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第4話:町外れの魔法師

 魔術を習いだして早2ヶ月。


 毎日ビアンカから座学と実践で魔術を教わっていたおかげで、俺達はこの2ヶ月で治療魔術も中級まで覚えた。

 ビアンカは治療魔術が得意だったこともあり、また魔術大全の知識もあって色々覚ることが出来たからだ。

 基本的にビアンカは全詠唱で覚えさせてくるし、魔術大全にも詠唱は全詠唱で覚えたほうが便利である。と書かれていたから、使える魔術は全詠唱で覚えた。

 ちなみに下級と中級の難しさの違いは、詠唱の長さだけでなく、使う魔力の多さと魔力の伝達効率の良さも関係してくるらしい。


 魔力の伝達効率についての俺の考察だが、伝達効率を例えるならば”ホース”のようなもので、これをいかに鍛えるかによって魔術の強さが決まるようだ。

 例えば、直径1センチのホースに、コップ一杯の水を一気に流そうとしても、実際溢れずに流れるのは少量で損失が大きい。

 しかし、直径10センチのホースであれば、損失が少なく流れていく。

 そんな感じだ。

 

 そうやって自分で考えながら毎日魔術の練習をしているのだが、ビアンカ自身あんまり魔術について深い知識があるわけでもないらしく、教わることは限られてくる。

 ビクトルにも仕事が休みの時や、勤務を終えて帰って来た時に見てもらっているのだが、彼は軍人であるためか、魔術は戦闘向きのものを専門に覚えているらしいので、危険だからとあまり深くは教えてくれなかった。

 魔術大全には魔導や魔法の詠唱も書かれていなかったし、魔法以上のことについては知ることが出来ない。


 ま、魔術専門の本だからね。

 ビアンカやビクトルも俺達の為に色々考えてくれているようでありがたい。

 それに、自分が上手くなっているのを自覚することも楽しいが、カーリナが日々上達していく様を見るのも楽しい。

 やっぱり自分の妹が一生懸命頑張っていると、応援したくなるよな。

 

 そんな毎日を送っていたある日。

 その日は朝から慌ただしかった。


 「ベル! カーリ! やったぞ! 子供だ!! 二人に新しい兄弟ができるんだ! ああビアンカ! 愛してるよビアンカっ!」

 「あらあら、ビクトルったら。二人が見ているわよ?」


 どうやら子供が出来たらしい。

 ビクトルは感極まって、ロッキングチェアに座ったビアンカに抱きつく。

 まだそんなにお腹が大きくないから実感がいまいちだが……。

 何はともあれ、弟か妹ができるらしい。

 やったね! 家族が増え……いややめとこう、これは縁起が悪い。


 でもまあ、兄弟が増えるのは嬉しい。

 この二人、ヤることはしっかりヤッっていたからな。ヤれば出来るんだよ。

 たまにギシギシアンアン聞こえてくるのが悩ましいことこの上なかった。

 時々カーリナが起きてしまい、慌てて寝かしつけるのが大変だったんだよな……。

 カーリナも寝ぼけていたのか、「おかあさんの声がする……」なんて言われたときは大変で、「多分、靴下の枚数でも数えているんじゃない?」と苦しい言い訳をしていたものだ。


 しかしまあ、めでたいことには変わりない。

 これからますます大変になるだろうが、しっかり支えていかないとな。

 なにせ、治療魔術はあれど、前世のような高度な医療技術や知識もなさそうだし。

 いやあるかもしれないだろうが、この町にはなさそうだ。

 衛生面でもあまり期待できない。


 「お兄ちゃん、こども、いつ生まれてくるの?」

 「どうだろうね、あと8ヶ月か9ヶ月くらいじゃないかな? それまでカーリもいいお姉ちゃんにならないとね」

 「うん! わたし、いいおねえちゃんになる!」


 ぐっと握りこぶしを作るカーリナ。

 うん、かわいい。

 カーリナならいいお姉ちゃんになれると思うなぁ。

 ……じゃなくて、俺もしっかりしないといけないな。

 しかし、さっきはあと8、9ヶ月と言ったが、実際はどうだろうか?


