第46話:それはそれは不幸な出会い
・・・私、先週なんで26日に投稿ってしたんだろ?
「またメンドクサイことになったな……」
面倒臭そうに俺達を見据える戦神、レオナルド・ソロモンは、おもむろに剣先を向けてくる。
緩慢な動作なのに、フェリクスを初め、俺もフェリシアもビクリと反応し身構えた。
奴の剣先は、俺に向いている。
「用件は一つだ。ベルホルト・ハルトマンってやつを真神の許に連れて行く。ただそれだけだ」
「お、俺? なん、何で俺?」
なんで? なんで俺が? どういうことだ? 真神の許にって……なんでだよ……。
戦神の言葉に動揺していると、フェリクスが俺の前に庇うようにして立った。
「狙いはベルホルトか……だからアルコンにもメノンにもいなかったってわけかよ!」
「まぁな。なんせ真神からのご命令だったもんでね……しかしアイツからの報告じゃ、お前は王都の学生だ、って言うからわざわざ出向いてきたのに……どうやら行き違いになってたみたいだな」
戦神はフェリクス越しに俺に話掛けてくる。
まるで世間話をしているみたいな軽い口調だが、その目はどこまでも恐ろしく、無表情な目だった。
「ベルホルト! フェリを連れて逃げろ! 俺が足止め――」
「逃げたらこの耳長を殺す。殺してそっちの娘も殺してお前を取っ捕まえる」
体がブルリと震える。
俺達の為に足止めしようとするフェリクスの声を、戦神はかき消す。
特に大声を上げていないのに、その声はこの場を支配した。
「だから大人しくこっちへ来い。そうすりゃ――」
「『フォルト』『プロテクション』! うおりゃあああ!!」
「チッ、『フォルト』」
今度は戦神の言葉をかき消したフェリクスが斬りかかる。
身体と、彼の持つ刀のような剣に強化魔術を掛け、思いっきり踏み込んでその喉を搔っ斬ろうとしたが、しかし難なく避けられた。
戦神はそのまま下がり続け、アンゲロが倒れている場所まで下がると、アンゲロが持っていた槍を無理やり掴み上げる。
「お父さん!」
「ふぇ、フェリクスさん!」
「いいからお前達は逃げろ! フォルト使って全力で逃げろ!」
「お前がその気なら、さっさとお前を殺さねぇとな!」
「ンなろっ!」
右手にスティング、左手に槍を持った戦神がフェリクスに迫った。
それをフェリクスが迎え、せめぎ合う。
槍で突き、剣を振るう戦神に、それを防ぎ、避けながら反撃をするフェリクス。
強化された二人の攻防は熾烈で素早く、見ているこっちの目が追い付かない。
いや、そんなことよりも、俺はこのまま逃げた方がいいのか?
「……ベ、ベル。あなただけでも逃げて! わ、わたしはお父さんと……」
「フェリ……」
真っ青な顔をしたフェリシアが剣を構えながら俺に逃げるように促す。
なんでそんなことを言うんだ?
フェリシア達を置いて逃げたら、二人は犠牲になるかもしれない……。
そんなのは……そんなのはもう嫌だ!
「俺も……戦う!」
「でもそれじゃ――」
「フェリは、フェリクスさんと奴との距離を空けてくれ! 出来るか?」
「ベル……ええ、やれれるわ! やりましょう!」
フェリシアの目を真っ直ぐに見つめながら言った。
彼女は最初こそはイヤイヤと首を横に振っていたが、やがて俺の覚悟を感じてくれたのか、すぐに力強く頷く。
俺達もフェリクスと一緒に戦うことを決め、二人の戦いを注視する。
絶対に入り込める隙があるはずだ!
