第47話:慰め
あれから俺達はどれだけ歩き、走っただろうか。
戦神と戦っていた時は陽が真上にあったのに、今では沈みかけている。
走って、歩いて、また走って、疲れたらまた歩いて……。
ただひたすら王都に向かって、俺とフェリシアは進み続けた。
「…………」
「…………」
並んで歩いている時は何も喋らず、ただ黙って足を動かす。
俺は……多分フェリシアも、お互いに何を言っていいのか分からないのだと思う。
ただ、流石に疲れてきた。
俺もかなり出血したし、戦神と戦う前から延々と歩き続けたからな。
意識も朦朧としている。
「……フェリ……休憩しよう」
「……ええ」
だから俺はそう提案することにした。
フェリシアも覇気のない声で返事をする。
憔悴しているのだろうか……無理もない、父親が戦神と共に崖から落ちたんだ。誰だってショックを受けるよな。
休むことに決めた俺達は、平原の中に生えていた数本の木を見つけると、そのうちの一本に背を預けて座り込む。
ここまで来る途中、あの支道から王都へ続く街道に合流し、周りが平原の中を歩いてきたのだ。
「ハァ……」
二人で身を寄せて木にもたれ掛かると大きいため息が出てくる。
疲れた。
本当に疲れた。
もう、しばらく動きたくない。
というかもう動けない。
しかしそう思っていても、体はエネルギーを求め、腹の音が遠慮なく鳴り響く。
「……お腹、減ったわね……」
「ああ……」
「何か、食べ物はあるかしら?」
「……あの木の実は?」
「食べてみましょ」
フェリシアと一緒に、周りに何か食べるものがないか見渡すと、赤いサクランボのような木の実がなっている木があった。
それをフェリシアと共に採取する。
「手は……ギリギリ届くわね」
「高い所は魔術で落とすか」
フェリシアが手の届く高さの木の実を採取し、俺はアトラクションで木の実を引き寄せて採取した。
実は俺が土魔術で作ったボウルに入れてある。
サクランボのような見た目で、実が四つもくっ付いている実だ。
果たして食べられるのだろうか?
……毒だったら嫌だな……ほんの少し齧って、しばらく経っても何もなかったら食べよう。
俺がそう提案すると、フェリシアは、「そうね」と理解してくれたので、俺が実を少し齧ってしばらく待つことに。
……味は少しイガイガしていたが、甘くて美味しい。
待っている間、俺達はまた身を寄せて座ることにした。
毒に当たるのを待つ、って言うのも変な気分だな。
「……ねぇベル」
「うん?」
「わたし達これからどうすればいいの?」
右隣でボウルを抱えたフェリシアは、それをボーっと見つめながら言った。
彼女の綺麗な銀髪が、血と土でドロドロに汚れていて、少し勿体ないなと思う。
……いや、じゃなくて。
「……取りあえず、ファラスまで行ってみよう」
「でも、もうお父さんもいないし、戦う理由もないわ」
「そう、だよな……」
確かに、このまま王都に行ったところでなんになるのだろうか?
