第49話:檻の中で
「剣にペンに指輪、ローブに軽装の鎧と銅貨12枚。女の方は剣と軽装の鎧だけです。背嚢の中は食料と毛布以外何もありません」
「これだけとは言え油断はするな。しっかり見張っていろ」
「ハッ!」
えー現在、俺とフェリシアは町はずれにある、彼らの宿営地の檻の中におります。
檻だけに。
…………。
3メートル四方の動物の檻みたいな、鉄の板と鉄の棒で出来た、これぞ檻! っていう感じの檻に入っています。
二人仲良く。
そして両腕には鉄製の手錠が嵌められ、そこに彫り込まれている魔法陣により、魔術や魔法が使えなくなりました。
フェリシアもお揃いの物を嵌めています。
結婚腕輪ですね。
……洒落にならんか……。
で、目の前にはドラグライヒの兵士達が俺達から取り上げた荷物を見分し、上官っぽい人が下っ端っぽい二人に見張りを命じて去って行きました。
これで俺とフェリシアを監視する兵士は、檻を挟んで立つ二人の翼竜族だけです。
というかさっき入り口で立哨をしていた二人ですけど。
だからって脱獄できませんが。
「あの……ホントに誤解なんです。出して下さい」
「うるさい! スパイは黙っていろ!」
「だからスパイじゃないって言ってるじゃない!」
「だったら証拠を出せ! 出せないだろ!」
なんだよスパイじゃない証拠って……。
そんなもん、悪魔じゃない証拠を出せ、って言ってるようなもんじゃねぇか。
くそぅ、コイツら頭悪そうだ。
フェリシアも怒り心頭と言った様子だし、どうしようかね?
「なぁハンス」
「なんだヨハン?」
「コイツらスパイだとしたら、目的は何だろうな?」
「知らん! どうせ俺達東部連合がこの国の王都へ進軍する様子を見に来たんだろ!」
「なるほど」
落ち着ていて様子を伺っていると、看守役の兵士二人が何やら話をし始めた。
というかコイツら……。
「じゃぁ、ハルメニアが庇護を求めてきたから俺達連合軍がやって来たってこと、コイツら知ってるのかな?」
「そんなもんとっくに知ってるだろ! それ以外のことを探りに来たんだよ!」
「あー……じゃぁ何を探りに来たのかな?」
「それは……あれだ。ここに魔神様の弟子が来られることとかだ!」
「なるほど」
ペラペラとまぁ、よくしゃべる奴らだ。
お陰で知りたいことをどんどんと教えてくれる。
コイツらバカだ。
「エルメス様の弟子が来るの!?」
「うるさい! お前には関係ない!」
「関係ないことないわ! 顔見知りかもしれないから会わせて――」
「ええいうるさいうるさい! お前なんかが魔神様の弟子と顔見知りなものか! 妄言も大概にしろ!」
「何よっ!? わたし達の話を聞こうともしないで!」
「何ぃ!」
ああ、いかん。
フェリシアがヒートアップしちゃった。
こんなおバカの相手をすることもないのに……どうやって止めようか?
……あれをやってみるか。
「アンタ達みたいな下っ端じゃ話に――」
「フェリごめん!」
「ンムッ!?」
「な、なぁっ!」
「ああっ! 羨ましい!」
ハンスと呼ばれた怒りっぽい兵士を相手に口論するフェリシアを、俺は黙らせることに成功した。
どうやったかと言うと、要は、マウストゥマウスでだ。
一度こういう強引なキスもしてみたかったんだよね。
驚きの余りなのか、或いはこんな状況でしたからか、フェリシアに思いっきり背中を叩かれて痛い。
でもお構いなしにディープなあれを続ける。
それと羨ましいと言った奴、お前後で魔法を喰らわせるからな。
しばらくフェリシアに叩かれながらもキスを続けると、彼女は次第に観念したのか、体の力が抜けて俺にされるがままとなった。
「ぷはっ。落ち着けフェリ。ここで騒いでも仕方ない。もっと冷静になって機を伺おう」
「ぁ……う、うん……」
唇を放すと、フェリシアはトロンとした表情で頷く。
うんうん。分かってくれたようで何よりだ。
「チッ」
「チッ!」
何やら舌打ちの音が聞こえてきましたなぁ。
どうやら彼らは非リア充のようだ。ザマァ!
