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第41話:要塞での再会

 「カーリが……俺のこと……嫌いって……う、う、うぉえっ!」

 「きたね……おい大丈夫かベルホルト? 元気出せって」

 「でも、カーリに、大っ嫌いって……」

 「本気で言った訳じゃないだろ。気にするな……っておい! 中で吐くなっ! 外に出せってさっきから言ってるだろ!」


 今現在、戦地に向けて学院を出発した俺達は、数台の幌馬車に揺られて目的地に向かっている最中だ。

 そんな中、俺はひたすら泣いて吐いての繰り返しで、最早俺に話掛けるのは向かい合わせに座ってるバシルくらいしかいない。

 他の生徒達は貰いゲロをしないように我慢するか、俺から顔を背けるかのどちらかだ。

 薄情な奴らめ。


 そもそも俺がこんなに泣いて吐いてと忙しいのは、クリスと別れ、カーリナに大嫌いと言われ、ついでに馬車酔いが酷い所為である。


 「カーリナは分かってくれるさ。お前の自慢の妹だろ?」

 「ああ……」

 「だから生きて帰って、カーリナと仲直りすればいい。だろう?」

 「そう……だよな……」

 「だからそんなに落ち込むなよ」


 多分、真っ青になっているだろう俺の顔を覗き込みつつ、バシルは俺を励ましてくれていた。

 俺の左肩に手を置き、余り揺さらないようにしながら声を掛けてくる。

 俺の足元は既に吐しゃ物でベチャベチャなのに、それを気にせずだ。

 ……バシル、お前……いい奴だな。


 「……あり゛がどう」

 「ああ、気にすんな。それよりも吐くときは外に出せな?」

 「うん……」


 因みにこのやり取り、3回目である。

 ……まだ配属先に付かないかなー……。


 「そういえばベルホルト、俺達が配属される場所って聞いたか?」

 「ん? あー……クリスとカーリ、どっちが可愛いかって?」

 「ちげぇよ。アルコン砦かメノン城塞のどちらに配属されるか聞いてないよな。って話だ」

 「そうだったか?」

 「……重症だな」


 重傷とは失礼な。

 俺はまだまだ健全だ。

 アレだろ? アルコンかメノンのどっちに行くかだろ? そんなもん……あれどっちだ?


 「……その内分かるだろ」

 「ま、それもそうだな」


 俺の適当な答えに納得したバシルが腕を組んで頷く。

 まあ、納得してくれたのならそれでいい。

 別にどちらに行こうとも、戦争をすることには変わりないからな。

 どちらでもいいよ……。

 カーリナもクリスも、もう……。


 「……っうぅ!」

 「また始まったよ……」


 嗚咽ともえずきともとれる声に、バシルはウンザリした様子で呟いた。

 悪いね。もうちょっと付き合ってくれよ。



 _______________________________________________




 学院を出発して約1日。

 途中で休憩や休眠を挟みながらも、どうやら俺達は目的の場所に到着したようだ。

 いつの間にか10台あった馬車が5台になっている所を見ると、二手に分かれたみたいだな。

 他方は違う配属先に行ったのだろう。


 そうして見えてきたのは、黒く、堂々とそびえ立つ立派な城壁に物見の塔。

 砦の西側は平野が広がり、一方の東側には森林が広がっている。

 頑丈な3重の門に守られた出入り口を潜ると、中にはもう一つ城壁があった。


 ラージャに比べれば規模は小さいが、それでも砦としての機能は十二分に発揮されるであろうこの砦は、見る者を圧倒させる威圧感を感じさせてくる。

 なんというか……。


 「……凄い砦だな」

 「ああ、ここなら簡単に落ちないだろ……」


 俺もバシルも、他の生徒達もポカンと口を開けて茫然と砦の姿を眺めていた。

 バシルの言った通り、ここなら簡単に陥落することはなさそうな気がしてくる。


 ……で、結局ここはどこなんだ?