「クッ……ハッ! セリャァッ!!」
「遅い!」
「グッ……!」
「フェリッ!」
「『フォルト』!」
フェリクスと戦神の激しい攻防の中で、俺達は介入する瞬間をジッと待つ。
そしてその瞬間はあっさりとやってきた。
戦神の槍を防ぎつつ、斬り込もうとしたフェリクスの腹を戦神が足蹴にする。
よろめきながらも、なんとかバックステップで下がるフェリクス。
そんな彼の許に、俺の合図で走り寄ったフェリシアが飛びつき、少し戦神との距離を離して倒れ込んだ。
すかさず、一人になった戦神に魔法を叩き込む。
「『エヌムクラウ』!」
「っ! っとと。流石に今のは危ねぇな」
オークス先生から教わった、上級雷属性魔法だ。
だがしかし、流石にまともに当たってくれるはずもなく、戦神は俺が放った極太の雷撃をサイドステップ躱した。
クソ、外したか……まぁ当たるとは思ってもいなかったけど。
そんなことを考えつつ、戦神を警戒しながらフェリクスの傍に駆け寄った。
彼は既に、フェリシアと共に立ち上がって剣を構えている。
「オメェら、いつまでも逃げねぇと思ったら……」
「わたし達も戦うわ!」
「俺達三人で戦えば、きっと勝てます! 『フォルト』!」
「クソッたれ共め……どうなっても知ねぇぞ!」
最初こそ苦々しい表情だったフェリクスだったが、やがて表情を一転させると獰猛な笑みを湛えた。
「……ま、逃げねぇなら追いかける手間が省けて楽なんだがな、っと!」
「くぉおっ! オメェら散れっ!」
余裕の様子で俺達を見ていた戦神が、槍二つ分の距離があったにも関わらず一度の踏み込みで間合いを詰め、フェリクスを突き刺さんとする。
フェリクスはそれを難なく防ぎ、俺達は彼の指示で左右に散開した。
フェリクスを中心に、彼の右手側に俺、左手側にフェリシアだ。
そこから戦いは流動的になった。
基本的に戦神の攻撃を受けるのはフェリクスだ。
戦神の背後を突く形でフェリシアは剣を振るうが、どれも戦神に防がれるうえに、余り相手にされていない様子だった。
俺も魔術を撃つ機会を伺っているが、戦神は俺の魔術の射線上にフェリクスやフェリシアが入るように立ち振る舞い、中々支援が出来ないでいる。
もどかしい。
槍のリーチを生かしてフェリクスを激しく責め立て、スティングでフェリシアの剣を捌く。
神の称号を持つのも納得だ。
だが、いつまでもそうさせるわけにはいかない!
「『オブテイン』!」
「おっ?」
「でかしたぞベルホルト!」
戦神が幾度目かの刺突の際、俺は左手で召喚魔術を使って奴の持つ槍を召喚し、奪い取った。
勿論フェリクスはこの好機を見逃さず、感心した様子の奴へ目掛けて横薙ぎに一閃する。
しかし流石に戦神もその一撃をまともに受けることはなく、フェリシアのいない斜め後ろに向かって地面を蹴りつつ、上手くスティングで防いだ。
これで奴の獲物は――。
「よっ、と。こいつはいい斧だな」
「チッ! 今度は斧かよ……」
戦神がフェリクスとの距離を取ったかと思うと、今度はゼノが持っていた大きな斧を掴み上げた。
ブオンブオンと何度か振り回し、戦神はその使い心地を確かめている。
余裕そうだな……。
強化魔術を使っているとは言え、俺の身長と同じ大きさの斧なのに片手で軽々と扱ってやがる。
だけど、次もオブテインであの斧を奪ってやればいい。
そう思い、俺は手の持った槍をその場に捨てると、戦神の斧を見据えて右手の平を差し向けるが……。
「アイツの魔術は邪魔くせぇな……っと」
「ベル!」
「うぉおあっ!」
戦神は俺に向かってスティングを投げ付けてきた。
フェリシア声に反応し、慌てて右手の剣で弾く。
危ない所だった……フェリシアが声を掛けてくれなかったらヤバかった。
だが次に見た光景は、戦神が手の空いた右手をこちらに向けている姿だ。
「『プロミネンス』」
「クソッ! しま――」
「フェリクスさんっ!」
「お父さん!!」
そして、熱線がフェリクスを襲った。
俺やフェリシアを狙ったのではなく、フェリクスをだ。
聞いたことはある。上級火属性魔法の『プロミネンス』だ。
奴は、俺を狙うと見せかけて、フェリクスを狙っていたのか! 俺に魔術を使わせないためにスティングを投げつけ、その隙にフェリクスに魔法を撃つ……クソ! やられた!
