第43話:防衛戦~第一城壁~
投稿すっぽかしてごめんなさい!
お詫びに二話同時に投稿させていただきますので、何卒ご容赦ください!
「諸君らの主な役目は、魔術戦はもとより、負傷した兵士の治療である! 諸君らの持ち場は西第3ブロックだが、ここにはかの称号付、”剣皇”フェリクス・ファーランド殿も来ているので安心して戦え!」
昨日の宴会から夜が明けた。
色々あったせいか、余り眠れていない。
朝食前に俺達の持ち場で戦闘訓練が行われ、俺達がどういう役割を果たさなければならないのかを聞いていた。
そしてそのまま城壁の上で簡易な訓練が行われ、来る時に向けての準備が進んでいく。
「メノンではもう、敵と戦っているらしいぞ」
「あっちには戦神がいなかったとか……」
「本当かよ……じゃぁ戦神がこっちに来るのか?」
「大丈夫だろ。そのための剣皇なんだからな」
「あんなエルフ、信用できるのか?」
「コラァっ! 私語はヤメロ!」
しかし生徒達の関心は、朝から噂になっていたメノン砦の戦況についてだ。
お陰でオッサン騎士が吠えだした。
どうやらあちらは既に戦端が開かれているらしく、その情報が電話なりラジオなりから流れて来たようだ。
ただ、悪い知らせというか……こちらとしては最悪の状況になりつつあるらしい。
戦神だ。奴がここに来るかもしれない。
そう思いつつ、バシルを相手に座って治療魔術の訓練をしながら、離れた所にいるフェリクスを見た。
彼は今、壁にもたれ掛かり、腕を組んで瞑想をしている。
もしかしたら戦闘に向けて神経を集中させているのかもしれない。
……いやただの二日酔いかもしれないが。
「しかしそれにしても……」
俺に治療魔術を受けている振りをしているバシルが、ボソッと零した。
その視線の先には――。
「……何よ?」
俺達の近くで剣を研ぐフェリシアがいた。
「いや、フェリシアは剣皇さんの傍にいなくてもいいのかよ。って思ってな」
「お父さんに、ベル達の傍にいなさい。って言われたのよ」
「ふ~ん……」
何だねバシル君、その目は。そんな目で俺を見るんじゃない。
他の学生隊の仲間も羨ましそうにこっち見てるし。
しかしあのフェリクスがそんなことを言ったのか……。
まぁ、戦神が来ることが分かったんだし、自分の近くに大事な娘を置いて戦いたくはないんだろうな。
うん。なら、俺がフェリシアをしっかり守ってやろう。
そう思いながら、右手の中指を見た。
そこにはオークス先生から預かった指輪がしてある。
”残機の指輪”だ。俺が命名した。
これであと2回は無茶出来るぞ。
「おい! あれ見ろ!」
訓練中、兵士の一人が城壁外を指差して叫んだ。
他の兵士や俺達学生隊も壁際に集まり、その方向へ目を向ける。
何だろう? と思いつつ、何があるのか注視していると、地平線の先、草が生い茂る平野で砂埃が漂っていることに気付いた。
普通、平原に砂埃なんて立たない。
余程の強い風か、それとも大勢が一斉に歩いているか……。
答えは分かり切っている。
敵だ。
「偵察が帰って来たぞ!」
「門を開けろ!」
やがて、数騎の偵察兵が帰って来たようで、彼らを迎える為に3重の門が一度開かれ、再度閉じられた。
彼ら偵察兵の様子を見る為、俺達は慌てて城壁の内側へと駆け寄り、城壁の上から様子を眺める。
バシルとフェリシアも付いてきた。
帰って来た兵士は皆、深い傷を負っていたり、矢が何本も刺さっていたりして満身創痍だ。
恐らく強行偵察に出て帰って来たのだろう。
そのうちの一人が馬から滑り落ち、血を吐きながら周りに聞こえるような大声で叫んだ。
「ほうごく! できはおよそ24万! 戦神のすがだは無し!」
それだけ言うと、その兵士はがくりとうつ伏せに倒れ込み、そのまま動かなくなってしまった。
きっと、最後の力を振り絞ったんだな……。
他の偵察兵も皆、ぐったりと倒れたまま動かない。
生きている……よな?