 「よし! 到着したぞ、降りろ!」


 オッサン騎士に下車を促され、俺達は荷物を持って馬車から降りた。

 いつもなら馬車から降りたことを喜ぶのだが、今回は場所とその場の空気がそうさせてくれない。


 「全員降りたかね? よろしい! ではこれからこのアルコン砦について案内して回るので、各自荷物を持って付いてくるように!」


 乗っていた馬から降りたオッサン騎士に連れられ、俺達はぞろぞろと砦の仲を見て周ることになった。

 結局俺達は、アルコン砦に来たみたいだ。

 王都ファラスから南西に位置する、丘を利用した砦。

 街道を守るこの砦に、俺達は配属されたのか。


 そんな砦の中をよく見ていると、あることに気付いたが、バシルが先にその疑問を口にした。


 「……しかし、兵士以外の民衆も多いな」

 「焦土作戦をしたからな。西から避難してきた住民なんだろう」

 「……」


 その民衆らを見るバシルの表情は、焦燥感に襲われているような、そんな様子だ。

 何かを必死で探しているかのように、端から端まで目を向けている。

 確か、バシルの故郷……コイノスも、帝国に呑み込まれたか、或いは焦土作戦に巻き込まれたか……。

 バシルとしては、ここに家族が避難してきているかもしれないと思ったのだろう。

 そりゃあ、必死に探すだろうな……。


 「この区画は居住区である! この居住区ではこの砦の市民や東から避難してきた民らも過ごすことになっているので、くれぐれも問題を起こさないように!」


 オッサン騎士に連れられ、やって来た場所がここだ。

 比較的しっかり建てられた家と、急拵えで建てられた家が所狭しと並んでいる。

 そこへこの砦の市民と避難者達が暮らしているらしい。


 外側の城壁と、内側の城壁に挟まれる形だ。

 区画ごとにゲートがあり、そこに門兵が立っている。


 「ここは南側か……敵が侵入してきたらどうなるんだ、バシル?」

 「この砦には、外側の第一城壁と、内側の第二城壁がある。第一城壁には東西に門があって、第二城壁には南北に門があるんだよ。だから、もし仮に第一城壁が破られて侵入されれば、敵兵が第二城壁内へと入るために南北の門に集中するだろうな」

 「……っていうことは、その第一城壁が破られるとこの居住区も荒らされるわけか」

 「そうなるな」


 居住区をせっせと歩いていくオッサン騎士に付いて行きながら、俺はバシルからこの砦の構造を聞いていた。

 この居住区も、俺達の努力次第では滅茶苦茶になってしまうのか……。


 「というか詳しいな」

 「何度かここに来たことあるんだよ」


 成程、だからか。

 オッサン騎士の説明を聞いてもいいが、どうせなら身近にいる友人から聞いた方がいい。

 色々聞きやすいし分かりやすいからな。


 しかし、この区画の人の多さに辟易してくる。

 いくら避難民が多いとは言え、通路が人で溢れかえっているこの状況、何とかならんかね?

 道端や軒下の日陰には物乞いもいるし。

 物乞いなんて、フェリシア達とした旅の中でよく見かけたものだけど、いざ戦地に配属されて、ってなった時にこういう人達を見ると、なんだか不味い状況なんじゃないのか? って思えてくる。

 ま、こういう人達が増えてしまうのも仕方ないことだけどさ。


 「ここが諸君らがこれから過ごす兵舎区である! 君達は一旦ここで荷物を預け、次の場所へ案内するので、各自荷物をあの建物のホールに置いてくるように!」


 人ごみと共に門を潜り、今度は比較的広い場所に出る。

 ここは兵舎区か……。どうりで厳ついオッサン達がそこかしこにいるわけだ。


 で、どうやら俺達はここで荷物を一旦預けるらしい。

 オッサン騎士の言う通りに、俺達は荷物を兵舎の中へと置いてきた。

 いくつか並んでいるうちの一つだ。ここで寝泊まりするんだろう。

 多分40棟は建っているんじゃないだろうか?

 どれも見た目が同じで迷いそうだが、兵舎の壁には”第25棟”と書いてあったので分かりやすい。


 「戻って来たかね? では次だ!」


 全員が荷物を置き、戻って来たのを確認したオッサン騎士は、再び俺達を連れて歩き出した。


 「なぁバシル。西側に兵舎区があるんだよな?」

 「ん? ああ、そうだな」

 「だったらあそこが敵に襲われたら危ないんじゃないのか? 例えば奇襲を受けるとかさ」

 「う~ん……どうなんだろうな……」


 兵舎区があるのは砦の西側だ。

 こんな所、俺達が寝ている間に襲われたら危ないんじゃないのか?