 まあそれよりも、生まれてくるのは弟か妹のどっちなのかが気になる。

 希望を言えば妹がいいな。

 そして頼れる兄として尊敬されたい。


 「ベルはまだ5歳だけど、お兄ちゃんとして、お母さんや妹達を守ってあげてくれ。もちろん、出来る範囲で良いけどね」

 「うん、お父さん仕事で家にいないからね。僕が頑張るよ」

 「うっ……人が気にしていることを……。でも頼りにしているよ。お兄ちゃん」

 「うん! 任せて」


 チクッと嫌味を言ったが、実際はビクトルの家庭に対する献身は凄いと思う。

 家にいる時は出来るだけ、ビアンカや俺達に構ってくれるからね。

 そこは尊敬しているよ。


 「……うん、本当にベルのような子に巡り会えて父さんは嬉しいよ!」

 「あらあら、あなたったら、涙脆いところを見せちゃったらベル達が困るでしょう」

 「ああ、そうだね、ごめんよ」

  

 どうやらパパは涙脆いようだ。

 ビアンカに指摘されてもまだ涙をぬぐっている。

 しょうがない父親だなあ、まったく。


 「わたしも! わたしもみんなを守る!」

 「うふふ、ありがとう、カーリ。じゃあこれからは色々頼んじゃおうかしら」

 「うん! まかせて!」

 

 カーリナもお姉ちゃん心が触発されたようだ。

 俺としてはカーリナが弟か妹に取られやしないか不安だ。

 別に俺の、って言うわけじゃないが、お兄ちゃんもちゃんとかまって欲しいな。


 「そういえばあなた、あのことは言わないの?」

 「ん? ああ! あのことか! すっかり忘れていたよ」

 「何? なんのこと?」

 「いや実はね、ベルとカーリの魔術の先生を探していたんだけど、ついこの間いい人とやっと連絡が取れてね。明日、二人をその人のところに連れて行こうと思っていたんだ」

 「何ですって!?」


 何でそんな重要なことを忘れていやがったんだこのヤロウ!

 

 「私が妊娠したことより驚いているわね……。なんでもその人はね、魔法師らしいのよ」


 いやいや勘弁してくださいよビアンカさん、ビクトルが探してくれた魔術の先生でしょ? 専門的に教えてくれる人なんでしょ? テンション上がるでしょ? しょうがないでしょ?


 「ヤコブって言う人でね。カラノスの町外れに住んでいるんだ。ここ1年間外出していたみたいだけれど、最近帰ってきたみたいだ。それで二人のことを頼んでみたら、取り敢えず見てあげよう、って言ってくれたんだ。」


 成程、上手いこと見つけてくれたんだな。

 しかし魔法師って言うことは、魔法を使うことが出来る人、っていうことか。

 うおお! なんか凄い人を見つけてくれたんだな! これはビクトルに感謝せねば!

 というかよくこの町にいたな、そんな凄い人が。

 いや、魔法師がどれくらい凄いのかまだいまいち分からないけれど。


 「僕とカーリ、一緒に見てくれるんだよね?」

 「ああ、明日は父さんが連れて行ってあげるからね」

 「わたしもいっしょ?」

 「うん、カーリもだよ。ベルと一緒に頑張ろう!」

 「おー!」


 よしよし、これでもっといろんなことが身に付くぞ!

 さすがに魔法をいきなり教えてくれることはないだろうけれど、それでも見せてくれたりはするだろう。

 そこから見て盗んで学べだ。

 よぉし、またやる気が出てきたぞ! これでまた魔導師に近づける!


 うん、そう意気込むはいいとして、まずは……。


 「お母さん、お腹、触っていい?」

 「あっ! ズルイぞベル! 一番に触るのは父さんだぞっ!!」

 「わたしも! わたしもさわる!」

 「あらあらうふふ!まだそんなに大きくなっていないのに、気の早い人達ね」

 

 まずは新しい家族が出来たことに祝福だ!



 _______________________________________________




 翌早朝、ビクトルに魔術の練習を見てもらっていると、電話が掛かってきた。

 ビクトルが受話器を取り、話し合始める。

 ちなみにカーリナはまだ寝ていた。


 「はい……。はい……分かりました、すぐに向かいます」

 

 受話器を落として電話を切ると、ビクトルはこちらに向き直る。

 その顔は、公務員で忙しいパパが子供との約束を破るときの顔だ。

 ……何やら嫌な予感がするぞ。


 「あ~……実は、だね……。部隊で緊急の呼集があって、だね……。その~……」

 「要は仕事で魔法師の先生のところに行けない、ってこと?」

 「あ、うん、そうなんだ。」


 やっぱりかこの野郎……。


 「……ごめん! 急な呼び出しなんだ! だからそんな責めるような目で見ないでくれ!」

 