まともに喰らっては――いない。
何とか避けてこっちに転がって来る。
フェリクスは魔法をまともに受けることはなかったが、避け切れず左半身に魔法を受け、左足と左の肩から肘にかけて衣服が焼け落ち、皮膚が焼け爛れた痕が出来ていた。
「くッ……そったれ! クッソ痛ぇえ!」
「フェリクスさん! 今治し――」
「誰がそうしていいって?」
「ぶっ!」
顔面を思いっきり蹴られ、3~4メートルも吹っ飛んだ。
ヤバイ……痛みと鼻血でしばらく喋れそうにない。
そりゃそうだ。悠長に回復なんてさせてくれるはずもないからな。
ああ駄目だ、意識が飛びそうに……。
「お父さん! ベル! このぉ……あぐっ!?」
「フェリ!」
朦朧とする意識の中、フェリシアが背後から斬ろうと剣を振りかぶるも、戦神の拳が彼女の腹にめり込んだ。
気を失うことはなかったものの、フェリシアはその場に倒れ込んでしまった。
「女をいたぶる趣味は無いんでね。そこで見とけ」
「お、とうさ……」
フェリシアが必死に立ち上がろうとするも、体に力が入らないのか、立てずにいた。
そして戦神は手に持った斧で振りかぶると、フェリクスに向けて振り下ろす。
そうはさせない!
「あっ! くそ、そう言えば無詠唱で使えるって話だったな……エルメスの野郎を思い出したぜ……」
忌々しそうに俺を睨む戦神。その手には何も持っていない。
当たり前だ、俺が無詠唱で奴の斧を召喚したからな。
どうだ、ザマァ見ろ!
そう思いながら自分の顔に治療魔術を掛ける。
「いつまで惚けてんだ!」
「ぐっ! このヤロウ!」
「ぐはっ!」
獲物も失くしたまま俺を睨む戦神に、フェリクスは剣を突き立てた。
左手足が満足に動かない状況でだ。
戦神はそれをすんでのところで右腕を使って防ぎ、フェリクスの剣は、奴の右腕に突き刺さった。
直後、戦神はフェリクスの横っ面に蹴りを入れ、距離を取る。
「あーあ、面倒臭ぇ……『リジェネーション』」
腕に剣を突き立てられた戦神は、それを引き抜いて詠唱をした。
たちまち奴の右手の傷が塞がっていく。
以前、学院の図書室で呼んだことがあった。
強化魔導『リジェネーション』
身体の治癒力を強化する魔導で、ある程度の怪我を勝手に治してしまうものだ。
そんなものを、コイツは短詠唱で使ったのか……。
どうやって勝てばいいんだ?
「へへ……こりゃぁいよいよヤベェな……」
受け身を取っていたフェリクスが立膝を着き、乾いた笑い声を出した。
彼の言う通り、かなりヤバイ状況じゃなかろうか?
「『アトラクション』……『オートディスペル』」
戦神は自分で投げたスティングと、さっき俺に奪われた槍を引き寄せて構える。
そして更に、上級強化魔法、『オートディスペル』をその二振りに施した。
オートディスペルは、簡単に言えば魔術や魔法の解除、非対象化だ。
要は召喚魔法で奪い取ろうとしても、その対象にならない。
これで奴の得物に、オブテインやレパルション、アトラクションなどが使えなくなった。
「フェリ、大丈夫か?」
「ありがとう、ベル……でも私より先に、お父さんを……」
戦神が俺達を睥睨しながら悠々と魔術、魔法を使って自身の強化に努めていたが、その隙に俺はお腹を抱えて蹲るフェリシアに駆け寄り、戦神の動きを警戒しながら治療魔術を掛ける。
しかし当のフェリシアは自分より先にフェリクスを、と言うが、俺は構わずフェリシアに治療魔術を掛けた。
フェリシアを一人にしたくなかったからだ。
戦神も余裕のつもりか、そんな俺の行動を眺めるばかりで何もしてこない。
ふざけやがって……!