俺達が王都に向かっていた理由は、恐らく迫りくる帝国の兵士と戦う為だった。
だがそれも、今となってはどうでもいい。
フェリシアは魔神に指示されたフェリクスについてきただけだし、俺は勝手に戦場に送りつけられて逃げてきただけだ。
フェリシアも、そして俺も、もう戦う理由なんて無い。
ましてやフェリクスがいなくなった今となっては……。
「……それでも、ファラスへ向かおう。あそこには俺の知り合いが、もしかしたらいるかもしれないし」
「……そうね」
その人達に助けを請えばいい。
いいのだが……その先はどうするか。
それも、考えないとな……。
「……ベル」
「……うん?」
「お腹、空いたわ……」
「ああ……」
どうやらフェリシアも相当空腹のようだ。
木の実を齧って少し経ったが……今のところ体調に変化はない。
……多分大丈夫だろう。
「……じゃぁ、食べようか」
「ええ」
こうして俺達は、少ない木の実を分けて食べることに。
空腹は満たされなかったが、少しでも甘い物を口に出来たことが嬉しかった。
満たされない空腹を我慢しつつ、既に辺りが暗くなったので今日の所は暖を取って夜を過ごすことに。
相変わらず何も喋らないまま時間だけが経った。
俺もフェリシアも、目の前で燃える焚き火を眺めているばかりだ。
時折風の影響で近くの草がガサリと音を立てた時は、二人してビクリと体を震わせ、いもしない敵の陰に怯えていた。
正直、俺も内心ではまた戦神が現れるんじゃないのか? と戦々恐々としている。
もし本当に戦神が現れたら……いやそんなことを考えるのはやめよう。
あんな奴のこと、思い出したくもない。
「すぅ……すぅ……」
隣を見ると、いつの間にかフェリシアが眠っていた。
俺の右肩に頭を乗せ、体を預ける形でだ。
綺麗な寝顔をしている。
こうしてみると、本当に美人だ。
「……俺も寝よう」
フェリシアの寝顔を見ているとなんだか俺も安心してきた。
俺も寝たら誰が周囲の警戒をするんだ、と一瞬考えたが、もう
そんなことは言っていられない。
とにかく俺も寝よう。
俺もフェリシアに体を預け、お互いもたれあうようにして眠りについた。
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家にいた。
カラノスの実家の家だ。
それも、俺とカーリナとアルフレッドが使っていた部屋。
……あれ? おかしいな、さっきまで王都へ続く街道にいたのに……。
まいっか。
カーリナはどこだろう? アルフレッドは?
「ベルホルト!」
「え? ……あれ、バシル……お前、何で? 死んだはずじゃ……」
「何だ? 何言ってんだお前は……まだ寝ぼけてんのか?」
「ねぼ……はぁ!?」
何故か目の前には、アルコン城塞で死んだはずのバシルが立っていた。
学院にいた時のローブ姿のままだ。
いやいや待て待て、何でここに? なんで俺の部屋に!?
カーリナはいないぞ!
「それよりもお前、アイツが呼んでるぞ?」
「アイツ?」
「ほら、アイツだ」
バシルはそう言うと、俺の背後を指差した。
アイツって誰だろう? と思いながら振り返るとそこには――。
「よぅ。探したぞ」
「あ――」
戦神、レオナルド・ソロモンが立っていた。
「うああああああああああああ!!」
何で!? 何でコイツがここにいる!!?
思わず叫びながら後ずさりをする。
すると後ろにいたバシルにぶつかり、俺は慌てて振り返った。
「ば、バシル! アイツが! 戦神が――」
「痛ぇなベルホルト……死んでしまったじゃねぇか」
振り返ると、さっきまで生きていたバシルが、胸を槍に貫かれ、口から大量に血を流した姿になっている。
それはまるで……あの時のように……。
「あ、あ、ああ……」
「なぁ……どうしてくれるんだよベルホルト……助けてくれよ……」
血を吐きながらジリジリと迫って来るバシルに、俺は後退りする。
やめてくれ……俺だって助けたかったんだ……。
「ベルホルト! こっちだー! こっちに来い!」
「フェリクスさん!」
何処からともなくフェリクスの声がする。
そして何故か、さっきまで俺の部屋にいたのが学院の学生寮の中にいた。
俺とバシルの部屋か。
いやそんなことはどうでもいい、フェリクスはどこにいるんだ?
そう思ってキョロキョロと部屋を見ると、いきなりドアが開き、男が入って来た。
「ベルホルト! 無事だったか!?」
フェリクスだ。
フェリクスなのだが……彼の体は何故かずぶ濡れで、そして、左腕が無かった。
「ふぇ、フェリクスさん……!」
「ん? ああこれか? これはなぁ……」
絶句する俺に、フェリクスは自慢するかのように笑って言おうとしたが、その時、後ろから突然誰かに肩を叩かれる。
反射的に振り返ると、そこには――。
「俺が斬り落としたんだよ」
戦神が目の前にいた。
「ぁ、ぁあ、ぁああああああああああああああああ!!」
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「――ル! ベル!! 起きてベル!」
「ぁあ、ああ、アイツが! 戦神がそこにっ……!」
奴はいま、どこにいる!?