そもそも、翼竜族は300年くらい生きるって聞いたけど、彼らは何歳くらいなんだ?
見た目は30にもなっていないくらいだが……。
まいっか。リア充の俺には関係ないもんね。
「……日も落ちてきたし、今日はもう大人しよう」
「え、ええ……」
辺りを見渡すと、宿営地に設置されたテントの周りで松明に火を灯す兵士の姿が確認できた。
森に沈みゆく太陽を見つつ、俺達は身を寄せ合う。
やや肌寒くなってきたので毛布類が欲しい所だが、お互いにくっ付いていればそれなりに温かい。
夜は流石に毛布が欲しいが。
「ねぇベル」
「ん?」
「さっきエルメス様の弟子が来る、って言ってたわよね?」
「ああ、そういえばそんなこと言ってたな……」
俺に寄り添うフェリシアが小声で話しかけてくる。
魔神の弟子が来るとかなんとか言っていたが、本当だろうか?
「もしこの近くに来るようなら、大声で叫べば気付いてもらえるかしら?」
「どうだろうな……それで気付いてくれればいいけど」
「駄目でもやってみるわ」
「ああ」
どうやらフェリシアなりにこの状況の打開策を考えていたようだ。
人前でキスした甲斐があったぜ。
しかしこの状況も深刻だが、俺としては東部連合がハルメニアに助けを請われた、という話も気になる。
さっき看守の二人が言っていたことだが、昨日やり過ごした連合の軍勢は王都へ向かっていることがほぼ確定した。
と言うことはだ。王都を攻める帝国と、それを守るハルメニア軍と連合軍による戦闘が起きるわけか。
いや、もう既に王都は戦場かもしれない。
俺達が王都付近で見た帝国の軍人の数もかなり多かった。
それに対してハルメニア軍がどれだけ兵士の数を用意したのかは分からないが、集められるだけ集めたに違いない。
そこへ連合軍も加わればかなり大規模な戦闘になるだろうな。
そもそも何故ハルメニアは東部連合に助けを請うようなことをたんだ?
東部連合も、何で帝国と戦争になってまでハルメニアを助けるんだろか?
そこらへんは複雑怪奇でよく分からん。
あと、クリスは無事だろうか?
いや、フェリシアの隣で元カノのことを考えるのもどうかと思うけど……。
それにジューダスや学院の皆のことも心配だ。
疎開している人が殆どだし、心配いらないかもしれないけど。
そんなことをあーだこーだと考えていると、兵士が二人、トレイを持ってこっちにやって来た。
あ、なんかいい匂いする。
「食事だ」
どうやら夕食の時間らしい。
トレイを持ってきた兵士が俺達の様子を注視しながら檻を開け、サッとトレイを入れてまたすぐに閉め、さっさと戻って行った。
そんなことしなくても無理矢理出ないっての。
「スープとパン……意外とまともなのね」
「食料に余裕があるのかもしれないな」
もしかしたら、ここは物資の集積地なのかもしれない。
それか翼竜族的にこれは少ないのかもしれないが。
何はともあれ、ちゃんとした食事にありつけるだけありがたい。
俺とフェリシアは早速食べることにした。
スープが塩っ辛い。もっとマイルドにして欲しい。
「食事か……俺も腹減ったな~」
「交代まで我慢しろ!」
なんて会話している看守達が、俺達の食事を見ている。
我慢しなさい。
腹もある程度満たされ、宵も深くなってくると同時に眠気もやって来た。
なんだかんだと、カラノスが目の前と言う所まで来るのに時間が掛かったし、疲れも溜まっていたからな。
