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Side Act.7:復活

 「――殿。――て下さい、雷――。雷光殿! 起きて下さい!」

 「ん~~……なんじゃぁ? 朝食の時間かのう?」

 「違います」


 就寝中に突然叩き起こされてしもうた……。

 薄っすらと目を開けると、ベッドの傍らには夜族の男……夜神の配下の男が儂の体をゆすっている。

 辺りはまだ暗く、上半身を起こして窓の外を見ると、暗い夜空に緑や黄色、赤色に輝く光の波がうねっていた。

 ……はぁ……この年になると、この時間に起こされるのは辛いものがあるのう……。


 「ハルフォード閣下が……夜神様が皆様に招集を掛けられました」

 「……そうか、すぐに行く」

 「かしこまりました」


 どうやら夜神様がお呼びのようじゃ。

 お呼びが掛かった以上、寝直すわけにもいかんからな。

 ベッドから降りて着替え始めると、儂を起こしに来た男は部屋を出て行った。


 ……いよいよかのう。

 窓から見えるバムの軍港では、慌ただしく出向の準備を進めている水兵達の姿がよく見える。

 軍港には、エルメス様が作られた”外灯”なる物が立ち、夜の港を明るく照らしていた。

 あれは魔力の消費が半端ではないと聞いたが……。


 「ま、そんなこと今は良いか」


 年を取ると独り言がついつい出てしまう。

 困ったものじゃ。

 などと思いながらもすぐに着替え終わり、エルメス様から下賜された愛用の魔丈を持って部屋を出る。

 向かうのは、ここの作戦会議室じゃ。


 ここはアーラシュ王国南部のバム軍港。

 そして、儂のいるこの建物は、バム軍港にある海軍の基地。

 ここには夜神様が発したラジオや、ラージャに残した手紙を元に集まったエルメス様の弟子、配下が集まっており、エルメス様の復活に備えておった。


 「ようオークス! オメーも叩き起こされたか!」

 「招集が掛かったからのう」

 「こんばんは、オークスさん……」

 「うむ、こんばんはフェリシア。目を擦ると腫れるぞ?」


 夜神様が待っている会議室に向かう途中の廊下で、ファーランド親子と会い、共に廊下を進むことに。

 フェリクスもさっき叩き起こされたはずなのに元気じゃのう。

 逆にフェリシアは未だ眠気が残っているようじゃ。

 ただ、ベルホルトやカーリナと揃えた青いリボンだけは、綺麗な銀髪に丁寧に結ばれていた。


 ……あの二人は元気にしておるかのう……。


 「で、いよいよ出撃か?」

 「そうじゃろうな。港の水兵達も慌てて作業しておった」

 「やっとだな……」

 「うむ、そうじゃのう……この扉じゃな」


 ニヤリと、獰猛な笑みを浮かべるフェリクスを伴い、会議室に着いたので夜神の配下二人が守る扉を開け、中に入る。

 中はシャンデリアで明るく照らされておるようじゃ。


 「おっせーぞテメエら! 呼ばれたら2秒で来やがれバカ野郎共!」

 「あー……相変わらずうるせぇな……」


 中に入るなり、いきなり罵声を浴びせてくる者がおった。

 アイラ・ヘス。

 ”煉獄”の称号を持つエルメス様の弟子で、冥府族の女性。

 冥府族は赤褐色の肌に赤い目、真っ白い髪を持つのが特徴で、魔術に優れた体質の種族じゃ。

 彼女は口が悪く、頭も悪いが、こと戦いのことになると途轍もない頭の回転の速さと力を発揮する。


 要は戦バカじゃ。

 そんな彼女のいきなりの大音量に、フェリクスも眉をひそめていた。


 「で、夜神様はまだかのう?」

 「…………まだだ」


 会議室にある長机を挟み、アイラの向かいに座っているのは”鉄拳”ボリス・アシモフ。