俺は慌てて立ち上がり、いつでも魔法が撃てるように身構えて戦神を探す。
呼吸が荒い。頭がガンガンするし今にも吐きそうだ……。
それでも必死に周りを見渡すが、戦神の姿がない。
「落ち着いてベル、戦神なんていないから……」
「ハァ……ハァ……フェリ……」
そして何故か、隣にはフェリシアがいた。
彼女は若干怯えた様子で俺の右手を掴み、涙目になりながらも俺を落ち着かせようとしている。
その必死な様子を見て、やっと状況が理解できた。
さっきのは、夢だったのか……。
お陰で変な汗で全身びっしょりだ
冷静になってからもう一度辺りを見回す。
空は暗く、三日月と星空が綺麗だ。
周りには、数本の木があるだけで後は一面平原が続いている。
当然、近くにはフェリシアがいるだけで、バシルも、フェリクスも、ましてや戦神なんてのもいない。
呼吸を整えつつ、未だに震えながら俺の腕を掴むフェリシアに向き合った。
「……ごめんフェリ。最悪な夢を見てたみたいだ……もう、大丈夫だから」
「……本当に、大丈夫なの?」
「ああ、心配かけてごめん……」
「……ええ」
彼女には大分心配を掛けたみたいだな……。
俺が悪夢を見て呻いていたところを心配して起こしてくれたのだろう。
自分だって寝ていたハズなのに……。
「ありがとうフェリ。もう大丈夫だから早く寝よう」
「……もう、大丈夫?」
「大丈夫だから。本当に」
そんなに今の俺が心配なのだろうか……?
……心配なんだろうな。
なにせあんなに取り乱してしまったんだ、誰だって心配するよな。
心配そうに、そして少し疲れた顔をしているフェリシアと一緒に、再び木にもたれるようにして座り込んだ。
焚火が消えていたので、新たに火を起こし、暖を取る。
さっきよりも、ギュッと押し付けてくるかのようにフェリシアは体を寄せてきた。
「……ねぇベル」
「……なんだ?」
「……手、握っていい?」
「……ああ。いいぞ」
そっと右手を差し出す。
フェリシアはそれを自身の指に絡ませ、ギュッと握りしめる。
俗い言う、恋人繋ぎだ。
しかし、フェリシアが手を握ってくるなんてな……。
それだけ彼女も参っているんだろう。
……いや、もしかしたら、俺を気遣ってのことかもしれない。
普段なら、こんな状況に置かれたら緊張したりドキドキするんだろうが、今はそういった感覚がまったくない。
今、俺達が置かれている状況や、さっきの夢のことを考えると、中々素直に喜べなかった。
妙に目が冴えるというか、さっき寝る前よりも余計なことを考えてしまうのだ。
このまま寝たら戦神に追いつかれるんじゃないのか? とか、このまま寝たら、さっきみたいな悪夢を見るんじゃないのか? とか。
余計なことばかりを……。
隣をチラリと見れば、フェリシアもボンヤリと焚火を見ていた。
もしかしたら、俺のことが心配で寝れないのかもしれないな。
なんて思ったりもしたが、彼女もしばらくすると頭を俺の肩に乗せ、穏やかな寝息を立て始めた。
どうやら眠ったようだ。
どうか、フェリシアだけでも安心して眠って欲しい。
こんな状況では難しいだろうが、そう思わずにはいられなかった。
そんな彼女に俺も身を任せつつ、ボンヤリと夜を過ごしていく。
小さな物音に怯えながら、有りもしない陰に怯えながら……。
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翌朝。
結局俺は、あの後満足に寝ることが出来なかった。
微睡んで、寝ていたのかどうか分からない感覚が何度もあり、起きているのか寝ているのかが分からない感じだ。
寝入りそうになったと思ったら、鳥の羽音や風の音でハッとなり、また眠れない時間を過ごす。
その繰り返しだ。
少しノイローゼになっているかもしれない。
「……ベル。もうこれだけしかなかったけど……」
「あぁ、ちょっとでもいいから何か腹に入れよう」
俺が土属性魔術でコップを作り、そこへ水属性魔術で飲み水を作っていると、昨日食べた木の実の残りを、フェリシアが採って戻って来た。
彼女はやや申し訳なさそうにボウルを差し出してくる。
その中には昨日採取しなかった小振りなものや、傷みかけた実が殆どだ。
……ま、無いよりはマシだな。
「水を用意したから、飲んでくれ」
「ええ、ありがとう」
そうしてまた、俺達は並んで座り、少ない木の実を分け合って食べた。
会話もなく、やや陰鬱な雰囲気の中で……。
空は少し雲が出てきただろうか?