こんな冷たい檻の中でも睡魔は容赦なく襲ってくる。
そんな中で俺達は、檻の床に寝転がって身を寄せ合い、体温を逃がさないようにして眠ることに。
手錠が邪魔で抱き合うことは難しいが、肩や足などを出来るだけ触れさせている。
これが檻の中じゃなかったら、多分スることシているだろうな。
「ベル、カラノスに……カーリ達の所に行ったら、まず何を話した方がいいかしら?」
眠りにつく前、フェリシアが伏し目がちに聞いてきた。
話すこと、と言えば……。
「そうだな……俺達、結婚するから。って直接――」
「違うわよ! あ、いや、それも言わないといけないけれど……まずはおじさまやわたしのお父さんのことを話さないと……」
「ああ……」
結婚の話じゃなかったのか。
ま、確かにビクトルのことはビアンカやカーリ、それにアルフレッドも聞きたいだろうな。
特にアルフレッドはお父さんっ子だ。ビクトルが行方不明になったことを知れば、かなりショックを受けるだろう。
ああ……そう思うと胃が痛くなってくる……。
とは言っても、言わないわけにもいかないからな……。
腹を括って言うか。
「……その後で結婚のことを報告するんだよな?」
「も、もう! そんなことばっかり! ……し、仕方ないから、そのことも伝えるわ。つ、ついでだからね!」
ツンデレありがとうございます!
プイっとそっぽを向くフェリシアに愛おしさを覚えつつ、手で彼女の顔をこちらに向ける。
「フェリ……愛してる」
「ベル……わたしも、愛してるわ」
じっと見つめ合い、そして軽くキスをする。
これで熱い空間の出来上がりだ。
「……ケっ!」
「いいなー……」
外野にガン見されている気がするが、俺は気にしない!
ここは既に、俺達の空間なのだからな!
そんな熱々な夜を過ごしながら、俺達は眠りについたのだった……。
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朝が来た。
薄暗い中、目が覚めるとそこには、穏やかな寝顔を見せるフェリシアが目の前にいた。
女神の睡眠である。
俺は彼女を起こさないように気を付け、そっと上体を起こした。
檻の外には相変わらず、看守が二人ついていたが、昨日のバカ二人とは違う二人だ。
取りあえず挨拶でもしておこう。
「あ、おはようございます」
「……」
無視か……。
どうやら昨晩のバカ二人とは違い、まともな二人のようだ。
まぁよかろう。俺は今機嫌がいい。命拾いしたな。
なんてアホなことを考えつつ、辺りを見渡す。
朝焼けのやや肌寒い中、兵士達が運び込まれたであろう物資を種類ごとに分けて積んでいた。
大きな樽に小麦か何かが入った袋、瓶が詰まった箱など様々だ。
ま、集積地としてはごくごく当たり前の光景なんだろうな。
「ん……さむ……おはよう、ベル」
「ああ、おはよう、フェリ」
「んっ」
「はいはい」
どうやらフェリシアもこの寒さで目を覚ましたようだ。
眠気眼の彼女は上体を起こすや否や、俺に向けて両手を差し出してきた。
本当は手を広げたかったのだろうが、手錠が邪魔でそれが出来ない。
だけど俺は、フェリシアが何を要求していたのかが理解できていた。
詰まるところ、彼女は抱っこを要求していたのである。
俺はこの所の傍に近寄り、両手を繋がれた腕でその体を抱き留めた。
これも未来の夫の役割です。
というかフェリシアはこの状況を理解しているのだろうか?
