第3話:魔術
「じゃあ行ってくるよ」
「はい、いってらっしゃい。あなた」
「いってらっしゃい」
「いってらっしゃい……」
誕生日の次の日の朝、俺達は出勤するビクトルを見送っていた。
隣に目を移すと、そこそこ早い時間だったためか、カーリナは片手で俺の袖を握りつつ、目を擦っている。
はあ……なんでこんなにかわいいんだろうか……。若干触れ合った肩が心地よく暖かい。
夏の早朝の肌寒さの中で俺の心を暖めてくれる……。
まあそんな変態じみた感想はいいとして……いや俺にとっては重要なことだが。
俺はカーリナと自分達の部屋に戻り、彼女をベッドに寝かしつけてからビアンカに貰った本を机に広げ、少し思考に耽る。
父ビクトルのことについてだ。
ビクトルが出勤した先が実は、兵隊の詰め所だったのだ。
ビクトルはこの国の兵士だった。
去年ビアンカに連れられてビクトルの職場に行った時に知った事実だ。
わが父は国家公務員である。やるじゃない。
つってもハルメニア王国の東側にあるこの町―−カラノスの兵士らしい。
後、国の兵士達は挙手の敬礼をしていたのが驚きだった。
小さいこの町の兵士なのだが、小隊長を務めるくらいには偉いみたいだ。
結構若いはずなのに、と当初は思ったが、ビアンカに聞くと彼は東部連合の主要国の一つ”ドラグライヒ”に住む種族、”翼竜族”のクウォーターだと言っていた。
翼竜族というのは背中に竜の翼が生えた種族で、これまた東部連合の主要国である”ジラント王国”に住む頭部に角の生えた種族、”角竜族”と合わせて”竜族”と言われている。
因みに、ドラグライヒとジラント王国は仲が悪い。
東部連合が設立する前まではしょっちゅう戦争していたらしい。
赤ん坊の時に見たコスプレの人は、角竜族の友人だったのだ。
あの時引っ張ってごめんね。
そんな父は実は、今年で40歳だということだ。
これは竜族が300年くらい生きるので、その影響で若く見えるらしい。
非常に羨ましい。
あ、でも俺もその血を引いてるんだから、そこそこ長生きになるのかね?
また、この世界には”人族”や”竜族”と呼ばれている種族のほかに、”エルフ”、”ドワーフ”、”獣人族”、”冥府族”に”鬼族”なんてものもいるらしい。
背中に翼はないが、翼竜族の血を引けて誇りに思う、とビクトルも自慢していた。
この町はハルメニア王国の東端にあるので、人族以外の種族がちらほらいる。
だからなのか、種族間の差別というのがほとんど無いようだ。
そんなビクトルだが、彼の所属する部隊の規模はそんなに大きくない。
それでもビクトルは小隊長として部下からの信頼も厚い。
家の電話も、隊長としての連絡用に貸与されているらしい。
この世界の電話は、結構な値段がするらしいからね。
一般家庭にホイホイ普及していないのだろう。
ただ、そんなビクトルも家では息子娘にかまってちゃんなパパだ。
なんだかんだで俺も、父親としては尊敬しているし、家にいると一緒にはしゃぐこともある。
で、ビクトルは翼竜族のクウォーターだが、ビアンカは普通の人間らしい。
ビアンカはこの町で生まれて、この町で育ち、そして17歳の時にビクトルと出会って結婚した。
17歳で結婚はちょっと早いんじゃないか? とも思ったが、ここは異世界だもんね。
そして18歳で俺達を生んだようで、今は23歳ということになるな。
何でも、この国に来て兵士となり、カラノスの町に着任したビクトルに一目惚れしたらしく、またビクトルも同じく一目惚れしたのだとか。
そのテの話は飽きるほど聞かされた。
まったく、5歳にも満たない子供に何聞かせてんだか。
カーリナの教育に悪いだろうが。
ビアンカはこの町の孤児院にいた子供で、孤児院がやっていた花屋さんで働いていたらしい。
そこで文字の読み書きや計算の仕方を習ったようだ。
何度か彼女を育てた孤児院の先生が聞かせてくれた。
他にも、ビアンカは町の男達の中では一番人気のあった娘だとか。
そんな自慢話ばかり聞かされていた。
アンタらそんなんばっかか! なんてツッコミを必死に我慢していたのは秘密だ。
そうそう、カーリナについてだが、最近、近所の子供達に人気があるらしい。
奥様連中の井戸端会議で聞いた話によると、一緒に遊ぶ近所の子供たちの中にカーリナのことが好きだとぬかす輩がいるらしい。
ふざけるな! どこの馬の骨かも分からん奴らにうちの妹をやれるか!