この分だと雨の心配はなさそうだが、万一降られても困る。
そう判断した俺達は、少ない木の実を食べ終えるとすぐに出発することにした。
二人で並んで歩き、王都へと目指す。
相変わらず会話は無い。
たまにフェリシアの顔色を伺うのだが、それでも彼女は疲れた顔でニコリと笑うだけだった。
よく見ると髪は血と泥でバリバリになっているし、唇はカサカサで切れてるところもある。
とても思春期の女の子の姿じゃない。
だけど、それでも彼女は笑顔を見せてくれる。
空元気なだけかもしれないが、それでも、フェリシアは俺に笑顔を向けてくれるのだ。
本当に、強い子だ。
俺なんかとは全然違う。
だけど、その心の強さに俺は――。
「――ッ!? 『ランペッジャメント』! ……ぁ――」
突然、背後でガサリと音がした。
ただそれだけで俺は、振り向きざまにランペッジャメントを放ったのだ。
魔法を使った後には、動物か魔物か分からない犬みたいな生き物の死骸がそこにあった。
草むらから出てきたのだろう。
「ッ! 何してるのよベル!?」
「ご、ごめん……」
フェリシアがすぐさま怒鳴り声をあげる。
厳しく責め立てるようにだ。
俺はただ謝ることしか出来なかった。
いない敵に怯え、少しの物音で魔法を使うなんて情けない限りだ。
獣だったからよかったが、もし今のが人、それも何の罪もない人だったら……。
「……ベル、私が付いているから……あなたは怖がらなくてもいいのよ?」
「……うん。ありがとう……本当にごめん」
フェリシアがギュッと抱きしめてくる。
それを俺は、ただ抱かれるがままになっていた。
……本当に情けない。
本当なら俺がフェリシアにそうやって言ってあげなければいけないのだろう。
俺はどうしようもない男だよな……。
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その後も俺達は、王都に向けて街道をひたすら歩き続けた。
ちょっとした物音にも敏感に反応して魔術を使おうとしてしまったが、あれ以来反射的に魔術は使っていない。
そしてそのまま半日歩き続けていたのだが……。
「……帝国の兵士が多いわね」
「これからファラスが戦場になるのかもな……」
「あそこはもう危ないわ。迂回して東へ抜けましょ」
「ああ」
敵の斥候やら伝令の兵士やらを見かけるようになったかと思えば、王都を半包囲する形で布陣した帝国の軍団を見つけてしまった。
恐らく、先に陥落させたメノンの敵兵がここまで進軍してきたのだと思うが……。
「それにしても、敵がもうここまで来てるなんて……早過ぎないかしら?」
「俺達が周り道した。ってのもあるけど、帝国の連中、何らかの目的があったから急いで来たんじゃないのか?」
「何らか、って何?」
「さぁ、そこまでは……」
戦争のアレコレなんて素人の俺には分からない。
こんな時にバシルがいてくれれば……いや、よそう。
兎に角、このままいけば帝国の軍勢と鉢合わせることになるので、王都を迂回することで意見が一致した。
王都でジューダスやターナー教頭らに頼りたかったが、これから戦場になる都市に入った所で仕方ないしな。
ここは諦めよう。
「……このままファラスに入ったら、また戦闘要員にされかねない……だからカラノスへ行こう」
「……ええ」
帝国の軍勢から十分離れた所で、俺はフェリシアにそう提案した。
あそこには、ビアンカもカーリナもアルフレッドもいる。
ここからまた更に歩くことになるが、こんな不安定な所にいるよりは何百倍もマシだし、こんな状況で満足に休息できるとは思えない。
そう言うことで俺達は、このままカラノスへと向かうことにした。