 大柄な体に、立派な2本の角と緑の短髪。

 非常に無口な角竜族の男じゃ。

 儂の問いにも短く返すだけで、あとはそのまま腕を組んで瞑想するかのように待っている。

 この男、普段はこのように静かじゃが、魔神流格闘術と雷神流格闘術をどちらも究めた男じゃ。


 まだ夜神様も来ておらんようじゃし、椅子に座ってのんびり待っておるかのう。


 「ハッ! エルメス様が復活するって時に! なにのんびりやってんだテメエら! 夜神も呼んだのならさっさと――おい犬っころ! なんでもっと早く来れねえんだよ!?」

 「煉獄殿! その呼び方は止められよと何度申し上げれば――」

 「うるっせえ! 黙って座ってろ!」


 儂はボリスの左隣に座り、フェリクス達も儂の左側に着席する。

 苛立った様子のアイラが椅子の上で胡坐を掻きながら吠え始めたが、その途中に入って来た男へその苛立ちの矛先が向いた。


 「お待たせしたようで申し訳ない。剣皇殿、ご息女殿、雷光殿、鉄拳殿」

 「あーあ気にするなジァンコウ。アイラのバカが騒いでるだけだ」

 「む、そうでありますか」

 「ああ゛っ!? 誰がバカだ!」


 きちっとした態度の獣人族の男――ユン・ジァンコウに対し、フェリクスは何でもないように言うが、その不用意な一言でアイラの怒りの矛先が再びこちらに向いてしまったようじゃ。

 どうしてくれようか。


 ジァンコウは獣人族を構成する5大種族、猫族、犬族、虎族、狐族、狼族のうちの一つである犬族で、そのさらに細分化されている氏族の一つ、ユン一族の長である。

 ”猛牙(もうが)”の称号を持つ称号付ではあるが、エルメス様の弟子ではなく、個人的に忠誠を誓った配下で、今回はエルメス様の救出の為にやって来た男じゃ。


 儂らの向かい、アイラより離れた場所に座ったジァンコウは、ピンと上に突き出た三角の耳に、茶色と黒が混じったもさもさの髪の毛、毛で太く見える尻尾を持っており、見た目としては典型的な獣人族じゃな。


 「この際ハッキリ言っておくが、お前はいつもうるせえんだよ! 無駄に騒ぎ立てやがって!」

 「お父さん! もうやめなさいって!」

 「ああん!? あたしが何処で何を叫ぼうが勝手だろうがっ!」

 「煉獄殿、その辺にされよ!」

 「テメエのその勝手が周りの迷惑だっつってんだよ! それも分からねえからバカだって言われてんだろうが!」

 「迷惑って誰が決めたんだ! そんなもん、あたしには関係ねえ!!」


 沸点の低いフェリクスとアイラは、お互いに相手のことが気に入らないのかその場で立ち上がって喧嘩をし始めた。

 フェリクスはフェリシアが、アイラはジァンコウがそれぞれなだめるも、まったく聞く耳を持たずじゃ。


 「ボリスや。お主は止めないのかのう?」

 「…………無駄だ」


 フェリクスやアイラも相変わらずじゃが、ボリスも相変わらずじゃのう。

 皆、変わっていないようで安心じゃわい。


 「関係ねえことはねえだろこのボケェ!」

 「ボケだと!? 喧嘩売ってんのかこの野郎!」

 「ああいくらでも売ってやらぁ! 表に出やがれ!」

 「上等だ! その無駄に長い耳引きちぎってやる!」


 椅子の上に立ち上がったフェリクスと、椅子の上に立って机に片足を踏みしめるアイラが今にも取っ組み合いを始めようかと言う時じゃった。


 「そこまでだ」


 会議室の奥、カーテンで仕切られた部屋の向こうから一人の男が現れた。

 白い肌に黄色い瞳、右頬には大きな傷跡、黒い外套に身を包み、黒く長い髪をオールバックにした男は、我らを呼び出した張本人、夜族でありエルメス様の弟子……というよりも配下に近いかのう……”夜神”ブレット・ハルフォードその人じゃ。

