第42話:戦いの準備
アルコン城塞に到着したその夜、俺達学生隊は装備一式と剣を支給された。
俺は既に自前の防具があったのでそれを使うことになったが。
剣もフェリシア達と旅した時に買ったやつがある。小振りな剣だ。
で、オッサン騎士に明日の予定を聞かされ、後はまた自由行動となった。
明日から忙しくなる分、今日くらいはゆっくりさせてくれるみたいだ。
勿論、自由時間ということで俺も自由に過ごすことになったのだが……。
「いや~、まさか剣皇様が……フェリクスさん達がここに来て下さるなんて、思いもしませんでしたよ!」
「おう! 俺もビクトルがここに来るとは思わなかったぜ!」
「おじさま。おばさまやアルは元気?」
「ああ元気にしているよ。フェリシアちゃんも元気にしていたかい?」
「ええ!」
当然、ビクトルやフェリシア達と再会したのに一緒に過ごさないわけにはいかないだろ!
フェリクスと再会した際、じゃあ晩飯は一緒に食べよう。ということになり、折角だからとビクトルも誘っての食事会となった。
今は商業区で俺、ビクトル、ファーランド親子、そしてバシルと共に食堂の机を囲っている。
「……にしてもお前、スゲェな。あの剣皇の弟子だったのか……」
「ああ、ちょっと縁があってな」
「なんていうか……スゲェな」
「さっきからそればっかりじゃねーか」
右隣に座っているバシルは、俺とカーリナがフェリクスの弟子だと知った時から、「スゲェな」ばかり繰り返していた。
有名人の知り合いかよ、すげぇ! みたいな感情から来ているんだろうけど。
「ベル。カーリは元気にしてた?」
「ああ、いつも通り、元気にしてたよ。ただ……」
「ただ?」
そして俺の左隣に座っているフェリシアは、なんだかんだとカーリナがいなくて寂しいみたいだ。
フェリシアも、カーリナと仲が良かったからな……うぅっ!
「えっ!? ちょ、ちょっと! なんでいきなり泣くのよ!?」
「あ~あ。なに泣かしてんだよ」
「わ、わたしじゃないわ!」
「ほ、ほらベル、何か食べたらどうだい? 甘い物買ってこようか?」
「それともジュースでも飲むか?」
「いや、いい……」
俺がホロリと泣き出してしまったことで、フェリシアはアタフタと慌て始めた。
それを見ておちょくるフェリクス。
事情を知っているビクトルとバシルが、まるで子供をあやすかのように宥めてきた。
俺はそんな子供じゃねえ。
しかしいかんな……カーリナのことを思い出しただけで涙が出てきてしまう。
クリスにしても、あんな辛い別れ方は無いよな……。
「と、取りあえず事情を話しなさいよ! カーリと喧嘩したの?」
「おう、喋っちまえ喋っちまえ。喋ってスッキ――」
「お父さんは黙ってて!」
「へいへい」
そうだよな。ビクトルにしてもフェリシアにしても、心配してくれているんだから詳しい事情くらいは話してもいいよな……。
「実はさ――」
ポツリポツリと、俺はここに来るまでに至った経緯を話した。
クリスと付き合うことになったこと。
戦争が始まり、俺とカーリナが戦場に送られることになったこと。
国王の罠で、カーリナを戦場に送られたくなければクリスと別れなければならない。と脅されたこと。
カーリナを打ってでも付いてこさせなかったこと。
ありのままに。
俺が話し終えると、重々しい空気の中それぞれ反応を示した。
「国王陛下がそんなことを……」
詳しい事情を聴いたビクトルはショックを受けた様子で、しかしまるで自分のことの様に悲しんでいる様子だ。
自分の娘が酷い目に遭うかもしれなかったんだし、そうなるよな。
「成程ねぇ……」
対してフェリクスは、難しそうな顔して腕を組んでいた。
何が「成程ねぇ」なんだろうか。
「……」
既に知っていたバシルは、目を瞑って静かに聞いている。
コイツはコイツで、また話を聞いて腹を立てているかもしれない。
で、フェリシアも当然カーリナのことで怒りを露わに――。
「ねぇベル。そのクリスティアネって子とは、もう恋仲じゃないのよね?」
しなかった。というか違う所に疑問があるみたいだ。
無表情に見つめてくる目が怖い。
……え? そこ? カーリナの心配は?
