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第38話:魔導祭後編

 「グラッブ! ゲイル! 左翼から敵三人だ! 押さえろ!

 「おう!」

 「任せろ!」

 「モリスとユングは1段進んで敵の左翼に圧を掛けろ!」

 「よし来た!」

 「やってやんよ!」

 「ベルホルト! 敵中央に大きいのをぶちかませ!」

 「あいよっ! 『ショックウェーブ』!」


 バシルの指示を受け、俺達はそれぞれ行動に出る。

 俺は迫りくる相手の中央に対して仲間が射線上にいないことを瞬時に確認し、上級風魔術の『ショックウェーブ』を放つ。

 相手は俺の魔術に驚きつつサッと土塁に隠れたが、遅れたのが何人かいたようで、胸に着た赤いベストが俺の魔術を受けて黒く変色した。

 これが退場の合図だ。


 魔導祭2日目の昼前、俺達は2日目の5競技目、学年対抗競技である”旗獲り合戦”をしている。

 早い話が雪合戦の魔術版だ。


 いくつかの土塁を盾に、相手の最後列にある旗を先に奪った方が勝ちで、お互い自分達の組色のベストを着こみ、それに魔術が当たらないようにしなければならない。

 もし当たった場合は、さっきの相手のように黒く変色して退場となる。

 因みに、召喚魔術での旗の召喚や、アトラクションでの引き寄せは反則だ。


 相手は赤組で、1回戦で白組を撃破した彼女達と試合をしている最中である。

 勿論、学年対抗なので相手は同じ学年の2年生。

 カーリナもいるし、リンマオやイリーナ、そしてクリスもいる。

 正直なところ、白組が相手だった方がまだ戦い易かった。

 カーリナに怪我させちゃったらどうしよう……?


 「ベルホルト! 左翼にリンマオとイリーナが行くぞ! グラッブ達を援護しろ!」

 「っ! っと、了解!」


 バシルの指示を受けて3つ左の土塁を見ると、そこには赤組の三人こちら側に攻撃を加えているところへ、リンマオとイリーナがもの凄い勢いで突っ込んで行く姿が確認できた。


 「『ファイヤーバレット!』」

 「『ウォーターバレット』」


 援護をしようとしたが、既にリンマオらの突貫によって二人打ち取られた後だ。

 だがこれ以上被害を拡大させないために、俺は彼女達をピンポイントに狙って魔術を放つ。


 「『ウォータースプラッシュ』!」

 「っく! やりますわね!」

 「……でも、役目を、果たした」


 どうやらリンマオもイリーナも俺の魔術に当たったようで、何やら不穏なことを言い残しつつも、コート外へと退場して行った。

 ……待てよ? 何で二人はやられることを覚悟で突貫してきたんだ?

 何が目的で――。


 「ベル! カーリちゃんだ!」

 「『サンダーバレット』!」

 「っぅぉおおおお! 『リザーブ』ッ!」


 あっぶねぇえ! アールが教えてくれてなかったらカーリナの奇襲にやられるところだった!

 というか、俺の頭上を飛び越えながら魔術を放つとは……やるな、カーリナ!

 そのまま俺のいた土塁の傍で、カーリナと俺は3メートルもない距離で一瞬対峙し、そしてすぐに相手を攻撃し始める。


 「今日はお兄ちゃんに勝つんだからね! 『サンダーバレット』!」

 「なんの! 『リザーブ』! こっちも負けられないんだよ!『サンダーショット』!」

 「うぁ! っとと――」


 お互いに思いをぶつけ合い、カーリナは魔術を使ったが俺はそれをレジストし、カウンターで魔術を放った。

 カーリナは慌てて前転受け身で避けるが……。


 「そこっ! 『ウィンドバレット』!」

 「うぁぁ――」


 俺はその隙を見逃さず、立ち上がろうと片手を着くカーリナに魔術を放った。

 適度に圧縮された空気の弾が、カーリナを襲う!


 「――なんてね!」

 「ぐおっ!?」


 初級魔術とは言え、この至近距離だ。最早避けられまい!

 なんて思っていた時期が俺にもありました。

 カーリナは立ち上がろうとしていたのではなく、地面に着いた右手を軸に俺に対して足払いを狙っていたのだ。

 それにまんまと引っ掛かった俺は、横向きに派手な倒れ方をしてしまった。


 今度はカーリナが立ち上がり、俺を見下ろしてくる。

 ヤベェ……。


 「ふふーん! これでお兄ちゃんに……あれ?」

 「あ……」


 しかし、立ち上がって勝利宣言しようとしたカーリナだったが、その瞬間に彼女のベストの色が赤から黒に変わっていった。

 ……ということは?


 「隙だらけだったぞ、カーリナ」

 「あ、バシル君」


 俺達がいた土塁の1段後ろの土塁にバシルが立っていた。

 丁度カーリナの背後に立つ位置だ。

 成程、カーリナを打ったのはバシルだったのか。


 「あ~あ、負けちゃったぁ~。もう少しだったのになー」

 「俺もやられるかと思ったぜ……」


 ホントにもう、冷や汗もんだわ……。

 ぶー垂れながら退場していくカーリナを見送っていると、バシルが俺のいる土塁にやって来て状況を説明してきた。


 「粗方赤組の主要メンバーを打ち取った。後は防御に徹している奴を打ち取りながら旗を取れば、俺達の勝ちだ」

 「よし。じゃあサクッと攻めるか。『ロケーション』」


 状況を聞き、上級無属性魔術の『ロケーション』で周囲の彼我の戦力差を確認してみる。

 戦力差としては恐らく、青組が残り21人、赤組が残り8人という状況だ。

 3倍近い戦力差で、余程のことが無い限りこちらが負けることはないだろう。

 ま、ここまで有利な状況に持ってこれたのもバシルのお陰だけどね。


 流石、選択授業で軍事学を勉強しているだけのことはあるな。

 癪だけど。

 あと、さっきの攻防の最中に関係のない所でアールが退場になってた。

 何やってんだか。


 で、旗の周りに固まっている残敵を一人、また一人と慎重に打ち取っていき、ついに赤組の旗を目前に迫ることが出来た。

 だが、ここで俺にとって最大の試練が訪れることになろうとは……。


 「クリス……」

 「ベルホルトさん……」


 中央を攻めていた俺の目の前に、クリスが立ちはだかったのだ。

 対峙した途端、お互いにしか聞こえないような声で相手の名前を呼ぶ。

 だが、これも戦いなのだ!