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「今日もここで野宿か……」
「しょうがないわ。あのおじいさんの反対を押し切って、ここまで強行して来ちゃったんだもの。食料を貰えただけでも良かったじゃない」
「パンにベーコンまで……ありがたいことだな」
王都からカラノスへと続く街道を進んできた俺達は、途中でいくつか村を通りかかった。
そのうちの一つで昼食をご馳走して貰い、更には食料まで分けてくれたのだ。
ただ、何を勘違いしたのか、俺達のことを若い夫婦だと思ったようだった。
その村の村長にアルコンでの出来事を掻い摘んで話すと、年若い夫婦が戦火によって不幸な目に……ここは我々が施してやらねば! と色々気を遣ってくれたのだ。
普通なら、そんな微笑ましくも気恥ずかしい勘違いをされたら、俺もフェリシアも盛大に恥ずかしがって夫婦云々を否定していただろう。
しかし、あの一連の戦闘によって心に余裕がなくなった今の俺達は……ただ疲れた笑みを浮かべ、笑って誤魔化すことしか出来なかった。
「陽も沈んだし、これ食べて早く寝よう」
「そうね……でも、カラノスまでもつかしら?」
「……ちょっと足りないかもしれないな」
何せ王都からカラノスまで徒歩で4日、途中で強化魔術を使ったりすれば3
日だからな。
持たせてくれた分では後3食も怪しい。
自分で広げた背嚢の中を見ながらそう計算する。
背嚢もその村でくれたものだ。ボロボロだけど。
「取りあえず……今日はこのくらいにして、後は自然になっている物を食べよう」
「ええ」
そう言うと、あまり多くない食料を分けつつ、街道沿いに流れる川と林から食べられそうな物を採取して食べることに。
ひとまず食料問題はこれでいい。
水浴びも食料をくれた村でさせてもらえたし、衣服についてはまぁ……現状問題無いから良しとしよう。俺の防具に穴開いてるけど。
水浴びをしたことでフェリシアの髪や肌が綺麗になった。
唇も、俺が治療魔術で治したお陰で元の綺麗な唇に戻っている。
俺もそれなりに身なりを整えることが出来て良かったと思う。
それでも、俺もフェリシアも気持ちだけは晴れなかった。
「……早くカーリ達に会いたいわ……」
「……うん」
川辺で俺の隣に座り、パンをボソボソと食べていたフェリシアは、どこか懐かしむような様子で言う。
フェリシアからすれば、カーリナと別れて約2年か……。
そりゃぁ、早く会いたいよな。
俺も早く会いたい。
会って、あの時のことを謝りたい。
そんな風に、俺達はまたボンヤリと夜を過ごしていった。
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「――……ぃ……ぉーぃ……おーい!」
「ん?」
誰かが俺を読んでいる。
振り返っても誰もいない。
そもそもここはどこだ?
何もない。真っ暗だ。
「おーい! ベルホルト! こっちだこっち!」
「フェリ、クスさん?」
声から察するに、フェリクスだろう。
なんとなく声のする方へ走る。
それでも真っ暗なこの空間からは抜け出せない。
どうなっているんだ?
「おいベルホルト! 敵が来るぞ! 気を付けろ!!」
「気を付けろ、って言われても……フェリクスさん!」
こんな真っ暗な中じゃ気を付けようがないよ。
もっと明るい場所で言ってくれないと。
「ッ!? ……あれ?」
そう思った瞬間、周りがパッと明るくなり、今度は真っ白い空間へと変わった。
「ベル。ちゃんとご飯は食べたかい?」
「父さん!」
ああ今度はビクトルだ。
彼はちゃんと、俺の目の前にいてくれている。
突然現れて言うことがそれか、って思ったが、この際気にしないでおこう。
「ベル。ご飯だ」
「ウッ!?」
……え? なんでビクトルが俺を刺すの?