 そんな疑問をバシルにぶつけてみたのだが、それを聞いたバシルは腕を組んで頭を傾げると、少し考え出した。


 「この砦を攻めようとすれば、敵は大軍勢で来るだろうし、それなりの数で攻めてくれば夜襲も奇襲もしにくいだろ。敵が攻めて来たと分かれば、兵舎から出て配置に着けばいいしな。だからああやって兵舎をまとめたんだろ」

 「あ~、成程」


 万一奇襲とかが成功しても、すぐに鎮圧されたら意味がないもんな。

 敵もまずそんな少数の兵で攻めないだろうし。

 兵舎の数を見ても、兵士なら2、3万人は収容できそうだ。

 戦時となればもっと増えるだろう。


 その後、俺達はオッサン騎士に連れられながら色んな場所を案内された。

 北側にある練兵区。

 東側にある商業区。

 そして南側にある門を潜り、第二城壁内へ。


 「ここ、第二城壁内は官庁区となっている! ここで政治的な決定や軍事的な指揮を執り行い、このアルコン砦の運営をしている!」


 ということは、ここがこの砦の中枢というわけだ。

 物見の塔もこの第二城壁に2か所、東と西に立っていてこの砦のほぼ全体が見渡せるようになっているみたいだな。


 「いざとなったら、この第二城壁内へ撤退して徹底抗戦することも出来るらしいが……それは余り考えたくないな」

 「確かに、そんなことになったらどうしようもないだろうな」


 バシル言うには、第二城壁内に籠ることも出来るらしいが、その時はあんまりいい状況じゃなさそうだ。

 今回の戦いではそうならないように願いたいものだな。


 「今回は特別にこの官庁区に入ることが出来たが、諸君らがこうして官庁区に入ることはまずないと思いたまへ!」


 ま、政治の中枢だからね。そう簡単には入らせてくれない、というのは分かる。

 今回が特別ということだ。


 で、また南側の門から居住区へと出ると、また兵舎区に向かってそこで昼食を食べることとなった。

 兵舎区の中にいくつかある食堂に行くと、そこには既に他の兵士達であふれていて、俺達が座れるようなスペースが殆ど無い。

 それでもオッサン騎士はここで食べると言い出し、俺達を引き連れて食事を配給している列へと並んだ。


 「随分兵士の数が多いんだな」

 「各地から集められたんだろう。こことメノンは重要な拠点だからな、兵力を集中させて帝国の兵士を迎え撃つつもりなんだろうな」

 「成程……流石軍事学を取ってるだけあるな、バシル」

 「まあな」


 そういえば兵士になりたいって言ってたもんな。

 こんな形で望みが叶うのもどうかと思うけど。


 しかし本当に兵士の数が多い。

 机は勿論、床に座って食べる兵士もいっぱいいて、そこかしこで場所の取り合いになってる。

 その殆どは統一された装備を着ているが、中には装備がバラバラの連中もいて、そういう連中は大体髭がボーボーだったり薄汚れていたりと不衛生な感じだ。

 きっと傭兵か雇われた浪人なんだろうな。


 そんな屈強な兵士達から見た俺達学生の姿は相当目立ったらしく、給食の列が動く度に様々な野次が飛んで来た。

 「ママんとこに帰んな!」とか、「ここはガキの来るとこじゃねーぞ」とか、「俺達の足引っ張るなよ」など。

 大体は揶揄うような言い方だが、中には心配してくれるような言葉も聞こえて来た。

 帰れるもんなら帰りたいんですけどねぇ……。


 兵士達から有り難い言葉を聞き流しつつ、俺達はやっと食事を受け取ると、最早食堂内に食べれるスペースが無かったので仕方なく外で食べることになった。

 そもそも外でも食べている兵士達がそれなりにいたので最初から中で食べることなんて期待していなかったが。


 で、俺達学生隊は食堂の近くにあった植え込みの傍を陣取ると、そこに座って昼食を食べることに。

 肝心の食事についてだが……見た目の悪いドロッとしたスープに、これもまた見た目の悪いパンが1個だけ。

 これだけだ。


 「……まっず……」


 スープを一口食べてみたが、よくこんなもの作ったな。っていうくらい不味かった。

 例えるなら、ゴム味のコーラみたいな味だ。

 パンも薄味で美味しくない。

 ああ……ビアンカの手料理が食べたいな……。


 そんなことを考えながら他の兵士達を観察しつつ、パンを齧っていた。

 このクソ不味い食事を、他の兵士達は笑って食べている。

 その姿を見て、俺の舌が肥えているのか? なんて思ってしまったり。

 でもスープをもう一口食べて、やっぱり不味いことを確認すると、俺は間違っていなはずだと再認識した。


 「……なあバシル」

 「なんだ?」

 「これからこんな不味い飯を食っていかなきゃならんのだろうか……」

 「……言うな」


 どうやら不味いと思っているのは俺だけじゃなかったみたいで何よりだ。

 バシルも死んだ魚みたいな目をしている。

 きっと俺の瞳からも光が消えているだろう。


 何とも言えない絶望感に叩きのめされつつも、俺は黙って食べていた。

 結局は我慢するしかないもんな……。

 あ、また哀れな兵士達が食堂にやって来た。

 彼らもこのクソ不味い飯を食いに来たんだろうな……。


 というかあれ、先頭にいる男、見たことあるような……。

 …………あ!


