第48話:隣に立ってくれる人。
朝、目が覚める。
焚火で暖を取りながら寝たとは言え、服を着ていても野外で寝るのは寒い。
林の傍で朝日も浴び難いからなおさらだ。
「……」
「……」
目が覚めると、そこにはフェリシアの瞳が真っ先に入って来た。
すぐ目の前にだ。
では何故すぐ目の前にフェリシアがいるのか?
それは俺達が抱き合ったまま寝たからだ。
それも寒さを凌ぐ為、より密着して。
「っ~~!!」
少し見つめ合った後、お互いに昨日のことを思い出して恥ずかしくなったのか、フェリシアは俺の胸に顔を埋め、俺はドギマギしながら彼女の頭を抱いた。
昨日……俺達は大人階段を上ったのだ!
どうだバシル! 羨ましいか!?
俺はフェリシアに童貞を、フェリシアは俺に処女を捧げ、くんずほぐれつの激戦を繰り広げた。
いや~フヒヒ! 前世から数えて約44年! 今世で16歳にして脱童貞でございますわ!
これで俺も非童貞の仲間入りでございますなぁ!
いやでも、初めてが野外ってのもどうなのかと……細かいことはいいか!
で、お互いに初めてだったこともあってか、「ここでいいのか?」とか、「これでいいのよね?」なんてお互いに初々しくことを致しておりましたが、何とか最後まで成し遂げたぜ!
ただ、フェリシアも初めてなものだから、最初は痛そうに顔を歪ませていて少し焦ってしまったのだが……。
それでも彼女は、痛みを我慢して、「お願い、続けて……」なんて健気に言ってくれるものだから俺も抑えが利かず、結局あの後、俺達は何度も致した。
勿論、避妊なんてしていない。
むしろ出来るくらいのつもりでヤッた。
ああ……昨日のことを思い出しただけで俺のエクスカリバーが……。
「…………えっち」
「ごめん……」
フェリシアにジト目で言われたでござる。
そりゃぁそうだよね。こんなに密着していたらテントの設営だってバレるはずだ。
ごめんねフェリ。押し付けるのはマナー違反だよね?
なんて思いながら腰を引いたのだが……彼女の足が俺の腰を引きよせ、逃がさなかった。
「……あの、フェリシアさん?」
「ねぇ、シましょ?」
「え、いや、でも昨日あんなに痛がって……」
「今もジンジンするわ。でも……もっとあなたを感じていたいの……ダメ?」
「フェリッ!」
「きゃ――」
ああ……そんな切ない顔されたら……。
俺の理性は月面まで飛んで行った。
さよなら理性。こんにちは本能。
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あの後、俺達は2回も致してしまった。
朝っぱらから……しかもお外で。
人通りのない所でよかった……。
しかし何とも破廉恥なことですなぁ。ぐふふ!
で、今は近くの川で体を洗い終え、服を着ながら冷静になっていた。
所謂、賢者タイムだ。
今回、こうしてフェリシアとそういう関係に至ったのだが……じゃぁ俺の気持ちはどうなのか? と言うことをハッキリさせないといけない。
フェリシアは昨日、俺に「好き」と言ってくれた。
だが俺は彼女にそう言った気持ちを伝えていないままだ。
バシルには、「いつかは気持ちに答えてやれよ」と言われ、フェリクスからは、「フェリを頼むぞ」と託された。
それにフェリシア自身、こんなにも尽くしてくれるのだ。
いつまでもクリスのことを引きづっているわけにもいかないだろう。
俺自身、フェリシアのことをどう思っているのだろうか?
……考えるまでもないな。俺はフェリシアが好きなんだ。
都合のいい男だと思われるかもしれない。
好意を寄せられたからって、簡単になびく男だと思われるかもしれない。
でも、フェリシアは2年前と変わらず接してくれたし、戦闘中は身の危険も顧みずに何度も俺のことを守ってくれた。
実も心もボロボロになった時も、ずっと傍にいて支えてくれたし、何より、フェリシアは自分の体を捧げて俺を慰めてくれたんだ。
慰めて。なんて言っていたが、多分、あれは俺を励ます為に言ったことなんだろうな……。
そこまでしてくれた人に惚れないなんて、人として最低だ。
だから、って言う訳でも、責任感から、って言う訳でもないが、そんな献身的な彼女に惚れたんだと思う。
うん、俺は、フェリシアのことが好きなんだ。
「どうしたのベル? 早く服を着て」
「あ、おいフェリ!」
と、人が着替えながら物思いに耽っていると、背後から手を回し、シャツのボタンを留め始めた。
そんなことされたら胸が背中に……あれ? 柔らか……いや、硬……いや柔らかい! 感じる、感じるぞ!
