鳴るだけだ。
「あれ? 鍵掛かってる……おーい母さん! カーリー! アルー! 開けてくれ!」
仕方ないのでドアをノックしながらビアンカ達に呼びかけた。
このご時世……というか、カラノスが他所の国の兵士に半ば占領された状態なんだし、鍵をしないでいるのも不用心だもんな。
「留守……じゃないわよね?」
「う~ん……だとしたら鍵も持っていないし、中に入れないな」
皆一斉に出かけているというのも考え難いが、もし本当に留守だったなら勘弁して欲しい。
折角ここまで帰ってきたのに、中にくらい入りたいものだ。
なんて考えていると、家の中からトタトタと足音が聞こえてきた。
そして次の瞬間には鍵を開ける音が聞こえ、扉が勢いよく――。
「ガッ!? い……ってぇええ!!」
「ベル!」
「あっ! ご、ごめんなさい……ってやっぱり兄ちゃんだ! それにフェリ姉ちゃんもいる!」
ドアとキスしちまったぜ……。
扉を開けて出てきたのは弟のアルフレッドだった。
弟よ……何もそんなに勢いよく開かなくてもいいだろ?
鼻が痛ぇ。
「いつつつ……ひ、久しぶりだな、アル」
「兄ちゃん……兄ちゃん!」
「おっと。はは、この甘えん坊め!」
11歳の弟、アルフレッドは、目に涙を浮かべながら抱き着いてきた。
こんなに再開を喜んでくれると、兄としては嬉しい限りだ。
かわいいから撫でてやろう!
「2年振りね、アル」
「……うん。フェリ姉ちゃんも来てくれたんだね……」
そう言うなり、アルフレッドは今度はフェリシアに抱き着いた。
おい、そこは俺の特等席だぞ。
気安く抱き着くでない。
……なんて思ったが、弟のことを慈しむ様に撫でるフェリシアを見ていると、どうでもよくなるな。
さながら聖母子のようだ。
「ねぇアル。カーリは――」
「ベル! それにフェリシアちゃんまで!」
「おっぶ! た、ただいま母さん……」
「おばさま!」
「よかった……無事でよかった……」
苦しいです母上。
そんなに強く抱き着かれたら苦しいです!
どうやらビアンカは、俺に抱き着いたまますすり泣いているようだった。
アルフレッドもビアンカも、この様子から察するにカーリナから事情を聴いているかもしれないな。
「フェリシアちゃんも久しぶりね……」
「はい、おばさま」
俺から離れたビアンカが、今度はフェリシアを抱きしめる。
フェリシアもアルフレッドを放してそれを、自然に受け入れた。
まるで親子みたいだな……。
まぁ、これから親子になるんですけどね!
と、そういえば……。
「アル。カーリはいないのか?」
「え、姉ちゃん? ……あ~……」
「なんだそのあ~、は」
気になるな……ハッ! もしやカーリナに何かあったのか!?
帝国の変態にエッチ・スケッチ・ワンタッチされたとか!?
おのれ許せん! バシルと一緒に呪いを放ってやる!
と、鼻息を荒くさせて心の中でアホなことを考えていたのだが、俺の問いかけを聞いたビアンカがフェリシアから離れ、どこか困った表情で告げてきた。
「カーリは……その、一度帰って来たのだけれど……」
なんだか歯切れが悪いな……。
え? 本当に何かあったの?
「……あの、おばさま。ここで話をするのもアレだし、中に入りましょう」
「ええ、そうね……」
ビアンカの不安気な表情を見たフェリシアがそう提案し、俺達は家の中へと入って行った。
久しぶりの我が家。
しかしまだまだゆっくりとは出来ないようだ。
家の中に入り、すぐにリビングのテーブルに着く。
俺の隣にフェリシアが、向かい側にビアンカとその隣にアルフレッドが座り、やや重くなった空気の中でビアンカが1枚の紙……というかメモを手渡してきた。
そこには――。
『お兄ちゃんやお父さん、バシル君を探しに行って来ます。カーリナ』
と、殴り書きされていた。
……何だよこれ……。
「え? これ……え? どういうことなの?」
一緒にメモを見ていたフェリシアが青ざめた様子でメモとビアンカの顔を交互に見る。
もう、何て言ったらいいのか分からん……。
俺とビクトルを探す? 何処へ?