というか報告を聞く限り、敵の兵力が増えてる……。
敵の増援が合流したのか?
「よくやった! よくやった!!」
「このこと、将軍に報告せよ!」
「ハッ!」
彼らの報告を聞いた兵士達は、官庁区にいる将軍の許へと報告に走った。
偵察から帰ってきた兵士達は、他の兵士達に担がれて急造の病棟へと運ばれていく。
彼らがもたらした情報には、敵の構成や指揮官の名前などの情報は無い。
偵察の成果はさっきの分だけか?
そんな風に思考に耽っていると、フェリクスが俺達の傍にやってきた。
「さっき、戦神はいねぇ、って言ったか?」
「ええ! ここに戦神は来ていないわお父さん!」
戦神が来ていない。
それを聞いたフェリシアが安堵した様に顔を綻ばせていたが、対照的にフェリクスは、どこか腑に落ちないといった様子だ。
「……ここに戦神が来ていないのがおかしい。ということですね? 剣皇さん」
「ああ、バシルのいう通りだ……さっきの奴らが見落としていたか……それとも20うん万の雑兵の中に奴が紛れていたか、だな」
確かに。今バシルが言ったように戦神が来ていないのは妙だし、フェリクスが言うように、敵は24万人だ。
その中に戦神が一般兵の姿をして紛れていれば、探し出すことなんて不可能に近い。
だけど、俺はこうも思う。
「俺なら、戦神ってネームバリューを有効に利用します。敵に戦神がいるって分かったら、それだけでこちらの士気もかなり落ちると思いますから。だからここには本当にいないと思います」
「そ、そうよ! ベルの言う通りだわ! きっと違う所で何かしているのよ!」
「俺はその方が怖ぇ。奴がここに来て、戦闘に参加するって言うなら分かりやすい。だが姿も見えないところで何をしているかが分からねぇ、ってのが一番怖ぇんだよ」
俺の意見にフェリシアは必死に同調していたが、それでも尚、フェリクスは難しい表情で首を振っていた。
「……それでも、お父さんが戦神の相手をしなくて済むのよね?」
フェリシアはどこか懇願するかのように言うが――。
「……いや、油断はするな。お前はベルホルト達に付いててやれ」
「……えぇ」
フェリクスはそれでも、油断ならない様子で外の様子を見に戻った。
そして入れ替わるようにして、オッサン騎士がこちらにやって来る。
「お前達も配置に付け!」
「はい!」
どうやらフェリクスがいたことで気を遣っていたようだ。
俺とバシルはオッサン騎士の指示に従い、自分の持ち場に着くことにした。
平野をチラリと見れば、敵は地平線の殆どを埋め尽くさんとしている。
これから、戦闘になるのか。
ああ、足が震えて来た……。
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あれからしばらく時間が経ち、敵が布陣を終えると、敵の使者がやって来て降伏勧告をしてきた。
内容は……ありきたりな感じだ。
今降伏すれば、命は保証する。
戦って負ければ、命の保証はしない。
そんな感じだ。
降伏勧告をしてくる分、優しい所があるんだな。なんて思ったが、オッサン騎士曰く、「あんなもの、有って無いようなものだ」とのことだ。
一種の儀式的なものかね?
「来るぞ! 各自敵の魔術に備えろ!」
しかし、そんなことを思う暇もなくなったようだ。
敵が進軍を開始した。
約3キロメートルに渡って兵を広げ、この城塞を囲むようにゆっくりと前進する。
これから戦いが始まる……。
俺は、生きて帰ることが出来るんだろうか?
俺は、ちゃんと戦うことが出来るんだろうか?
あぁ、駄目だ……直前になって怖くなってきた……。
手足が震えてる。
本当に、戦うのか?