まだ寝ぼけていて状況を理解していない可能性もある。
……まぁ俺は役得だからいいんだけど。
と、お互いの体温で暖をとりつつ、ボンヤリと周りの様子を見ていると、三人の兵士達が何やら会話しながら通りがかっていた。
三人はやや興奮した様子で、アレコレと話している。
「いやー、やはり間近で見ると迫力が違うよな!」
「流石は魔神様のお弟子様だ。目を見ただけでしびれたよ!」
「なんて言ったって夜神様だからな! 憧れるぜ!」
話の内容から察するに、どうやら夜神が来ているようだ。
これはチャンスかも――。
「夜神! ねぇあなた達! さっき夜神って言わなかった!?」
と、さっきまでニヘラと満足気に俺に体を預けていたフェリシアが、”夜神”という単語に反応し、ガバっと立ち上がって三人に問いかけた。
そう言えば、夜神と面識があるんだっけ?
「む、なんだ娘、お前には関係ないことだ」
「関係ないことないわ! わたし、ハルフォード様と知り合いよ! あの人と会わせて!!」
「無駄だ。もうあの方はここにはおられない」
「どうしてっ!?」
夜神に会ったという兵士達は、必死に訴えかけてくるフェリシアに淡々と答えた。
それを聞いたフェリシアは大いにショックを受けた様子だ。
なんてったって、頼みの綱だった魔神の弟子だったもんな。
「夜神様はハルメニアの姫様を連れておられて、其の方をドラグライヒの――」
「姫って、クリスのことか!?」
「ベル?」
ああイカン、ついついハルメニアの姫様という言葉に反応してしまった。
俺もフェリシアの隣に立って鉄格子を掴んだ。
フェリシアがちょっと怪訝な顔をしていらっしゃる。
何故か後ろめたい。
「クリス? ああ、クリスティアネ姫のことか……その方を連れて夜神様はドラグライヒに向かわれたぜ。確か、レオポルド大帝の許へ嫁ぐのだとか」
「とつ……そう、か……」
ああ成程、少し、話が繋がってきた。
ハルメニアは東部連合でも発言力のあるドラグライヒにクリスを嫁がせることで、関係の強化と救援を願ったのかもしれないな。
まったくの想像だが、さっきのクリスの情報を聞けば、自然とそう言う考えに至って来る。
ただ、それだけじゃ連合の国々が動く理由にはならないだろうし、本当はもっと複雑な取引などがあったんだろうけど……。
と、項垂れている俺に、隣のフェリシアが手を握ってきた。
彼女に顔を向けると、やや不安そうにこっちを見ている。
「ベル?」
「ごめん、大丈夫だから。彼女が無事でホッとしただけだから」
「本当に?」
「本当に」
「そう……」
まだ少し納得いかないようだったが、それで俺を信じてくれたのか、フェリシアはそっと手を放した。
だが、クリスの無事を知ってホッとしたのは事実だが……クリスが誰かの許に嫁ぐと聞いてショックを受けたのも事実だ。
そのことでフェリシアに嘘を吐いたことに対し、罪悪感に見舞われてしまっている。
最低だ……。
「……まぁ、そいう言うことだ。本当に知り合いなのなら報告してやりたかったが、今さらどうしようもないしな。今回は諦めてくれ」
「ええ……」
それだけ言うと、三人の兵士達は去って行った。
まだまだここから出られそうにはなさそうだ……。
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その後、朝食を貰って腹を満たしつつ、フェリシアとボンヤリ身を寄せ合って座っていた。
クリスのことについて、フェリシアから特に問い詰められることもなく、むしろ普段と変わりなく接してくる辺り、妻としての余裕が感じられる。
こんなに可愛い奥さんが出来るんだ。他の子に目移りしちゃいけないよな。
そしてアレコレと脱出についての方策をヒソヒソと話し合っていたのだが、ついさっき、どっかの部隊長らしき偉い人が来てこう告げてきた。
『君達の身元もある程度確認できた。もう少しで解放してあげられるから、あと少し我慢してくれ』
と言うことらしい。
一体どう身元を確認したのかは分からないが、これでこの檻からもおさらば出来そうだ。
なんてホッとしていると、何やら辺りが騒がしくなってきた。
兵士達が慌てている。
何かあったんだろうか?