お兄ちゃん、許しませんからね!
なんて思いながら、最近ではカーリナにちょっかいを出そうとする奴に睨みかけているのだ。
おかげで「ベル怖い」なんて言われてしまった。
まあそんな俺ですが、ハルトマン家の一員として馴染めてきたと思う。
ただ俺としては前世の記憶があるせいで、中々彼らを”本当の家族”と心の奥底から思うことが出来ていないみたいで、なんだか申し訳なく思っている。
最早大事な存在になりつつあるつもりだが、どうにも”家族”という認識に違和感を感じてしまう。
……まあ、時間が解決してくれるだろうけど……。
「お兄ちゃん……?」
おっと、ぼんやり考え事をしていたらカーリナがまた起きてしまったようだ。
なんだいカーリナ? 添い寝して欲しいのかい?
「カーリ、もうちょっとだけ寝ててもいいよ。あとで起こしてあげるから」
「うん……」
まだ朝の早い時間だ、無理して起きている理由もない。
カーリナの傍によって彼女をまたベッドに寝かしつけると、すぐに心地よさそうな寝息が聞こえてきた。
カーリナの顔をペロペロしたい衝動を抑えつつ、髪を数回撫でて机に戻る。
色々悩みたい気持ちもあるが、待ちに待った魔術の勉強は、今日の午後からなんだ。
それまでは他の勉強して気を紛らわそう。
さて、何の勉強をしようかな……。
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昼食後片づけも終わり一息ついたところで、俺達を机テーブルに着かせたビアンカが、一冊の本をその上に置く。
そこには、”魔術大全”と書かれていた。
表紙から察するに、魔術のことについて書かれた本なんだろう。
教科書というわけだ。
ビクトルの持ち物だろうか?
「それじゃあ、これから魔術をおしえます。その前にベル、カーリ、あなた達に注意することがあります。それを守ること、いい?」
「はい、先生!」
「はいっ、せんせー!」
「せん……じゃあ注意することを言うわね」
あ、今先生って言われて嬉しそうな顔になった。
教師になりたかったのだろうか。
「まず一つ目。ちゃんと基本の知識を身につけること。魔術の正しい知識、正しい使い方を知らなければいけません」
ふむ、基礎知識をしっかり身につけろ。ということか。
「二つ目。魔術の練習では人に向けて使ってはいけません。ちゃんと周りに人がいないことを確認して練習すること」
まあこれは当たり前だな。
鉄砲を撃つときは周りに注意することと同じだ。
撃ったこと無いけど。
間違ってカーリナに当ててしまう。なんてことにはなりたくない。
「三つ目。魔術は私やお父さんが見ていない場所では使わないこと。わかった?」
「はい!」
「はいっ!」
うん、要はしっかり基礎知識を押さえて、周りに気を遣いながら使って、尚且つ親のいない所では使わない。ということだな。
それだけ危険も伴うということか……。
「はい。それではまず初めに、魔術についての基本知識を教えます」
ビアンカはそう言うと、目の前に置いた教科書を開き、俺達に見せた。
「ここを見て。”魔術とは、身体に秘められた魔力を対価に、詠唱を用いて行使するもの”ってあるでしょう? つまり、魔術はそれを使うための詠唱が必要になるのよ」
「えいしょう?」
「詠唱って言うのは、魔術を使わせてください、っていうための言葉よ。カーリ」
うん、なるほど。
魔術には詠唱が必要。
これはビアンカやビクトルが魔術を使った時に見ていたから分かるし、なんとなく予想もしていた。
「じゃあ、詠唱なしで魔術は使えないの? 絶対に詠唱は必要?」
「そうよ、魔術は詠唱が絶対に必要よ。ただ、詠唱にも”全詠唱”と”短詠唱”の二種類があるの」
なるほど、無詠唱では使えないのか。
そして全詠唱と短詠唱というものがある、と。
教わったことはビアンカがくれた本に書き写す。
ビクトルがくれたペンは中々使いやすい。
「無詠唱で使える人はいないの?」
「一人だけいたわ。”魔神エルメス”っていう人が使えたらしいけれど、今は封印されているの」
「へ~」
「今度、彼のことについて書かれた本があれば、借りてくるわね」
「はい、ありがとうございます」
”魔神エルメス”
”魔神”なんて呼ばれているくらいなんだから、相当すごい奴なんだろうな。
しかし今は封印されているのか。
なんか悪いことでもしたのかな? 世界征服とか?