 「そこをどいてくれ。クリスを傷つけたくない」


 俺は右手を前に差し出し、クリスに引いてもらうように説得するが……。


 「ひ、引きません! いくらベルホルトさんでも、ここは譲れません!」


 クリスは意を決した様子で俺に左手を向け、魔術を使う構えを見せた。

 どうやら、説得は失敗で、彼女を打ち取らなければいけないようだ……。

 ああ神よ! 何故俺にこのような辛い試練をお与えになったのか!


 「ごめん、クリス……『ウィンドバレッ――』ってあれ?」

 「あ、ベストが……」


 クリスに対して魔術を使おうとしたが、どうやら右横から飛んできた魔術に当たったらしく、俺のベストが青から黒に色が変わっていた。

 さっきのカーリナと同じやられ方じゃないか……。


 俺がやれれたと同時に、クリスのベストも黒くなっていた。

 他の仲間が打ち取ってくれたみたいだ。

 というか、ぼうっと突っ立ってる状況じゃなかったな……。


 「やったー! ベルホルト君を打ち取ったーー! ってああっ!」

 「ベルホルト、お前……何やってんだか」

 「ぐ……」


 俺を打ち取った赤組の子がその場でピョンピョンと喜んでいたが、後続のバシルに打ち取られ、これで赤組はほぼ全ての選手が退場したことに。

 最後に残っていた相手も打ち取りつつ、赤組の旗を奪取し、これで”旗獲り合戦”の2回戦目、赤組対青組は、俺達青組の勝利となった。



 _______________________________________________




 「ふぅー……疲れた」

 「お兄ちゃんお疲れ様」


 あの後、俺達は続く3回戦目と4回戦目を戦い、それぞれ緑組と黄組に対して勝利し、貴重な40点を獲得することが出来たのだ。

 これで赤組を抜き、総合順位は2位。

 午前中、”旗獲り合戦”を含めて3競技が終わった時点で、白組まで点差があと30点とかなり差が縮まった。


 この学年対抗競技では、俺達青組の2年生が早い段階から戦術や各個の役割を決めたり、それぞれの魔術的な技能を向上させてきたのだ。

 対白組用の戦術も勿論考えていたし、白組からの徹底的なマークにも対応できるように話し合ってきたのだが……その前に赤組が白組を倒してくれたので発揮されることはなかった。

 それはそれでよかったけどね。


 ”旗獲り合戦”が終わったと同時に昼休憩となり、俺達青組の応援席に戻ってくるとカーリナが出迎えてくれた。


 「はいこれ、お水とタオル」

 「ああ、ありがとう」


 カーリナが水筒とタオルを俺に渡してくれたので、ありがたく受け取ることに。

 その水筒の水を飲んでいると、カーリナはスススと俺のすぐ隣にピタリと座って来た。

 今日は魔導祭ということもあってか、カーリナは動きやすい短パンのようなズボンを履いていて、健康的な太ももがいと美し。


 なんかバシルが鬼のような形相で睨んできているが……ザマァ!

 なんてバシルのことを笑顔で煽っていると、カーリナが耳元でこそっと話してくる。


 「クリスがお兄ちゃんのこと、カッコよかった。って言ってたよ」


 ああ、耳が幸せじゃぁ~……じゃなくって、え? クリスが俺のことを? カッコいいって?

 いやぁ~照れるな~。

 ここ最近、クリスとはまともに話も出来なかったからな……。

 競技内で敵味方に分かれたとはいえ、ああいう形で向き合えただけでも俺は嬉しかった。

 それだけで俺は元気になれる。


 ……うん、最後の決闘、頑張って勝とう。


 「……じゃあ私はもう行くね!」

 「ん? もう行くのか? 一緒に昼飯食べようぜ?」


 クリスのことを伝えたカーリナは、鼻の下を伸ばしていた俺にジト目を向けていたが、やがてスッと立ち上がり、立ち去ろうとした。

 俺はてっきり、いつものメンバー+鼻クソ(バシル)で昼飯を食べるのかと思って引き留めようとしたが、カーリナはチロっと舌を出しながら、「ごめんね!」と言って手を合わせる。


 「赤組の皆と一緒に食べる約束しちゃったんだ! だから今日はお兄ちゃん達と一緒に食べれないんだ」

 「……そっか、じゃあしょうがないな」


 きっと作戦会議も兼ねているんだろう。

 昨日は一緒に食べたんだし、今日くらいは別にいいか。


 「うん、だからしょうがないの!」


 そう言うと、カーリナは踵を返して赤組の応援席へと去っては……行かず、数歩歩いた後に再びこちらへと向き直った。


 「お兄ちゃん。最後の決闘、勝ってね!」

 「ああ、勿論だ!」


 ブラウとの決闘については、絶対に負けるわけにはいかない。

 こうやってカーリナも応援してくれているんだ、お兄ちゃん、絶対に勝つからね!