そう心の中で息巻いていると、俺をジッと眺めていた戦神がおもむろに口を開いた。
「……お前の頼みのフェリクスはあのザマだ。隣の可愛い彼女は足を引っ張ってる……なぁ、もうそろそろ諦めたらどうだ?」
「ふざけんな! 誰が諦めるかっ!!」
戦神のそのあまりの言い草に、ついカッとなって叫んだ。
それでも奴は眉一つ動かさず、つまらなさそうに溜息を一つ吐くと――。
「じゃ、しょうがねぇな。無理やり連れて行くか」
「ベルッ!」
「ベルホルトっ!!」
「ぅっ!?」
俺とフェリシアの前まで一瞬で間合いを詰めてきた戦神は、槍の石突で俺の下腹部を突いた。
その激しい痛みでもんどり打つ。
ああああああ痛い! 言葉にできないくらい痛い!
「テメェエエ!!」
「しつこいな、もういい加減にくたばれよ」
「ガッ、ッァアアア!!」
俺がのたうち回っている中、フェリクスが戦神の側面から片手で剣を振るうも、左半身が満足に動かない状況ではいつものような動きが出来ず、戦神に避けられた上に、スティングでの返し技を受けた。
だが、フェリクスもただでやられまいと、左腕を犠牲にする形で体を捻る。
その結果、フェリクスの左腕が宙を舞った。
一瞬の攻防の中でだ。
剣を振ってバランスを崩したフェリクスに、奴はスティングを一閃させた。
その場に倒れたフェリクスは剣を落とし、痛みで呻きながら左肩を押さえている。
「お、お父さん! うぁあああ!」
「よ、っと」
「あぅっ!?」
父親の惨状を見たフェリシアが戦神に斬りかかろうと立ち上がるも、足払いで転ばされ、あっけなく倒れ込む。
俺は何とか無詠唱で治療魔術を使って痛みを和らげようとするも、治療魔術は傷は治せるが痛みは和らげることは出来ない。
「あぐっ!」
やがて戦神はフェリシアを踏みつけると、左手の槍をフェリクスに突き付け、右手のスティングをフェリシアに突きつけた。
「男と女、どっちがいい?」
「な……に?」
「どっちが先に死ぬのを見たいんだ?」
「や、やめろ! やめてくれ!!」
冷酷な目で、無慈悲に問いかけてくる戦神に、俺はただ、這いつくばりながら懇願することしか出来なかった。
フェリクスもフェリシアも、最早動ける状況ではない。
どうすればいい? どうすればこの状況を打開できる!?
誰か助けてくれ……オークス先生、ビクトル……カーリナ……。
「……返事がねぇな……しょうがねぇ、女から殺すか」
「やめろ! やめろぉおお!!」
しびれを切らしたのか、右手のスティングを逆手に持ち替えた戦神がフェリシアを突き刺そうと振り上げ、勢いよく振り下ろす。
そこへ、俺は、咄嗟に、彼女を庇うように覆いかぶさった。
本当に咄嗟のことだ。
火事場のバカ力とでもいうのだろうか? さっきまで痛みでもんどり打っていたのに、フェリシアを守るために彼女の上に飛び込むことが出来た。
「ぐっ……ごぼ……」
「ヤベっ、やっちまった」
「べ、ベル!!」
当然、フェリシアを狙った戦神のスティングは俺を突き刺し、腰の辺りに激痛が走る。
ただ、俺がフェリシアを庇うとは思わなかったのか、戦神は誤って俺を突き刺したことで勢いを緩め、すぐに引き抜いた為に俺ごとフェリシアを貫くことは無かった。
当の戦神は、塩と砂糖を間違えたかのような、そんな軽い口調だ。
それでも、口からは大量の血が出てくる。
背中から大量の血が流れているのか、ドバドバとフェリシアに血が掛かっていた。
あぁ……もう力が抜けてきた……周りの音も聞こえなくない……体がブルブルと震える。
もう、俺は死ぬのだろうか?