「何かあったのかしら?」
「さぁ……敵が来た、とかじゃなければいいけど……」
それだけは勘弁願いたい。
近くにはうちの家があるんだぞ。
そんな風に騒ぎのする方を伺っていると、その騒ぎの元がどうやらこっちに近づいているようだった。
「その怪しい奴はこっちにいるのか!? あたしが直接問い質してやる!」
「ですから! その二人については身元も分かってきましたし、もう釈放するつもりで――」
「うるせぇ! あたしが聞くっつったら聞くんだよ!!」
「ああもう! おいお前達もお止しろ!」
「は、はい!」
「お待ちください煉獄様!」
「うるせぇ! 邪魔だ!!」
……なんというか、騒がしいが服を着て歩いてきたような奴だ。
翼竜族の兵士達数人に紛れて……というか押し退けながら、穂先が十字の槍を持った女性が真っ直ぐにこっちへ向かってきた。
白い髪の毛に赤茶色の肌、瞳は真っ赤で鋭い目つきがとても怖い。
でもビキニみたいな際どい鎧を着ていて目が離せなかった。
オッパイが大きくて零れそうだし。
しかしなんだアイツ?
いや、というか……さっき”煉獄様”って言われてなかったか?
「アイラさん……アイラさん!」
真っ直ぐこっちにやって来るその女性の姿を確認したフェリシアが、檻の傍に近寄って声を上げた。
「ん? 知ってるのか?」
「知ってるも何も、一緒にイルマタル海へ行ったエルメス様の弟子の一人で、”煉獄”のアイラ・ヘスよ! おーい! アイラさーん!」
「へぇ……あの人が」
ようやく知人に出会えた喜びからか、檻の中から手を振ってその女性……アイラを呼ぶ。
フェリシアのその声に気が付いたのか、アイラは俺達の目の前まで突き進んで来ると、仁王立ちになって睥睨し、そして言い放った。
「誰だコノ野郎共!」
いきなりの罵声である。
その属性の人が聞けば泣いて喜ぶだろうが、生憎と俺にはそんな趣味はない。
「え…・…あの、わたしよ、フェリシアよ! ほら、イルマタル海で一緒にエルメス様を助けに行った――」
「うるせぇ! テメェらのことなんて聞いてねぇだろうが!」
「えぇ……」
いやついさっき「誰だ!」って聞いただろうが。
見ろ、フェリシアが凄く困惑した顔してるぞ。
後ろについてきた兵士達も困ってるし、
本当に大丈夫か?
「あたしが聞きたいのは……おいコイツらなんで捕まってんだ!?」
「……ですから、ファラスから逃れてきた二人で、身元も確認できたので釈放するつもりなんですよ」
「ああん?! だったら早く出してやれよ!」
「……おい、出してやれ」
「……ハッ」
本当になんなんだろうか……アイラと受け答えしている偉いさんの顔が疲れ切っているように見えるのは、きっと気のせいじゃないと思う。
それにさっきチラッと、「あたしが問い質してやる!」なんて聞こえたような気がするが……。
まぁ深く考えるのはやめよう。折角出してくれるんだし。
偉い人の指示により、看守は檻のカギを開けて俺達を外に出した。
ついでに手錠も外してくれる。
不用心な……実は俺達は敵のスパイだったらどうするんだ。なんて思ったが、よくよく考えると近くに称号付がいるんだし、安心するのも当たり前か。
取りあえず、アイラに礼を言っておこう。
「ありがとうございます。えーっと……アイラさん」
「気安く呼ぶんじゃねぇ! はっ倒すぞ!」
「……」
無茶苦茶だな。
もう何も喋らんでおくか……。
後はフェリシアに任せよう。
そんな俺の苛立ちと困惑の視線を感じ取ってくれたのか、フェリシアがズイッとアイラの前に立った。
「あんだテメェ! やんのか!?」
「聞いて、アイラさん。お父さんが……フェリクスが戦神と戦って……行方不明になったわ」
「……はぁ? 今なんつった?」
そのままアイラと対峙したフェリシアが、簡潔にフェリクスのことを伝える。
その事実に、流石のアイラも驚きを隠せない様子だ。
「父、フェリクス・ファーランドは……戦神との戦闘の末、行方不明になったの」
もう一度、ゆっくりと説明するフェリシア。
その言葉に、周りの兵士達がどよめき、不安と衝撃が広がっていった。
しかしその中でただ一人、アイラだけは不機嫌そうな顔で槍を持ったまま腕を組み、鼻を鳴らすと不機嫌そうに言う。
「……あの野郎、やられちまったのかよ」
やられていない!