「姉ちゃん、10日くらい前にリンちゃん、っていう人と帰ってきたんだ」
「リンマオか……」
あの子がカーリナと一緒にいてくれたんだな……ありがたいことだ。
「カーリやリンマオちゃんから色々聞いたわ。ベルが戦場に行くことになったって。その経緯も」
やっぱり、カーリナや、それにリンマオが話してくれていたのか。
経緯も知っているということは……アールが漏らしたのか? 俺とクリスのことを……それともテレジアから聞いたのかもしれないな。
だが今はどうでもいいことだ。
「あの子、帰って来てからずっと泣いていたわ。『お兄ちゃんに酷いこと言っちゃった』って……」
「カーリ……」
思わず涙が出そうになった。
俺が頬を打ったことを後悔していたように、カーリナも後悔していたんだな。
そりゃそうか。実の兄に……もしかしたらもう会えなくなるかもしれない相手に、「大っ嫌い」なんて言ったんだ。
冷静に考えれば、それが最後の言葉になるなんて嫌だよな。
「それでおばさま、カーリとそのリンマオ? って言う子はいつ出て行ったの?」
「3日前の朝に……このメモが置いてあったわ」
「すれ違ったのか……」
俺達がカラノスに向かう途中にカーリナ達が家を出たのだろう。
リンマオもいないから、二人で一緒にだ。
ただ、そうなると俺達は街道のどこかで鉢合わせる可能性がかなりあったはず。
カラノスから王都までの道は……いや、王都に向かったとは限らないが……主要な街道に限れば一本しかないし、急いでいただろうから街道を通っていたはずだ。
すれ違うことなんてまずないと思うが……あっ!
「一昨日にすれ違った兵士達ね!」
「ああ。あそこに紛れていたに違いない!」
もし二人が東部連合の兵士達と共に王都へ向かっていたとしたら……一昨日すれ違った軍勢から身を隠していたことで、お互い気が付かなかったのかもしれない。
やり過ごしたのが仇となったか……。
「すぐに追いかけよう」
「それよりも電話でフェリと連絡が取れるか試してみた方がいいわ」
「ごめんなさい、電話はハルメニアの兵士に徴収されてしまったの」
「そうか……じゃぁ行くしかないな」
俺が慌てて外へ出ようと立ち上がるも、フェリシアが電話のジェスチャーをしながら引き留めてきた。
しかし、フェリシアの提案も虚しく、ビアンカが申し訳なさそうに電話が徴収されたことを明かす。
多分、兵士達に貸してくれ、って言っても貸してくれないんだろうな……。
「兄ちゃんが行くなら、僕も行くよ!」
「アル! 馬鹿を言うな! 連れて行けるわけないだろ!」
突然アルフレッドがとんでもないことを言い出した。
しかしその表情は真剣そのものだ。
そんなアルフレッドに、俺は反射的にしかりつける。
まだ幼い弟を連れて行くなんて出来ないからだ。
叱られたアルフレッドはビクリと肩を震わせ、やや怯えた表情になった。
「アル、あなたじゃ危険すぎるわ。それにベルもよ。また危ない所に行かせられないわ」
「でもそれじゃぁ……」
「分かっているわベル。でもあなたも危ない目に遭うことはないの」
涙目でビアンカはそう訴えかけてくる。
彼女としては、もう誰も危険な目に遭って欲しくないみたいだ。
ただ、それじゃ誰がカーリナ達を迎えに行くんだ?