……上体を起こしたフェリシアが、俺を抱きかかえて何かを叫んでいる。
多分、俺の名前を叫んでいるんだろう。
その目からは涙が溢れ出ていた。
危ない! 戦神が……!
フェリシアの背後に迫る戦神を見て、そう叫ぼうとした。
だけど声が出ない。
ああチクショウ! 戦神に殴り掛かったフェリクスが斬られた!
フェリクスを切り捨てた戦神が再びこちらを見下ろす。
それを見たフェリシアは、もう一度俺の顔を見ると、涙を零しながら俺に笑いかけてくる。
まるで、もう大丈夫だよ、と言いたげに……。
ああそうか……もう、俺は……死ぬのか……。
…………。
何かが体を掛け流れた。
突然意識がクリアになる。
なんだ! 何が起き……じゃない!
「ッああああああああああああああああああああ!!」
「くぉおおお!!」
「きゃあああ!!」
今まさに、フェリシアに目掛けて戦神がスティングを振り下ろそうとしていた所だった。
すんでの所で俺は、フェリシアを押しのけながらエヌムクラウを放つ。
至近距離で渾身の魔力を込めてだ。
すぐ近くで上級魔法の轟音を聞いたフェリシアは、頭を抱えながら悲鳴を上げ、俺の魔法をまともに喰らった戦神は後ろに10メートル程吹き飛ぶ。
その更に背後は滝があり、がけの淵で大の字になって戦神は倒れた。
頼むからそのまま死んでくれ!
「べ、ベル! 大丈夫なの? どうなっているの? なんで? どうして!?」
「フェリ、落ち着いて、フェリ!」
「ああ、ベル……ベル!」
突然復活した俺を見たフェリシアは、盛大に混乱しながらも俺を強く抱き絞めてきた。
そりゃそうだ。目の前で致命傷を負った仲間が復活したんだ。
誰でも驚……致命傷?
「……先生の指輪のお陰か……」
チラリと指輪を見る。オークス先生に貰った指輪だ。
4つはめ込まれていた宝石の内、3つは透明で、1つは青く輝いている。
さっきまでは2つ青かったことを考えると、この指輪が俺を助けてくれたようだな。
腰の痛みが全くないことから、傷も治っているのだろう。
……まさか本当にこんな効果があったなんて……。
まだクラクラするけど、オークス先生には感謝しないとな。
「フェリ、ベルホルト……」
「あっお父さん! ベル、お父さんの傷を治してあげて!」
「あ、ああ! フェリクスさん、すぐに治しますから!」
「ああ、頼む……」
体を袈裟斬りにされたフェリクスが左足を引きずりながら寄って来た。
かなり血を流している様子で、ゼェゼェと荒い呼吸をしている。
俺はフェリシアに言われた通りに彼の傷を治すべく、上級治療魔術のグランドヒールを掛けていく。
フェリシアは父親の体を支えつつ、失った左手を見ながらまた涙を流していた。
フェリクスは、俺の魔法で吹き飛んだ戦神をジッと見つめている。
そんな彼の隣で俺は、戦神がもう立ち上がらないことを祈っていた。
「……チッ、立ち上がりやがったかあのヤロウ……」
「えっ?」
だが、その祈りは叶わなかったようだ……。
その言葉を聞いたフェリシアが慌てて戦神の方へと振り向く。
俺も恐る恐るそっちを見ると、奴は、今まさに起き上がろうとしていた。
全身焼け爛れているにも関わらずだ。
「クソッ! 『エヌムクラウ』!」
「ゼェ……ゼェ……『リザーブ』」
すぐさまエヌムクラウで奴に止めを刺そうとするも、戦神はリザーブで俺の魔法をかき消し、そうはさせてくれなかった。
よく見ると、体はどんどん再生していき、その手にはまだスティングが握られている。
「……いいかベルホルト、フェリシア。よく聞け」
フェリクスは戦神に注視しつつ、俺達にそっと耳打ちをしてきた。
俺は彼の傷を治しながら話を聞く。
さっき袈裟斬りにされた時の傷と足の火傷傷は殆ど塞がり、今は左腕の切断面をふさいでいる途中だ。
な、何だよ、嫌な予感しかしないぞ……。
「アイツを滝壺に突き落とす。というかまぁ、俺も一緒に落ちるだろうがな……」
「い、嫌よ! お父さんいかないでよ!」
戦神と一緒に落ちる。
そう言ったフェリクスに、フェリシアは泣きじゃくるように縋りつく。
何も一緒に落ちることなんて……!