死にたくない……。
「べ、ベルホルト」
「な、なんだ?」
「やるぞ」
「……ああ!」
敵を前にしてガタガタと震えていたところ、バシルが震える声で話し掛けてきた。
声が震えているのは、俺も同じか……。
そんな、緊張した面持ちのバシルとのやり取り。
やるぞ。の意味には、色んな意味があったかもしれない。
俺に対する信頼か、敵に対する恐怖か、或いは戦いに対する不安か……。
いずれにせよ、バシルは俺に「やるぞ」って言ったんだ。
なら、俺達で支え合って戦っていこう。
怖いけど、コイツとなら、最後まで生き残れ……いや、これ死亡フラグ臭いな。
「魔術戦用意! 撃てぇッ!」
やがて敵が土塁に差し掛かった時、魔術戦の命令が出た。
魔術師が、学生隊達が一斉に、自分の得意な魔術を敵に向かって放つ。
敵は、若干慌てたようだが、大多数は落ち着いてレジストをするなり、盾で身を守ったりしている。
その中で俺は、一度深呼吸をすると、右手を斜め上空に向けた。
「『ヴァジュランダ』!」
中級魔法、ヴァジュランダ。
目標を広範囲に、上空から強力な電撃を加える魔法だ。
魔法自体は短詠唱で上手くやれたと思う。
上手くやれたが……。
「おぉ!」
「誰がアレを使ったんだ?」
「アイツだ! あの小僧だ!」
「やるなアイツ!」
仲間の兵士がアレコレと言っている。
だが、俺は、今それどころじゃない。
俺の魔法を受けた敵が、何十人と倒れたのだ。
それはつまり、敵が死ん――。
「っう! おえ゛っ!」
「ベル!」
「ベルホルト! おい大丈夫か!?」
吐いた。
だって、敵があんなにあっさり死んだんだぞ?
実際戦闘になったら、自分が死ぬことばかり考えていた。
ヤらなければヤられる。だから俺は魔法を使っただけなのに……こんなにあっさりと……。
敵にだって、家族がいただろうに……俺が殺したんだ。
「敵の魔術だ! 撃ち落とせぇ!」
「っ! ベルっ伏せて!」
「ぅがっ!」
敵の反撃が来たのだろう。
凄まじい数の魔術が次々と着弾する中、フェリシアは俺に覆いかぶさるようにして身を隠した。
俺の吐しゃ物があってもお構い無しだ。
きっと、今の俺の様子を見て助けてくれたのだろう。情けない。
しかし俺に覆いかぶさったフェリシアは俺の顔を両手で持つと、鼻と鼻が付きそうな距離で怒鳴り出した。
「しっかりしなさいベルホルト! あなたは自分を守るために魔法を使っただけよ! そんなことでいちいちへこたれないで!」
……初めてじゃないだろうか。こんなに怒鳴られたのは。
多分、この世界に生まれてきて初めて誰かに怒鳴られたと思う。
それだけ、フェリシアは俺のことを案じてくれているのだろうか……?
「まったくだ。お前のお陰で敵の集中砲火を浴びることになっただろうが」
「バシル……」
近くで敵の魔術を避ける為にしゃがんでいたバシルも、呆れたように軽口を言う。
でもよく見ると、バシルも顔が真っ青だ。
しかしそれでか……俺が魔法を使ったから敵がここを狙ってきたのか。
「チクショウ! 敵の魔術師の数が多すぎる!」
「これじゃぁこっちが何にも出来ねぇぞ!」
「誰か魔術で打ち消せねぇのか!?」
敵の魔術から身を隠しつつ、兵士達が怒号を上げる。
隙を見て魔術を打ち返そうとする兵士や学生がいたが、相手の弾幕に圧倒されてすぐに身を隠していた。
尚もフェリシアに覆いかぶされたまま、目線だけを周りに向ける。
城壁の上には、何人かの兵士が倒れていた。
恐らく、魔術に当たってそのまま……。
「ベル! ねぇベル! 皆あなたの力が必要なの! だからお願い! 勇気を出して!」
「フェリ……」
フェリシアの悲痛な声に、俺はハッとした。
未だ俺の顔を持ったまま、彼女は懇願する。
それは、自分が生き残りたいからなのか、それとも俺に立ち直って欲しいからなのか……分からない。
分からないが、今、フェリシアは俺を必要としてくれている。
なら、やるしかない!