 ……まあ仕事なら仕方ない。

 ビクトルもこの町を守る兵士だからな。

 あー仕方ない仕方ない。


 「でしたら、僕とカーリでその方のところへ行ってくるので、場所を教えてください」

 「二人でかい? いや二人だけっていうのは……。う~ん、ヤコブさんの住まいは森のすぐ近くだし、魔物なんかもいるだろうし……。ビアンカが代わりに……いや駄目だ。……しかしどうすれば……」

 「じゃあこうしよ。電話でヤコブ先生に安全な場所で待ち合わせるように言って、僕達はそこへ行く。それでいいでしょ?」

 「なるほど、ヤコブさんに途中まで迎えに来てもらうのか……。うんそれならいいよ」


 よし、取り敢えずお預けを回避できたぞ。

 ビアンカが代わりに、と俺も思ったが、よく考えたら、今は妊娠しているんだ。

 少しでも危険な事は避けないとな。

 そして、魔法師の人に折角会えるんだ、一日でも無駄にしたくない。

 そう考えていたらビクトルが少し険しい表情を向けてきた。


 「だけどいいかい? ヤコブさんは父さんも直接お会いしたこともあるし、いい人だって知っているから信頼して預けられるけれど、よく知らない人には簡単についていったらいけないよ。もしかしたら人攫いかもしれないからね」


 うん。それは前世でもよく聞いたよ。

 しかし、日本とこの世界ではその重みが違うように感じる。


 平和な日本では滅多に起きないことだから半ば笑い事にすることもあっただろうが、この世界では平気で人を攫ったりする連中がいるらしい。

 だから親も本気で言い聞かせてくる。

 いくら安全とはいえ、町の中であっても人通りの無い場所には行くな。と普段からビクトル達に口すっぱく言われたものだ。


 だがそれでも、ヤコブさんに預けてもいいと普段から過保護気味なビクトルが言うのだから、ヤコブ何某は町の中でもかなり信頼されているのだろう。


 「あと、ヤコブさんがいるから大丈夫だろうけれど、魔物には気をつけるんだぞ」


 魔物。

 それはこの世界に存在するという。

 まだ見たことは無いけれど、普通の動物と違って、凶暴であったり、人の何倍も大きかったりするとか。

 ビクトルも、軍での仕事の半分は魔物退治であるとのことだ。

 言われなくても、あんまり遭遇したいとは思わない。


 「はい。ヤコブ先生の言うことを聞いて、動くときはちゃんとカーリの手を握って、カーリを守ります」

 「ああ、頼むよ、お兄ちゃん」


 ああ、任せとけ!

 カーリナの手の温もりは俺がちゃんと守ってやるから!

 

 その後、ビクトルが電話でヤコブという人に待ち合わせ場所を打ち合わせ、いよいよ家を出る時間となった。

 さらっとヤコブ先生とやらに電話をかけているが、通話出来ているから相手も電話を持っているんだろう。

 この世界の電話はかなり高価なので持っているか心配だったが、どうやら大丈夫そうだ。


 で、いざ出発となった。

 既にカーリナも起きて、準備万端だ。

 荷物は魔術大全と水筒とパンが2個入った鞄が一つ。

 ポケットにはもしもの為の小銭、銅貨がいくつか持たされたので入れておいた。

 この国で一番安い貨幣だ。

 ちなみにビクトルは電話の後、すぐに仕事場へ向かった。


 「ベル、カーリ、ヤコブさんの言うことをちゃんと聞くのよ?」

 「はい」

 「はい!」

 「帰りは父さんが迎えに行くからね。それまで魔術の勉強、頑張ってね」

 「はい!」

 「はい!」

 「うふふ、じゃあ行ってらっしゃい」

 