なんたって”魔神”なんだしな。
「それより続き!」
「はいはい。カーリは勉強熱心ね」
続きを促すカーリナに、ビアンカも思わず笑みをこぼす。
わかるよ、カーリナの仕草にぐっと来たんだろ? 俺もだ!
「え~っと、どこまでだったかしら。……そうそう! 全詠唱と短詠唱の違いについて説明するわね。まず全詠唱はある程度決められた詠唱をちゃんと詠唱すること。例えば、このページのここ! 『我が一握りの魔力をもってこの手より火球を撃ち出さん ファイアーバレット』これがこの”ファイアーバレット”っていう魔術の詠唱よ」
ふむふむ、ちゃんと正しい発音、正しい言葉で詠唱しなければいけないようになっているのか。
ということは短詠唱は……。
「それで、この”ファイアーバレット”を短詠唱で使うには、ただ単に”ファイアーバレット”って言えばいいの」
だろうな。
短詠唱って言うくらいなんだから、簡単に言えるくらいに短くするのだろうさ。
「? なんでみんな たんえいしょうで詠唱しないの?」
「それはね、短詠唱で詠唱すると、細かいコントロールが出来なくなるからよカーリ」
「?? なんでコントロールできないの?」
「うーん、それはねえ、どういえばいいのかしら……」
「要は、全詠唱の言葉が、使う魔術のコントロールに必要だからでしょ?」
「そう! そうなの。さすがベルね!」
カーリナの至極まっとうな疑問に対して、ビアンカの代わりに俺が答える。
俺のまとめ方は合っていたようで、ビアンカは嬉しそうに肯定してくれた。
カーリナもなんとなく分かってくれたように頷く。
やはりカーリナは賢い。
「全詠唱はさっきの”一握りの魔力”の部分を”一抱えの魔力”に変えると、それだけ威力が高くなったりするけれど、短詠唱ではそのときの体調や環境、魔力なんかに応じて威力が変わったりするのよ」
「ということは、短詠唱の場合は早く魔術が使えるけれど、その時々で威力が変わるってこと?」
「はい正解です。よく出来ました」
撫でられてしまった。
いくらこの体が子供だとはいえ、頭を撫でられるのは気恥ずかしいな。
いやしかし、ビアンカのような美人に撫でられるのも悪くない。
悪いなパパよ。
「でも、熟練の人なんかは短詠唱を主に使うみたいね」
「慣れてくると、短詠唱でもコントロール出来るから?」
「そうねぇ、使い慣れた魔術なんかは、短詠唱でもある程度コントロール出来るものよ」
要は使い慣れろ、ということか。
魔術を使い続けることで、短詠唱でもある程度コントロールを感覚で覚えてしまえるようだ。
スポーツや自転車みたいなものか。
習うより体で慣れろ。ってことだな。
「それで、詠唱には二種類あるけれど、魔術にもいくつか種類があります。
さっき言った”ファイアーバレット”は”属性魔術”。属性魔術には、火、土、雷、水、風、の五種類があるの」
ビアンカは教科書を指さしながら説明していく。
「他には、”治療魔術”、”強化魔術”、”無属性魔術”、”召喚魔術”の五種類の魔術があって、それぞれに階級があるの。”下級魔術”、”中級魔術”、”上級魔術”、その上が”下級魔法”、”中級魔法”、”上級魔法”、そして最高階級が”魔導”よ。”ファイアーバレット”は”下級火属性魔術”ね。」
「属性魔術や治療魔術はなんとなく分かるんだけど、強化魔術と無属性魔術と召喚魔術は何?」
「う~ん……、実は私も詳しく分からないの。簡単に言えば、強化魔術は体や物を強くする魔術、無属性魔術は物を魔力で動かしたりする魔術で、召喚魔術は色んな魔獣や使い魔を呼び出す魔術らしいわ」
えらいざっくりした説明だな……。
それにしても、魔術にも色々種類があるんだな。
そしてそれらにもランクがあると
「おかあさん、なんで”まどう”だけかきゅうとかじゃないの?」
「あ~……、ごめんなさい、それは私にも分からないわ。多分、強力すぎるから魔導だけ一括りにされているんだと思うけど……」