 どうやらカーリナの用件はこれだけだったみたいで、バイバイ、と小さく手を振りながら今度こそ赤組の方へと戻って行った。


 「ベルホルト、テメェ……ブラウに負けたら絶対に許さんからな……」

 「……なんでお前が許さないんだよ」


 カーリナが去った後、何故かバシルが恨みがましい表情で俺を睨みつけてくる。

 あれか? 俺がブラウに負けてカーリナに悲しい顔させるなよ、っていうことか?

 余計なお世話だっての……。


 「そんなことよりさー、早くご飯食べに行こうよ。僕もうお腹ペコペコなんだけど」

 「それもそうだな」


 いつまでもバシルのアホに付き合ってられないしな。

 さっさと飯食ってこようか。



 _______________________________________________




 昼食を食べ終え、食堂のトイレで大きい用事を済ませてスッキリした後、一人で青組の応援席へと戻ろうと食堂から出た時のこと。


 「おいおい、誰かと思えばハルトマンじゃないか」

 「うげ、ブラウ……」


 食堂へ入ろうとするブラウと、その愉快な取り巻き達に出会ってしまった。

 思わず顔をしかめてしまったではないか。


 「まあそんな顔するなよ。別に、今ここで何かしてやろうってわけじゃないんだ。ここではな。だからそう警戒するなよ」


 ここでは、ってことはどこかで何かやらかしてくる、ってことか?

 十中八九最後の”障害馬上魔術”でだろうけどな。

 ニヤニヤ笑いやがって、怪しい奴め。


 「……不正は無しだぞ?」

 「不正? 俺が不正だと? 俺がそんなことするはずないだろ? なあ、お前達」

 「まったくだ」

 「何言っているんだよお前!」

 「これだから青組は……」


 ホントかよ……。

 取り巻きと一緒にヘラヘラ笑っているブラウの姿を見ていると、何かしらの仕掛けが施されているんじゃないだろうか? と疑ってしまうのだが。

 しかし今ここで問い詰めても、さっきみたいに適当にあしらわれてしまうしな……。

 どうしたものか。


 「そういうことだ。お前も精々、今回の魔導祭を楽しんでくれよ。じゃあな。はっはっはっは!」


 そう言ってブラウは取り巻きを連れ、食堂内へと入って行った。

 これから飯か……腹でも壊してしまえ。


 そんな呪詛の言葉を心の中で呟きつつ、俺はさっさと青組の皆の所へ――。


 「ハルトマン」

 「ひょっ?! あ、教頭……」


 青組の皆所へ戻ろうとしたところ、後ろからバーコードに呼び止められ、思わず変な声が出てしまった。

 まったく、このハゲは突然現れなければ死ぬ病でも掛かってるのか?


 「貴様、白組の生徒と最終競技で決闘するらしいな」

 「あ、はい。成り行きで……」


 バーコードは俺を呼び止めるなり、怖い顔で決闘のことについて問うてくる。

 やっぱり教育者としては、そういう学生間の私闘なんかは認められないのだろうか?

 それともバーコードもどっかの貴族で、うちの白組に何手を出しとんじゃい! って脅しに来たのかねぇ。


 「そうか……余り無茶はするなよ」


 ……ん? 何だって?


 「競技の中で決闘をするとはいえ、無茶なことをして怪我をするな」

 「はぁ……」


 この人こんなこと言う人だったっけ?

 え? 何? デレてんの?


 「返事はしっかりとしろ!」

 「はい!」


 生返事を返したら、怒られたでござる。

 それで思わず背筋を伸ばして返事をしてしまったが……心配してきたり怒ったり、よく分からん人だ。

 てっきり俺のこと嫌ってるのかと思ってたが、実はそうでもないのかな?

 いや、というよりも、生徒には分け隔てなく接しているのかもしれないな。


 「それだけだ」

 「あの、ターナー教頭!」


 言うだけ言ったバーコードは、踵を返してその場から立ち去ろうとしたが、俺は思わず呼び止めてしまった。

 名前は確か、ターナーであってるはず。

 呼び止められたバーコードはきちんと俺の方に向き直り、いつもの仏頂面で静かに俺の言葉を待っている。


 「ありがとうございます!」


 そんなバーコードに俺は、何故か感謝の言葉を口にしながら軽く頭を下げた。

 多分、この人は単純に俺のことを心配してくれたのだろう、と分かって素直に嬉しかったんだと思う。

 単純に心配されて、素直に喜ぶ。ただそれだけだ。


 俺の言葉を受けて、バーコードはうむ、と一つ頷いて言った。


 「貴様は入学式の時に寝るような奴だったが、貴様の頑張りはジューダス教授や他の教授から聞いていたし、私自身もお前のことを見ていた。頑張っている生徒を気に掛けることは、教育者として当たり前のことだ」

 「教頭……」


 ちょっとジーンときた!

 なんだこの人、カッコよずぎるだろ!

 今までハゲとかバーコードとか言っててごめんなさい!

 教育者としては尊敬に値する人だ。

 これからは敬意を持って接しよう。


 そしてそれだけ言うと、バーコード……ターナー教頭は踵を返してツカツカと去って行く。


 「……俺もそろそろ行くか」


 その後ろ姿を尊敬の眼差しで見送りつつ、俺も青組の応援席へと向かうことにした。



 _______________________________________________




 さて、肝心の魔導祭のことについてだ。

 2日目の昼休みが終わった時点での、得点と順位は以下の通りになっている。

 1位白組、340点。

 2位青組、310点。

 3位赤組、300点。

 4位黄組、180点。

 5位緑組、170点。 


 午前の3競技が終わり、残すは午後の4競技のみだ。


 今日の競技では、これまで必死に練習してきた青組の力が、大いに発揮される結果となった。

 昨日は白組に散々目を付けられたが、今日は審査員に評価してもらうような競技が多かったのと、俺達2年生が早い時期から練習をしていたお陰で、ちょっとしたラフプレーにも対応できようになり、好成績を収めることが出来たのだ。