 その左腰には2振のサーベルが差してある。


 夜神様が現れたことにより、この場の空気が緊張に包まれた。

 フェリクスとアイラも、相手の胸倉に手が伸びようとしていたのを止め、椅子に座り直す。


 「わ、わたしもここにいていいのかしら?」

 「お主はフェリクスの娘にして愛弟子じゃからのう。誰も文句は言わん」


 フェリシアは夜神様が現れたことでガチガチに緊張しておった。

 この港に来て2年が経ち、何度も夜神様に会っているそうじゃが……未だに慣れんらしいのう。

 取って食われるわけでもないのじゃがな……。


 「うむ、よし。では話を始めたいが……今集まっているのはこれだけか?」

 「……獣人族は、某を長として100人程が参陣いたしました」

 「ラ=ガモンからは、ドワーフが帝国に攻められているとのことで、ここに来れないとの連絡がありましたのう」

 「他にもこの基地に来てる連中はいるが、多分まだ寝てるぜ」

 「ハッ! やる気ねぇんじゃねえのか?」


 立ったまま発した夜神様の淡々とした問いに、ジァンコウ、儂、フェリクス、アイラと順に答えた。

 フェリクスの言った通り、この基地にはまだまだエルメス様の配下や弟子達がおるはずじゃが、未だ来ないということは寝ているということか。

 起こし係も大変じゃのう。


 「……まあ良い。時間が勿体ないから先に話を始めるぞ」


 やがて、夜神様はこの部屋にいる儂らを順番に睥睨しすると、話をし始めた。


 「エルメス様の復活の支援についてを」



 _______________________________________________




 夜明け前、夜神様主導の下に行われた作戦会議が終わり、早速船に乗ってエルメス様が封印されている場所へ向かうことになった。


 東部連合中から集めた24隻の大型蒸気船を2艦隊に分け、夜神様を指揮官に、ボリス、ファーランド親子や他のエルメス様の配下5名を中心とする敵勢力への攻撃部隊。

 儂を指揮官に、アイラ、ジァンコウ、他4名を中心とするエルメス様の回収部隊の編制となっておる。

 それぞれに12隻ずつ船が分けられ、エルメス様が封印されているイルマタル海の中部へと向かうことになった。


 目的地へは5日で到着し、それまでは攻撃部隊と共に海を進み目的地付近で、或いは会敵した時から行動を別にすることになっておる。

 会敵……つまりは大アレキサンドリア帝国の海軍との闘いじゃ。

 恐らく、奴らも海軍を派遣し、復活したエルメス様を今度こそ打ち取ろうとするじゃろう。

 その敵の中にはきっと、”戦神”レオナルド・ソロモンもいるハズじゃ。


 他にも自称”勇者”のアレクサンドル・ダンテスや、真神の配下である”天使”達。

 そういった強力な力を持つ敵も現れよう。

 そのための攻撃部隊じゃ。


 はぁ……奴らとは会いたくないのう……。

 特に戦神とは会いたくない。

 戦神に会ったら何を言われるか分からんからのう。


 「しかし、魔神殿も良くこのような船を造られたものですなぁ。船の中で石を燃やすなど……」

 「さてのう……あのお方の考え着くことは儂にも分からん」


 出航してからまだ半日、船体中部の甲板で潮風に当たっていると、未だに慣れない様子のジァンコウが儂の隣で不安そうに零していた。

 どうやら船に乗るのは初めてらしい。

 蒸気船はあのお方が考え、作り出した物じゃ。

 こういった発明をいくつもされるのがエルメス様の凄いところよ。


 「……本当に、魔神殿は復活されるのでしょうか?」


 海を眺めながらも、今度は別の不安を口にするジァンコウ。

 その表情は疑問……よりも焦りのようなものが滲んでいた。

 気持ちはよう分かる。


 積んでいる燃料や食料の関係で20日後にはバムへと帰投しなければならない。

 目的地への往復で10日と考えると、エルメス様の回収に10日しか充てることが出来ない。

 もし、その10日でエルメス様が復活しなければ、さらに10日も待たなければいけなくなる。


 しかも帝国の海軍も相手にしなければならないときた。

 奴らが儂らを見逃してくれるハズが無い。

 だからこそ、その回収期間の10日間の間に復活して頂かなければならないのじゃが……。


 「恐らく、近々の内に復活するじゃろう。これま上昇していたイルマタル海の魔力量がここ数日、横ばいになっているらしいからの。寧ろ到着する前に復活されることの方が心配じゃ」