 行ってきます! と元気良く返事をして、俺とカーリナはビアンカが見送る家を出た。

 少しワクワクしながらも、しっかりとカーリナの手を握って歩く。

 もちろんカーリナとはぐれない為であり、カーリナの手の温もりと感触を堪能するためでもある。


 まあそんなアホなことを考えながら、カーリナと一緒に目的地まで歩いているわけだ。

 魔法師の先生、ヤコブって人か、その人との待ち合わせ場所は、町の中心よりやや北にある広場だ。

 我が家は町の中心よりやや南の方にあるのだが、ヤコブ何某は北の町外れに住んでいるらしく、その中間にある待ち合わせ場所へ向かうのに大体10分程掛かる。


 カラノスの町は、一本の舗装されていない大通りが町の中心を通っていて、その道が町を東西に分け、ちょっとした商店や民家が並んでなんとも長閑な雰囲気である。


 「ねえお兄ちゃん、ヤコブさんってどんな人なのかな? まほうしなんでしょ?」

 「うん、みたいだね。どんな人かわからないけど、きっと凄い人だよ」

 「たのしみだね!」


 隣を歩くカーリナが、楽しそうに笑顔を向けてくる。

 楽しみでしょうがない。といった様子だ。

 お兄ちゃんとしてはその眩しい笑顔を見れただけでもお腹いっぱいだよ。


 カーリナはよく笑う子だ。

 笑うだけじゃなく、喜びの感情が仕草や表情に出やすい。

 今も俺と繋いだ手をブラブラと前後に振って、楽しさを表に出している。

 素直で良い子だ。


 「ひろばって、あそこ?」

 「そうみたいだね、あそこだと思う」


 どうやら目的地が見えてきたみたいだ。

 この先300メートルが、目的地付近です。案内を終了します。

 なんてふざけてるが、初めて来たから少し自信がない。

 いつもは町の南の広場で遊んでいるからね。


 「とうちゃーっく! ……あれ? だれかいるよ?」

 「ほんとだ、誰だろう?」


 広場に到着したところで、カーリナが先客に気付く。

 もしかしてヤコブ先生だろうか?

 ……いや違うな、どうやら三人の子供らしい。

 そいつらも同時に俺達に気付いた。

 そいつらはこっちにやって来ると、真ん中の一回り大きい体の子供、と言っても6~7歳くらいの少年が威圧的に話しかけてきた。


 「おいお前たち、どこの奴だ? ここは俺達のナワバリだぞ!」


 縄張りってお前、猿じゃねえんだから……。

 こいつはあれだな、ここら辺のガキ大将って奴みたいだな。

 妙に偉そうな顔した取り巻き二人を連れて、この物言いだから、カーリナが俺の後ろに隠れしまった。

 きっと怯えてるに違いない。

 どうしてくれるんだよこの野郎。


 「……ここで待ち合わせをしているんだけど……」

 「知るかそんなの! ここは今から俺たちが使うんだから出ていけ!」

 「そうだそうだ!」

 「出てけ出てけ!」


 ずずい、とガキ大将に詰め寄られ、至近距離で出て行けと言われる。

 思わず後ずさりそうになるも、後ろにはカーリナがいるので上手く下がれない。

 正直に言うが、俺はこういう感じのガキ大将な奴が恐い。

 前世で小さい頃、こいつと似たような奴にコテンパンにやられたことがあるからだ。

 以来、ガキ大将と見ると、相手が年下でも体が震えてしまう。


 ……でもなんかこいつ、近くで見ると本当に猿みたいだな。

 よし、こいつのことは猿と呼ぼう。

 後ろの二人は、一人はひょろっとしていて、もう一人はややぽっちゃりしているから、それぞれ河童と豚だ。


 とにかく、このさんび……三人がやかましい。

 でも殴られるのは勘弁なので、ここは穏便に済ませたい。


 「すぐに来ると思うから、少しだけ待たせて下さい」

 「だからすぐに出ていけって言ってるだろ! ぶん殴るぞ!」

 「ぶん殴るぞ!」

 「痛い目に合わせるぞ!」


 いやいや! そんなすぐに暴力に訴えるなよ、穏便に済まそうよ?

 ほら、河童も豚も、そんな肩をぐるぐるさせなくてもいいから。

 でもこのままじゃ猿に本当に殴られそうなので、カーリナを連れて一度引き下がろう。


 「カーリ、ここは一度……」

 「なによ! ちょっとくらいべつにいいじゃん! ケチっ!」

 「っ!? 言ったなぁ!!」

 「ちょっとカーリナ!?」


 なに言ってくれてんのこの子は!

 猿も落ち着いて! その振り上げた手を下して!

 猿ステイ! どうどう!