「……うん、まぁ。クリスはどこかに嫁ぐって言ってたし、もう会うこともないだろうけど……」
「そう……」
俺がそう答えると、フェリシアは無表情のまま小さく零した。
しかしやがて、彼女はどこか安心したような笑みを浮かべると、ハッとなり、いつものツンとした様子でそっぽを向く。
「か、勘違いしないでよね! ベルがその子を選んでたらカーリが大変なことになっていたかもしれないでしょ! だ、だから心配していたのよ!」
「ああ、成程」
なんだそう言うことか。
てっきりカーリナのことを心配してないのかと思ってしまったよ。
フェリシアに限ってそんなことないよな。
「……まぁどんな事情があったにせよ、カーリナは安全な所にいるんだろ? だったら何も心配しなくてもいいじゃねぇか」
「まぁそうですけど……」
「だったら取りあえず……呑もうぜ?」
「あ、はい」
取りあえず吞むことになった。
結局、皆に言われてきたことだが、カーリナの安全が保障されたからよかったんだ。
だったらそれでいいよな。
こうして皆と食卓を囲っていると、これから戦いになるなんて思えない程楽しい。
今はその楽しさを味わおう。
「じゃあお酒頼みますね。バシル君も呑むかい?」
「あ、はい。いただきます」
「飲み過ぎないでよねお父さん」
「わかってらぁ!」
さっきまでの重々しい空気はどこへやら。
フェリクスの合図で酒を呑む雰囲気に早変わりだ。
というか呑みたいだけだろアンタ。
……ま、でも。折角こうして皆と再会したんだし、今日くらいは羽目を外そうかね。
明日から忙しくなるみたいだし、しっかり楽しもう。
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「諸君! 早速だが城壁外にて土塁、落とし穴の作成。並びに城壁の補修に取り掛かってもらう! どれも重要な仕事であるため、手を抜かずに作業をするように!」
翌早朝、兵舎区に響いたラッパの音で俺達は目を覚まし、学生隊を指揮するオッサン騎士の許に集まった。
場所は兵舎前だ。
朝の食事前の時間帯にも関わらず、いきなり仕事させられるらしい。
とんだブラック企業だな。
「質問があります」
「なんだね、ダヴィド!」
「帝国はいつ、ここへやって来るのでしょうか? 敵の数はどのようになっていますか?」
早速作業に取り掛かろうとしていたところに、バシルの質問が静かな兵舎区にこだまする。
確かに、敵が来るかもしれないって時にのんびり城壁の外で作業していてもいいのかね?
その時の襲われたらどうすんだよ……。
「ふむ。君の質問も尤もだ。敵がいつ攻めてくるかだが、偵察隊の報告だと早ければ明日の昼、遅ければ明後日にはここに来るかもしれんそうだ。数については、40万の兵を半分ずつに分けたらしく、20万の兵がここに向かっているらしい」
成程……早くても明日の昼には20万の敵が押し寄せてくるのか。
対して、ここの兵士は何人いるんだろうか?