俺は意を決して力強く頷くと、フェリシアはホッとした様子で俺から離れた。
その場で立膝を着き、壁越しに敵を見る。
「ベルホルト、敵の魔術師部隊は敵軍の中段に満遍なく配置されている。魔法を撃つならそこだ!」
「ああ……あそこだな」
同じように壁際から敵の様子を伺っていたバシルが敵魔術師の位置を教えてくれた。
それを確認すると、また一度大きく深呼吸をし、狙いを定めて魔法を撃つ。
今度はかなり魔力を込めてだ。
「『ヴァジュランダ』!」
今度は、さっきよりも人が倒れた。
しかも敵は進軍しながらなので、その倒れた人達を呑み込むかのように後続の敵兵が瞬く間に埋め尽くす。
あれじゃぁ、例え生きていたとしても……。
「よくやった! 皆も続け!」
『おおー!』
戦闘は尚も続く。
まるで川の流れのようだ。
俺の魔法で敵の勢いが削がれた様子を見たオッサン騎士が指示を飛ばす。
それに呼応した学生隊の面々が勇気づけられたかのように、次々と魔術を撃ち始めた。
中には俺と同じように、人を殺したことで吐く人もいる。
それでも、彼らは魔術を撃ち続けた。
「ベル、まだ頑張れる?」
「ああ……まだ、いける!」
「ベルホルト、ある程度の魔力は温存しておけよ?」
「大丈夫だ!」
なら、俺も踏ん張らないといけない。
フェリシアやバシルが支え、励ましてくれているんだ、俺だけが休んでいるわけにはいかない!
「『ヴァジュランダ』!」
3度目のヴァジュランダ。
これまた、何十人が死んだ。
俺は一体、何人殺せば……。
いや、考えるな! アレコレ考えるのは後にしよう!
戦闘は尚も続く。
敵は落とし穴に落ちながらも、魔術に撃たれながらも、矢にいられながらも突き進んで来る。
俺もバシルも、落とし穴地帯を抜けて来た敵兵に対して魔術を撃ったり、或いは俺がまたヴァジュランダを使ったりしていた。
しかしある時、敵が城壁に取り付いたと思った瞬間――。
「敵のまほ――」
けたたましい爆音が鳴り響くと共に、俺の20メートル左にいた兵士や学生達が一瞬で消え去った。
何かを叫ぼうとした生徒もその爆発の中に消える。
「な、なによ今の……」
「魔法だ……上級火属性魔法だ。多分、『フレイムタン』」
唖然としたフェリシアに、バシルが震える声で答えた。
さっきまで敵は、魔術しか使てこなかったのに、何故今になって……あっ!
「城壁だ! 敵が登って来るぞ!」
俺が慌てて叫ぶと周りも、梯子を使って城壁を登って来る敵兵の姿を確認し、魔術やら弓やらを放った。
しかしそれを敵が許すはずがなく、城壁を登る仲間を魔法や魔術でサポートしてくる。
敵は、このために魔法を使わないで魔力を温存していたんだ!
「クソっ! 『エヌムクラウ』! 『リザーブ』! 『ランペッジャメント』!」
敵の魔法師を探しつつエヌムクラウで反撃し、登って来る敵兵にはランペッジャメントを放つ。
横ではバシルも上級魔術を使って登って来る敵兵を撃ち落としていて、フェリシアも下級、或いは中級魔術で敵を撃っていた。
「イカン! 入り込まれた! 剣を抜け! 白兵戦闘用意!」
腰の剣を抜きながら、オッサン騎士が叫ぶ。
俺の右側30メートル横では敵が城壁の上に到達し、槍や剣で仲間と……というかフェリクスと戦っていた。
彼はあっという間に敵を屠って行く。
いや、よそ見は出来ない。こっちに集中しないと!