 そして、いよいよ最後の4競技が始まった。

 これで俺達の運命が決まるという4競技だ。


 午後最初の競技の結果は、青組が2位で、白組が3位。

 2競技目では、限られた道具と指定された魔法陣を使って魔道具を作る、”魔道具コンテスト”が行われたのだが、我が組のアールの独壇場となって青組が1位となり、4位になった白組と10点差で逆転して青組は大盛り上がりだった。

 この調子なら優勝できる! と。

 だがしかし、ここへ来て流石の白組も焦ったのか、続く3競技目では白組に1位を取られ、俺達は2に甘んじた為にその差は0点。

 つまり同点になったのだ。


 同点。

 つまり、魔導祭最後の競技で全てが決まる。

 そう、”障害馬上魔術”でだ。


 代表競技であり、各組学年問わず2名が出場。

 青組からは俺とバシルが出るのだが、その2番手に俺は出ることになっている。

 ブラウとの決闘の為にだ。


 要は、俺とブラウとの決闘の結果が、そのままとはいかないが、青組対白組の決着となる。

 最早、他の組が1位になったとしても、俺達青組か白組、どちらかが1位になることは揺るぎない。


 「ベルホルト先輩、バシル先輩、頑張ってください!」

 「頼むぞ、二人とも!」

 「お前達なら出来るさ!」


 陽が傾きかかった頃、俺とバシルが競技の待機所へと向かう直前、青組の生徒達から口々に声援を受けていた。

 後輩から同級生、先輩と、この数カ月で仲良くなった人達からだ。

 バシバシと背中を叩かれながらその声援に応えつつ、俺とバシルは予め持ってきていた馬術道具を抱え、待機所へと向かう。


 「ベルホルト君、バシル君……君達のお陰でここまでこれたよ。ありがとう」

 「なに言ってるんですか」

 「そういうのは勝ってからにして下さい」


 だがその前に、サマラスが俺達の前に立ち、目に涙を貯めながら感謝の言葉を口にしてきた。

 その言葉に、俺もバシルも苦笑しつつ応えたが、それでもサマラスはつーっと涙を流す。

 もう優勝したつもりかよ。気の早い先輩だな。

 ま、絶対勝つけどね。


 「二人とも、責任重大だね……なんだか僕まで手が震えてきたよ……」


 そのサマラスの傍では、緊張した面持ちのアールが立っていて、ほら、と小刻みに震える手を見せてくる。

 どれだけ緊張しやすいんだ?


 「まあ大人しく見てろって。絶対に勝って帰って来るからさ」

 「お前は喜ぶ準備でもしとけ」

 「そうだね……ゆっくり待ってるよ」


 アールはそう言うと、いつも通りの能天気な顔になった。

 うん、なんだかんだで、アールのその表情が見れて安心したよ。


 アール達と言葉を交わし、再び青組の皆の顔を見渡す。

 バシルも俺に釣られて皆を見た。

 皆、期待の眼差しを俺達に向けてくる。

 不思議とそこには、不安な表情をしている顔が一つもなかった。

 多分、心の中では不安に思っているかもしれないが、それでも俺達のことを信じてくれているのだと思う。


 うん、ならその期待に応えよう。

 そのために、バシルに頭を下げてまで馬術の特訓をしたんだ。


 「じゃあ、行ってくる」


 短く告げた俺は、バシルと共に待機所へと再び向かった。

 青組の皆の声援を受けながら。


 隣の緑組の応援席を抜け、赤組の応援席を抜けようとした時、また声を掛けられて呼び止められてしまった。


 「お兄ちゃん!」


 ムム! この天使ボイスは……カーリナ!


 「カーリ……」

 「か、カーリナ!」


 振り返るとそこにはカーリナがいて、いつもの明るい笑顔で俺達の傍にやって来た。

 その後ろにはリンマオとイリーナもしっかりついて来ている。

 というかバシルが上ずった声を上げてやがる。キモい。


 「いよいよ……ね」

 「どうせなら、派手におやりなさい!」


 二人も相変わらずな調子だ。

 ただ、アールにしてもそうだが、いつもの調子で接してくれるというのは、案外安心するものなんだな。


 「決闘、絶対に勝ってね!」

 「ああ、絶対に勝ってくるよ」

 「お、俺も頑張ってくるからな!」

 「うん! バシル君も頑張ってね!」


 そしてカーリナも、その屈託の無い笑顔を俺達に向け、カーリナらしく応援してくれた。

 思えば、カーリナのことをバカにしたブラウが原因で、この決闘騒ぎが起きたんだっけな……。

 だからこそ、俺は絶対に勝たなければならない。

 カーリナの為にも、そして……。


 ふと、赤組の応援席を見渡す。

 サッと見渡していると、こちらをじっと見てくる人がいた。

 クリスだ。


 クリスは俺と目が合うと両手を胸に当て、どこか緊張した様子でコクりと頷いた。

 テレジアも、珍しく表情が硬い。

 あの決闘騒ぎ以来、クリスと益々人前で話辛い状況になった。

 だからこれが、今彼女に出来る精一杯の応援なんだろう。


 だから俺も、小さく頷いてクリスの想いに答えた。

 これで決闘に勝ったら、その時こそは、気持ちをちゃんと伝えよう。


 「俺の頑張っているところ、ちゃんとカーリナに――」

 「おら行くぞバシル」

 「あだだだ! 耳! 耳を引っ張るな!」


 何人の妹を口説いてんだ?