兵舎区の規模を考えれば3万人程だろうが、今は戦時だ。もっと増えるだろう。
それに、いざとなれば居住区からも義勇兵を徴用なりするんだろうな……あんまり考えたくないが。
「質問は以上かね?」
「はい。ありがとうございます」
「先ほども言ったが、敵は20万! 対してこちらは、8万を見積もっている! 数の上では不利に見思えるかもしれんが、それを覆せるかどうかは君達の努力次第である! であるからに! 今からの作業は必死になって取り組むように!」
こっちは8万か……ちょっと少ないな。
しかしオッサン騎士が言ったように、それを覆せるかどうかは俺達次第だ。
こっちは防衛線だし、敵が来ると分かっているからこそ、策を練って準備をする。
……うん、なら真面目に作業に取り組もう。
訓示を言い終えたオッサン騎士は、今度こそと言わんばかりに俺達を城壁外へ連れ出す。
城壁外へ向かう俺達学生達は皆、私語をすることもなく真剣な表情だった。
外に、城塞の西側に出ると目の前には平野が広がっていて、門の前から伸びる街道を封鎖するかのように他の兵士達が土塁や落とし穴を作っている。
その中にビクトルは……いないようだ。
「ではまず、諸君らを3つの班に分け、それぞれ作業に取り掛かってもらう!」
オッサン騎士の指示で班分けされた俺達は、それぞれの持ち場に付き、作業を開始した。
俺の班は、落とし穴用の穴掘り班だ。
因みにバシルの班は城壁の補修班に入っている。
落とし穴を掘る。という単純なことなのだが、実際の作業としては単純だ。
というのも、俺達学生隊は全員魔術師なので、魔術を使えばあっという間に穴が掘れてしまう。
それに魔法陣や魔術式を使えば、さらにキチっとした、10メートルくらいの落とし穴が出来てしまうのだ。
「おお、ずげぇな坊主ども」
「魔術学院から来たとは聞いてたが、まさかこんなに簡単に掘っちまうなんてな……」
「いやはや大したもんだ」
どうやらさっきまで作業をしていた兵士達からは概ね好評のようだ。
そりゃさっきまで手で掘っていた人から見れば、俺達の魔術は便利だろうな。
土塁や城壁の補修にしても、俺達が来る前は手作業だったみたいだし。
「何でここの魔術師の人達は穴を掘ったりしないんですか?」
「なんでもクソも、ここの魔術兵は大事な戦力だから、こんな雑用には使えないんだとよ」
「そうですか……」
じゃぁ最初っから魔術師なり魔法師なりに任せればよかったのでは? と思って近くにいた髭面の兵士に聞いてみたのだが、どうやら戦力温存の為に出し渋ったらしい。
ということは、俺達は大事な戦力じゃないみたいだ……。
呼びつけといて失礼な話だな。
「ま、坊主達が来てくれたお陰で、俺達も楽が出来て良かったぜ」
「じゃぁ帰ったら何か奢ってくださいよ」
「はっはっは! それとこれとは別だ!」
「ケチくさー……」
ちゃっかりしてらっしゃるなぁ。
一杯くらい奢ってくれてもいいのに。
そんな風にあれやこれやと話を、或いはどういう風にすれば落とし穴とバレないかを相談しながら俺達の作業は進んで行った。
かなり広い範囲に無数の落とし穴を作り、その上には土魔術で作った薄い蓋を被せ、見た目は地面と変わらないようにカムフラージュを施す。
元々が原っぱだった為、落とし穴を掘った場所は茶色くなってどうしても目立つ。
それを誤魔化す為一定の範囲の原っぱを焼き払い、その上で魔術を使って土をおこし、あたかもそこにも落とし穴がありますよ。と思わせる欺瞞工作もしておいた。
これである程度は引っ掛かってくれるだろうと期待したい。
こうして朝の作業は、滞りなく進んでいった。
もしかしたら敵が早くもここにやって来るかもしれない。なんて少し不安に思っていたのだが、今のところは大丈夫のようだ。
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「あら、ベルにバシル。おはよう」
「ああ、おはようフェリ」
「アンタもこれから朝食か?」
「ええそんな所よ」
朝の作業が終わり、兵舎区に戻った俺達はそのまま食堂へとやって来た。
そこで、先に食堂に来ていたフェリシアと偶然出会い、お互いに挨拶をする。
するとフェリシアの後ろからスッとフェリクスが顔を覗かせた。
「おめー、ベルホルトがいるからってわざわざこっちの食堂に来たんだろ? 何偶然を装ってんだ」
「ちょっ、ちょっとお父さん! そういうこと言わないでよっ!」
「へっへっへ」
ヘラっと笑うフェリクスに、フェリシアは顔を真っ赤にして怒鳴る。
そうか……そんなに俺達と食事を食べたかったんだな。
それとも……。
「……言ってくれれば一緒に食べる約束したのに」
「なっ!? そ、そう言うことじゃないわっ! わ、私はベルが不安になっているんじゃないかって思っただけよ! か、勘違いしないでよねっ!」
「なんだ、そう言うことか」
てっきり俺のことが好きだから来たのかと思っちゃったじゃないか!