 「父さん!」


 今来た隊の先頭に立っていた隊長らしき人物は、見間違いでなければ、ビクトルだった。

 俺は立ち上がって大声を出すと、周りの兵士達の視線を集める。

 そんな中、同じようにこちらへ顔を向けたビクトルの傍へと、俺は駆け寄った。

 ほらやっぱりビクトルだ!

 鎧を着ていて一瞬分からなかったが、間違いない!


 「ベル! ベルじゃないか! まさか、どうしてこんなところに……」


 ビクトルは駆け寄って来た俺の顔を確認するや否や、青天の霹靂と言った様子で口を開いた。


 「俺もここへ配属されたんだよ。学生隊として、学院から優秀な生徒を集めてさ」

 「そうか……もしかして、カーリも?」

 「いや、カーリは来ていない。多分カラノスへ帰ってると思う」

 「そうか、それは良かった……」


 カーリナも一緒にここへ来たのかと心配したビクトルだが、カラノスへ帰ったことを伝えると心底安心した様子で表情を緩ませた。

 安心してくれよ親父! 俺がアレコレしてカーリナの安全を守ったんだからな!

 ……その代わり失うものが多かったけれど……。


 「隊長、もしかしてお子さんですか?」

 「ああ、僕の息子のベルホルトだ。ベル、彼らは僕の部下達だ」

 「あ、どうも。父がお世話になっています」

 「ああいやいや、こちらこそ」


 ビクトルの紹介で俺はビクトルの部下達とお互いに頭を下げ合う。

 彼の部下らしく、礼儀正しそうな人達だ。

 その部下の一人で、副隊長らしき人が今度はビクトルへと向き直ると、軽く頭を下げつつきちっとした態度で告げる。


 「では自分達が隊長の分まで食事をとってきますので、お子さんと積る話もありますでしょうし、ここでお待ちください」

 「すまない、気を遣わせてしまって……」


 それだけ言うと、部下の人達は今だ混雑する食堂内へと入って行った。

 それを見送っていると、今度はバシルが傍にやって来る。


 「ベルホルト、もしかして親父さんか?」

 「ああ俺の父親のビクトルだ。父さん、コイツがバシルだ。カーリに付き纏っているあの」

 「ほう、君がかい?」

 「ばっ! おまっ、なに言ってんだよ! ち、違いますからね! 俺は単純にカーリナのことが……」

 「好きなんだね? カーリのことが」

 「あ、はい……」


 不気味な笑みを浮かべるビクトルと、焦った様子のバシル。

 何だこれ? ちょっと面白いな。

 流石にバシルも、相手がカーリナの父親ともなれば大人しくなるようだ。

 もっと言ってやってくれよ親父殿! カーリナのストーカーだぜコイツ!


 しかしやがて、ビクトルはバシルの肩に手を置くと、柔和な表情で言った。


 「ベルとカーリが世話になったみたいだね……ありがとう」

 「……いえ、こちらこそいいお付き合いさせてもらってます」


 ……あれ? なんか結構大人な会話が……。

 あ、不真面目なこと考えてたの、もしかして俺だけか?

 そう……そうだ! なんでここにビクトルがいるのかを聞かなければ!


 「そ、そんなことよりもさ、父さんは何でここに来たんだ?」


 バシルみたいな変態の相手をしてる場合じゃない!

 そう思ってバシルをチラっと見ると、バッチリ目が合ってしまった。

 お前、変なこと考えてたろ? って言いたげな目だ。


 「何で、って……当然、帝国の侵攻に備えてだよ。カラノスの部隊にも命令が下達されてね。僕の部隊も含めて100人程が今日ここに着いたんだ」

 「そっか……」


 田舎町のカラノスから来たのか……。

 そもそもあそこ、そんなに兵士の数多くなかったはずだが、100人も連れてきて大丈夫なのだろうか?