「へ~……」
自分で質問したくせに、カーリナはあまり理解できていない感じで返事をしている……。
まあ、ビアンカ自身が分かっていないようだったので、仕方ないと言えば仕方ない。
「えーっと、”魔法”とか”魔導”って”魔術”となにが違うの?」
「”魔法”や”魔導”については私も見たことがないから分からないの。ただとても強力らしいわ。そして”魔法”を習得した人のことを”魔法師”と呼んで、”魔導”は”魔導師”と呼ばれるようになるの。それ以外は”魔術師”って呼ばれているのよ」
ちなみに私も魔術師よ、とビアンカは説明してくれた。
なるほどね、一般的に”魔術師”って言われていたら下級から上級魔術を使う人のことを指すのか。
本当はもっと質問したいけれど、これ以上聞くと授業が進まない。
取り敢えず、ここまで習ったことは忘れずに書き込んでおこう。
と、本に書き終えて顔を上げると、ビアンカが待っていたかのようにこちらを見ていた。
「書き終わったかしら? それじゃあお待ちかね! 今から魔術の実践をします」
「おおっ!」
「おおぉ~!」
キタ!
やっと魔術の実践だ!
オラ、ワクワクすっぞ!
カーリナも鼻息荒く興奮している。
待ちきれない、という様子だ。
俺達はそんな早まる気持ちを抑えつつ、席を立ったビアンカに続いて庭へと出る。
庭に出ると、ビアンカは俺達に後ろに立つように指示した。
そしてビアンカは右手を胸の前辺りまで上げ、手のひらを前に突き出す。
その先には、1.5メートル位の丸太が立っていた。
あれはビクトルが普段から剣術の打ち込みに使っている丸太だ。
どうやら軍で使う剣術の練習に打ち込んでいるようだが、その光景を見た時は、チャンバラの練習にしか見えなかった。
今回はこれを的にするみたいだけど、ビクトルからは許可を得ているのだろうか?
まあそんなことはどうでもいいとして、今はビアンカの魔術だ。
彼女は今、丸太を見据えて集中している。
そして―。
「『我が一握りの魔力をもってこの手より水球を撃ち出さん ウォーターバレット』!」
ビアンカの手のひらから淡い光と共に生み出されたこぶしサイズの水球は、彼女の元から勢い良く飛び出して丸太に激突し、バチャンと音を立てて丸太の表面を少し抉った。
ウォーターバレット。
下級水属性魔術だろうか、少しとは言え、丸太の表面を削るくらいの威力があるんだ、かなり危険であることが分かる。
これなら確かに、5歳そこらの子供に教えるのは危険だと思うわな。
「は~……おかあさんすごいねっ!」
「ありがとう。じゃあ、カーリも早速やってみましょうか」
「うん!」
ビアンカの魔術を見て感動したのか、カーリナは気合十分といった感じで構える。
妹に先を越されたな。
「ええ~と……『わが、』えっと……」
「『我が一握りの魔力をもってこの手より水球を撃ち出さん ウォーターバレット』よ」
「『わが、ひとにぎり、の、魔力? をもって、この手よりすい、すい、すいきゅうをうちださん、ウォーターバレット』!」
やはり、最後まで詠唱を言い切るのは難しかったらしく、ビアンカに助けられつながら詠唱を終えた。
ただ、打ち出された魔術もかわいらしいもので、丸太に当たっても、パチャ、と音を立てただけであった。
「できた! できたよっ、おかあさん! お兄ちゃん!」
それでも初めて魔術が使えたことが嬉しかったみたいで、カーリナは喜色満面ではしゃいでいる。
ビアンカも嬉しそうな表情だ。
「はいよくできました! 流石は私の娘ね! 一度でできちゃうなんて。ビクトルにも見せてあげなくちゃ!」
「おとうさんもよろこんでくれるかな?」
「ええ! きっと喜んでくれるわ!」
うん、きっとビクトルも喜ぶだろう。
なんたって親バカだからな。
しかし一発で出来てしまうとは……やるな、カーリナ!