「『ショックウェーブ』! 『エクスプロ―ジョン』! ……駄目だ! ここも限界だ!」
仲間と共に敵兵を撃ち落としていたバシルが、身を退きながら叫んだ。
俺もフェリシアも後ろに引きつつ、剣を抜く。
するとその直後、梯子を上って来た敵が次々と現れ、仲間と打ち合いになった。
「ベル! 援護をお願い! ヤァっ!!」
「分かった! 『サンダーバレット』!」
かつて旅をしていた時の様に、前衛のフェリシアに後衛の俺がサポートする形で敵と戦っていく。
あの時と違うのは、敵が人であることだ。
「ハッ! ヤッ! このぉっ!」
「『アースランス』!」
「クソッ! 退け二人とも! ここはもう駄目だ!」
「くっ! フェリ! 退くぞ!」
「ええ!」
敵の梯子が一つ、また一つと立てかけられ、そこから次々に敵が登って来た。
見かねたバシルの指示で、俺達は城壁の階段付近を固めていた仲間の許に加わる。
当然、敵はそこに殺到してきた。
だが……。
「『ランペッジャメント』!」
俺は逃げ遅れた仲間がいないことを確認し、押し寄せてくる敵に対して魔法を放ち、10人以上を屠る。
それでも敵は怯むことなく迫って来た。
「もう一度だベルホルト!」
「ああ! 『ランペッジャメント』!」
「『リザーブ』!」
「っ!?」
ただ、敵もバカじゃない。
俺が魔法師と分かれば、対処してくるのは当たり前だ。
ランペッジャメントを撃とうとした俺に対し、敵の後方にいた魔術師がリザーブで的確に対処してきた。
そしてそのまま、前衛の敵が槍を構えて突っ込んで来る。
「させないっ! 『フォルト』!」
「女にばかり良い格好させるな! 続け!」
『おおっ!』
そんな敵をフェリシアが剣で迎え討つと、仲間の兵士達が彼女に続き、混戦状態となった。
彼女の剣は、旅をしていた時の剣と違い、刀のような剣だ。
フェリシアはその剣で一人、また一人と敵を屠って行く。
そこには、一切の迷いが無い。
俺も、彼女らの戦いに注意を払いつつ、敵の魔術師を見据えていた。
するとどうやら、敵の魔術師も俺の方を見ていたようで、こちらの出方を伺っているようだ。
敵は、三人程が後方に固まっている。
「……バシル、俺があの魔術師達に魔法を使って敵の注意を引き付けるから、お前はその隙に……」
「敵を撃てばいいんだろ? 任せろ」
「頼むぞ……『エヌムクラウ』!」
「『リザーブ』!」
敵は俺を警戒しているらしく、俺が仲間に当たらないようにエヌムクラウを放とうとすると、当然リザーブでレジストしてきた。
それも二人掛かりでだ。
「『アースランス』!」
「しまっ……!」
その隙をバシルが見逃すはずもなく、リザーブで俺の魔法に対処していた敵二人に対し、上級土魔術のアースランスを放つ。
三人いた敵の内、一人にそれが直撃し、その敵は胸に大きな土の槍が刺さってそのまま絶命した。
しかし次の瞬間――。
「『サンダーボルト』!」
「バシル!」
「ッ!!」
強力な紫電がバシルを襲う。
攻撃が読まれていた!
敵のカウンターに対し、俺は咄嗟に、その電撃をリザーブで打ち消す。
「……お前……」
「ボケッとするな! 次だ!」
唖然と俺を見つめるバシルに、俺は声を上げた。
礼なら後だ! 敵は今、何故か次を撃ってこない!
「もういっちょ! 『エヌムクラウ』!」
「り、『リザーブ』!」
「『アースランス』!」
一瞬の機を見逃さず、敵に再再度魔法を撃ち、敵のリザーブを誘う。
さっきも二人掛かりで俺の魔法をレジストしていたんだ、もうこれで俺達にカウンターする奴はいないだろ。
慌てた敵に、バシルが再度魔術を撃ち、敵魔術師は残り一人だ!