 まああっちは東の端だから大丈夫だと思うけど……。


 「しかしそうか……ベルもここに来てしまったんだね……学院のこととか、カーリのことも聞かせておくれ」

 「うん」


 そう言ったビクトルからは、哀愁のようなものが漂ってきた。

 多分、この戦局や、自分の息子が戦場にいることを心の中で嘆いているのかもしれない。

 俺も、いくら兵士だからといっても自分の父親が戦場に来ているなんて、いい気に慣れないな。

 無事に、二人でカラノスに帰れたらいいんだが……。


 「隊長、食事をお持ちしました」

 「ああ、ありがとう」

 「自分達は向こうで食べてきますので、隊長はどうぞ、お子さんと」

 「気を利かせたみたいで悪いな」

 「お気になさらず」


 ビクトルの部下達が食事を運んできた。

 それをビクトルに渡すと、どうやら俺との再会したことで気を遣ったらしく、彼らは離れた場所で昼食を食べ始る。

 ホント、気の利く人達だ。


 「じゃあ、俺もあっちで食ってるわ」

 「バシル君も一緒に食べたらいいじゃないか」

 「いえ、二人の邪魔をするわけにはいきませんし、俺はこれで」

 「悪いな、バシル」

 「気にするな」


 バシルはバシルで、ビクトルの部下達と同じことを言って戻って行った。

 アイツも気の利く奴だからな。こういう場でも空気をよく読む男だ。

 色々話も聞きたかっただろうに……特にカーリナのことで。


 「じゃあ、あっちで話をしようか?」

 「うん」


 そんなバシル達の好意もあって、俺とビクトルは二人で話をすることに。

 俺も食事を持ってきて日陰で座り込み、適当に食べながらお互いのことを話し合った。


 ビクトルからは主に、カラノスの実家でのことだ。

 ビアンカが家庭菜園を始めたこと。

 アルフレッドが最近メキメキと剣術の腕を上げて来たことなど。

 ビアンカやアルフレッドがどうしていたかとか、そう言うことばかりだった。


 ビクトルの話は、どれも聞いていて飽きない。

 こういう何気ない家族の日常を聞いていると、なんだかホッとしてくる。

 それだけ、今の俺は不安だったのかもしれないな。


 途中でオッサン騎士が傍に来て、後は兵舎での部屋割りだけだから、とそのままビクトルとの会話を許してくれたりした。

 意外といいオッサンだな。


 ビクトルの話を聞き終えると、次は俺の話になった。

 勿論学院での出来事や、カーリナのことについてだ。

 カーリナの好きな相手が、結局分からなかったということ。

 でもバシルのことも満更でもなさそうだったということ。

 魔導祭では俺達青組が優勝したということ。

 話し出せば切がない。


 俺の話を聞いていたビクトルは、嬉しそうな表情で相槌を打っていた。

 ビクトルも、俺やカーリナの成長や活躍を聞けて良かったと思っているかもしれない。

 なんせここはすぐに戦場になるんだし、こうして話をするのも最後に……いや、そんな不吉なことは考えるもんじゃないな。


 もっとポジティブにいこう!