……いや、本当にそう言うことだよな?
……そう言えば去年、カーリナが意味深なことを言っていたような気がするが……まさか、そう言うことなのか?
イカン、俺も顔が熱くなってきた……フェリシアと顔が合わせ辛いぞ。
「……ベルホルト」
「なんだよバシル」
「お前クソ野郎だな」
「何でだよ……」
何故かバシルが非難がましい視線を送って来るのだが……お前には関係ないだろと言いたい。
「ま、何でもいいけどよ。さっさと飯にしようぜ。腹減ったぞ」
ニヤニヤと俺達の様子を見ていたフェリクスの一言で、俺達は朝食を食べることになった。
……なんですかねぇ、皆してもう……。
流石戦時。ということもあり、昨日よりさらに混雑した食堂で俺達は朝食を受け取ると、食堂の外に出て適当な場所に座った。
通行の邪魔にならない程度に道端を占領しつつ、食堂の壁にもたれながらだ。
相変わらず不味い飯を口にしながら、バシルがフェリクス達に質問をし始めた。
「それで、剣皇さんやフェリシア達はここで何をしていたんですか?」
「あん? 俺達か? 俺達はここで他の兵士達に剣術や強化魔術を教えてたんだよ」
「そもそも私達は、エルメス様の指示でここに来たのよ」
「魔神の指示で?」
「そうよベル」
まぁそうでなけりゃ、魔神の弟子がわざわざここへ来ないか。
それにしても、ここの兵士達がフェリクスから直々に剣の修行を受けていたとは……。
俺だって久しぶりに剣の修行を受けたいのに。羨ましい。
「エルメス様は、ここかメノンってところに戦神……レオナルド・ソロモンが来るかもしれない、って予想してたからな。それで俺達がここに、メノンにはブレッドさんが行くことになったってことだ」
「戦神って……」
フェリクスの口から戦神の名前を聞いた途端、バシルが不安そうに顔を顰めた。
戦神が帝国側の人間だと知っているのだろうか……知っているんだろうな。
兵士になろうとしていたバシルのことだ、そう言う有名人がどの陣営にいるかはある程度知っているんだろう。
コイツ、意外と物知りだからな。
「じゃぁ、もしここに戦神が来たら、フェリクスさんが戦うんですか?」
「ああ、まぁな」
「……勝てますか?」
「いや……俺じゃぁ勝てねぇだろうな。純粋な剣術勝負なら俺でも勝てるだろうが、アイツの強さはそれだけじゃねぇ」
壁にもたれたままのフェリクスは、俺の質問に対してどこか悔しそうに答えた。
確か、一度ラージャで戦神の話を聞いた時も、そんなことを言っていた気がする。
しかしそうか……”剣皇”って呼ばれるフェリクスでも、戦神には勝てないのか……。
ん? じゃぁ何でここに来たんだ?