 これだからバシルは……。

 取りあえずこのまま耳を引っ張って行こう。


 カーリナ達からも元気をもらい、俺とバシルはまた待機所へと歩き出した。

 そして今度こそ待機所へとたどり着き、係員の生徒らによって点呼を受け、競技場の設営が終了するまで待機することに。


 待機所には緑組で馬術競技会の先輩であるクラプトンもいて、いつものおしゃべりな様子から一転、この時は緊張した様子で待っていた。


 俺とバシルも、いつもの軽口を言い合うこともなく、ただひたすら待っている。

 最早、語ることはない。

 俺はバシルから教わるだけ教わったし、やれるだけのことはやったからな。


 周りを見ると、他の赤組や黄組の選手達も緊張した様子で、或いは落ち着きのない様子で待っていた。

 しかしそんな中、白組の連中、というかブラウと馬術競技会の先輩は余裕の笑みを浮かべている。

 ……なんか嫌な予感がするな。


 「お待たせしました。それでは今から各組に割り当てられる馬の所へ連れて行きます。付いて来て下さい」


 係りの生徒が俺達を引率し、場内にいる五頭の馬の所へと誘導する。

 各組一頭ずつ割り振られ、二人で順番に乗るらしい。

 そして、それぞれの組に馬が割り振られたのだが……。


 「これは……興奮しているな」


 俺達に割り振られた馬が、何故か軽い興奮状態だった。

 それも取り乱したような激しい興奮状態ではなく、多少落ち着きがないだけ、と判断できるくらいで、世話しなく頭を振ったり、足で地面を蹴ったりだ。


 「皆さん、馬の変更は出来ませんのでご了承ください! それと、今から競技終了までは魔術の使用を一切禁止します! 使用した場合、失格となりますので注意してください!」


 やられた……。

 ブラウの奴、仕込みやがったな!

 軽く興奮した馬を俺達に充てて、少しでも有利に立とうとしている。

 その証拠……というわけでもないが、ブラウ達が俺達の様子を見てニヤニヤと笑っていた。

 まったく、狡い奴だ!


 「クソッ! おいアンタ、この馬少し興奮しているから治療魔術で治してもいいか?」

 「え、っと……申し訳ありません、どのような理由でも魔術を使うのは……」

 「じゃあ馬の変更は?」

 「すみません、それも……一度それらを認めると、他の組の要望も認めなければなりませんし……」

 「チッ!」


 イラついた様子のバシルが係員に詰め寄るが、係員はバシルに気圧されながらも応えることはしなかった。

 治療魔術すら使えないのかよ……。

 そもそも、ここで魔術を使うなっていうのはどういうことだ?

 ……ああ、競技中の不正や事故を防ぐためか……。


 「……すみません、この馬の手配は誰が?」

 「……メコーニ教授です」

 「あの野郎っ!」


 俺の質問に、係員は申し訳なさそうに答えてくれたのだが、それを聞いたバシルがメコーニのいる本部席に向かって悪態をついていた。

 そうか……あのキノコ野郎が手配したのか……。


 『ただいまより、最終競技、”障害馬上魔術”を行います』


 そうこうしているうちに競技が始まり、現在の総合順位が低い順に各組の一人目が競技を実施し、次に二人目が……という流れで競技が進むようだ。

 青組と白組が同率1位なので、コイントスで順番を決めた結果、俺達青組が最後となった。


 「どう……どう! チッ、この様子だと最悪振り落とされるぞ」


 最初の選手、緑組の選手が競技を実施している間、バシルは何とか馬を落ち着かせようとしていたが中々そうはいかず、表情が歪み、焦りを見せていた。

 せめて治療魔術を使って馬を落ち着かせることが出来たらな……。


 「こっそり治療魔術が使えないかな?」

 「そんなことすれば、失格になるだろうが……」


 密かに魔術を使えば……と思ったが、バシルの言った通り詠唱を誰にも聞こえないように言ったとしても、魔術を使った時に出る淡い光でバレてしまう。

 どうすればいいのだろうか……。


 その後も、具体的な解決策が出ないまま、ついに白組の番となり、バシルが次の競技者の待機場所へと向かうことになった。


 「……こうなったら得点を捨ててでも、競技中に治療魔術を使って治すしかないな」

 「おいそれって!」

 「もうこれしかないだろ」


 未だに落ち着かない馬の手綱を引きながら、バシルは悔しそうに言う。

 要は、6回しか使えない魔術のうち、1回を治療魔術に使うと言うのだ。

 そうすれば、的を外したことで3点の減点となる。

 こうするしかないのか……?


 「じゃあ、行ってくる」

 「ああ、頼むぞ」


 もう考えている時間はない。

 後はバシルに任せて俺は奴を見送った。

 バシルが上手くやってくれれば、減点分を俺がカバーしてやればいい。

 アイツが、上手くやってくれることを祈るばかりだ。


 バシルの前に競技をしていた白組の選手が走り終えた。

 この競技の難しい所は、障害を飛越しながら魔術を使うことと、魔術を当てる的の配置によっては的と的の間隔が狭い所があり、悠長に全詠唱で魔術を使っていられず、短詠唱で魔術を使わないと得点が得られないということがある。


 ただ、そんな難しいポイントを難なくクリアした白組の選手は流石だと思う。

 卑怯な手を使ってきたのは事実だが、それを差し引いても安定した走りを見せ、得点を獲得していったのは、素直に凄いと認めよう。


 障害用のバーが11箇所×5点、的が6個×5点、これらを全てクリアすると最低でも85点。

 さらに的に当てた魔術の種類によっても得点が変わり、下級魔術で的を当てると5点のままで、中級で7点、上級で10点、下級魔法で20点、中級で30点、上級で40点だ。

 因みに同じ魔術魔法は加点されず、5点のままになる。


 白組の一人目の選手は全ての障害を飛越し、すべての的を当てたことで得点は106点だ。

 他の3組と比べてもかなり高い。


 そして、次はバシルの出番だ。

 遠目から見ても、バシルの乗る馬は落ち着きがなく、今にもバシルを振り落とそうとしていたが、バシルもそんな落ち着きのない馬にも乗り慣れているのか、上手くバランスを取っている。