 「そうですな……」


 儂の話を聞いて納得したのか、ジァンコウは真面目な表情で頷いていた。

 さっきも言ったが、復活するタイミングと儂らが到着するタイミングがずれることの方が心配じゃ。

 帝国の連中に先を越されると、簡単にはやられないと思うが、エルメス様に被害が及ぶかもしれん。

 その辺は無用な心配かもしれんが……復活したてでどのような状態か分からんからのう。

 ともかく、急いで目的地に到着しなければならないのは確かじゃ。


 と、そう言えば……。


 「アイラはどうしておるのかのう?」

 「……煉獄殿は未だに寝ておられる様子です」

 「図太い神経をしておるのう」


 これから戦場に向かうというのに、豪胆な奴よ。



 _______________________________________________




 7日が経った。

 予定通り5日で目的地……というよりも島も岩礁も何もない海のど真ん中に到着し、儂ら回収部隊は来たるエルメス様の復活に備えて待機と捜索、攻撃部隊は未だに見えない帝国の海軍の捜索と撃破に向かった。


 上空では今でも色取り取りの光の波が揺らめき、陽も落ちた夜の海を明るく照らしている。

 近くで見ると壮観なものじゃ。


 「探せ探せー! エルメス様がいるかもしれねぇんだ! 必死こいてさがせぇ!!」


 マストに上ったアイラは、右手をグルグルと回しながら水兵達に怒鳴っていた。

 水兵達も慣れたもので、適当に彼女の叫びを無視しつつ捜索作業をこなす。

 そんなに叫ばんでもよかろうに……。


 「北北西より発光信号! 友軍です!」

 「おう! なんていってんだ!?」

 「ハッ! 『我、帝国ト交戦セリ。直チニ戦闘準備ヲサレタシ』!」

 「ハッハハ! やっと来たか!」


 どうやら敵もおいでなすったようじゃ。

 望遠鏡を片手に戦闘部隊から出された発光信号を読む水兵に、アイラは待ちわびたと言わんばかりに笑い声をあげた。

 その右手には立派な十文字槍が握られている。


 「うむ、全艦に伝達。直ちに捜索作業を停止し、戦闘の準備に掛かれ」

 「ハッ!」

 「どれどれ、『サイトセンス』」


 儂は捜索を止めさせ、こちらに向かって来るであろう帝国の海軍に備えて先頭の準備をすることにした。

 北北西の方を向き、『サイトセンス』を使って視力を強化し、戦闘部隊と敵の艦隊との戦闘を注視するが……。


 「むむっ! 戦闘部隊が10隻しかおりませんぞ!」

 「うむ……どうやら2隻沈んだようじゃのう」


 戦闘部隊の船の数を数えると10隻しかなく、敵は36隻もいた。

 敵船の大多数はこちらに向かっており、それを我が方の攻撃部隊が阻止しているようじゃ。

 数の上ではかなり不利で、今も味方に対して魔術や魔法がドンドン打ち込まれている。

 3倍敵相手に優先しているようじゃが、これはマズいのう。

 予想外じゃ。


 「オイオイオイ! 何やられてんだよアイツら! おいオークス! あたしらも援護するぞ!」

 「そのためにはまず、近づかねばならん」

 「だったら近づくぞ! オメェラ! 面舵一杯だ!」


 アイラは水兵に指示を飛ばすと、水兵達は各船に信号を送り、攻撃部隊が戦っている方向へと一斉に舵を切るよう指示する。

 燃料を大量に投入したのじゃろう、船は速度を上げて攻撃部隊と敵に近づいて行った。

 やがて敵も気付いた様子で、18隻が横一列に並んでこちらにやって来る。

 まだまだこちらに向かって来る敵の船は小さく見えるが、もうすでに、儂らの十分な攻撃範囲内であった。


 「『我魔導を行使するに当たり精一杯の魔力を用いて、太陽の如く熱と光を、マグマの如く力と勢いを生み出さん! 圧縮され、凝縮され、折り込まれ、限界まで力を蓄えらん! さすれば神の如く、大地の如く敵に注がれ、全てを灰塵に帰すだろう! ツァハノアイフレア』!」