 「ところで、ベルの好きなクリスティアネ殿下とはどうなったんだい?」

 「…………終わったよ」


 駄目だ、今ので完全に撃沈されちゃったよ……。

 俺のテンションの沈みっぷりを見て察したのか、ビクトルも少し慌てつつも何とかその場を取り繕おうとしてきた。


 「え、あ、あ~……ま、まあそういうこともあるよ! ほ、ほら! 元気出して!」

 「まぁ、クリスのことはもういいんだよ。別に。しょうがないと思ってるし」

 「ん? そうなのかい?」


 どういう経緯で分かれたのかは言わないでおこう。また心配させるのも悪いし。


 「ただカーリに……ね」

 「カーリが、どうしたんだい?」


 そう、カーリナがね。

 俺の落ち込み具合も最高潮に達したところへ、ビクトルは恐る恐ると聞いてきた。


 「学院を出発する時に、カーリも付いて来ようとしたんだ」

 「う、うん。それで?」

 「それで……言うことを聞かせる為に、打ったんだよ。カーリの頬を……」

 「……そうか……それは辛かった――」

 「そしたら、大っ嫌いって言われた……」

 「えぇ……」


 ビクトルの憐憫の眼差しが痛い……。

 なんかもう、「どう励まそうか」とか考える余地のない感じだ。

 だってしょうがないだろ。この世で最も天使に近い存在であり、誰にも愛されるべき我が妹カーリナに、「大っ嫌い!」って言われたんだぞ? 思い出したら涙が出て来た。

 次に生まれ変わったら貝になりたい……。


 「……ベル」

 「なに?」


 ただ、そんな風に落ち込む俺の肩を、ビクトルは優しく抱き寄せて来る。

 鎧に当たって若干痛いし冷たいが、その行為自体が温かく感じた。


 「カーリを守ってくれてありがとう。ベルのお陰で、カーリは危ない目に遭わずに済んだんだ。凄く勇気のある行動だよ。本当にありがとう」

 「うん……うん……」


 そう優しく言葉を紡ぐビクトルに、俺は思わず泣きだしてしまった。

 腕で涙の溢れる目を擦りながら、ただただビクトルに肩を抱かれるばかりだ。

 別れ際にリンマオが同じことを言っていたが、俺はカーリナを守れたんだよな。

 なら、もうそれで充分だ。

 後は必死に戦って、生きて帰ろう。


 そうして俺は、ビクトルに抱かれたまま静かに泣き続けたのだった。

 ビクトルも黙って俺を抱き続けるだけだ。心配ないよ。と言わんばかりに。

 そんな彼の優しさに、俺は甘えるばかりだった。


 「それじゃあ、また時間が合えば一緒にご飯を食べよう」

 「うん。その時はまた家のこと聞かせてよ」

 「ああ」


 あの後しばらくしてから、午後からの訓練に出なければならないビクトルが立ち上がり、俺達は一旦別れることとなった。

 その頃には部下の人達も集まって来ていて、次の準備が出来てる状態だ。

 皆、俺を見る目が微笑ましかったのが恥ずかしい。


 「じゃあ俺も皆の所に行ってくる」

 「ああ、またね」


 そんな感じでビクトルに見送られつつ、俺はバシル達がいるであろう兵舎へと向かった。


 兵舎は確か、第25棟だったはずだ。

 建物が似たような物ばかりだからか、道に迷いそうだが、建物に番号が振られている為分かりやすい。

 だからすぐに目的の第25棟に辿り着くことが出来た。

 ホールに部屋割りの用紙が置いてあったので、それを確認して充てられた部屋に向かう。


 「お待たせ……って狭っ!」

 「ああ、来たかベルホルト。お前そこのベッドな」


 部屋に着いたのはいいが、そこは畳12~4畳くらいの広さに、3段ベッドが3つ置いてあるだけの簡素な部屋だ。

 とても狭い。あともう汗臭い。


 で、やって来た俺に対して、バシルはベッドを指しながらことも無げに言った。

 そこには既に俺の荷物が置かれている。

 部屋に入って真ん中の3段ベッドの2段目だ。

 一番中途半端な所を残しやがったコイツら……。


 俺以外の学生達は荷解きを終え、今では狭いベッドでくつろいだり部屋の開いたスペースで自前の剣を研いだりしている。


 「夕方まで自由時間だから、好きにしていいそうだ」

 「ふ~ん。じゃあ外に出てもいいのか?」

 「ああ。兵舎区内にいるなら別に外にいてもいいそうだ。ただし夕方までには戻って来いとさ」


 俺の下のベッドに腰掛けているバシルが説明してくれた。

 そっか、夕方まで自由時間か……。


 「じゃあ荷解きしたら外でも見てくるか」

 「お前ならそう言うと思ったぜ。俺も行くぞ」

 「分かった、ちょっと待ってろ」


 兵舎区だけでもどんなところか見て周りたいしな。

 バシルもそう思ったんだろう。俺がそう言うのを待っていたみたいだ。

 荷物もそんなに多くないし、適当に整理したらすぐに外へ出るか。


 というか本当に狭い部屋だ。

 九人も人が入っていると、ちょっとした作業でも誰かに当たってしまい、その度に気を遣ってしまう。

 それにベッドも3段なだけあってか、1段1段が低く、ベッドの上で上体を起こせない程だ。

 なんというか、入るだけ入ればいいだろ、みたいな考えが見て取れる。


 そんなこんなと考えているうちに荷解きを終えた。

 お、そう言えば5歳の時に貰ったビアンカの本とビクトルの万年筆、これも持って来てたんだ。

 本は……まぁ部屋においといて、ペンはしっかり持っておこう。

 あると便利だしね。


 その後、俺とバシルは同室の学生達に一言断ってから外に出た。

 ま、その前にも何人か外に出て行ったけどね。


 「なんというか、改めて見るとデカい砦だな」


 兵舎から出て辺りを見渡すと、その大きさに関心してしまった。

 大きくてデカい壁、20メートルくらいありそうだ。


 「本当は、西端のクレイトスの方が城塞都市としては大きいんだがな……」

 「そうか……」


 クレイトスはここより大きい城塞都市だと言う。

 そんな砦があっという間に陥落したんだ、ここは大丈夫なんだろうか?

