Side Act.8:テレジアの報告 その4
「テレジア、今回わざわざお前を呼びつけた理由は分かるか?」
「ハッ、此度の戦争に関してでしょうか?」
国王陛下の執務室に入るや否や、いきなりそう問いかけられた。
いつもは休日に姫様と王宮へ来た時に、報告の為にここへ訪れるのだが……。
今日発表された魔神の復活と帝国との戦争。
これにより学院は、いや、王都中国中が大騒ぎとなり、急いで姫様を呼び戻したのであろうが……。
「……違う。クリスティアネのことについてだ」
「……」
ドキリとした。
いつもより険しい表情の国王陛下は、真っ直ぐ私を見つめると、姫様のことについて語り出した。
「以前、アレに好意を寄せる男がいると聞いたが、確かベルホルト・ハルトマンと言ったな。その者についての対応をお前に任せた……が、あろうことか、その男とクリスティアネが好き合っていると報告を受けたのだ。内々に忍び込ませた者からの報告に由れば、口付けも交わしていたと……お前は一体、何をしていたのだ!」
「も、申し訳ありません!」
段々と怒気を含みながら声を荒げていく国王陛下に、私はただ頭を下げて謝ることしか出来なかった。
下手な言い訳は出来ない。
実際、その瞬間は遠くから陰で見ていたし、あそこなら大丈夫だろうと慢心していたのも事実だ。
だが、その瞬間を目撃されてしまっていた。
しかしあれは10日も前のこと。
何故今になって言われるのだろうか?
前回4日前にここへ報告しに来た時には、何も言われなかった。
一体何故……?
「……フン。報告事態は10日前から聞いていた。ただ、イルマタル海での帝国と連合の小競り合いに注意を向けねばばならなかったし、あの時すでに、帝国との国境では帝国の兵が集まっていると報告も受けていた。それにどう対処すればよいのか、連日各部と協議していてな……このことについては後回しにしていたのだ」
「では何故この機に……まさか!」
「気付いたか。そう言うことだ」
ああそうか、そう言うことか……。
何故あの男とカーリナが戦場に送られたのかが分かった。
10日前から予定していたことなのだ!
あの男を排除するために、物理的にも距離的にも。
そのためにわざわざ名指しであの男達を指名したのか。
ただ、何故妹の方まで指名したのかが分からない。
「……何故、妹の方も指名されたのですか?」
思わず、そう聞かずにはいられなかった。
聞かれた国王陛下は、冷徹な瞳で私を見据て口を開く。
「もう一押しだ」
「と、言いますと?」
「戦場にこの男、ハルトマンを送り付けるはいいが、上手く活躍されても困る。聞けば、上級魔法まで使えるらしいな。それも短詠唱で」
確かに、あの男ならば戦場でも活躍するやもしれない。
魔導祭で見せたあの魔法の威力、短詠唱での行使の素早さ。
後で教授連中の話を聞いたことなのだが、あんな高威力の魔法を使うのはそうそういない、ということだ。
あの男自身、自分は魔法師だと言っていたが、まさかあそこまでだとは思わなかった。
剣術の師匠はあの”剣皇”らしいが、魔術や魔法の師匠もきっと高位の魔法師に違いない。
或いは魔導師か……。
「だからこそ、帰って来た時にその手柄アレとの仲を認めさせるようなことはさせず、もう一押しを加える。その男、妹のことを大層大事に扱っているらしいな?」
「……はい」
「ならば、その妹を戦場に送られたくなければ、クリスティアネのことを諦めろと恫喝するのだ」
「っ! い、いくら何でもそれは……」
魂胆が読めた。
カーリナのことを溺愛しているあの男のことだ、きっとそう脅されれば即答はせずとも、悩んだ末、姫様を諦めるかもしれない。
国王陛下は、それを狙っているのだ。
「なんだ? 不服か?」
「……」
抗議の声を上げた私に、国王陛下は低く唸るような声を出す。
その威圧感に私は押し黙ってしまった。
「まあいい。クリスティアネにその男を近づけさせたお前の責任は重い。何があろうと、お前にはその男に働きかけてもらうぞ」
「そ、それだけはご勘弁を!」
私はただただ頭を下げることしか出来なかった。
正直なところ私は、姫様の幸せを考えるなら、あの男が姫様と添い遂げることが一番じゃないのか? と思い始めていた。
いや、もしかしたら、心の底では姫様とあの男のことを祝福しているのかもしれない。
姫様を巡ってブラウと決闘することになったあの男は、その日から必死に馬術の訓練に励んだ。
その様子を、切なくも緊張感をもって見つめていた姫様と共に私も見ていた。