 槍を持ったまま上空に諸手を挙げたアイラが早口で詠唱をすると、こちらに向かって来る敵艦隊の上空に巨大な火の玉が形成される。

 詠唱が完了し切ったと同時に、その巨大な火の玉は敵艦隊の殆どを巻き込んで大爆発を起こした。

 その熱波は儂らの所までやって来るほどじゃ。

 魔道が放たれる直前まで水属性魔法やリザーブでレジストしようとしたみたいじゃが、その足掻きも虚しく、敵は爆発に呑み込まれてしまった。


 「おおっ!」

 「流石は煉獄様だ……」

 「見ろ! 敵船が一気に8隻も沈んだぞ!」


 流石は煉獄じゃな。

 火属性魔導、『ツァハノアイフレア』。

 途轍もなく大きな火の玉を生み出し、圧縮させたそれを地上に叩きつけることで周囲の地形を変えてしまうほどの大爆発を起こさせる魔導。


 現に敵の船が8隻もすぐに沈み、残りの10隻もマストや船体が燃えていたりと、アイラの余波の影響をもろに受けていた。

 あれだけ敵艦隊に被害が出たのじゃ。攻撃部隊の方にも被害を被っていないか心配じゃったが……。

 うむ、何とか被害を受けずにおるようじゃ。


 「敵方は混乱している様子! こちらも打って出ましょう、雷光殿!」

 「そうじゃな……全艦、単縦陣で敵の側面を通り魔術戦じゃ」

 「ハッ!」


 アイラの魔導を受けた敵は、余波によって生じた火災の鎮火をしたり、突然の大爆発に混乱して陣形を維持できていない様子じゃった。

 敵はバラバラで、儂らがその横を一列に並んで通過しようとしても尚、まとまった対応が出来ておらなんだ。


 「よっ――っと! 敵のどてっ腹に突っ込むのか!? 乗り込むのかっ!?」

 「いや、今から魔術や魔道を打ち込んでいくつもりじゃ」

 「ハッハハ! じゃああたしもやれるところまでやるぜ! さっき魔導使っちまったが、まあ何とかなるだろ!」

 「煉獄殿、余りご無理はなさらず!」

 「誰に言ってんだこの野郎!」


 マストから飛び降りたアイラは、その立派な槍を掲げながら今か今かと待ち構えていた。

 これから魔術の撃ち合いとなれば、さっき魔導を使ったアイラは魔力的に余り参加できないハズじゃが……。

 それでも楽しそうにしている様子を見ると、この状況を心底楽しんでいるようじゃな。

 頼もしい限りじゃ。


 まあ、統制を失った敵の艦隊じゃ。儂とジァンコウ、それに他の称号付の連中が上手くやってくれるじゃろうて。


 「よし。総員、これから敵艦に対して魔術攻撃を――」

 「雷光殿! 空を!」

 「ん? これは……!」


 そろそろ敵に対して魔術戦を仕掛けようと指示し始めた、その時じゃった。

 何かに気付いたジァンコウが空を指差し、最早暗くなった夜空を注視すると、先ほどまで揺らめいていた光の波がまるでどこか一か所に集まるかのように消えていく。


 「あっちだ! あっちを見てみろ!」


 敵船のいる反対側、左舷側を指差したアイラに釣られて見やると、北北西の少し先に光の柱が……いや、光の渦が海中に向かって吸い込まれている様子が目に入った。


 もしかすると、これは!


 「全艦! 取り舵一杯! あの光の渦の所へ向かえぇっ!!」

 「敵はどうされますか!?」

 「放っておけ!」


 敵なぞ知らん! それよりも今はあの光の渦へと向かわねば!

 この近辺だと聞いていたが、まさかこんなに近くだったとは思わなんだ。

 ともかく、急いでお迎えしなければならん。


 あのお方を……エルメス様を!


 「夜神殿に信号を発せよ! 『魔神殿復活の兆しあり』! と送れ!」

 「ハハッ!」

 「どうやら連中も付いて来くるみたいだぜ! 近づく敵は魔術で沈めちまえって伝えとけ!」

 「了解しました!」


 ジァンコウもアイラも必要な指示を出し、先ほどまで敵に向いていた目を今度は光の渦に向けておった。

 その目は、まるで英雄を待ち焦がれていた少年のようじゃ。

 かく言う儂も、きっと同じ目をしているじゃろう。


 少し、また少しと光の渦に近づき、その時を待っていたのじゃが――。


 「ひ、光の渦、き、消えました!」


 先ほどまでうねっていた光の渦が、急激に萎み、そしてついに消えてしまった。

 もう目と鼻の先という所で消え、すわ復活か!? と皆が固唾を飲んで待っていたが……。


 「……何も起きねえじゃねえか!」

 「う、後ろから敵が接近中! 3隻が接敵しました!」

 「むぅ……敵の本隊も我らの攻撃部隊を振り切る勢いで迫ってきておりますぞ!」


 芳しくない状況じゃ。

 エルメス様は未だに現れないし、統制を取り戻した敵と接触するし、敵の本隊まで迫って来た。

 む、右舷側を見てみると、敵本隊の内の1隻で夜神様が戦っておる……。

 あれは……まさか戦神!