「フェリクスさんが勝てないって言うのなら、何でここに来たんですか? 魔神が直接来てもいいような気がしますけど……」
「今、エルメス様は復活したてでまだ本調子じゃいないわ。十分に戦える状態じゃないのよ」
「なら他の弟子もアルコンに来ても良かったんじゃないのか?」
「他の弟子達は皆、エルメス様を守るので必死なの。だから戦神と戦えるだろう、って人を前線に送ったのよ」
それが私達とハルフォード様よ。と付け加え、フェリシアは俺とバシルの問いに答えてくれた。
魔神は、自分がまだ本調子じゃないからと言って、自分の弟子を戦地に送ったのか。
夜神は別として、勝てない。と断言したフェリクス達をここに送って、もし、取り返しのつかないことになったら――。
「ま、俺だけじゃ勝てないが、やりようはいくらでもあるさ。だから心配するな」
――なんだ、余裕そうだな。いや実際はそうじゃないかもしれないが……。
フェリクスは余裕のある笑みを俺とバシルに見せながら、どこか安心させてくれるような声色で言った。
もしかしたら、あまりにも心配そうな顔をしていた俺達を見かねたのかもしれないな。
まぁ確かに、何の策も無しに戦神と戦う準備はしないだろう。
それに、ここに来るとは限らないからな。
フェリクスの、いつも自信に満ち溢れた表情に安心しつつ、彼なら大丈夫だろうと考えていた。
だが、フェリクスはふと、真剣な表情になると、こう切り出す。
「だがいいか? もし仮に、俺のいない所で戦神に遭遇したら……お前ら迷わず逃げろ。いいな?」
それは、親が子に躾ける時の様な言い方だった。
「……はい」
「分かりました」
俺もバシルも、その真剣な様子に思わず居住まいを正し、返事をする。
鬼族のハリマに勝って、色んな魔物を倒して、魔法も使えて、俺は少し良い気になっていたかもしれない。
だが、相手が戦神となれば話は別だ。
あの自信の塊みたいなフェリクスが勝てないって公言する相手だ、俺なんかじゃ相手にすらならないかもしれない。
そんなのを相手にして、死んでしまうのはゴメンだ。
まだカーリナと仲直りしていないからな。それまでは絶対に死ねん!
「……ごはん、冷めちゃうわ。早く食べましょう!」
「それもそうだな。オラ! オメェらもさっさと食っちまえ!」
真面目な空気の中、フェリシアはいつもの調子を取り戻そうと明るく食事を促してきた。
それに乗る形でフェリクスも、いつもの明るい調子で俺とバシルの背中を叩く。
ちょっと、痛いんですけど……。
願わくば戦神がここに来ないように。なんて、不味いパンを齧りつつ、首に下がっている指輪の存在を思い出した。
オークス先生が貸してくれた奴だ。
確か致命傷を回復してくれる、っていう指輪。
俗にいう残機か。
もしものことがあったら嫌だし、後で指に嵌めておこう。
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朝食を食べ終えた俺達は、また城壁外での作業に従事していた。
どうやらローテーションで違う仕事をするらしく、俺達の班は土塁の作成だ。
土塁は、敵の行動を阻害するための物であり、大群でせめて来る敵の動きを乱す工夫がなされている。
そんな土塁の作成も、俺達学生隊の魔術に掛かればアッという間で、簡単に土塁が完成してしまった。
やったぜ。
やがて昼の時間となり、食事の為に兵舎区へ戻ったのだが、フェリクスもフェリシアも姿が見えず、またビクトルの部隊とも会えなかったので、今度は学生隊達だけでの食事となった。
学生達の話の内容と言えば、やっぱり恋バナだな。
誰それと誰それが付き合っている。だとか、誰が誰のことが好きだ。とか。
中にはフェリシアを紹介しろ! なんて声もあったが、その時は適当な返事をしておいた。
モテモテだな。フェリシア。
そんな中だ。
「ベルホルト」
「なんだ?」
学生達でワイワイと食事をしている中、バシルが真剣な顔で俺に向き直った。
え? 何? 俺ノンケだぞ!
「俺、この戦争が終わったら……もう一度カーリナに思いを伝えるからな」
「おいヤメロォ!」
バカっ! お前それ定番のフラグじゃねぇか!