相手はビビってるぞ!
「こっちが押しているわ!」
「だが敵がどんどん乗り込んで来る!」
「いやまだだ! まだ持ちこたえれるぞ!」
フェリシアを筆頭に、仲間達が声を張り上げる。
そうだ、これならまだやれる!
フェリシア達が剣や槍で戦い、俺やバシルら魔術師が敵の魔術師を叩く。
この調子なら敵を追い返すことも――。
「城門だー! 城門を守れぇー!!」
何処からともなく、そんな切羽詰まった声が聞こえて来た。
どこもかしこも敵が乗り込んでいて、そこかしこで戦いと叫び声が聞こえてくるために、どこから声が聞こえてきたのかが分からない。
ただ、そんな叫び声のような指示が聞こえたかと思うと、どこからともなく、何かがぶつかる音が聞こえて来た。
ぶつかる、なんて生易しい物じゃない。
大砲を撃った時の様な、巨大な音が、何度も響く。
ドォオン! ドォオン! と何度も何度も何度も……。
「おのれっ、城門を破る気か!」
また誰かが叫んだ。
ああ、やっぱりそうか……。
どうやら敵は、城門をこじ開けようとしているようだ。
ここからだと、どうやって城門を破ろうとしているのかは分からない。
しかしやがて、城門を激しく叩いていた音の質が変わっていき、次第に何かが突き抜けるような音へと変わって、そして……。
「城門が、破られたぞー!!」
「退けぇ! 退けぇえっ!!」
「第二城壁まで退けぇ!」
戦闘の潮目が、完全に変わった。
城壁の上から城壁内を見てみると、立派な門が片方だけ内側に倒れ、そこから雪崩のように敵が侵入してくる。
その場にいた仲間の兵士達は、城門が破られたことで半ば恐慌状態に陥り、纏まりなく戦う者、逃げる者、武器を捨てて命乞いする者など、最早戦いと呼べるものではなくなってきた。
「退け! 我々も退くぞ!」
「しかし下はもう既に……!」
「城壁を伝って居住区へ向かえ! そこから下へ降りるんだ!」
「りょ、了解!」
仲間の兵士達が居住区へと逃げていく。
ここはもう、これまでか……。
そんなことを悟っていると、離れた所で戦っていたフェリクスがここまでやって来た。
その姿は、敵の返り血でかなり赤黒い。
見ているだけで吐きそうだ……。
「お前達、無事か!?」
「フェリクスさん!」
「剣皇さん! さっき城壁が……!」
「ああ、もうここは駄目だ! このまま居住区まで突っ切るぞ! ついて来い!」
「分かりました。フェリ!」
フェリクスは俺達の安否を気にすると、既に混戦状態になっているところへ剣を振りかざしながら突っ込んで行った。
その後に続こうと、未だに敵と戦っていたフェリシアを呼んだ。
「ベル! バシル! さっきお父さんが……」
「『アースランス』! お前の親父さん、先に行ったぞ!」
「ハァッ! 行っちゃったの!? わたし達も行きましょう!」
「ああ! 『ランペッジャメント』!」
複数の敵を相手にしていたフェリシアが敵を牽制しながら戻って来た。
敵が追いすがって来たが、それを俺達がそれぞれ得意な分野で敵を屠る。
フェリクスが突き進んで行った方向を見ると、もう既に、彼は居住区内に到達しようかと言う所にいた。
それを俺達が追いかけていく。
城壁の上、フェリクスが通った所には敵の数が少ない。
当然だ。彼が敵を斬りながら進んだのだから。
俺達も強化魔術を使い、立ちはだかる敵を倒しながらフェリクスの許へと走った。
強化魔術を使ったのでそこまで時間が掛からない。
そして、もう一息で居住区まで着く。という時だ――。
「死ねぇえええ!!」
「うがっ! ぁあああ!」
「バシル!」
突然、梯子から登って来た敵にバシルが組み伏せられた!