 審判員の笛の合図が鳴り響き、競技が始まるとともに馬が後ろ脚で大きく立ち上がり、いきなり不従順の判定を受けた。

 ”不従順”と書かれた大き目の札を掲げられたのだ。


 しかしその後、バシルは手を馬に当てて治療魔術を使い、馬を何とか落ち着かせようとした。

 だが1回目は失敗したらしく馬が落ち着かず、さらにもう1回治療魔術を使って何とか馬を落ち付かせることに成功し、最初の障害に差し掛かる。

 これでバシルは-9点からのスタートだ。

 

 その後、バシルは本来の実力を発揮して順調に障害を飛越し、6個のうち3個の的に上級魔術を当てて協議を終了した。

 障害の飛越で+55点、的6個中3個に上級魔術を、1個に中級魔術を当てたことで+37点、不従順と的2個に魔術が当てられなかったということで計-9点。

 合計は、83点。

 白組とは23点も差がついてしまった。


 「スマン、ベルホルト! 2回も使ってしまった!」

 「いや、いい。それよりも馬が落ち着いたことをプラスに考えよう」

 「ああ……」


 大人しくなった馬を引き連れて帰って来たバシルは落ち込んでいたが、俺としては馬が落ち着いたことがなによりの救いだ。

 いくら特訓を重ねたとは言え、俺はバシル程上手く乗れるわけじゃないからな。

 あのまま落ち着きのない様子で帰って来られたら、俺は落馬をしてしまうかもしれない。

 だからこそ、バシルが得点を捨ててまで馬を落ち着かせたことについては、ナイスプレイだと思っている。


 ただ、そんな俺達の様子を見ていたブラウが余裕たっぷりの笑顔でこちらを見ていた。


 「アイツら、もう勝った、って顔してるぞ」

 「まだ何か仕掛けてるかもしれないな……気を付けろ、ベルホルト」

 「分かってる」


 分かってるが、ブラウの奴が次に何を仕掛けてくるのかが分からない。

 もう、この会場では勝手に魔術が使えないが、他にどんな手を隠しているのだろうか?


 そんなふうに警戒していると、緑組の二番手クラプトンが競技を終え、続いて黄組、赤組と次々に競技を終えたあと、ついにブラウの出番がやって来た。


 「じゃ、俺も次の準備をしてくるか」

 「……頼むぞ、ベルホルト」

 「ああ」


 バシルから馬を預かると、そのまま馬に乗って次の競技者の待機場所へと向かう。

 バシルに見送られつつ、最後の競技者として……。


 俺が待機場所に着いた時に審判の笛の合図が鳴り、馬を走らせたブラウは、障害用のバーを次々に飛越し、1つ、また1つと魔術を当てていく。

 馬術も魔術も地味に上手い。

 最初の2個には中級魔術を、3個の的には上級魔術を当て、そして――。


 「『我が魔力を精一杯用いて純然たる炎の力を循環させ練り上げ固め固め固め上げそして強大な力となりて眼前に映るものを炎の矛として穿たん フレア』!」


 早口で長い詠唱を経て、ブラウの右手のひらからオレンジ色に光り輝く炎の塊が打ち出され、的を簡単に溶かした。

 ブラウは最後の的に対し、下級火属性魔法、『フレア』を放ったのだ!

 今回、5個目と6個目の間との間隔がそれなりにあったため、最後の的を全詠唱で撃てたのだろう。

 白組の応援席も大盛り上がりだ。


 「野郎……これが狙いだったのか……」


 思わず呟いてしまった。

 ブラウが余裕でいた理由はこれだったのだろうか?

 最後の障害を飛越し、そのままゴールしたブラウは、満足気に右手を挙げて白組の歓声に応えていた。


 アイツは、俺が魔法を使うことが出来る、という話を聞いて一応警戒はしていたのだろう。

 だから俺達の馬に何かしら興奮するようなことをして、ミスや魔術の無駄遣いで減点を誘発させたのだ。

 そうしたうえで、自らは魔法を使い、得点を引き離して勝利する。

 狡い手ではあるが、中々によくできた作戦だな。


 というか、火属性の魔法が使えるなんて羨ましい……今度俺も練習してみよう。


 『ただいまの得点、119点』


 結果を知らせる放送が聞こえた途端、また白組の応援席からワァッ! っと歓声が響いてきた。

 119点か……俺がブラウとの決闘に勝つためには、120点以上取らなければならず、さらに青組が優勝するには、143点以上取らなければならない。


 選手達の待機所に戻るブラウと目が合う。

 奴は、「どうだ? まいったか!」とでも言いたげな顔で俺を見てきた。


 普通なら、其の数字を見て諦めるかもしれない。

 馬を走らせながら魔法を使うなんて、とてもじゃないが出来ない、と。

 普通なら、な。


 「負ける気がしないな……」


 俺は不思議と、負ける気がしなかった。

 理由は……最早語るまい。


 ブラウの競技が終わり、次はいよいよ俺の出番だ。

 係員に誘導され、開始線に立つ。

 馬も、バシルが治療魔術を掛けてくれたお陰ですっかり落ち着いている。

 これなら大丈夫そうだ。


 「それでは、準備は良いですか?」

 「はい」

 「では始めます」


 ピィー、っと審判の笛の合図が鳴り響き、俺は馬を走らせた。


 第1、第2の障害を飛越し、90度直角に曲がる。


 「『アースランス』! ――『エクスプロージョン』!」


 さらに2つの障害を飛越した先にあった的に対し、俺は土属性魔術の『アースランス』を放って的を穿ち、その直ぐ先にあった第2の的には火属性魔術の『エクスプロージョン』を放った。