 「これ、やめんか」

 「え? あっ! や、ヤコブさん……」


 ヤバい、もう殴られる! という寸前で、猿が振り上げた手を老人が掴んで止めた。

 いや、猿が言っていたな、”ヤコブさん”と。

 河童も豚も、驚愕の表情で老人を見てる。

 というか、いつ現れたんだ、この老人。


 「お前さんはジャックの所の息子じゃな。何でも暴力で解決しようとするでない」

 「う……ごめんなさい……」

 「お前さん達、すまんがこの二人と少し話があるでの、向こうへ行ってくれんか?」

 「……おい、行こうぜ」

 「う、うん……」

 「待ってよ!」


 老人にビビったのか、猿達は俺達を睨みながら離れていった。

 だが老人と目が合ったのか、慌てて顔を逸らす。

 それを見たカーリナが、舌を出す。


 「べー!」

 「コラっカーリ! そのベーってするのやめなさい!」


 また猿を怒らせてどうするの!

 腹が立ったのは分かるけど落ち着きなさい。


 「まったく、すぐに手を出しおって」


 老人はあの猿達と知り合いなのだろうか?


 「それで、お主らがビクトルの子供かな?」

 「はい、そうです。あなたがヤコブさんですか?」

 「いかにも。儂がヤコブじゃ」


 改めて老人―ヤコブさんを見る。

 見た目はなんと言うか……すごく魔法使いだ。

 黒いローブに身を包み、オールバックに揃えた白髪。

 短く整えられた口周りの髭。

 60歳くらいだろうか?

 左手には1.5m位の黄色い杖を持っている。持ち手の部分には石英みたいな鉱石がはめ込まれていた。

 どこからどう見てもこの人が例の魔法師だろう。

 むしろ違ったらびっくりする。


 「助けて頂いてありがとうございます。僕がベルホルトでこっちが妹の……ほらカーリ」

 「初めまして! カーリナ・ハルトマンです!」

 「ビクトルから聞いていたが……うむ、元気も礼儀もあってよろしい。今日はよろしくな」


 なんとも優しそうに微笑む人で、中々好感の持てる好々爺な感じだ。

 最初に見た時は厳しそうな人かな? と思ったが、案外優しいかもしれないな。


 「はい、よろしくお願いします」

 「おねがいします!」

 「うむ、では参ろうか。我が家へ案内しよう。ついておいで」


 ヤコブさんは、いや、これからこの人に魔術を教えてもらうんだ、ヤコブ先生と呼ぼう。

 ヤコブ先生は俺に手を差し出してきた。

 その手にはいくつか指輪を嵌めている。

 はぐれないように手を握れってことか。

 俺はそれを握りながら、もう片方の手でカーリナの手をしっかり握り、ヤコブ先生に付いて行った。


 広場を出る時にチラッと猿達を見てみると、遠くの方で三人もこっちを睨んでいた。

 ほんと、勘弁して欲しいよ。

 精神的には大人とは言え、体は子供なんだ、殴り合いの喧嘩になったら負けてしまう。

 ビビッて足が震えていたのは内緒だぞ。


 しかし、魔法師から師事を仰げると思うと、やっぱりわくわくしてくるな!

 本格的に教えてくれるかはまだ分からないけれど。


 広場からヤコブさんと歩いて20分程、町のはずれにある森に囲まれた家に着いた。

 おそらく、ここがヤコブさんの家だろう。

 自然と調和した見事なウッドハウスだ。

 中に入ると、薪ストーブや机があった。

 他にも色々と調度品や、アンティークな飾り物が置いてある。

 中々しゃれおつな家だ。


 「荷物は窓際に置いておきなさい。ここまで疲れたじゃろう、椅子に座っていなさい。今、お茶とお菓子を出すからの」

 「はい。ありがとうございます」


 俺とカーリナは言われた通り、椅子に座って待つことに。

 体が子供だと、体力的に辛いものがあるので遠慮無しだ。

 猿達にも絡まれたしね。


 しかしカーリナは、家の中を興味深そうにキョロキョロと見渡している。

 疲れもあるだろうが今は興味が勝っている、といった所だろうか。 

 やがてこちらに顔を向けて、天使のような笑顔で話しかけてくる。


 「魔法、おしえてくれるかな?」

 「うーん、魔術を頑張って覚えたら、教えてくれるかもしれないよ?」

 「うん! じゃあがんばって魔術をおぼえようね!」

 「うん」

 

 かわいい。

 でもお兄ちゃんも負けないぞ!

 何とかして魔法を見してもらえたらいいな、なんて考えていると、もうお茶を入れたらしいヤコブ先生がトレイを持ってきた。

 ある程度用意してくれていたのだろうか?