ビクトルはいきなり剣を抜いて俺の腹を刺した。
慌てて腹を見ると、そこにはスティングが刺さっている。
そして、もう一度ビクトルの顔を見た。
「よぉ。また会ったな」
「――――ッッ!!」
そこには、ビクトルではなく、戦神がいた。
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「ぅああああああああああッ!!」
「ベル! ベルッ! きゃぁ!!」
「ハッ、ハッ、ハァ、ハァ、あ、あああああ!」
な、何だ? 何が起きた? 何が起きている?
さっき戦神に腹を……いや、傷が無い……あれ? どういうことだ?
確かにさっき……あ、夢か。
……いや待て、さっき誰を突き飛ばした?
「落ち着きなさいよベル!」
「ッ! あ、ああフェリ……フェリ!」
「あっ……」
フェリシアが目の前に立ち上がり、俺の両肩を掴んだ。
さっき突き飛ばしたのはフェリシアだったのか……。
俺は思わず、彼女を抱きしめた。
「ごめんフェリ……ごめん……」
力強く抱きしめ、ひたすら謝る。
何故誤っているのかは自分でも分からない。
さっき突き飛ばしたことを誤っているのか、自分の弱さにからフェリシアに抱きついたことを誤っているのか。
自分でも分からない。
「……大丈夫よベル。大丈夫だから……」
「うん……うん……」
しかしそれでも、フェリシアは俺を抱きしめ返してくれた。
悪夢を見て人を突き飛ばすような、こんなに弱い俺を、抱きしめてくれたのだ。
自分も不安なはずなのに、優しく、慰めるようにして。
しかし、そんな彼女の温もりを感じていても俺は……怖かった。
「ああ、ごめん……俺、本当に怖くて……」
フェリシアを抱きしめ、俺は咽び泣く。
まるで母親に甘える幼児のように……。
……そうしてしばらく彼女を抱きしめながら泣いていたが、段々と落ち着きを取り戻し、その場に座り込んだ。
それでもまだ、フェリシアの胸を借りている状態だが。
「……ねぇ、ベル。少しだけ、わたしの話を聞いて?」
「うん」
やがて、俺の頭を胸に抱くフェリシアが話しかけてきた。
優しくも、どこか緊張した様子で。
話を聞くということで、彼女から離れ、顔を見る。
その表情はやはり緊張した様子だったが、どこか意を決した様子でもあった。
「わたしもね……本当は凄く不安で、凄く怖いの」
「……うん」
そう……だよな。
俺だけが不安なわけがない。
何せ、彼女はフェリクスを……。
「戦争になって、負けて、逃げて、戦神と戦って、お父さんがいなくなって……本当に、何も考えられないくらいに……」
そんなフェリシアに、俺は甘えてばかりだった。
情けなくて、自分が嫌になる……。
「それでもわたしには、あなたが……ベルがいたわ。ベルがいてくれたから、わたしはここまで来れた」
俺がいてくれたから。か……。
俺は、フェリシアに何もしてあげられなかったと思っていたが……。
そんな彼女も、話しを進めるにつれ、段々と目に涙を浮かべ、ついには大粒の涙を流してしまった。
それでもフェリシアは涙声で続ける。
「でも……でもね……悪い夢を見て苦しむベルを見て、わたしも苦しくなってきたの……不安でもうどうにかなりそうで……」
「フェリ……」
そう言いながら、フェリシアは俺の膝の上にまたがって座ると、俺を押し倒す。
何故か、彼女は服を脱ぎ始め、慎ましやかな胸部が露わになった。
え? 何脱いでるんですか?
……この状況に至って、何故も何もない。
つまりは、そう言うことだろう。
月明かりの下に見えるフェリシアの柔肌は、とても綺麗できめ細かく、触れば溶けてなくなりそうなくらいだ。
慎ましくも膨らんだ胸は、彼女の呼吸に合わせて上下に動き、その存在感を思い知らされる。
彼女の切なそうな表情と相まって、今のフェリシアはまるで精巧な彫刻がそのまま動き出したかのようだ。
「好きよベル。だからわたしを――」
彼女の顔が近づいてくる。
吐息が掛かるくらいに近づきそして……。
「わたしを慰めて……」
熱く、濃厚なキスを交わした。
次回は8月6日の投稿です。