「おとうさんにも、かえってきたら、見せて……あげなくちゃ…………」
「カーリ?」
初めての魔術が出来て喜んでいたカーリナだったが、その表情が徐々に変わっていく。
目がトロンとして、口がだらしなく開かれ、そしてついに意識を失ってしまった。
「カーリ! おいカーリナ!」
慌てて抱きとめる。
「あらあら。初めて魔術を使ったからかしら、一度で魔力がほとんど無くなってしまったのね」
「気絶してるだけ?」
「ええ。しばらくしたら目を覚ますわ。安心して」
気絶してるだけか、よかった……。
確かに、よく見ると規則正しい呼吸をしている。
気を失ったカーリナをビアンカに預けると、彼女は庭に生えている木の陰にカーリナを寝かせた。
でもよく考えたら、俺はこの後に魔術を使うんだから、カーリナみたいに一発で気を失うのかもしれない……。
「お母さん。僕も初めて魔術を使ったら、カーリみたいに気絶するの?」
「う~ん……、それはベル次第ね」
そうかぁ……俺次第か……。
でもまあ、気を失うことを恐れてたら魔術が使えなくなるからな。
何事も経験だと割り切ろう。
「……じゃあ次、僕がやっていい?」
「ええ、やってみて」
ビアンカやカーリナがやっていたように、俺も右手のひらを丸太に向ける。
……いざ魔術を使うとなると、やっぱり緊張してくるもんだな。
気絶する怖さより、ワクワクが強い。
「……『我が一握りの魔力をもってこの手より水球を撃ち出さん ウォーターバレット』!」
詠唱はカーリナが実践しているときに必死に覚えた。
イメージも、ビアンカがやっていた光景を意識した。
緊張しつつも、初めてなりに自分の出来ることをしたつもりだ。
すると右手に何かが駆けていく感触を感じ、次の瞬間には手のひらから水球が射出されていた。
それも、ビアンカが撃った魔術より、速く、強く。
それは丸太に激突すると、バッカーン! と音を立てて丸太を粉砕した。
「……」
「……」
二人して無言になる。
な、何とか言ってよママン。
この間が辛い……。
「すごい……凄いわっ! 同じ詠唱なのにこんなに威力が違うなんて、きっとあなたは天才よベル!」
天才は言い過ぎじゃないですかねえ……。
なんて思ったりもしたが、一発で出来たのは素直に嬉しい。
いやでも、下級魔術でこれだけの威力が出てしまっては危ないのでは?
……うん、この威力は洒落にならん。
丸太が粉々だもんな。
ビクトルが帰ってきたらビックリするだろう。
魔術を使うときは考えなければいけないな。
「でもこんなに威力が高いと危なくない?」
「そんなことはないわ。詠唱でそれを調整したり、加えたりして威力を加減したらいいの。例えば、”この手より水球を”って言うところを、”この手より水球を低速で”って加えて詠唱してみて」
ああそうか、詠唱で細かい調節が出来るんだったな。
その調節も一言言葉を加えるだけでいいのか。
取り敢えずアドバイス通りに詠唱を加えて打ち出してみる。
「……『我が一握りの魔力をもってこの手より水球を低速で撃ち出さん ウォーターバレット』」
すると水球はビアンカが撃ったものと同じくらいの速度で飛んでいった。
おお! こりゃいいな! 詠唱によっていろんな調節が出来るみたいだ。
「大丈夫ベル? 眩暈とかしていない? 魔力は大丈夫?」
「あ、うん。今のところは大丈夫」
ビアンカに聞かれ一瞬何のことかと思ったが、どうやら魔力の消費による影響を気にしてくれているみたいだ。
特に体長の変化はないが……。
ああそうか、カーリナは一発で気絶したが、俺は二回使ってもまだ気を失っていない。
……つまり、どういうことだってばよ?