 「ほっほっほ。目標を決めて勉学に励むことはいいことじゃ。お主達の頑張り次第では、魔法を見せてあげても良いぞ」

 「ほんとう!?」

 「とは言え、まずはお主達を正式に弟子にするかどうかじゃがな」


 成程、最初の関門を突破しなければいけないという訳だな!

 うん、じゃあ頑張るしかないな。


 その後、10分程取り留めのない会話を続け、一息ついたところでヤコブ先生が切り出してきた。


 「さて、そろそろ二人の魔術を見せてもらおうかの」

 

 やおら立ち上がってそう告げると、ヤコブ先生は外へでる出るように指示する。

 俺とカーリナも立ち上がり、外へと出た。

 外へ出たヤコブ先生は、裏手に回って森を指差す。


 「ではまず、簡単な試験じゃ。あそこの木に向かって、下級の属性魔術を使ってみせてくれ」


 俺達の実力を見るテストのようだ。

 俺とカーリナは並んで、森を見据える。

 まずは俺からだ。


 「僕からやります。『我が一握りの魔力をもってこの手より水球を撃ち出さん ウォーターバレット』!」


 撃ち出した魔術は、二ヶ月前、ビアンカから教わった下級水属性魔術、ウォーターバレット。

 手のひらから生み出された水球は、初めて魔術を使った時と同じ勢いで木に激突した。


 ヤコブ先生をちらりと見ると、ほう、と少し驚いたような、感嘆の声を上げた。

 やっぱり魔法師からすると、そこまで驚くほどでもないのか?

 続いてカーリナが魔術を撃つ。


 「『わがひと握りのまりょくをもってこの手より水球をうちださん ウォーターバレット』!」


 初めて魔術を使ったときより、だいぶ詠唱も慣れてきたようだ。

 カーリナもすらすらと詠唱すると、ビアンカほどではないにしろ、初めて撃ったときよりかなり勢いのある水球が撃ち出された。

 ヤコブ先生はふむ、と納得するように頷いた。

 

 「二人ともビクトルから聞いていたが、5歳にしては中々良く魔術が使えておる。魔術はどの程度使えるのかな?」

 「えっと……わたしはウォーターバレットと、エアーバレットに、ファイヤーバレットに、あとハイヒールもつかえるよ!」

 「僕は、下級の属性魔術全般と、下級の無属性魔術がいくつか、中級の治療魔術ぐらいです。」

 

 ビクトルもビアンカも基本的に、下級魔術しか教えてくれないし、使わせてくれない。

 中級魔術は治療魔術しか教えてくれなかった。

 中級の属性魔術はかなり威力が高くなるから、ご近所迷惑になるとのことだ。

 仕方ないね。

 

 ちなみにカーリナが覚えている”ハイヒール”は中級の治療魔術だ。

 

 それでも、中級魔術が使えることに驚いたのか、ヤコブ先生は関心した様子で頷いた。


 「う~む。その年で中級魔術が使えるか……。これは、ビクトルが将来を期待するのも分かるのう」

 「そんなに凄いことなんですか?」


 俺としては、普通に教えてくれたことをやっただけなんだが……。 

 そんな疑問も、ヤコブ先生は答えてくれた。


 「うむ。まず5歳でそれだけ魔術を使えるようにしようとしたら、毎日厳しい修練を積まなければならん。そして普通の子供はそれに耐えられずに投げ出すじゃろう。おそらく、ビクトルの血が、竜族の血が強く出たのじゃろうな」


 激しい修業って、気絶するまで魔術を使うことか?

 それならば、毎日カーリナが気絶しそうになるまで魔力を使っているが、俺は気絶したことはない。

 かなり恵まれた体質らしいので、さほど苦労はしなかった。

 

 まあ、何事も途中で投げ出さない。と心に決めたから努力はしたが。

 それと前世の記憶がある分、訓練を要領よく出来ていたのかもしれない。


 あと血か。

 カーリナも魔術の才能があるところを見ると、翼竜族の血のおかげでこれだけ使えるようになったのだろう。

 それだけ竜族が魔術に長けた種族だということか。

 ありがとうパパン!


 「ふむ。では、もっと使えるようになるコツを教えよう。これで魔術の質が上がれば、弟子にしてやろう」


 お! なんか一気にそれらしい話になってきたぞ!