「はい、出来た。後は防具を着けるだけね」
「……意外と大胆なんだな。フェリ」
「うっ、うるさいわね! あ、あなたがさっさと準備しないからよ!」
どうやらフェリシアも恥ずかしかったみたいだ。
振り返って顔を見ると、ツンとそっぽを向いてしまった。
かわいい奴め。
「……プッ、はは、あははは!」
「な、何よ。何も笑うこと……あっ」
「いや、フェリのお陰で元気出たよ。ありがとう」
「……うん」
そんな彼女の仕草に、つい笑い声をあげてしまった。
そして、恥ずかしそうに不貞腐れようとしていたフェリシアを抱きしめる。
彼女は一瞬驚いたように声を漏らしたが、すぐに腕を回して抱きしめ返してきた。
こうするだけで心臓の鼓動が早まるのを感じる。
少しして、彼女と至近距離で見つめ合い、俺はこの想いを伝え――。
「……フェリ。好きだ。愛してる」
「……うん。わたしも愛しているわ」
そっとキスをした。
キスをして、照れながらもお互いに上気した顔を見つめ合っていると、あることをふと思い出す。
確かあれは、戦神と遭遇する前のことだ。
フェリクスに、「本気で想っているのなら、フェリをやってもいい」って言われたことについて……。
あれはもしかして、俺とフェリシアがこういう関係になった時のことを考えて言ったんじゃないのか?
本当なら、今もあの人がここにいたはずだけど……。
とにかく、本気でフェリシアのことを愛しているのなら、それなりの誠意を見せないといけない。
「ベル? どうしたの?」
「フェリ」
「え? な、なに?」
「カラノスに着いたら、結婚しよう」
「……え?」
そう。例えば結婚とか。
いきなりのことで思考が停止したのか、フェリシアは一瞬固まったが、やがてワチャワチャと慌てだした。
「そ、そそそんないきなり言われても! あ、でもいきなりあんなことしたわよね……いやじゃなくて! わ、わたし! その……えぇーっと……」
「俺は本気だ。フェリ、俺と、結婚してくれ!」
責任を取る為とかじゃない。俺は本気でフェリシアと添い遂げるつもりだ。
これは嘘偽りでもなんでもない。
それにアルコン砦でフェリクスが言っていたよな。
「お前達結婚しろ」って。
フェリクスの許可もあるし、俺は真剣だ。
そんな俺の真剣さを感じ取ってくれたのか、フェリシアは今にも泣きだしそうな表情で、しかし穏やかな笑みを浮かべながらジッと見つめ返してきた。
「…………はい」
返事はただその一言だけだ。
しかしその一言が、この上なく嬉しかった。
「フェリ!」
感極まった俺は、思わず彼女をまた抱きしめる。
フェリシアも我慢できなかったのか、俺の胸に顔を埋めて小さく震えながら泣きだした。
「し、仕方ないから、け、結婚してあげるんだからね! 仕方なくよ!」
「はいはい」
フェリシアは照れ隠しにツンデレなことを言ってくる。
彼女のそんなツンデレっぷりな態度も、なんだか久しぶりに見た気がしたな。
こうして俺とフェリシアは、結婚の約束を交わし、晴れて婚約者となったのだ。
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その後、少ない荷物をまとめた俺達は、再びカラノスへの道へと歩き始めた。
先はまだまだ長く、危険もある。
だけど、昨日の夜を境に、俺達にある変化が起きた。
それは心の余裕が出来たことだ。
「ねぇベル。家はどんな家がいいかしら? わたしはおばさまやおじさま達と一緒でもいいけれど……」
「んー……そうだな。俺は頑張って自分達の家を持ちたいな」
「それなら、問題は資金繰りね」
「冒険者やってるだけじゃ厳しいしな……」
せっかちなのか、それとも希望持つ為なのかは自分でも分からないが、こうして穏やかに将来のことを話すのは、この上なく幸せだった。
それも手を繋ぎながら歩いていたら尚更だ。
「ベル、子供は何人欲しい?」
「子供か……三人は欲しいかな?」
「そう……じゃぁ頑張らないといけないわね!」
「……このエッチめ!」
「エッチって……ふふっ! あはは!」
「ははは!」
この通り。見事なまでのバカップルぶりよ。
しかし恥ずかしさは全然感じない。
だって俺達は愛し合っているんだからな!