「お母さん、カーリは一回の魔術で気絶したけれど、僕は二回使っても何ともないのは何で?」
「魔術の素質や、生まれつきの魔力の多さ、”総魔力量”によって違うみたいね。詳しくはあの本に書いてあるみたいだから読んでみましょう」
そう言ってビアンカは、部屋の中に置いて来た魔術大全を取りに行った。
ふむ、成程。
つまりは先天的なものか。
運動神経や学力の差と同じで、魔術についても生まれつきの差が出るのか?
そんなことをボンヤリと考えていたら、すぐにビアンカが本のページを開きながら戻って来る。
「え~っと……ここね。ほら見てベル。ここに、『基本的な総魔力量については種族の違いや個人差によって変わるものであり、人によっては生まれながらに膨大な総魔力量を持つ者もいる一方、どれだけ修練を重ねても魔力を持つことの出来ない者もいる。また、人族に生まれながらも膨大な総魔力量を持つ者も極稀だが存在する』 って書いてあるわ」
「おお、本当だ」
”総魔力量”……つまりは体力の魔力版か。
鍛えれば増えるのかな? そこらへんは要検証だな。
しかし、今の俺にはどれだけの総魔力量があるのだろうか?
一度、気絶するまで試してみたいな。
言っとくがドMじゃないぞ。
「お母さん。僕がどれだけ魔術を使えるのか、試してもいい?」
「ええいいわよ。でも属性魔術を使いすぎると周りに被害が出るかもしれないから、無属性魔術で試してみましょ」
「無属性魔術で?」
「ええ、”アトラクション”という魔術よ」
ビアンカはそう言うと、再び右手を挙げて手のひらを5メートル程先の地面に向ける。
「『我が一握りの魔力をもってこの手に引力を与え石を引き寄せる アトラクション』」
詠唱を唱えると、拳サイズの小石がビアンカの手に向かって一直線に飛んできた。
これが”アトラクション”か……。
なんかハ○ーポ○ターにも似たようなのがあった気がする。
でも、中々に便利そうな魔術だ。
ギャルのパンティーおくれ。って言ったら飛んでくるかな?
「はい、じゃあベルもやってみて」
よし、じゃあ折角新しい魔術を教えてくれたので、遠慮なく使わせてもらいますか!
引き寄せるのは庭に置いてある薪だ。
「えっと……『我が一握りの魔力をもってこの手に引力を与え薪を引き寄せる アトラクション』 ってうおお!?」
詠唱した途端、薪置き場にあった薪が三本程飛んで来た。
その勢いが強いもんだから、体に思いっきりぶつかって尻餅をついてしまった。
「ベルっ!? 大丈夫!? ……怪我はなさそうね。よかったわ……」
慌ててビアンカが駆け寄って来くる。
体に傷も怪我もないことを確認すると、安心したようにほっと溜息をついた。
しかしこれは、訓練しないと扱いが難しいな。
詠唱である程度制御が出来るといっても慣れが必要だろう。
ということで、自分の総魔力量を知りつつ、アトラクションを使い慣れる為に出来るだけやっていこう。
「続けてやってみるよ。総魔力量も知りたいし」
「気を付けてね?」
ビアンカの気遣いに感謝しつつ、俺は再び薪に集中する。
_______________________________________________
「凄いわベル! こんなに魔術が使えるなんて、将来は魔導師になれるわ!」
ビアンカから絶賛された。
結局、俺は魔力が尽きることはなく、夕暮れになるまでの3、4時間程魔術を使い続けた。
もしかしたら俺はかなり恵まれた体質なんじゃないだろうか?