「な、何でだよ……いいじゃねぇかよ」
「いや、まぁ、うん……カーリに気持ちを伝えるのは……一万歩譲って許すとしよう」
「一万歩ってなんだよ……だったら――」
「でも戦場でそんなことを言うんじゃねぇ! そんなこと言ったら死ぬぞ!」
「なんだそれ?」
そうか……この世界の住人は死亡フラグを理解していないのか……。
俺の態度に困惑するバシルを見ながら、死亡フラグという危ない呪文を唱えたバシルを、俺は守ってやらねばならないと心に誓ったのだった。
そんなこんなと一しきり騒ぎ、昼食を食べ終えた俺達は、また城壁外で作業をすることに。
今度は城壁の補修だ。
この頃になってくると、流石の学生達も戦場の雰囲気に呑まれて来たのか、皆緊張感を漂わせていた。
そりゃそうだ。早ければ明日の昼、この城塞で戦闘が始まるんだからな。
この中の何人が生き残れるだろうか……当たり前だが、全員が生き残れるとは限らない。
そんな緊張感の中、作業は日没まで行われた。
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「で、そこで俺が敵に斬り込んだわけよ! そうしたら敵船の連中、面食らっててよ、あっという間に制圧出来たぜ!」
「でもあの後、ハルフォード様と戦神の戦いに巻き込まれていたわよね?」
「ああ……あの時はヤバかったぜ……」
時刻は夜の……なんかいい時間。
今は何をしているかと言うと、フェリクスによるイルマタル海での戦いの話が行われていた。
酒樽抱えて。道端で。
「それでフェリクスさん、魔神様が復活された時は、どんな感じだったんですか?」
「おう! ありゃぁスゲェぜ! なんたってこう、この世の終わりかと思ったからな! ダハハハハ!」
「って言っても、その時わたし達は遠くにいたから、余りよく分からなかったんだけど……」
なんじゃそれ、よく分からなかったのか。
絶賛泥酔中のフェリクスに、ほろ酔い中のビクトルがアレコレと質問を投げかけ、魔神の復活を掛けたイルマタル海での戦いのことを聞きだしていた。
勿論、ぐでんぐでんに酔ったフェリクスにまともな話が出来るわけもなく、隣にいたフェリシアが補足を付け足しまくっているが。
というか、フェリシアもその戦いに参加していたんだな……。
「なんか、凄い歴史的な事件の顛末を聞いてるはずなんだが……」
「気にしたら負けだぞバシル……」
時代を左右する程の事件を、当事者から聞いている感動からか……或いは有名な称号付が酒に弱く、泥酔した姿を見ての幻滅からか、バシルは手をワナワナと震わせながら話を聞いていた。
俺は見慣れた光景だから、特に何も思わないが……。
騒ぐフェリクスを見やりつつ、辺りを見回すと、そこかしこで酒盛りや宴会みたいなのが行われていた。
官庁区から振る舞われた酒でだ。
というのも、敵が来る前ぐらいは羽目を外させようと、アルコン城塞の偉い人が言い出したことらしい。
後は最低限の歩哨や必要な人材を残してこの城塞全域、官民兵関係なくあるだけの酒を振る舞われたのだとか。太っ腹だ。
結局、敵20万に対し、こちらの兵力は徴用され民間人を合わせても7万5千。
多いか少ないかは分からないが、2万人程が民間人からの徴用である分、少し心もとない気がする。
ま、そこはここのお偉いさんの采配に掛かっているけどね。
「おいベルホルト! お前吞んでるのか!?」
「あ、はい。ちゃんと呑んでますよ」
「おう! もっと呑め!」
この酔っ払いめ。
顔を真っ赤にして杯を振り回すなよ、中身が飛び散ってんじゃねぇか。
そんなフェリクスに生返事を返していると、左隣にいたビクトルがスッと俺の傍に身を寄せて来る。
「ベル」
「なに? 父さん」
「僕の部隊は北に配置されているんだけど、ベル達の学生隊はどこに配置されているんだい?」
「あー、南西の方だったはず」
「そうか……なら、明日は離れて戦うことになるね……」
「うん……」
そうか……ビクトルとは離れた所に配置されるのか。
そうなると、お互いの安否が分かり辛くなるな。
……あ、そう考えただけで、凄く不安になって来た。
明日か明後日、もしかしたら俺かビクトルが――。
「大丈夫。大丈夫だよ、ベル。絶対に生き残って、ビアンカ達の所へ戻ろう」
「あ……うん」
急な不安に駆られ、手が震えたて来た所を、ビクトルがまた肩を抱きしめてくれた。
ああ、安心するな……この人はやっぱり俺の父親なんだな、って感じさせてくれる温かさだ。
……いや、よく考えたらこれもフラグだよな? なんか凄く不安になって来た……。
「……」
そんな俺達親子のやり取りを、バシルは微笑みながらも寂し気に眺めている。
……少し配慮が足りなかっただろうか?