敵はそのままバシルに馬乗りになり、腰から剣を抜き、喉を突き刺そうと振りかぶる。
不味い!
「このぉおお!!」
「がッ!? ごぶっ……」
俺は咄嗟に、手に持っていた剣を敵の喉に突き刺した。
突き刺す際、敵は丁度こちらを見る体勢となり、目が合う。
そのまま俺は敵の上に倒れるように押し倒す。
「ぅ、ぅうううううああああ!」
夢中だった。
ただ、バシルが殺されるかもしれない。
ここで仕損じれば、俺が、フェリシアが殺されるかもしれない。
ただそれだけの想いで俺は、名前も知らない敵の喉に、剣を突き立て続ける。
「ベルッ! その人もう……」
突然、俺の手誰かが引っ張る。
ハッとなって見てみると、フェリシアだった。
彼女の言葉で更にハッとなると、俺が倒した敵にそっと目をやる。
敵は、もうこと切れていた……。
「わ、悪いベルホルト、油断した……ベルホルト?」
バシルが立ちあがり、フェリシアと同じように俺の腕を引っ張ったが……。
「ベル? 剣を放して」
「て、手が……離れないんだよ……」
だって、敵が俺の目を見たまま死んでいったんだぞ?
魔法で人を殺した時とは違う、剣で人を殺すこの感触……。
ああ駄目だ、胃酸が……!
「……剣を抜いて。早く行きましょ」
「……うん……」
何とか吐き気を我慢しつつ、言われた通りに剣を喉から引き抜いた。
左手は何とか剣から離れたが、右手はまだ、言うことを聞かない。
なんで……フェリシアはこの感触が平気なんだろうか?
「おいオメェら何やってんだ! さっさと来やがれ!」
「待ってお父さん! 行きましょ、二人とも!」
「ああ、行くぞベルホルト」
「あ、ああ……」
やがて心配になったのか、俺達の傍へ戻って来たフェリクスが一喝する。
フェリシアとバシルはそれぞれ敵を倒しながらフェリクスに付いて行く。
俺はただ、彼らに付いて行くので精一杯だった。
やがて居住区に辿り着き、螺旋階段で城壁の下に降りる。
居住区の住民達は既に、官庁区へ入っているか、或いは戦闘が始まる前に他所へと避難していて人がいなかった。
ただ、ここまで侵入してきた敵が、撤退してきた仲間の兵士達と戦闘を繰り広げている。
だが、それも徐々にこちらの分が悪くなり、官庁区へ続く門まで押し下げられている状況だ。
そんな中に紛れながら、俺達は官庁区へと撤退することが出来た。
「一先ず、お前らはここで休んでろ」
「お父さんは?」
「俺は撤退してくる仲間の手助けに行ってくる」
「え、そんな……ちょ、お父さん!」
俺達が官庁区内の壁にへたり込んでいると、フェリクスは来た道を走って行く。
フェリシアの声を聞かず、剣を担いだまま。
手を伸ばすも、父親を止められなかったフェリシアだったが、やがて手をぱたりと下ろすと、俺にしだれかかるようにして壁にもたれ掛かった。
バシルが俺の右側で、フェリシアが左だ。
「陽が、落ちて来たな……」
「ああ……」
空を見上げながらポツリと呟いたバシルに、生返事を返す。
同じように空を見やると、既に空は赤くなりかかっていた。
昼前から始まったこの戦闘、あっという間に夕方になってしまったな……。
「きれいね……」
俺の肩に身を預けるフェリシアも、同じように空を見ている。
彼女は、全身に細かい傷を負っているし、返り血も浴びていた。
女の子なのに、こんなにボロボロになるまで……それだけ必死だったんだな。
……外ではまだ、戦いの音と声が響いている。
なのに俺達だけ、こうして休んでいていいのだろうか?
いや、よく見れば、同じようにここへ逃れて来た学生隊の仲間が、同じように壁にもたれて寝ていた。
ま、フェリクスも休んでいろ、って言ってたし、取りあえずゆっくりするか……。
今はもう、何も考えたくない……。
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