極稀に、膨大な量の総魔力量を持って生まれてくる人もいるらしいが、数百年に一人いるかどうかで、とてつもない才能らしい。
いや、俺がそうなのかは分からないが。
つまり、5歳で何時間も魔術を使い続けるのは、ビアンカが言ったように魔導師になれる素質があるからなのだろう。
魔導師、と言われてもあんまりピンと来ないが、そう言われると俺も嬉しくなってくる。
しかしアニメやラノベの主人公みたいに出来すぎた話じゃないだろうか、とも考えてしまう。
前世では上手くいかない事だらけだったから特にそう思ってしまった。
……ああ、だからかもしれないな、こんなに才能があるって分かって、手放しで喜んで良いのか、ちょっと不安だったのかもな。
でも今はそんなことは考えなくても良いかもしれない。
前世で上手くいかなかった分、今から上手くやればいいんだ。
ただ、調子に乗りすぎなければいい。
目立ちたい訳でもないからね。
うん、とにかく頑張ろう。頑張って、何でも目指せるところは目指していこう。
取り敢えず、魔術については才能があったみたいだから、目指せ魔導師、だ。
普通に魔導師になるくらいなら、そこまで目立たないだろうしね。
魔導師になったら、カーリナに自慢しよーっと。
その後、カーリナの目が覚めるまで魔術の練習をいくつかしたが、全く疲れる様子もなく、ビアンカも「これは本物ね、ビクトルに教えなきゃ!」と一人興奮していた。
一度、短詠唱で魔術を使ってみようとしたが、それはまだ早いとのことでお預けとなった。
夕方になり、帰ってきたビクトルに昼のことを話すと。
「本当に? 凄いじゃないか! よしっ! ならこの本を君にあげよう!」
なんて興奮しながら、俺に魔術大全をくれた。やったぜ。
ちなみに、その様子を見ていたカーリナはかなりむくれていたが、そこは俺が一緒に読もう? と誘ってあげたら機嫌が治った。
フフ、これからは二人でくっつきながらこの本を読むことができるのだ。
そこではお兄ちゃんハンドがカーリナの可愛いお尻とお知り合いになっちゃうかもしれないぜ!
なんてしょうもないことを考えていたら、すっかり夜になった。
今は蝋燭の明かりの下、魔術大全を読みながらカーリナの寝顔を堪能している。
もちろん、勉強のことで分かったことなどを、貰った本に纏めたりもしている。
分かったことといえば、ビアンカが使った魔術と同じ魔術を使ったのに、なぜ威力の差が出たのかが分かった。
本によれば、体を流れる魔力の”伝達効率”というのがいい人程より強力になるらしく、総魔力量と同じで鍛えることも出来るそうだ。
これはあの、魔神エルメスが解明したとのことらしい。
いったい何者なんだろうか。
そして少なくとも、俺はビアンカより伝達効率がいいということか。
他には魔術を使うことが出来る人の割合なんかについてもこの本に書かれていた。
何でも、生物――厳密には言葉を発する知的生命体であれば、魔術を使うことが可能であるらしい。
ただ、稀に魔力を持たずに生まれてくる人もいるので、その限りではないとか。
という訳で今日学んだことは大きい。
魔術の種類もいくつか覚えた。
下級魔術は属性魔術とビアンカの得意な治療魔術をいくつか覚えたし、無属性は本に載っていたものをいくつか使ってみて、その効果を確かめた。
ただ残念ながら、強化魔術と召喚魔術については、”専門的な技術を持つ者がいないところで使用すれば重大な事故に繋がる”と本に書かれていて、それ以上のことは載っていなかった。
うん、残念だ。魔術大全なのにね。
無属性については、アトラクションの他に、”レパルション”という魔術を覚えた。
これは、アトラクションが引力だとすると、レパルションは斥力を操る。
物を遠ざける便利な魔術だ。
取り敢えず今日勉強したところはこれくらいだろう。
まだまだ学びたいことが多いのだが、そろそろ眠くなってきたし今日はもう寝るとしよう。
カーリナの隣でね。