「……わたし、こうして誰かと結婚するなんて、考えたこともなかったわ……」
「……」
それまで楽し気に話をしていたフェリシアが、ややその笑みに影を落としながら語り始めた。
それを俺は、じっと聞くことにする。
「お父さんみたいに強くなって、戦って、有名になって、称号付になる。それがわたしの夢だった」
フェリシアは顔を上に向け、太陽の眩しさに目を細めながら話を続ける。
「だからわたし、友達とかいらないって思ってたし、誰かを好きになるなんて考えたこともなかった」
やがて、俺の方に顔をパッと向けると、心の底から嬉しそうな表情に変わった。
「でも4年前、あなたとカーリに出会ったわ! あなた達が楽しい時間を……幸せな時間をわたしにくれた。そして――」
言葉を紡ぐうちに照れ臭くなったのか、どんどんと顔が赤くなっていく。
……照れ臭いのは俺も一緒なんだがな……。
「わたしはあなたに……こ、恋を……や、やっぱりなし! 今の話はなかったことにして!」
「なんだよ~。今さらだろ? 言ってくれてもいいじゃねぇか」
ワクワクテカテカしながら聞いていたのに。
ズバッと言っちゃえよ!
そんな俺の思いを余所にフェリシアは顔を背け、繋いでいない方の手をブンブンと振る。
かわいい。そんな照れ屋な所を見せられると、もっと見たくなってしまう。
フヒヒ! いいだろう? 俺の婚約者なんだぜ!
「フェリの口からききたいなー。さっきの続き」
「っ~もう! は、早く行くわよ!」
「あっ、ちょっ、フェリ!」
揶揄い半分でさっきの話の続きを聞こうとしたが、恥ずかしがるフェリシアはツンとそっぽを向き、早歩きで前へと進んで行った。
俺の手を繋ぎながら。
だから当然、俺は彼女に引っ張られる形となり、やや前につんのめりながら付いて行く。
ここで手を放さないあたり、フェリシアも満更じゃなさそうだ。
エルフ特有の長い耳を、その先まで赤くして照れている。
きっとフェリシアもこういう他愛のないやり取りが楽しいんだな。
カラノスに帰って二人っきりに慣れたら、うんと可愛がってやろうか。
こんなことを考えられるくらい、俺もフェリシアも、心に大分余裕が出来たんだと思う……。
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あれから更に2日。
途中で強化魔術を使って魔物が多くいる地帯を走り抜けたり、時には景色を見ながらゆっくりと歩いたりしてそれなりに時間が経った。
その間、俺とフェリシアの仲はより親密になったと思う。
昼間は歩きながらアレコレと他愛ない会話をしてイチャつき、そして夜になると服を脱いでイチャつく。
この2日とも、十分な持ち合わせがなかった為、町の宿で宿泊することは叶わなかった。
そのため、野外であってもお構いなしに行為に及んでいたのだ。
まぁ最初が外だったしね。
で、夜になれば俺達はスッポンポンの獣になるわけだが、それはもうネッチャリグッチャリとしたものよ。
フェリシアも繋がりたてはやや痛がるものの、行為が進めば慣れてくるらしく、激しさを求められるようにもなった。
よくもまぁ、自分でもこんなにヤれるな。なんて感心してしまう。
でもしょうがないじゃない。好きなんだもん。
フェリシアも、フェリシアとするのも。
そんな風に毎夜遅くまで行為に耽っているせいか、夢は見なくなった。
多分、昼中歩き回り、夜遅くまでシていて疲れたのか……或いは心に余裕が出来たのか、夜はぐっすりと眠ることが出来たんだと思う。
フェリシアが傍に居てくれて、心に余裕が出来たから。と言うのもあるだろうが。
心の底から笑い合い、心の底から愛し合う。
それだけで俺の心は癒されたのかもしれない。
ただこの2日間で1つだけ、気になることがあった。
昨日の夕方のことだが、ここまで来る途中、東部連合の軍勢が王都方面へ向けて進軍している姿を見たのだ。
ハルメニアの兵士ではなく、東部連合中の様々な兵士達の姿を。
翼竜族、角竜族、ドワーフ、獣人族等だ。
軍勢の行進を俺達は身を隠してやり過ごした。
「何で隠れなきゃいけないのよ……」なんて不満をフェリシアが漏らしていたが、それを押さえてひたすら息を殺して待つ。
だって味方とは限らないからね。
何故このハルメニアの領土内を、彼ら東部連合の兵士達が我が物顔で行進するのか?
それはつまるところ、東部連合がこのハルメニアに宣戦布告したからなのでは?