 イカン! これはイカン! 戦神がここでまで来てしまうと、例えエルメス様が復活されたとしても回収が難しくなる。

 奴はエルメス様の命を絶対に取りに来るはずじゃ。

 それだけはなんとしても避けねば!


 ――と、その時じゃった。


 ドンッ!! と背後からいきなり何かが爆発したような音が響くと、大きな波に船体は揺らされ、大量の水しぶきが降り注ぎ、船が大きく傾いた。

 誰も彼もが海に放り出されないよう、どこかに掴まるので精一杯じゃ。


 「な、何じゃ!?」

 「左舷だ! 海ん中から何か……」


 アイラが途中まで言おうとしたことに、全員がハッとなり、未だに大きく揺れる船体の上を走って左舷側に移動する。

 まさかとは思うが……。


 「あそこじゃ! 急げっ!!」


 発見した! 左舷側のすぐ先に、一人の男が仰向けに浮いていた。

 真っ黒い髪に、黒い外套などの衣服は封印された時のまま。

 その目は閉じられていたが、胸が深呼吸で大きく上下しているから生きている。

 間違いない! あれは――。


 「エルメス様!」


 儂が叫ぶとともに、水兵達が一斉にロープ付きの浮き輪を投げた。

 エルメス様も意識があるのか、その内の一つに手が触れると、しっかりとそれを抱きしめる。

 慌てず、しかし急いでエルメス様を引っ張り上げると、儂はそれまで持っていた魔丈を水兵に預けて介抱を始めた。


 「攻撃部隊に伝達! 無事に魔神殿を回収と!」

 「この船もすぐにバムへ向かえ! ジァンコウ! あたし達は追っ手を相手するぞ!」

 「承知!」


 アイラとジァンコウは向かって来る敵の相手をしに行ったようじゃ。

 攻撃部隊にもこのことを報告させたようじゃし、あとは敵を振り切るだけじゃな。


 「エルメス様! エルメス様! 儂が、俺が分かりますか?」

 「ゲホッ! ゲホッ! オークスか?」

 「はい、俺です、オークスです! 皆、貴方の復活を心待ちにしておりました!」

 「そうか……スマン、迷惑を掛けた……眩しいな」


 復活したてで未だ全身に力が入り切らない様子のエルメス様を、儂と水兵が肩を貸して船内へと引きずっていく。

 その時、薄っすらと目を開けたエルメス様は、その真っ黒い瞳で眩しそうに空を見上げた。

 今は夜じゃ。なのに、それでも明るいということは、この30年余り暗闇の中でどれ程の苦痛を受けていたことか……。

 そう思うだけで、儂は己の無力さに怒りと悲しみがこみ上げてくる。


 「エルメス様、ここでお休みください」

 「ああスマンな、助かる」

 「儂は撤退の支援に向かいます」

 「ああ」


 船内の一室、エルメス様を回収した時ように用意していたベッドにエルメス様を寝かし、儂はアイラ達と同様にバムへの撤退支援に赴く。

 傍を離れる際、エルメス様と目が合ったのじゃが……その目は34年前、エルメス様が封印される前まで見せていた力強い眼差しと変わっていなかったことが嬉しくて仕方なかった。


 水兵から杖を受け取って甲板へ出ると、そこでは様々な魔術や魔法が飛び交っている。

 艦尾へ移り、アイラ達の戦いを見やりつつ状況を確認。

 現在儂ら回収部隊12隻は、儂らの乗っているこの旗艦を守るようにバムへと真っ直ぐに向かっていて、その後ろにアイラの魔導を受けた敵艦隊の残存部隊10隻が追撃していた。