何度落馬しても、何度失敗しても、何度嫌がらせを受けても、あの男は絶対に諦めることはなかったのだ。
そこには組に対しての思い入れもあっただろう。
だがあの男は間違いなく、姫様のことを想って、本気になって取り組んでいた。
……認めよう、私はあの男のことを、姫様の想い人として認めてしまったのだ。
しかし、国王陛下はそのことを絶対に許す気が無い様子だった。
「ならん。言っただろう、これはお前の責任だと。それに、お前が言わなくても、或いは恫喝に失敗すれば妹に有らぬ疑いを掛けて投獄……或いは、処刑する」
「そこまで――」
「そうなれば、その男も気付くだろう。クリスティアネに近づけばどうなるかを……。兎に角、妙な気を起こさせるな」
「……分かり、ました……」
結局、私は頭を下げ、国王陛下の命令に従うしかなった。
どうあっても、逆らえない。
逆らえば、私自身に何らかの処罰が下るだろうし、それにカーリナを失へば、悲しむのはあの男だけでなく姫様も大いに悲しむだろう。
赤組で誰よりも人懐っこく、明るく、前向きなカーリナは、姫様に対してもちゃんと友人として接してくれていた。
そんなカーリナに、姫様もよく信頼し、よく尊敬していた様子だ。
姫様は、あの天真爛漫さに憧れていたのかもしれない。
だからか、姫様はカーリナよく話をしていたし、相談もしていた。
その時に見せる笑顔は、自然体そのものだ。
あの兄妹は、二人して姫様の笑顔を……自然体の笑顔を引き出していた。
私はそれが、堪らなく羨ましくて、悔しいと思っていたのだが、それと同時に、あの二人の存在が姫様を幸せにするのかもしれないと思ったのだ。
なのに、こうなってしまった……。
結局は私の管理不足が引き起こした結末なのだろうな。
にっちもさっちもいかなくなった。
なら、最善の選択をすべきだ。
あの男も、カーリナを危ない目に遭わせずにいられて安心するだろう。
……なんて、言い訳ばかりだな、私は……。
結局は、姫様を大きく傷つけることになるのに。
「……どのみち、クリスティアネにはこれから帝国の皇室へと嫁いでもらわねばならん。人質として送り、帝国への協力を約束する密約を交わせば、帝国の侵略も収まるだろう」
「帝国へ、嫁ぐ……?」
「そうだ。もしそれが叶わなければ、ドラグライヒか他の連合の国へと嫁いで貰い、彼らの庇護下に入ることも考えなければならない」
今、この方はなんと言った?
姫様を、他国に送るというのか?
いや、王族として政略結婚をするのは当たり前と言うのは分かるが、それではあまりにも……。
それに、そんな密約を交わせば、その時点でこの国は帝国か連合の属国に成り下がってしまう。
協力や庇護などすれば、何を要求されるか分からない!
……いや、魔神が復活し、約150年振り帝国が動きだした今、この国はどちらかの陣営に付かなければならない時が来たのだろう。
それは理解できるが……。
「……アレには私からそれとなく言い聞かせておく。お前は学院に戻り、ベルホルト・ハルトマンを恫喝せよ。私はこれから今後の立ち回りについての会議をしなければならんし、連合の動きも気になる。奴らも兵士を集結させていると聞くからな……。いい報告を待っているぞ」
「……ハッ」
最後は事務的に命を下し、本格的に書類の精査を始めた国王陛下に短く、か細い声で返事をする。
礼をし、フラつきそうになる足を何とか意識して真っ直ぐ歩かせて退室し、私は王宮の廊下をさまようかのように歩き続けた。
私は、この国に……姫様に全てを捧げるつもりで仕えてきたのだ。
なのに、今から私が行おうとしているのは、その姫様を裏切る行為に他ならない。
姫様を守るためだと自分を偽りつつ、想い人か友人かどちらかを失わせることを、今からするのだ。
あの男に、どう切り出せばいいか……。
いや、まずはあの男の本当の気持ちを聞きたい。
実は金や権力、体目当てだ、と言ってくれれば……或いは本気ではなく、遊びだったと言ってくれればどれだけいいことか。
まずは、それを確認してみよう。
本気で姫様のことを愛していないと言うのであれば、その時はそのまま国王陛下に報告するだけだ。
ただ、あの男は本気で姫様のことを愛しているだろうということは、いくら色恋沙汰に疎い私でも分かる。
その時は……。
ああ……私は変わったな。
あれだけ毛嫌いしていたあの男……ベルホルトのことを、姫様の人生に無くてはならない存在だと、私は認めてしまっていたのだ。