……ビアンカ達は無事だろうか……。
とまぁ、そんなこともあったが、もうすぐでカラノスに着く。
ようやく帰って来れた。
ここまで来るのにかなり時間が経った気がする。
思えば、この数日は色々とあり過ぎたな……。
クリスと別れ、カーリナとに嫌われ、戦争の中でビクトルが行方不明になり、バシルが死んで、フェリクスがいなくなった。
うんざりするくらい、色々あったな……。
だけど、いいこともあった。
「もうすぐね……もうすぐでカーリやアルに、おばさまと会えるのね……」
「ああ、もうすぐだ」
それはフェリシアと再会し、彼女と相思相愛になったことだ。
恋人となり、婚約したことで、俺達の絆はより深まった。
カーリナ達が知ったら驚くだろうな……。
でも安心してくれよカーリナ。俺はいつまでもカーリナのことを愛してるからな!
勿論妹としてだが。
「もうそろそろ着くはず……お、見えてきた!」
「ホントね! 見えてき……あれ? あんなところに兵士が立っているわよ?」
「え?」
どれどれ……あ、本当だ。なんか町の入り口に兵士が二人立ってる。
あの兵装、ハルメニアの兵士じゃないな……というか、東部連合の兵士だ。
背中に生えた羽を見るに、多分ドラグライヒの兵士だろう。
槍を持って入り口を守っている。
いやそもそも……。
「何であそこに連合の兵士がいるんだ?」
「さぁ……分からないから聞いてみましょ」
「嫌な予感がするけど……行くしかないか」
と言うことで、カラノスに入るために入り口で立哨している兵士に近づく。
フェリシアにパッと手を放されて、ちょっと寂しい……。
じゃなくて、もしかしたら敵かもしれないし、一応警戒はしておこう。
それに、あの軍勢と無関係とは思えない。
もしかしたらこの町は既に占領されて……。
町が……カーリナ達が酷い目に遭っていなければいいが……。
「ねぇ、あなた達――」
「止まれ! そこで止まって名を名乗れ!」
「な!? 何よ! わたし達は――」
「黙れっ、怪しい奴めっ!!」
「えぇ……」
なんだよ、名を名乗れって言ったり黙れって言ったり……。
どうしろって言うんだよ。
流石にフェリシアも困惑していらっしゃる。
「……俺達は王都から逃れてきたんだ。俺はベルホルト・ハルトマン。彼女はフェリシア・ファーランド。剣皇フェリクスの娘だ」
「フェリシア・ファーランドよ。誰か、エルメス様のお弟子さんはいないの?」
そんな横暴な兵士に見かねて、両手を上げて素性を明かし、怪しい者ではないことをアピールした。
学生隊だったとは言え、一応兵士だったし、フェリクスの名前を出せばそれなりに信用してくれるとは思うが……。
さて、敵かそうでないか……どうだ?
「何? 王都から逃げてきただと?」
「それに剣皇の娘?」
「疑わしいな……」
「敵のスパイでは?」
なんか嫌な単語が聞こえてきた。
スパイってなんだスパイって!
フェリシアの耳を見て分からんかね? 剣皇と同じエルフだぞ?
「スパイってどういうことよ! わたし達は折角ここまで――」
「ええい黙れ黙れ! お前達の言うことなんぞ信用出来ん!」
「大人しくお縄につけ!」
「何でだよ……」
そう言うなり、二人の兵士は俺達に槍を向ける。
さて、どうするか……。
相手は二人だ。何とか出来る手合いだと思うが……。
チラッとフェリシアを見ると、彼女は俺の視線に気づき、コクリと頷く。
いつでもやれるわ。って言うことか。
よし、じゃぁ――。
「どうした! 敵か!?」
「敵!?」
「相手は二人だ! 囲め囲め!」
「あ、これはちょっと……」
「不味いわね……」
騒ぎを聞きつけたのか、他の兵士達が集まって来て俺達を取り囲むと、槍や剣を構えてこちら向けてきた。
ざっと見て20人程。
あぁ……やっぱり敵だったのかねぇ?
もしかしたら第二次大戦の頃のポーランドみたいに、帝国と連合でハルメニアを分け合うつもりか?
……まぁ考えていても仕方ないな。
倒せないことはないと思うが……こうなったら大人しく捕まった方が後々悔恨を残さなくて済むかな……。
もしかしたらフェリクスの兄弟弟子が助けてくれるかもしれない。
オークス先生とか。
……望み薄か。
「……大人しくしよう」
「……もう。折角ここまで来たのに……」
槍で囲まれ、身動きが取れなくなった俺達は、大人しく両手を上げて降参の意を表した。
あと少しでカーリナに会えると思っていたのに!
次回は8月13日の投稿です。