 その更に後ろでは、敵の本隊18隻と、夜神様ら攻撃部隊10隻が入り乱れ、魔術や魔法を撃ち合いながらも追随してきている。


 「このままあ奴らの補給線の外まで逃げ切れば、儂らの勝ちじゃ」


 そうなれば、連中は補給を受けることが出来なくなり、敵勢力内で撃沈されることを恐れて撤退するはず。

 勝負はそれで決まるのじゃ。


 「だったらテメエも手伝えオークス!」

 「敵が本体と合流されれば一巻の終わりですぞ!」

 「やれやれ、仕方ないのう……」


 アイラもジァンコウも敵の魔術をレジストしながら焦りの色を見せてきた。

 それほど焦ることもあるまいに……。


 儂は一つ溜息をつくと、愛用の魔丈を空に掲げて魔力を込め、詠唱を始める。


 「『我が総魔力量の半分を用いて大いなる雷の力を行使せん。それは大気を震わせ、大地を穿ち、大海を覆う神の(いかづち)の如くなり。圧縮と増幅を繰り返し、光と力を蓄え、敵の一切合切を打ち砕かんとする鉄鎚の如くとなれ! クトネシリカ』!」


 雷属性魔導、『クトネシリカ』。

 目標上空に巨大な雷の塊を作り出し、そこから放たれる光の柱が敵を消し炭にする魔導じゃ。

 儂が使える最大級の技で、そしていずれは、ベルホルトにも伝授させたいと思っている。

 そのことを思うと、今から楽しみでしょうがない。きっとあの子ならすぐに習得してくれるじゃろう。


 「ハッハハ! やっぱオメエもすげえな!」

 「うむ。久しぶりに魔導を使ったが、中々上手く出来たのう」

 「煉獄殿の魔導の余波を受けてからの雷光殿の魔導。これで一先ず、直近の敵船は全滅ですかな?」

 「ああ見ろよ、もう追って来るのは敵の本隊だけだぜ!」


 敵の残存部隊10隻は、儂の放った魔導によって1隻たりとも残らず全滅し、残すは敵本隊のみとなった。

 しかし敵本隊とこちらの攻撃部隊が入り乱れているお陰で、魔導を使っての支援が出来ない。

 そもそも儂もアイラも、一日に何回も魔導を使うことは出来のじゃ。

 ジァンコウも他の称号付の仲間も魔導師ではないし、どちらかと言えば接近格闘を得意としている。

 じゃがこちらはエルメス様をバムまで連れて帰らなければならないため、敵に接近してまで戦うことも出来ん。

 そうこうしているうちに攻撃部隊がドンドン攻撃を受けていて、既に何隻かは沈没しそうな状況じゃ。

 どうしたものか……。


 「おい! あれ!」

 「ん? ……敵が、撤退して行くのう」


 どうしたものかと思案していたところ、急に敵の本隊が一斉に反転し、攻撃部隊から遠ざかって行った。

 その内の5隻程は、攻撃部隊からの攻撃を受けていたのか今のも落伍しそうではあったが、必死に我々から遠ざかっていく。


 ……取りあえず、危機は脱したようじゃ。



 _______________________________________________




 戦闘後、儂は攻撃部隊との合流を待つ間、復活したてで疲労して寝ておられたエルメス様の傍で、一人思案に耽っていた。


 結局こちらの被害は、攻撃部隊からあの後さらに2隻沈んで4隻の沈没、回収部隊から3隻、攻撃部隊から6隻が小・中破。

 被害としてはまあまあじゃが、その代わり最大の作戦目標が達成できた。


 エルメス様の復活支援と回収。


 恐らく敵も、エルメス様が回収された上に戦力の半分を失ったのじゃ、これ以上の戦闘は無駄と判断したのじゃろう。


 大人しく帰って行ったということは、”次”を考えているということじゃな。

 その”次”がどうなるかが分からんが、恐らく、大きな出来事にはなるじゃろう。


 例えば、戦争。


 今回は東部連合の海軍が大アレキサンドリア帝国の海軍激突したとはいえ、実質魔神の配下と帝国の戦いじゃ。

 連合と帝国は、一応休戦条約を結んでおるから、いきなり正面衝突……というわけにもなるまい。

 そもそも連合と帝国の間には、ハルメニア王国がある。

 帝国は南で冥府族と戦争をしていて、東に戦力を向ける余裕なぞないとは思うが……。


 「ベルホルト、カーリナ……無事でおるのじゃぞ」


 今、王都ファラスで勉学に勤しむ二人の顔を思い出し、自然と独り言ちた。


 もしかしたら、二人に危機が迫っておるやもしれん……。

次回は6月04日の投稿です。

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