このままじゃぁカーリナの行動が無駄になってしまう……。
「……わたしが、ベルと一緒にカーリを探しに行くわ。それなら安心でしょ? おばさま」
「フェリ……」
「フェリシアちゃん……」
隣で座っていたフェリシアがスッと立ち上がると、そう宣言した。
確かに、フェリシアが一緒にいてくれれば心強い。
それに父親譲りの剣術もある。
彼女と一緒なら、俺はどこまでも行けるかもしれない。
「……来てくれるのか? フェリ」
「仕方ないから、一緒にカーリを探してあげるわ」
仕方ないから、なんて言うフェリシアだが、その表情はとても穏やかで俺を安心させてくれた。
俺は感極まって立ち上がり、両手で彼女の肩をそっと掴むと、目を瞑った彼女に顔を近づけ――。
「あら! あらあらあらあら!!」
「…………」
なかった。
うっかりキスしようとした俺達を、ビアンカは両手で口を隠しながら嬉しそうに、アルフレッドは真面目な顔を紅潮させながら、穴が開きそうなくらい見つめてくる。
「んっん! あ、ありがとうなフェリ!」
「え、ええ! きき、気にしないで!」
その視線を感じた俺とフェリシアは、パッと同極の磁石の様に離れ、どもりながらその場を繕う。
危ない。母親と弟の前で何やってんだ俺は……。
「あらあらうふふ! いつの間にそんな関係になったのかしら?」
悲壮感を漂わせていたさっきまでとは違って、今は嬉しそうな表情で聞いてくる。
……言った方がいいのだろうか?
「……」
そう思ってチラッとフェリシアを見ると、彼女は未だに顔を赤らめながらもコクリと頷いてきた。
……言うか。
「母さん、アル。俺、フェリと結婚するよ」
「まぁ!」
「おおー! おめでとう! 兄ちゃん、フェリ姉ちゃん!」
「あ、ありがとうアル。これであなたのお姉ちゃんね!」
「わっ! あははは!」
俺の結婚宣言に、ビアンカとアルフレッドは喜んでくれたようだ。
ビアンカに至っては言葉になっていない。
フェリシアも自分がアルフレッドの義姉になることが嬉しかったのか、わしゃわしゃとアルフレッドの頭を撫でていた。
フェリシアは末っ子だからね。弟や妹の存在は嬉しいんだろう。
うん、実に平和な光景だ。
「ビクトルとカーリが帰って来たらお祝いをしないと!」
「あっ!」
ビアンカの言葉にハッとなった。
というのも、ビクトルのことを彼女に伝えていなかったからだ。
ビクトルが戦場に行ったことは勿論分かっているはずだが、彼が戦場で行方不明になったことはまだ知らないはず。
俺の気まずそうな表情に気付いたのか、ビアンカは不安そうに俺を見つめてきた。
「ベル? 何かあったの?」
「……うん、実は父さんのことでさ……」
そう話を切り出すと、ビアンカはきゅっと唇を閉じ、今にも涙が零れそうなくらいに目が潤む。
母親の感情を察したのかは分からないが、アルフレッドも真剣な表情で俺を見つめて来る。
「父さんと俺は、アルコンって言う城塞で帝国の兵士と戦っていたんだけど、その途中で父さんが……その、行方不明になったみたいなんだ」
「っ! …………そう」
ハッと息を飲み、一言だけか細く呟く。
その表情からは、悲壮感がかなり伝わってくる。
ただビアンカは、涙を流すことはなく、真っ直ぐに俺を見つめながら聞いてきた。
「ビクトルは、戦死したと決まったわけじゃないのね?」
「うん」
「……そう。なら、大丈夫よ。きっと、また会えるわ」
「……うん」
ビアンカは悲壮感漂う表情から覚悟を決めたかのようなそれとなり、力強くビクトルの無事を断言した。
強い人だ……俺の中では、ビクトルの生存を信じ切ることなんて出来ないでいたのに。
「お父さん、絶対帰って来るよね? ねぇお母さん、兄ちゃん?」
「……ええ、絶対に帰って来るわ。絶対に……」
ただ、ビアンカとは対照的に、俺の話を聞いて不安で一杯になったアルフレッドが涙をポロポロと零していた。
それをビアンカが抱きしめ、宥める。
母親に抱かれながら、アルフレッドは静かに泣き続けた。
ああ、でも、ビアンカもやっぱり不安なんだな。