俺は反射的にそう叫びそうになったが、しかし実際、ほぼ敗北に近い状況であったのは間違いなかった。
滝壺へ落ちたことを考えると……いや、こんなこと考えたくない。
「そう言えば、思い出したぜ! あの耳長の近くにオメェがいたな! 名前は確か……そう! フェチシアだ!」
「フェリシアよ!」
「そう、それだ!」
何フェチだよ。
さっき名前言ったはずだよな?
魔神の弟子として大丈夫なのか?
「ところで、テメェ誰だ?」
「あ、はい。ベルホルトです。ベルホルト・ハルトマン。オークス先生やフェリクスさんの弟子です」
「そうか! よしベルベルト! お前達はこれからどうするんだ? あたしと一緒にファラスへ行って敵討ちするか!?」
「ベルホルトです。あと王都へは行きません」
「わたし達にはもう戦う理由がないし……」
名前間違えるなよ。
それにフェリシアのいう通り、もう俺達に戦う理由はない。
フェリクスの敵討ちって言っても、相手は戦神だ。
折角フェリクスが俺達を逃がしてくれたのに、それを無駄にしに行く道理もないからな。
それにもう、戦うのはイヤだ。
「ハンッ! 根性のねぇ奴らだ! お前らそれでもタマ付いてんのか!?」
さも面白くなさそうにアイラは言い放った。
根性云々の問題じゃないと思うけどな……。
一から説明すると長くなりそうだし、別に話さないけど。
あとフェリシアを交ぜてタマナシ呼ばわりは酷いと思う。
「あの、煉獄様……そろそろ出発のお時間ですが……」
「あん? もうそんな時間か! しょうがねぇ! さっさとファラスに行って帝国の連中を焼いてくるか!」
「ではこちらへ……」
この収集の付かなさそうな状況を見かねたのか、偉い人がアイラを丁寧に誘導し始めた。
アイラもアイラで、俺達への興味を失ったのか、やや機嫌よくそのまま偉い人につて行き、更にその後ろを他の兵士達が付いて行く。
というか、焼いてくる、ってサラッと恐ろしいことをいう人だな……。
「……で、俺達ももう行っていいですか?」
「ああ、閉じ込めて悪かったな。ここ、カラノスが実家なんだろう?」
「はい」
「そうか、達者でな」
「ありがとうございます」
ということで、無事に看守から許しが出たことだし、早く家に帰りますか!
「行こう、フェリ!」
「ええ!」
特にアイラを見送ることもなく、俺達は兵士達に没収された荷物を手早く受け取った。
ボロい背嚢を背負い、指輪を嵌め、そのままフェリシアの手を握ってカラノスの町へと駆けだす。
フェリシアも待ちきれないと言った様子だ。
早くカーリナやアルフレッドやビアンカに会いたい。
ただその一心で俺達は、彼女達のいるであろう我が家へと向かって行った。
次回は8月20日の投稿です。