バシルは、時間のある時はいつも家族の情報を探していた。
それでも家族の安否が分からなかったバシルは、今の俺達を見て何を想っているんだろうか?
……また今度、腹を割って話会ってみないとな……。
そんな感じで少し不安で心が一杯になりそうになった時だ。
俺の右隣にフェリクスがやって来ると、そのままどっかりと座り、ビクトルと同じように俺の肩を抱きしめて来た。
というか首に腕をまわしてきた感じだな。
そのせいでビクトルが離れてしまった。
「なんだなんだ! しけた面しやがって! オラもっと酒呑め!」
「わぷっ、ちょっと待っ……自分で呑みますって!」
そしてそのまま杯を俺の口に押し当ててきて痛いのなんの……。
本当に勘弁してくれよ。
あとフェリクスの耳が俺の頭に刺さってるし。
ほら見ろ、ビクトルもバシルもフェリシアも、呆れて笑っているじゃねぇか!
そんな風にフェリクスとワチャワチャしていると、ふと、彼は寂しそうな笑みを浮かべ、そっと告げてきた。
「もし、万が一俺に何かあったら……そん時はフェリを頼むぞ」
……やはりフェリクスと言えども、戦闘前となると不安になるのだろうか?
普段は絶対口にしないようなことを言うあたり、実はかなり参っているのかもしれないな……。
だったら、そんな弱気なフェリクスの為にも、ここはひとつ男らしくフェリシアを任されようか!
「……はい。フェリのこと、俺に任せて下さい! 何かあったら、俺が守りますから!」
そう、高らかに宣言しておいた。
これでフェリクスも安心して戦えるだろう。多分。
俺の力強い返事にフェリクスは一瞬キョトンとしたものの、すぐに破顔させた。
「よく言った! それでこそ俺が見込んだ男だ! はははは!」
フェリクスは心底嬉しそうな様子で笑い声をあげている。
そして何故か、フェリクス越しに見えるフェリシアの顔は真っ赤になっていた。
なんか恥ずかしそうに俯いているが……何があったんだ?
そんな風に、ご機嫌なフェリクスに揺らされていると、何を思ったのか、フェリクスは開いている方の腕でフェリシアを抱き寄せると――。
「よし! お前ら無事に帰ったら結婚しろ! 俺が許す!」
「ブハッ!?」
「おっ、お父さんっ! 何言ってるのよ!?」
問題発言をぶっ放してきた。
いやいやホントに何言ってんだよ!
そんなこといきなり言われたって、フェリシアも困惑するじゃないか!
「何って……オメェ、ベルホルトのこと――」
「わぁっ! わぁーっ! わぁーーっ!!」
何かを言いかけたフェリクスに、フェリシアは大声でその声をかき消さんとする。
正直うるさいが……いや、なんとなくフェリクスが言わんとしていたことが分かってしまった。
ラノベの鈍感系主人公ではあるまいし、前から薄々感じてはいたが……。
「……お前、本当にちゃっかりした奴だな」
「……」
そんなつもりはなかったんだよ。
だからそんな目で見るなよバシル。
ほら、ビクトルも何か言ってくれ。
「ベル……」
「父さん……」
「僕、早く孫の顔がみたいな」
「いや、流石に早くない?」
期待し過ぎだろ。どれだけせっかちなんだこのオッサンは……。
さっきまでの雰囲気はどこへやら。
ついには俺を解放したフェリクスが自分の娘とギャーギャー騒ぎ始める。
そんな中、俺は何気にフェリシアに視線を送ると、未だに顔が真っ赤の彼女と目が合いってしまった。
するとフェリシアは、まるで乙女のように顔を背ける。 いや、正真正銘の乙女だけど。
いや、というか、その仕草に不覚にもドキッとしてしまった。
目が若干潤み、顔を赤らめているその姿を見ていると、とても愛らしく思えてくる。
今までこんな気持ちになったことはないのに……酒の所為かな?
それとも……。
ああイカン。明日明後日には戦闘だって言うのに、今日はまともに眠れなさそうだ。
次回は7月2日の投稿です。