アルフレッドを宥めながらも、その実、ビアンカ自身に言い聞かせている部分があるようにも聞こえる。
……早く帰って来てくれよ、ビクトル。
「……ベル、カーリを迎えに行きましょう」
「……ああ」
アルフレッドを抱きしめるビアンカを見つめていると、やや悲しそうな表情でフェリシアが袖を引っ張ってきた。
……そう言えば、父親と離れ離れになったのは俺やアルフレッドだけじゃないよな……。
フェリシアだって辛いはずだ。
ただ、だからといってそれをわざわざこの場で言うつもりはない。
ビアンカ達に余計な気を遣わせるつもりはないからな。
「どうしても……本当に行くのね」
「うん、行ってくるよ。行って、カーリとリンマオを迎えに行ってくる」
「……そう、なら気を付けてね」
ビアンカはどこか、仕方がないな。といった様子で言った。
本当は行かせたくないのだろうが、いかなければカーリナ達が危ない目に遭うかもしれないからな。
ビアンカとしても苦渋の決断なのかもしれない。
「フェリシアちゃん。本当は、あなたにも行って欲しくないのだけれど……ベルのこと、お願いしてもいいかしら?」
「……ええ! わたしに任せて!」
「無理はしないでね?」
やがてビアンカは、フェリシアに向き直るとその両手を握りながら声を掛けた。
俺に向けたように、フェリシアにも心配の眼差しを向けて。
それをフェリシアは真っ直ぐ見つめ返すと、力強く頷いた。
任せて、って、一応俺もフェリクスからフェリシアのことを任されたんだけどな……。
「兄ちゃん、フェリ姉ちゃん。姉ちゃんとリンちゃん、絶対に連れて帰って来てね!」
「ああ!」
「任せなさい!」
そしてアルフレッドだ。
愛する我がの言葉に、俺とフェリシアは力強く応えた。
なんだかんだでまたアルフレッドに留守番をさせてしまうが、今回の旅はかなり危険なものになるかもしれない。
それにまだまだ幼いアルフレッドを同行させるわけにはいかないからな。
今回も我慢してもらおう。
そうやって俺達は言葉を交わしながら、四人でお互いに抱きあう。
俺とフェリシアは、それぞれビアンカとアルフレッドにだ。
無事に再開することを願い、俺達は力強く抱きしめあった。
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それから時間が少し経った頃だ。
俺とフェリシアは、王都へ向かうにあたっての準備を手早く行った。
家の中から旅に必要な物品や食料などを背嚢に詰め込み、一人づつ背負う。
出発の準備を完了終えて玄関に立ち、後は出発するだけだ。
「いい? 二人とも。危ないことはしないこと。変なものは食べないこと。知らない人についていかないこと。後は――」
「母さん、分かったから! もう俺は小さい子供じゃないんだから」
「ベル、そんな言い方しちゃいけないわ! しっかりおばさまの話を聞かないと」
「お母さん心配性だから……」
「そう。私は二人の子を心配しているのよ?」
なんというか、おかん、って感じだな。
いや心配するのは分かるが、何も戦う為に行く訳じゃないんだ。
そんなに心配しないでくれよ……って言っても無駄なんだろうな。
後フェリシアはアレだな、ビアンカの肩を持ちがちだ。
結婚後は嫁姑問題もなさそうで何よりだな。
代わりに俺の肩身が狭くなりそうだが。
まぁそんなことはさておきだ。
俺としても心配なことが一つある。
「俺達が帰って来るまで、母さん達ずっとここに?」
それはビアンカとアルフレッドがずっとここにいるのかどうかだ。
ここは住み慣れた実家なのだが、しかし今は東部連合の支配下にある。
ハルメニアからの救援要請で進駐しているとは言え、他所の兵士が我が物顔でうろついているのは精神衛生上、かなりよろしくない。
そんな彼女らをここにとどめておくのも心配なのだが……。
「どうしようかしら……ビクトルは、もしベル達が帰って来たらブランデンの実家へ避難してくれ。って言っていたわ。お義父さんに渡す手紙も書いてもらったし……」
「ブランデンか……」