「聞け! アイツが完全に復活するまで時間がねぇ。どのみち三人で仕留められなけりゃ奴にやられるのはこっちだ。だからいいか? 俺が奴に飛びついたら、お前達は今度こそ逃げろ。いいな?」
「で、でも、でも!」
「いいな!」
「っ! ……わ、分かったわ……」
フェリクスは早口で説明したが、それでも納得しないフェリシアに対し、フェリクスは強く言い聞かせた。
ビクリと体を震わしたフェリシアだったが、やがて小さく頷くとフェリクスの体から手を放す。
娘の返事に満足したのか、フェリクスは脂汗を掻きつつも優しい笑みを見せた。
そして、今度は俺の方を向くと――。
「ベルホルト……フェリシアを頼むぞ」
「え? あっ! フェリクスさん!」
「お父さん!」
ニッと笑った彼は、それだけ言って戦神へと走って行った。
さっき俺が足の傷を治したとはいえ、まだ十分に動ける状態じゃない。
なのに、若干左足を引きずりながらもフェリクスは……戦神に飛びついた。
「ぜェ……わる、あがき、をぉお!」
「ぐっ、ゥウウオオオ!!」
だが戦神もただではやられない。
奴は飛びつかれる寸前にスティングでフェリクスを貫く。
しかしそれでもフェリクスは、残りの力を振り絞って奴ごと滝へ……落ちた。
戦神に体重と走った勢いを乗せ、崖の下へと姿が消えていく。
俺もフェリシアも慌てて立ち上がり、転びながらも崖の淵へと走り寄り、滝の下を覗き込んだ。
高さ20メートル程の滝の下は……水しぶきで何も見えなかった……。
「そ、そんな……お父さん! おとうさーーーーん!!」
「フェリクスさーーん!」
二人で必死に、彼を呼ぶが、返事は来ない。
なんでだよ……こんなに簡単に落ちるんなら、三人掛かりでやればよかったじゃねぇか!
……なんで一人で落ちるような真似を……チクショウ……。
あの状況で、この高さじゃきっと……。
涙を流し、滝の下を見つめていたが、ふとフェリシアが俺の腕を掴んできた。
「ベル! 逃げるわよ! お父さんが頑張ってくれたんだから、私達も早く逃げないと! それにお父さんはきっと無事よ!」
そう叫んだフェリシアの顔は、涙と汗と血でぐちゃぐちゃだ。
そんな彼女に腕を引っ張られ、俺はハッとした。
「……ああ、行こう。ここでグズグズしていいられない」
それに俺は、フェリクスに言われたんだ。
フェリを頼む。と。
なら、今は彼の無事を信じて俺達は行動するしかない。
涙を拭きつつ、俺達は立ち上がるとお互いに頷き合う。
血が足りず、フラフラと覚束ない足取りで俺達はこの場を後にする。
ただ、この場を離れる前にチラリと後ろを見れば、そこには戦った痕と仲間達の遺体が静かに残っていた。
アンゲロ、ゼノ、フレデレク、ニコル……。
彼らと、そしてフェリクスを残して、俺達は走り出した。
ガクガクと震える足を酷使し、ボンヤリと霞む視界の中で、俺達は走り出した。
フェリクスの無事を信じて……。
次回は7月30日の投稿です。