 どちらも上級魔術で、殆どの生徒が……あのブラウですら全詠唱で使っていたが、俺は短詠唱だ。


 その後も次々と障害を飛越し、第3の的も上級雷属性魔術の『サンダーボルト』を当て、これで3個目になる。

 我ながら順調だ。


 「っ! しくった! ――っとと!」


 が、しかし……安心した瞬間に次の障害のバーを落としてしまい、さらに次の障害を飛越しようとしたところ、落としたことで手綱を余計に引っ張ってしまったせいで馬が言うことを聞かず、飛越しないままに次へと進んでしまった。

 これで減点が6点か……。


 気が緩んだせいで余計な減点を喰らってしまった。

 だが――。


 「『ランペッジャメント』! 『ヴァジュランダ』!」


 続く第4、第5の的に、俺は短詠唱で魔法を撃った。

 下級雷属性魔法と中級雷属性魔法。2連発でだ。

 どちらも上手く的に当たって良かった。

 ただ、馬が魔法の音に驚いて少し興奮状態に陥りそうになったが、何とか持ち直す。

 ここで落馬したら洒落にならんからな。


 今度は気を緩めない。

 そのまま残り3つの障害のうち2つを飛越し、最後の的に対して、俺の使える中で最高位の魔法……上級魔法を――。


 「『エヌムクラウ』!」


 撃った。

 俺の右手から放出された極太の光は、紫電と眩い光を放ちながら的に直撃し、それらが消えるとそこには何も残されておらず、あるのは中途半端に溶けた鉄の棒だけだ。

 馬が一瞬暴れてしまったが、審査員は魔法に目が向いていて不従順の札を上げ損ねていた。

 ちょっと運も向いてきたみたいだ。


 ……それにしてもハリマの奴、こんな凶悪な威力の魔法を喰らってよく生きていたよな……。

 鉄溶けてんじゃねーか……。

 あっヤベ! 最後の障害のバー落としちゃった!


 「どうだ!?」


 最後は少し集中力を欠いてしまったが、的は全て当ててゴール出来たんだ、結果は悪くないハズ。

 ゴール用のラインを越えたところで馬を反転させ、その場に止まって審判から発表される結果を待った。

 会場は、いや、学校全体が静寂に包まれる。

 皆、俺の最後の結果を待っていた。

 結果が発表されるまでのこの時間が、10秒、20秒が、何十分にも思えてならない。

 この結果次第で、青組やジューダス達の悲願が、カーリナの名誉が、そして俺とクリスの人生が決まる。


 『た、ただいまの得点、166点。1位は、合計249点で青組です!』


 わああああああああああ!!!

 

 結果が発表された瞬間、青組の応援席を中心にこれまでとは比べ物にならないほどの歓声が、最早怒号とも言える大きさでこの場を埋め尽くした。


 「っしゃああ! 勝ったぁー!!」


 勝った、俺が、俺達が勝ったんだ!

 両手を挙げてガッツポーズ! そのまま空を見上げれば、雲一つない夕陽が目に沁みきた。

 というかこれは……涙かな?


 『ベルっ! ベルっ! ベルっ! ベルっ! ベルっ! ベルっ! ――』

 「なんだよ、恥ずかしいな……」


 と言いつつ、応援席から聞こえてくる俺へのコールに、右拳を挙げて答える。

 馬に乗ったまま選手の待機場所にゆっくり戻りつつ、応援席を眺めていく。


 アール達青組は勿論、白組以外の他の組でも立ち上がりながら俺の名前を呼ぶ生徒がいた。

 赤組の最前列にはカーリナがいて、今にも柵を飛び越えてきそうなくらい身を乗り出し、嬉しそうに何やら叫んでいた。

 そんなカーリナを、リンマオとイリーナが必死に止めていたが、その顔は、カーリナと一緒で俺以上に嬉しそうだ。


 一方の白組はと言うと……まるでお通夜みたいに誰も彼もが落ち込んでいた。

 本部席の方をチラリとみると、メコーニがあばばばって顔していて面白い。

 その隣ではジューダスを中心に青組の教授達が立ち上がり、声を上げて喜んでいる。


 「やったなベルホルト!」

 「ああ! バシルのお陰だ!」


 待機場所に戻ってくる前にバシルが駆け寄り、馬から降りた俺はそのままハイタッチを交わした。

 俺もバシルも、目に涙を浮かべて泣き笑いのような顔をしている。


 「これで俺達の優勝だ!」


 そうだ、これで俺達が総合優勝を果たしたんだ!

 約50年ぶりに青組が優勝し、メコーニから受けた屈辱を晴らしたし、そして、ブラウとの決闘にも勝った!

 

 今だ歓声が止まない中、俺は赤組の応援席……もっと言えば一人の女性と見つめ合った。

 彼女は、ここから遠く、『サイトセンス』で視力を強化しなければハッキリ見えないような位置にいたが、それでも、彼女が今どんな表情をしているのか視力を強化しなくても分かる。


 「クリス……」


 彼女は……クリスは、何度もうん、うんと頷いて俺の視線に応えてくれている。


 「おいベルホルト! 早く皆の所へ戻るぞ!」

 「ああ! っと、その前にちょっといいか?」

 「あ? どうしたんだよ?」

 「ちょっとブラウに用事がある!」


 バシルと一緒に応援席に戻ろうとしたが、その前にブラウに言っておかなければならないことがあった。


 「約束は果たせよ! 今度カーリナに謝ってもらうからな!」

 「……チッ! 分かった……」

 「絶対だからな!」


 肩を掴んでいてやると、ブラウは悔しさと怒りが滲んだ顔でそう短く返事をし、俺の手を振り解いて足早に去って行ってしまった。

 本当に約束守ってくれるのかよ……。

 ま、言うことは行ったし、あとは俺もバシルと一緒に皆の所へ戻りますか!