 まぁ、北にはメノン城塞もあるし、敵も分散して攻めてくるだそうな。

 というかそうであって欲しい。


 「そう言えばここって、緩い傾斜になってるけど丘の上に立ってるのか?」

 「ああ、官庁区が丁度丘の頂点にあってだな。それを取り囲むように壁が建ってる」

 「成程」


 ということは、丘をぐるっと取り囲むように壁を作ったのか。

 作るの大変だっただろうな。


 「ところでこの兵舎区に店とかないのか?」

 「ああ、どうだろうな……そう言うのは商業区にあるんじゃないのか?」


 店があれば生活必需品を買い足したかったのだが……流石にそう言うのは商業区にしかないか。


 「第一城壁付近にもしかしたらあるかもしれないな。行ってみるか?」

 「ああ、行ってみようぜ」


 もしかしたら、と言うバシルの言葉を受けて、お俺達は第一城壁側に向かうことに。

 さっきオッサン騎士に案内された時は第二城壁付近を歩いていたから、反対側に何があるか確認できなかった。

 何か店でもあればいいなー。と淡い期待を込めつつ、俺とバシルは散策の旅へと出た。


 「……何もねえな」


 その結果、特に何もなかったでござる……。

 そんな俺の呟きに対し、バシルは特に気にした様子もなく――。


 「そうだろうな、とは思ったよ」


 と一人ごちていた。

 まぁ、もしかしたらあるかも、としか言ってなかったからね。今回は許してあげよう。


 「無いもんはしょうがない。今回は諦めて――っておい、ベルホルト!」

 「なんだ?」

 「あそこで女の子が絡まれてる」

 「ん? どれ……」


 仕方ないと諦めて帰ろうとした時だった。

 振り返ったバシルは何かを見つけたらしく、ある一点を指で指す。

 険しい表情でその先を見つめるものだから、俺も何事かと思ってそこを見る。

 バシルが言った通り、そこには綺麗な銀髪の女の子がいて、大柄の男一人に絡まれていた。


 「なによ! あんたは女と見れば誰でも買えると思っているわけ!? 冗談も大概にしなさい!」

 「このガキ……言わせておけば! ここにいるんなら股でも開いて男の士気を上げてみたらどうだ!」


 どうやら男の方が女の子を娼婦か何かと勘違いしたんだろう。

 腰には剣を帯び、動きやすそうなデニムっぽいパンツにジャケットのようなのを羽織っていて、どう見ても剣士っぽい格好をしてるのにな……。


 女の子はこちらに背を向けていてその表情は見えないが、きっと怒り心頭と言った様子だろう。

 その背中を見ていると、あることに気付く。

 耳が長い。エルフだ。

 それだけじゃない。女の子が叫ぶ度にチラリと揺れる髪に、青い布が巻き付けられているのが分かる。


 …………そうか、あれは――。


 「なにボケッとしているんだよベルホルト! 女の子を助けに行くぞ!」

 「いや、大丈夫だ」

 「は? お前何言って……」

 「まあ見とけって」


 語気を強め、今にも飛び掛かろうとしている男を見かねたらしく、バシルが助けに行こうとしていたが、俺はそれを制止した。

 俺の知っているあの子(・・・)なら、俺達が助けに行かなくてもきっと大丈夫だ。


 「どうしても相手をして欲しかったら、わたしを組み伏せてみなさい――あんたに出来るならね!」

 「こンのクソアマァー!」


 見事に挑発に乗った男が、諸手を挙げて女の子に飛び掛かった。

 チョロイ男だ。

 だが次の瞬間――。


 「ハッ!!」 「ッおふぅううん!!?」


 見事な金的が炸裂した。

 俺もバシルも、遠巻きに様子を見ていた他の男達も、思わず股間に手を当てて内股になってしまった。

 ヒェ……。


 女の子とはいえ、右足から繰り出された強力な蹴りが、男の股関節を襲う。

 訓練が無かったのだろうか、男は鎧も防具も何もつけていない状態だった為に、彼女の蹴りに対するムスコへの防御が無いに等しい状況だ。

 男は、その場へと静かに沈んでいった……合唱。


 「まったく、いい加減にしてほしいわ」


 金的を喰らわした等の本人は、倒れた男に侮蔑の目を向けると、捨て台詞を吐いてその場を去ろうとした。

 俺は、込み上げる懐かしさと嬉しさを押さえながら、彼女を慌てて呼び止める。


 「フェリ!」


 すると、その女の子は――フェリシアは、若干驚いた様子でこちらへと振り返った。

 小顔で、綺麗な翠の瞳。やや釣り目だが、誰もがハッとするような美少女……いや、美女!