 

 「これは魔力の伝達効率を上げるための、ちょっとした練習方法じゃ。まずは、自分の両手を合わせて、力一杯押し合ってみなさい」

 

 言われた通りに俺達はやってみる。

 カーリナは、「ふぬぬぬ!」 と顔を真っ赤にして両手に力を込めている。

 ああ、顔を真っ赤にして、かわいいなあ……。

 なんて思いながら力を込めていると。


 「はい、手を離して」

 

 と急に言われたので手を離す。

 ちょっと手がジンジンする。

 

 「その時の手に残った、ヒリヒリする感覚、それを覚えておきなさい。次は指を組んで、思いっきり引っ張り合うのじゃ」


 先生に言われたように手を引っ張り合わせる。

 これも、しばらくしたら急に離すように言われる。

 そしてこの時の感覚を覚えるように言われ、さらにこの動作を何回か繰り返す。


 「では、今度は両手でお椀の形を作って、それに水を作り出すイメージをするのじゃ。あたかもそこに湧き出たかの用に。無詠唱で魔術を使うかのように、の」


 まあ無詠唱なんて使えんがのう、なんて言って次のステップに移った。

 しかしそうか、無詠唱でやるつもりでイメージか。

 本当に無詠唱で使えたらいいんだけどな。


 なんて思いながらカーリナをチラッと見る。

 彼女は今、いわれたと通りに自分の手を見つめて集中している。

 おそらく、話しかけても気が付かないかもしれない。

 意外と集中力が高いほうなのだ。


 よし、俺もカーリナに負けていられないな。

 目を閉じて集中しよう。

 手のお椀に水を作り出すイメージ。

 無詠唱で作る。

 水を掬った、あの感覚。


 直後、手に何かが垂れてきた。

 それは段々と量を増し、手から溢れてきた。

 驚いて目を開くと、手には透明な水が湧き出ていて……。


 「小僧っ! 小僧っ!! 今っ、今何をした!?」


 気が付くと、ヤコブ先生に肩をゆすられながら怒鳴られる。

 その鬼気迫る様子に思わずたじろぎ、手のひらに出来た水を地面にこぼしてしまった。


 「今、お前は何も詠唱しておらんかった。なのに、何故、魔術が使えた?」

 「…………」


 さっきまでとは違う、柔和な目ではなく、敵を見るような険しい目で俺を見てくる。

 これはひょっとして、マズイ状況なんじゃ……。


 なんだっけ?

 昔に封印された悪い魔神が、確か無詠唱で使えたんだっけ?

 あれ? じゃあ俺はどうなるんだ?

 殺される、のか?

 

 「お兄ちゃんをいじめないでっ!!」


 するとそこへ、カーリナが俺とヤコブ先生の間に入ってきて、ヤコブ先生を押し退けようとする。

 しかし5歳児であるカーリナに、老人とはいえ大人であるヤコブ先生を動かすことは出来なかった。

 

 「……」


 だがそのお陰で、ヤコブ先生は俺の肩から手を離す。

 それでも、俺のことを無表情な顔で見下してきた。

 そんなヤコブ先生から守ろうとしてくれたのか、カーリナは俺の前に立って両手を広げる。

 その体は、ブルブルと震えていた。


 妹の陰に隠れて怯えているのは、兄としては情けないことだろうが、今はそんなことを考える余裕は無い。

 どうする?

 こんな状況で魔法師に殺しに掛かられたら、俺達のような子供はなす術もなく殺される。

 逃げようにも足がすくんでしまっている。

 何かの間違いです、って言って誤魔化すか?

 それとも……。


 「……はあ。すまんのう、つい取り乱してしまった。恐がらせてしまったのう……」


 俺のことを見下していたヤコブ先生は、そう言うと少しだけ表情を和らげる。


 「あ、いえ……。ただ、せ、説明はして欲しい……です」

 「お兄ちゃん?」


 俺を庇ってくれるカーリナを引き寄せ、今度は俺がカーリナの前に出る。

 これは兄としてのメンツがどうこうじゃなく、きちんとヤコブ先生から話を聞かなければならないと思ったからだ。

 ヤコブ先生も、今すぐ俺達に危害を加えるわけじゃなさそうだからな。


 「そうじゃな。……ベルホルト、二人で話をしよう。大事な話じゃ」

 「ヤ! だめ!」

 「カーリナ……別にお主の兄を傷つけるわけではないぞ」


 俺が害されると思ったのか、或いは、単純に俺と離れたくなかったのかは分からないが、カーリナは俺の腕を抱きしめて行かせまいとしている。

 それを優しく離しながら、カーリナを諭す。

 