確か、ドラグライヒにある翼竜族との混血の人が多い街だったけ。
カラノスから北東にあるらしいな。行ったことないけど。
ここから馬車を使えば1日半くらいで着くくらいだな。
……ふむ。
「実家?」
「そうよアル。お父さんの実家。あなた達のおじいさんが住んでいる所よ」
「そこへ行くの?」
「う~ん、それをどうするか、よね……ここでベル達を待たないといけないし、そもそもお義父さんに会ったこともないから……」
「それについてだけど、ちょっといいかな?」
「何かしら?」
アル問いかけに思い悩むビアンカに、俺はある提案をする。
「俺とフェリシアが、カーリとリンマオを連れ戻すから、母さんたちはブランデンに向かってくれ。カーリ達と合流したら俺達もブランデンに向かう。これでどう?」
「私はそれで構わないけれど、ベル達は大丈夫なの? カラノスに帰って来るよりも長い旅になるけれど……」
「それなら大丈夫よおばさま。わたし達、今さらそんなことで弱音を吐かないわ!」
「そうそう、少し道のりが長くなっても、全然気にしないよ」
要はハルメニアのどこかで、恐らく王都でカーリナ達と合流したらそのまま国を出てブランデンへ向かう。
ビアンカ達は予めブランデンに避難する。
それだけだ。
ビアンカが心配する程のことじゃない。
フェリシアが言ったように、今さら道のりが長くなったくらいでへこたれないさ。
「……そう。頼もしくなったわね。ベル」
「まぁ、色々あったから……」
本当に、色々とね。
思い出すだけでも涙が出そうだが、今はカーリナのことだ。
リンマオが付いてくれているようだが、話に聞いたところではかなり精神的に参ってるかもしれない。
早く探し出してあげないとな。
「ベル達がそう言うなら、私達もブランデンへ避難するわ」
「うん。道中は気を付けて」
「ええ、あなた達もね」
どうやらブランデンに避難することに決まったようだ。
……決まったはいいが、一つ確認しなければいけないことがある。
「そう言えば母さん、ブランデンへはどうやって行くんだ?」
そう、確認しなければならないのは、ビアンカ達の交通手段。
もし二人っきりで歩いて行くとなれば、それはとても危険なことだ。
何処で何があるか分からない。
そう思って聞いたのだが、ビアンカは一瞬考える素振りを見せるもすぐに何でもないような顔で言い放った。
「……気にしないで。どうにかするわ」
「どうにか、って……それじゃぁ俺が心配なんだよ」
今までカーリナとリンマオのことで頭が一杯だったが、よくよく考えてみればブランデンに二人だけで向かわせるというのは、かなり危ないんじゃなかろうか?
それも力の弱いビアンカとアルフレッドがだ。
……うん、かなりヤバイ気がする。
「そんなに心配なら、おばさまもアルもここで待っててもらったら?」
「う~ん……それもなぁ……」
悩む俺にフェリシアがそう提案するが、ここに残すのも気が引けるんだよな……。
さっきから遠巻きにこちらの様子を伺っている翼竜族の兵士を見やる。
「アイツら何してんだ?」って顔だ。
さっきも考えたことだけど、他所の兵士が進駐している所にビアンカ達を待たせるなんて、出来ればしたくない。
折角ビクトルが書いてくれた手紙があるのなら、それを未だ見ぬじいさんに渡して、保護してもらう方がいいと思うのだが……。
う~ん、どうしよう?
「ベル……私達のことは心配しないで。カーリ達を迎えに行ってくれるのなら、そのことに集中して?」
「そう言う訳にもいかないよ」
カーリナ達を迎えに行った為にビアンカ達に何かあったら、次こそ俺は立ち上がれなくなりそうだ。
そんなことは、あって欲しくない。
さりとてカーリナ達を放っておくわけにも行かないし……。
どうしようかと悩みながら三人の顔を見回す。
心配そうに見つめてくるビアンカ。
不安そうにやや見上げてくるアルフレッド。
そして真面目な顔のフェリシア。
フェリシアも自分の父親のことがあったのに、よくここまで来てくれたよな……。
称号付とはいえ、フェリクスがいなくなって……。
……ん?