 やっぱりフェリシアだ!

 思わず俺は手を振りながら駆け寄り、そんな俺の姿を確認したフェリシアも破顔させる。


 「フェリ!」

 「ベル!」

 「久しぶりだな!」

 「ええ、本当に……」


 お互いに触れ合える距離で向かい合い、懐かしむように見つめ合った。

 俺もこの2年で身長が伸びたと思っていたが、フェリシアも背が伸びたらしく、身長差は2年前とそんなに変わっていなかった。

 目二つ分、フェリシアが低いくらいか。それでもかなり大人っぽくなっていたが。

 そんなフェリシアの頬は、友人と再会た嬉しさからか紅潮しているように見えた。


 「貴方、魔術学院で勉強してたんじゃないの?」


 しかしふと、フェリシアは疑問を口に出す。

 当然だ、本来なら俺は学院で授業を受けていたはずだからな。


 「学生隊としてここに送られてきたんだ。あ、でもカーリはカラノスに帰したよ」

 「そう、カーリは来てないのね? ま、こんなところに来るべきじゃないけど」


 そう言ったフェリシアは、どこか寂しそうな、それでいてホッとした複雑な表情を見せる。

 カーリナにも会いたかった半面、こんな戦場に来なくてよかったと思っているんだろうな。


 「おいベルホルト。この子知り合いか?」


 と、ここで置いてけぼり気味だったバシルが傍にやって来た。

 俺とフェリシアの顔を見比べ、紹介しろよと言いたげに聞いてくる。

 まぁそんなに慌てなさんなって。


 「ああ。この子はフェリシアだ。2年前にカーリと旅をしてた時に一緒に旅した子だ」

 「わ、わたしはただベル達の世話をしてあげただけなんだからね!」

 「はいはい」


 うんうん。このツンデレっぷり、懐かしいね。


 「で、こっちののっぽが――」

 「誰がのっぽだ」

 「俺のクラスメイトのバシルだ」

 「バシル・ダヴィドだ。よろしくな」

 「え、ええ。よろしくね」


 バシルを紹介すると、二人は握手を交わした。

 若干フェリシアがぎこちない態度だったが、多分同年代の男の子にどう接していいのか分からないんだろう。


 二人が握手をし、手を放すところを見ていて思ったんだが……。


 「そう言えばフェリクスさんは? 来てるんだろ?」

 「ええ。来ているわ。多分そこらへんに――」

 「おいおいなんか人が倒れてんじゃねぇか……ってなんだそいつら?」


 噂をすればなんとやらだ。

 さっきフェリシアに沈められた男に驚きつつ、俺とバシルを睨みつけるエルフの男がやって来た。

 まぁフェリクスなんだけどね。


 「お久しぶりです、フェリクスさん!」

 「ん? 久しぶりっておめぇ……ベルホルトじゃねぇか! 久しぶりだな!」


 眉間に皺を寄せた厳つい表情から一転、俺の顔を見た瞬間、フェリクスはパッと見慣れた笑顔に戻った。

 本当に懐かしいな……。


 そうしみじみと感慨に浸っていると、フェリクスは俺の肩に右腕を回し、強引に引き寄せて来た。


 「こんな所じゃなんだしよ、どこか吞めるところに行こうぜ?」

 「あ、いや。俺達は夕方には兵舎に戻らないと――」

 「んな固いこと言うなよ! 用事なんてすっぽかしちまえ! な!」

 「いつつ! か、勘弁してくださいよ~」

 「もう、お父さん……」


 ホントに懐かしいな、この強引さ。

 流石にこれから用事って時に呑んでいられないぞ。

 フェリシアも呆れていらっしゃるじゃないか。


 「ファーランド? フェリクス? あれ? もしかして……”剣皇”……? 貴方はあの、”剣皇”フェリクス・ファーランドですか!?」 


 フェリクスの名前を聞き、フェリシアが「お父さん」と呼んだことでバシルは気付いたようだ。

 そう、フェリクスが称号付ということに。


 「おうボウズ! オメェが誰だか知らねぇが、俺が剣皇、フェリクス・ファーランドよ!」

 「えええええっ!!?」


 堂々と、そして自信満々な表情で名前を告げたフェリクスに、バシルは盛大に驚き、辺りに驚愕の声が響いたのだった。

次回は6月25日の投稿です。

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