 「カーリ、カーリ。俺は大丈夫だから。ちょっと先生とお話しするだけだから」

 「でもぉ……」

 「大丈夫。俺を信じて」

 「……うん」


 分かってくれたのか、俺の腕を離しながら小さく返事をした。

 それでも不安なのか、俺とヤコブ先生の顔を交互に見ている。


 随分心配されているみたいだ。

 さっきも、とっさに身を挺して庇おうとしたんだ、普通は出来ない。

 ……なんだか、兄としては複雑だが、それでも嬉しかった。


 「お話、しましょう」

 「うむ。そうじゃな。少し、森の中へ行こう」

 「カーリはここで待ってて。すぐに戻るから」

 「うん……」


 カーリナを待たせ、俺はヤコブ先生に連れられて森に入る。

 約30メートル程入った所で止まり、先生と向き合う。

 チラッとカーリナの方を見ると、彼女は遠くからじっとこっちを見つめていた。


 「確認するが、お主はさっき、詠唱をして水を作り出したのか?」

 「……いいえ。イメージしてたら、いつのまにか……」


 そうか、とヤコブ先生は顎に手を当てて考える。

 やはりまずいことなんだろうか?


 「では、一度、詠唱せずに、魔術を使ってみてくれ。本当に無詠唱で出来ているかを見たい。何かの間違いなら良いのじゃが……」

 「……もし、無詠唱で魔術が出来たら、どうするんですか?」

 「……どうもせん」


 ほんとかよ……。

 お前は貴重な実験サンプルだ! とか言ってホルマリン漬けにする気じゃないだろうな……。

 ま、だとしたら最初から拉致ってるか。

 

 渋々、言われた通りに魔術を使う。

 イメージするのはウォーターバレットだ。

 スッと右の手の平を森の奥に向け、初めて使った時のように、丸太を粉々にした光景を意識しながら一つ、深呼吸をする。


 すると、腕の中を何かが流れていくのを感じ、やがて手のひらから何か、熱のような、触覚そのものが抜けるような感覚を感じたと思うと、それは出た。

 そして勢い良く森の木に向かって飛んで行き、木に激突して激しい音と共に、木の表面を盛大に抉る。

 それも今まで以上に強力になって。

 

 結果として、俺は無詠唱で魔術を使えた。

 血の気が引いていくのを感じる。

 封印されたような人と一緒のことが出来たのだ。

 自分でも不気味だと思う。


 「……やはり、本物じゃたか」


 何かを確信したかのようにヤコブ先生は呟いた。

 恐る恐る、何か問題でもあるのか聞いてみる。


 「何か、問題でも、あるんですか?」

 「ある。大問題じゃ」


 やっぱりか……。

 泣きそうになってきた。


 「普通は、無詠唱で魔術が使えない。というのは知っておるな?」

 「はい」

 「誰も使えるはずがないのじゃ。魔道具を使うか、たった一人を除いては、の」

 「魔神エルメス、ですか」

 「うむ」

 

 ヤコブ先生は至極、真面目な顔で頷いて続ける。


 「あの方は偉大な方じゃった」

 

 ……ん? あの方? 偉大?


 「お主は知らんだろうが、20年以上前のある戦いで封印されてしまったが、あらゆる魔術を、魔法を、魔導を使うことが出来た。それも無詠唱でな」


 え? なんだよ、封印されたんだから悪いやつなんだろ? ……え?

 

 「まさか、お主がエルメス様と同じように、無詠唱で魔術を使えるとはな。これも何かの縁かの?」


 エルメス

  

 「……ヤコブ先生、あなた一体、何者なんですか?」


 そう聞いた瞬間、目の前の男は、口の端をニヤリと歪ませ、恐ろしい笑みを浮かべた。

 その顔はまるで、悪魔のような笑みだった。

 その顔は、最早初めて会った時のような優しい笑みではない。

 

 「ヤコブという名は仮初じゃ。儂の名はオークス。”雷光(らいこう)”と呼ばれた魔導師(・・・)じゃ」


 まるで自慢するかのように、自身の正体を明かす。

 

 「そして、魔神エルメスの弟子じゃ」


 ヤコブ先生は、いや、オークスという男はそう言い放った。


 魔神エルメスの弟子であると。

 今回もアクセスして頂き、誠にありがとうございます!

 少しでも楽しんで頂けるよう、これからも頑張ってまいります!

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