「……フェリ。そう言えば魔神の弟子の、アイラっていう人もファラスに向かうって言ってたよな?」
「あ、そう言えばそんなこと言ってたわね」
さっき牢屋の中にいた時に、アイラが来てそんなことを言っていた気がする。
「じゃぁ、アイラさんが出発してたとしても、今から追いかけたら十分に追いつくよな?」
「ええ、追いつくと思うけれど……」
「だったら……フェリが二人をブランデンまで連れて行ってくれないか?」
「そんな! ベルを一人で行かせるなんて嫌よ!」
「そうよ! いくらなんでもあなただけで行くなんて危険だわ!」
悩んだ末に思い付いたのは、フェリシアをビアンカ達の傍に居させるということだ。
当然、そうなれば俺一人でカーリナ達を迎えに行くことになるのだが……。
「大丈夫だ。上手くアイラさんと合流出来たらある程度安全にファラスまで行けるだろうから、俺一人でもなんとかなるよ」
「でも……また戦神に見つかったらどうするの?」
「その時は……全力で逃げる」
そんなこと、考えたくもないけどな。
もし出会ったら全力で逃げ帰るさ。
「え? 戦神? あなた達、戦神なんて人と何かあったの?」
「戦神に会ったの!?」
ビアンカとアルフレッドが何やら戦神というキーワードに反応している。
そう言えば説明してなかったな……。
「ここに帰って来る途中、戦神と戦ったんだ。それで……」
と、そこまで俺が説明し、チラッとフェリシアを見やる。
「……それでわたしのお父さんが……戦神と滝の下に落ちたの」
彼女は何でもないように説明を引き継いだ。
少し、悪いことをしたな……あんまり思い出したくないことだろうに……。
「そう……ごめんなさいフェリシアちゃん、私、自分達のことばかり考えていて……」
「そ、そんな! 気にしないでおばさま!」
「でも私、フェリシアちゃんの気持ちも知らないで……」
「本当に気にしていないってば! わたしそんなつもりで言った訳じゃないから!」
また涙目になって謝るビアンカ。
フェリシアはそれを慌てた様子で応えていた。
ビアンカとしてはフェリシアの気持ちを知らずに無神経なこと言ったと思っているかもしれない。
でもフェリシアも意地っ張りな所があるから、自分のそう言う弱さを出さないようにしていただろうしな。
ビアンカが気付かなかったとしてもしょうがないことだ。
「とにかくだ、俺は一人で行くから、フェリは二人を頼む」
「だから一人でなんて行かせられないわ! わたしも一緒に――」
「頼む、フェリを危険な所に連れて行きたくないんだ」
「何でよ! そんなの今更じゃない! 危ないことなんて今まで何度もあったじゃない! 何で今度は駄目なのよ!」
髪を振り乱しながら叫ぶフェリシアは、怒っているようでどこか悲しげだ。
その様子に、ビアンカもアルフレッドもやや驚いている。
本音を言えば、俺もフェリシアについて来てもらいたいさ。
でも、だからといってビアンカ達を放っておくわけにもいかない。
それに――。
「戦神とは出くわさないと思う」
「どういうこと?」
「フェリ、あの時確かにフェリクスさんと戦神が滝壺に落ちたよな?」
「ええ」
「いくら戦神でも、あの傷で、あの高さから落ちたら一溜りもないはずだ。そして、傷を癒すためには、ファラスじゃなくて後方の安全な場所に行くと思う。だから、俺は奴とは出くわさないと思うんだ」
「……そう……」
頭に疑問符を浮かべていたフェリシアに、俺はざっくりと説明した。
まぁ今のは適当に言った理由なんだけどな。
でも一応納得してくれたみたいでよかった。
本当の理由は、戦神の目的が俺を捕まえることだと、奴自身が言っていたからだ。
それなら、いざという時に俺だけが逃げればいいし、無理に戦う必要もない。
これだけは、フェリシアやビアンカには言えなかった。
言えば絶対に止められる。
「……ねえ兄ちゃん。フェリ姉ちゃんがお母さんの傍にいるのなら、僕が兄ちゃんに付いて行くよ!」
「付いて行くって、お前……」
「ぼ、僕だって姉ちゃんを迎えに行きたいんだ!」
俺とフェリシアの会話を聞いていたアルフレッドが、神妙な顔つきでそう言ってきた。
というかさっきも言っていたな……そんなに付いて行きたいのだろうか?