 俺もバシルも、晴れ晴れとした表情で堂々と歩き、青組の応援席へと向かった。

 皆の所へ戻ると、何故かカーリナが真っ先に俺の胸に飛び込んでくる。


 「お兄ちゃーーん! お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん、お兄ちゃーーん!」

 「あーあ、ちょっとカーリ、重いって!」


 俺が勝ったことがそんなに嬉しかったのだろうか?

 俺に飛びついて、体重を掛けながらもピョンピョンと跳ねているお陰で、カーリナのたわわに成長した胸が当たって……ぐへへ!

 というか、その姿を見たバシルが俺のことを睨んできている。

 すまんな、バシル。この子は俺の妹だから……。


 「ベルー! バシルー! 二人ともやったね! 優勝だ!」


 カーリナが俺の所に飛び込んできた後、アールや青組の生徒達がワッと集まって来て俺とバシルを取り囲みだした。

 皆口々に何かを叫んでいて、最早聞き取れないくらいうるさい。

 そんな中で皆にバシバシと背中や頭を叩かれ、俺とバシルは「痛い!」とか、「叩くな!」だとか言っているが、それでもなんだかんだとこうやって皆と騒いでいることの方が嬉しい。

 俺もバシルも、そしてもちろんカーリナやアール達青組の皆も、これ以上ないくらいに破顔していた。


 「ベルホルト君! バシル君! 本当によくやってくれたね!」

 「サマラス先輩、何泣いてるんですか!?」


 皆と叫び喚いている中、カーリナの次くらいにやって来ていたサマラスが、男泣きしながら俺とバシルの手を取る。

 カーリナが未だに離れなくて大変だったが、それでも気にした様子もなく、サマラスは続けた。


 「こんなに良い思いが出来たのも二人のお陰だ! ありがとう! ありがとう!!」

 「先輩も頑張ったからですよ!」

 「俺達は自分のやれることをやったまでです!」

 「それでも僕は、僕はっ……!」


 サマラスの感謝の気持ちに、バシルが、俺がそれぞれ応えたが、それでも、とサマラスは俺達の手を握ったまま顔に近づけ、肩を震わせていた。


 『皆様、静粛にお願いします、静粛にお願いします。これを持ちまして、魔導祭の全ての競技が終了致しましたので、総合順位の発表、並びに表彰式を行いますので、生徒の皆様は競技場内へと集まってください』

 「聞きましたか先輩? まだこれから表彰式があるんですよ?」

 「うん……うん……!」


 本当にしょうがない人だ。

 なんて思いながらも、ようやく騒ぎも収まった中でサマラスを連れ、俺達は競技場内へと出ることに。

 青組は、俺とバシルが中心になってだ。

 何故かカーリナが一緒にいるが、この際は置いておこう。


 何はともあれ、この2日間の魔導祭、ここまで来るまで長かった……。

 約50年ぶりの優勝を、俺達が勝ちとったのだ。

 みんなと一緒に……。


 前世では学校の行事でこんなに熱くなったことはない。

 俺は、皆で何かをするなんてめんどくさいことだと思っていた。

 だが今回、様々な切っ掛けのお陰で、俺は皆と喜びを分かち合う嬉しさを知ることが出来たのだ。


 本当に、皆には感謝しないとな。



 _______________________________________________




 表彰式もつつがなく終わり、また皆で一通り騒いだ後、町へ祝勝会をするために出かけることになったのだが、俺は適当な理由を付けて後で行くと言い、一人抜け出した。


 結局、最終的な総合順位は、1位450点で青組が優勝。

 2位は440点で白組。

 3位は350点、赤組。

 4位は240点、黄組。

 5位は220点で緑組となった。


 夕陽も沈みかけた中、俺は課外活動が終わった後に来るいつもの場所に来ている。

 まださっきの余韻が残っているのか、それとも、これからすることへの緊張感からか、俺の心臓は今にも爆発しそうなくらいに脈打っていた。


 今日はどうだろうか? しばらくここで会っていなかったから、今日は来ないだろうか?

 そんなことが脳裏に過るが、ふと、背後から小走りに駆け寄ってくる足音が聞こえ、そちらへと振り向く。


 「ベルホルトさん!」

 「クリス!」


 クリスだ。

 彼女は来てくれた。

 恐らく、俺が、今日はクリスも来てくれるだろうと考えていたように、クリスも同じことを考えていたのだろう。

 彼女は一人で俺の所まで駆け寄ってくると、一度、二度と深呼吸をし、若干潤んだ瞳を向けてきた。


 「ベルホルトさん、私、最後の姿を見て感動しました!」

 「ありがとう」


 熱っぽい表情で見上げてくる彼女に、俺は短く応えた。

 他にも色々と語りたいことがいっぱいあるが、ここはグッと堪える。

 今は、余計なことは言わないでおこう。


 チラリとクリスの背後を確認すると、あのテレジアに姿が無い。

 彼女なりの配慮なのだろう。

 近くでこっちの様子を見ているだろうが、こうしてクリスと二人っきりにしてくれているということは、俺とクリスの中を認めてくれたのかな?


 ……だったら、いいよな?


 「……クリス」

 「はい――あっ」


 意を決し、俺は居住まいを正して、クリスのその潤んだ目を見つめると、そのまま彼女を抱きしめる。

 以外……ということもなかったが、クリスは抵抗する素振りも嫌がる素振りもなく、むしろ俺の背中に手を回して抱きしめ返してきた。

 拒絶されたらどうしようとか、こんな大胆なことをして大丈夫だろうか、とか考えていたが……。

 しかし、優しく腕を回してくれるその温もりを感じながら、俺は――。


 「好きだ、愛してる」

 「……はい。私も、愛しています」


 想いを告げ、少し体を離してから――。


 ――そっと、キスをした。

次回は5月28日の投稿です。

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