勿論、俺の答えは決まっている。
「駄目だ」
アルフレッドに対してやや険しい表情でビアンカが口を開こうとしたが、その前に俺がピシャリと言い放ち、お互いに向き合った。
「どうして!? 僕だって兄ちゃんの役に――」
「アルまでついてきたら、誰が母さんの傍に居るんだ?」
「あ……」
せめてアルフレッドだけでもビアンカの傍に居て欲しい。
そんな思いを込めて言い放つと、アルフレッドは何かに気付いたかのようにビアンカの方へと顔を向ける。
ビアンカは、眉をひそめながらも悲し気な顔でアルフレッドを見つめていた。
「俺や父さんの代わりに、母さんの傍に居られるのはアルだけなんだ。だから母さんについていてくれ」
「……うん、わかった。僕がお母さんを守るよ!」
「よし! それでこそ俺の弟だ!」
俺の思いが通じたのか、アルフレッドは力強く頷く。
これで一先ずは安心だ。
少なくとも、ビアンカにはアルフレッドがついていてくれる。
それだけで一安心だ。
「本当に、一人で行くの?」
「ああ。カーリ達を迎えに行ってくるよ」
フェリシアが不安そうに聞いてくる。
俺は彼女の顔を真っ直ぐ見つめると、しっかりと頷いた。
「……これだけは約束して。絶対……絶対無事にカーリを連れて帰って来て。必ずよ」
「ああ、約束だ。必ず無事に帰って来る」
そう約束を交わすと、俺達はどちらからともなく顔を近づけ、キスをする。
「まぁあ!」
「お、おぉ~……」
何やら外野がうるさいですね。
目を瞑っているからよく分からんけど、きっとビアンカは喜色満面で口に手を当てて、アルフレッドは変な感動をしているんだろうな……。
まぁ今更気にしないけど。
「ぷはっ。じゃぁ、ブランデンまで母さんとアルを頼む」
「ええ、任せて」
唇を放し、俺達は抱き合った。
ただし、これが今生の別れだとは思わない。
俺は絶対に帰って来るつもりだ。
ただどうしても、こうしてフェリシアの温もりを感じたかった。
だってしばらく会えないんだもん。
「ベル……」
「母さん……」
「カーリやリンマオちゃんのことも大事だけれど、あなたも無事に帰ってくるのよ?」
「うん」
ビアンカと簡単にやり取りをする。
何度言われたことだろうか……。
それでも、何度でも心配して声を掛けるのが、親というものなのだろうかね?
「……アル、頼むぞ」
「うん。兄ちゃんこそ、姉ちゃん達をお願い」
「ああ」
最後にアルフレッドとも短く言葉を交わした。
なんだかんだと、頑張り屋な弟だ。ブランデンへ初めての旅路ということで、変な張り切り方をしなければいいのだが……。
そこはフェリシアが何とかしてくれるだろう。
「それじゃぁブランデンで!」
「気を付けてねっ!」
そして俺は背嚢を背負い直すと、右手を振りながら町を駆け出していく。
駆けだす俺に、フェリシアが大声で叫んだ。
その声援を受けつつ、俺は出発したアイラの許へ行くために、まずは東部連合の宿営地へと進む。
……待っていろカーリナ、リンマオ。
必ずお兄ちゃんが迎えに行くからな!
次回は8月27日の投稿です。